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「もうフリはやめるよ。俺も自分の思ってること言わなきゃな」。 天羽は、あたるにまっすぐ言った。 「お前と会えてよかったよ」。 「それって・・どっか行っちゃうの？」 不安になって聞くあたる。カヲルと天羽が苦笑する。 「そういうわけじゃないけどさ、ま、そういうこと。」 「ふーん。なんかさ、悪魔が天使になったみたいじゃん。」 あたるは天羽が初めて素直になってくれたことがたまらなくうれしかった。 カヲルは、さくらとのごっこは解消してくれるように頼む。 「あいつ惚れっぽいし、あんたにその気がないならやめてもらえますか。 このまま続けて傷つくのはあいつだから。」 「もう傷つけちゃったかもな。」 あたると顔を見合わせ、天を仰ぐ天羽。 「ま、ごっこを解消するかどうかはさくらちゃん次第だな。」 「やっぱり？」あたるが複雑な顔をする。 「おまえが言ったんじゃん。 つきあうならつきあうで、最後までつきあえって。」 「おまえ、そんなこと言ったの？」 あたるの気持ちを知っているカヲルは呆れる。 「さくらちゃんを思ってのことだよな。」 天羽の言葉に腑に落ちるカヲル。 「あのさ、明日、ちゃんとバイト来いよ。」 さっきの店での気まずさを気にして、言ってくれた言葉だとわかる。 あたるは笑顔で頷く。 「うん。」 天羽も安心したようだ。 ちょっと照れた顔でバイクで帰っていく。 帰り道、晩ご飯の買い出しをしたあたるとカヲル。 さくらの好物、牡蠣鍋の予定だ。 帰ってみると、さくらがこたつ虫になっていた。 ダメージは大きい様子。夕飯も食べずに寝てしまった。 「かなりきてるね。」 うなづきあうふたり。 翌日、現れないさくらを気にするあたる。 「ねえ、さくら来ないね。」 「やっぱり俺にこりたかな。」 天羽は昨日壊したテレビを修理している。そこへなぜかカヲルが来た。 「え、なんで？」 その後ろからさくら。 「なんか、ひとりじゃ来づらいっていうから。ほら、言うことあるんだろ。」 カヲルは付き添いできたらしい。天羽に向かうさくら。 「ごっこはもう解消してあげる。でも伊倉には言わないでね」。 さくらは天羽と約束した。 「ほんと調子のいいヤツ」。 あたるらがホッと顔を見あわせていると、洋子が店に入ってきた。 「よく来れたもんよね。あれだけみんなに迷惑かけといて」。 さくらは敵意をむきだしにした。あたるも黙っていられなかった。 「これ以上、カヲルを傷つけないで。 あなたにはいらないカヲルでも、あたしにとっては大切な人なの」。 その時、あたるの携帯が鳴った。 「何、父さん。え？ 苦しい？」 あたるとさくらの父、柚木幸造が突然上京してきて、 持病の心臓発作をおこしたらしい。 あたるたちは５人全員あわててカヲルの家に戻ってみた。 「お父さん！」。 幸造は苦しんでいるどころか、伊倉を殴りとばしていた。 必死で止めに入るあたる達。 「おとーさーん！！」 カヲルの家の居間。 おっかない表情の幸造を前にして、あたるたち一同は 神妙な顔つきで正座している。 平気でかみつくのはさくらくらいだ。 「父さん、駄さすぎ。苦しいなんて芝居しちゃってさ」 「うるせえ！」。 天羽に聞く幸造。 「おめえは誰だ？ あたるの男か？」天羽に聞く。 「あたしの恋人だよ。」しれっと言うさくら。 「こいつとは別れたのか」伊倉を指さす幸造。 「僕がふられたんです。」 また伊倉にとびかかる幸造を、あたるとさくらとカヲルが必死で止める。 「おじちゃん、心臓と腰が悪いんだから。」 幸造はあたるが会社をクビになり、同棲相手に逃げられたことも知っていた。 「２人そろって不倫に同棲だあ！