Home＞menu＞あらすじ第１話 「失恋」＞ ２ ３ ４ ５ ６ ７ ８ ９ １０ last
２０００年、クリスマスの夜。 サンタクロース姿の柚木あたるが夜道を走っていた。 手には大きなケーキの箱。 時計をのぞく。ギリギリセーフ。 「メリークリスマス！」。 息せき切ってコーポの自分の部屋のドアを開けた。 が、そこには笑顔で待っているはずの同棲中の砂山健の姿はなかった。あれ？ 健のものがすべて消えている。 ベッドの上に２匹のクジラの風船がゆらゆら泳いでいるだけ。 そのひもの先のメモには『カウントダウン一緒にやれなくて、ごめんな』。 「逃げられた？まさかね」。 あたるはまだ半信半疑だった。 不安になったあたるが向かったのは相沢カヲルが暮らししている近所の一軒家。 「隠れているんでしょ、健ちゃん。わかってるんだから。」 「えっ？」。 クリスマスにもかかわらず、１人で酢豚を作っていたカヲルは首をかしげた。 風呂もトイレも２階も空っぽ。どこにも姿のない健。 「それって、逃げられたってこと？」 カヲルのところに健かららしきメモがあった。『あたるのことよろしく頼む』 ようやくあたるは現実を受け入れる気になった。 「今夜は同棲１年目の記念日だったんだよ」。 しかもあたるから逆プロポーズするつもりでいたのに。 ケーキの上の『結婚しよ！』の文字が哀しい。 あたるとカヲルは同郷の幼なじみ。 つきあっていた時期もあるが、いまは友達関係。 健はカヲルの大学時代の友人で、カヲルがあたるに紹介したのだ。 あたるはこたつにもぐり込むと顔だけ出した。 「出たよ。必殺こたつ虫」。 いつもならカヲルにからかわれて黙っているあたるではない。 しかし今夜は違った。 「やだあ」。やがてあたるは静かに泣きだした。 「泣くだけ泣いて明日は元気になってやる」 心に誓うあたるであった。 翌日、スーツに着替えたあたるがオフィスに着くと、同僚はすでに忙しそうに働いていた。 あたるは食品会社の宣伝部に勤めるＯＬ１年生。 「クリスマスの翌日に遅刻とはねえ」。 さりげなくイヤ味を言うのは課長の玉虫さゆり。 「あの人、自分がクリスマス１人だったから、ひがんじゃって」。 そっと耳打ちしてくれたのは同僚の広瀬菜々。 彼女も昨夜、失恋したとか。 「いつまでも逃げた男ひきずってたって仕方ないよね」。 頭ではわかっているのだが、あたるは元気が出てこない。 一方、カヲルの職場はアパレルメーカーの総務部。 会社に気になる年上の女性がいる。企画部部長の真野洋子だ。 「いつもご苦労さま。相沢カヲルくん」。 フルネームで呼ばれてカヲルは大感激した。 夜、健のいない部屋に戻ったあたる。 がらんとした部屋に一人でいるのは辛くて、カヲルの家に向かった。 すれ違いに、部屋の前にバイクで乗り付けた男がいる。 暗い部屋を見上げてぼやく。 「いねぇのかよ。」 携帯を取り出しかけようとする。そこには「柚木あたる」の名前と番号があった。 カヲルに慰めてもらおうと、家に勝手にあがりこんだあたる。 部屋をのぞいたら、ベッドに見知らぬ女が眠っていた。 あわてて踵を返そうとしたら、買い物袋を持ったカヲルと出くわした。 「これから二人で仲良く乾杯？ とうとう落としたんだ」 からかうあたる。 「二人って？」 とぼけるカヲル。 「自分で連れ込んどいてさ、白々しー。」 だが、起きてきた女の顔を見て、あたるは思わず大声をあげた。 「なんであんたがここにいるのよ！」 田舎にいるはずのあたるの妹、さくらだった。 「家出してきたのよ」。 あたるは同棲中だから、気をきかせてカヲルの家に来たという。 「あたる、クリスマスに逃げられちゃったんだあ」とさくらは大笑い。 面白くないあたるは妹にクギを刺した。 「まさかアイツを追って出てきたんじゃないでしょうね」。 さくらは年上の妻子持ちの男と不倫していたのだ。 その男はたしか転勤で東京へ戻ってきたはず。 「もう別れたよ。未練なし」。 さくらは嘘をついているようには見えなかった、んだけど。 さくらはその不倫相手の伊倉誠一とあっさりヨリを戻してしまった。 「どういうことなの！」。 あたるに責められたさくらは開きなおった。 「そっちはどうせ結婚にでも逃げようとしてたんでしょ。 私は幸せを自分でつかみとるわ」。 痛いところをつかれたあたるは何も言い返せなかった。 そんな姉妹とは対照的にカヲルはウキウキ気分。 なんと洋子から大みそかのデートに誘われたのだ。 そして２０００年最後の日がやって来た。 あたるは会社の用事をすませると、１人きりで雑踏を歩いていた。 本当なら健とカウントダウンを迎えるはずだったのに。 ふと道脇に結ばれたブルーのクジラに目が止まり立ち止まった。 あたるの部屋から飛んでいったあのクジラ？！ 「やるの。やらないの？」 声を掛けてきた男は路上にいろんな言葉を書いた色紙を並べている。 最近よく見かける言葉を売る詩人らしい。 「いえ、違うんです。あたしは。」 よく見れば、あたるの部屋にバイクを乗り付けたあの男だ。 むろんあたるは知る由もない。 男はあたるの名札に目を留めた。 「ゆずき・・あたる？」 「え？」 「名札。」 「ああ。」あわてて名札を隠す。男は何故かにやつく。 「ふーん、ついてるわ。