お前らなに考えてんだ！」。 返す言葉のないあたるとさくら。 「あたる、おまえ東京でやりたいことあるのか？」 「ない。まだない。」 幸造はあたるとカヲルをじっと見た。 「お前ら、結婚しろ。お互いに気心も知れてるし安心だ。 それがイヤならあたる、お前は田舎に戻って干物屋をつげ！」 言いたいことを言ってしまうと幸造はさっさと風呂に入ってしまった。 「なんでこうなんのよ。干物屋継ぐの？」 「オジさん、言いだしたら聞かないしなあ」。 あたるとカヲルが浮かない顔をつきあわせていると、さくらが気楽に言う。 「やっぱ運命じゃないの。カヲルで手をうっとけば。」 「あんたのせいでしょ。お父さん、あたしのことなんてどーでもいいんだよ。」 店へもどる天羽と一緒に、あたるは逃げた。 伊倉はさくらが天羽とつきあっていると信じていた。 「おまえはおとうさん子だからな。」 さくらは動揺したが、本当のことは言えない。 カヲルは自分の部屋で洋子と２人きりになれた。 「シングルマザーになることは私の人生設計なの」。 洋子の両親は夫婦仲が悪かった。それがトラウマになっていた。 「あなたとならあったかい家庭を築けるかもしれないと思った」。 洋子は悲しそうに首をふった。 「でもやっぱり私には無理だわ」。 店でぶつぶつ言いながら仕事をしているあたるのところに、 又幸造から電話が入る。「苦しい」といって切れた。 信じないあたるを天羽が怒鳴る。 「馬鹿！ 心臓悪いんだろ。 取り返しのつかないことになったらどうするんだ！」 急に不安が押し寄せて、家にすっとんだあたる。 ゲソと洋子を送っていたカヲルとさくらをつかまえ、家にとびこむ。 そこにはのんきな父の姿。 「１２分か。まぁまぁだな。」 「まーた、やられた。」 「信じらんない。」 幸造は蒲団を川の字に敷いて、さくらとあたるを両側に嬉しそうだ。 翌朝、高いびきをかいている幸造に気づかれないように、 あたるたちはそっと部屋から逃げだした。 あたるは天羽に揺れる気持ちを漏らした。 「このまま結婚に逃げるっていうのも、干物屋継ぐっていうのもね。」 とはいえあたるにはやりたいことがない。これも辛いところだ。 「これからもずっとバイト生活していくの？」 天羽に聞いてみる。 「俺はこんな風にしか生きていけないからさ。」 「でも、会社勤めてたんでしょ。バスケットやってたんでしょ。」 「ああ。でも、しっかり挫折だ。」 どこか苦しそうな天羽の表情。笑ってごまかしそうとする。 「次の夢とかは？」。 「そんなにすぐには見つからないだろ」。 「でも、ひとつだけでもあったんならいいよな。 あたしなんて何にもないもん。」 「カヲルくんを夢にしたらいいんじゃねえの」。 さらりと言ってのけた天羽の一言があたるの胸に痛い。 話題を変える。 「ねえ、さくらとのお芝居、続けてて大丈夫なの？ グラスの口紅の人とか誤解しない？」 「どーだろ。」 なんとものんきな答えにあきれるあたる。 「どうだろってあなたのことでしょ。」 「よくわかんないんだよ。」どこかさめた天羽の言葉。 「人の気持ちなんてさ、よくわかんないじゃん。」 「わかろうとしてないだけじゃないの？」 あたるがつっこむ。 「ほんとに大事に思ってたら、わかりたいって思うんじゃないかな。」 「・・そうかもしれねえな。」いつになく素直な答え。 「お、今日はかわさないんだ。珍しく素直じゃん。」 ごまかす天羽。 「だってさ、悪魔から天使に昇格したから、 ちっとは天使っぽくいかないと。」 「ふーん。でも、似合わないよな。」 あたるはいきなり天羽のおでこをバシッとひっぱたく。 「あいた！」 「あ、虫だ。虫がいっぱい。」しらじらしく言うあたる。 「うそだ。遊んでるだろ。」 じゃれているとカヲルが現れた。 「お、おまえの夢来たぞ。」その言葉がひっかかるあたる。 「じゃ俺ちょっと出かけてくるわ。」 天羽はなおしたマッサージ器をもって消えた。 カヲルの家では、またすっぽかしを食った幸造が怒っていた。 さくらは居場所がなくて、漫画喫茶から伊倉につい電話してしまう。 でも、戻りきれなくてすぐ切った。 その伊倉はまた釣りをしていて、洋子に出くわす。 「お互い、いい歳して年下の子にふりまわされている感じ。 みっともないわね」。 ２人ともどこか大人になりきれない部分を抱えていた。 「あたしたちってエゴイストよね」。 洋子がポツリとつぶやくと、伊倉は 「それでいいんじゃない」と悟ったように笑った。 幸造のことが心配になってあたるがカヲルと帰ってくると、 幸造を尋ねてきた天羽に、さくらが抱きしめてもらっているのを目撃した。 「また伊倉に戻りそうで恐いの」。 天羽はさくらの寂しさに同情しているだけ。 そうだと分かっていてもあたるの心はヒリヒリした。 こんな時にありのままの自分をさらけだせるのはカヲルの前だけだ。 あたるは天羽がずっと優しさを演じているのだと思っていた。 「けどホントに優しいのかも。だからさくらのことだって 受け止めちゃうのかな。 ほんとはあいつのことなんて、ひとつもわかってないんだよね。」 カヲルもわが身に思い当たるふしがあった。 洋子にひかれる思いはキャリアウーマンとしての魅力だった。 生身の女性としての洋子のことは少しも理解していなかった。 「こうなったら俺たち、結婚すっか」。 カヲルは冗談めかしてあたるに言った。 「こらっ、カヲルっ！ 洋子虫のことで弱気になってるでしょ。 お互い逃げちゃマズイよ。今まで、なにかやなことがあると、 運のせいとか人のせいにして逃げてた気がする。 このまま逃げたら、逃げ癖がついちゃう。」 あたるは自分に言い聞かすようにつぶやくと、スクっと立ち上がった。 「父さんにぶち当たってくる」。 さくらを落ち着かせた天羽は、家に入ると幸造を探した。 幸造は庭でいわしをさばいていた。本職なだけあって見事なものだ。 「あの、よかったらマッサージ器使って下さい。」 声をかけた天羽をじろっとにらみ、料理をつづける幸造。 天羽は何を思ったのか、コートをぬいで庭に降りた。 思いがけず慣れた手つきで、幸造の横でいわしを手開きにしていく。 うさんくさそうに見ていた幸造がちょっと驚き、それからぼそっと言う。 「おまえさ、さくらと結婚して干物屋継ぐか？」 天羽は笑うだけだ。 あたるが戻ってみると、幸造は慣れた手つきでつみれをつくっていた。 夕食のしたくらしい。ちらりと見えた横顔はけわしい。 あたるは度胸をきめて正直に気持ちを伝えた。 「あたし、まだ夢は見つかってないけど、自分の人生から逃げたくない。 このままどっちに逃げても、きっと後悔すると思うんだ」。 あたるは幸造から頭ごなしに怒鳴られるのを覚悟していたが。 「ま、納得するまで東京でやりゃいいさ。お前の人生はお前のモンだ。 自分の手でゆっくり切り開いていけばいいさ」。 驚くあたる。 幸造の言葉には娘の幸せを祈るあたたかさが満ちていた。 「やっと本気でぶち当たってくれたな」。 あたるの名は、つらいことがあっても当たってくれという 願いを込めたという。 もうひとつ、幸造の初恋の人の名だと内緒話をされ、 あたるは嬉しかった。 幸造は思いだしたようにつけ加えた。 「あいつ、なかなか器用だな。うまくさばいたぞ」。 天羽が手伝ってくれたらしい。 そのころ、店に戻った天羽の携帯が鳴った。 着信は「津田 遙（はるか）」 電話を受けた天羽の表情が険しくなった。 幸造はなべ料理のしたくをすると、さっさと帰ってしまった。 後から気がつくと、みやげの干物の入ったビニール袋が３つ。 それぞれにメモがついていた。 ”あたるへ。天羽さん用” ”カヲルへ。ラブリー洋子さん用” ”さくらへ。ゲソのバカ用”。 どうやら全部お見通しだったようだ。 「なに、ゲソってバカ？ あたしのだけ少ないし」。 そう言いながらも、さくらは干物を取ると足取りも軽く、伊倉のマンションへ。 「あたしもあいつのとこ、行ってくる」。 あたるも飛びだした。 「俺は？ どうしよう。」カヲルはひとり迷った。 伊倉のところへいったさくら。 「あれ、天羽さんの嘘だったの。」 伊倉はあっさり手を広げた。 「おかえり、さくら。」 さくらはその腕にとびこんだ。 店に着いたあたるだが、中は真っ暗。誰もいない。 「せっかく来たのに、どこいったんだろ。」 カヲルは洋子の家の前でウロウロしていた。意を決してブザーを押す。 「これ、あたるの親父さんから。」 「あ、ありがと。」 「それと、俺とあたる、結婚しなくてもよくなったから」 「そう。」 あっさりドアを閉められてしまった。 「あれ？」 ひとり家でこたつ虫のカヲル。 「ふたりとも帰ってこないじゃん。あーあ。」なんだか惨めだ。 夜も白々と明けた頃、天羽がバイクを店の前につけた。 メットをはずしてため息をつく。ひどく疲れている様子。 バイクのキーをはずして降りる。 店のドアを開けようとすると、ドアが開いている。 不審気にそっとドアを押して、中へ入っていく天羽。 店の中は静まり返っている。 奥へと入りかけて立ち止まった。 テーブルの上に丸くなって眠り込んでいる・・・あたる。 疲れた天羽の顔に優しい笑みが浮かぶ。 メットとキーをそっと置くと、テーブルに近づく。 なんで、テーブルの上なんだろうな。 あたるのそばの干物に気づいて、手に取る。 「フ・・ン。」 照る照る坊主みたいな頭がついている。親父さんらしいなと笑みが漏れる。 手袋をはずしていると、あたるがガバッと起きあがった。 天羽と目が合う。それからまわりをみてうなる。 「あ〜、明るい〜。」 なんだ？と思った天羽。窓を見て納得する。 ゆっくり起きあがりながら、テーブルに座り直すあたる。 「朝だ〜。朝帰りだ〜。不良〜。」 「なにおまえ、ゆうべからずっといたの？」 「うん。おみやげ持ってね。」寝ぼけ声のあたる。 天羽がからかい口調に変わる。あたるの横に座りながら聞く。 「なにおまえ、俺を待ってたわけ？」 あたるは答えず目をこすっていたが、ぱっとテーブルから降りると 天羽の正面に立った。 「ね、お父さんにどんな話したの？」 「ん？」 嬉しそうなあたる。 「お父さんがね、許してくれたの。納得いくまで東京でやればいいって。」 「ん。良かったじゃん。」天羽が微笑む。 「うん。」 うなづいてから、あたるが思いつく。 「あ、そっか。」 「ん？」 ふいっと天羽に近寄りながら言う。 「悪魔だもんね。魔法使ってひょいだよね。」 あたるの台詞に笑いをもらす天羽。 「でも」 あたるは天羽にまっすぐ向かう。 「ありがとう。」 あたるの素直な思いが表情にあふれていた。 見つめていた天羽の疲れた心に沁みいるようだ。 優しい優しい思いが広がる。 天羽は引き寄せられるように立ち上がると、そのままあたるを抱きしめた。 驚きで一瞬固まったあたる。 ちょっと怒って離れようとしながら。 「まーた、からかってるんでしょ。」 天羽は抱きしめた手をゆるめない。 「なんかな。」 ささやくようにあたるに言う。 「おまえといるとほっとする。」 あたるはその言葉が嬉しくて、笑顔になる。 自分もぎゅっと天羽を抱きしめる。 天羽の腕にも力がこもる。 一緒に揺れながら、あたるは幸せに浸っていた。 |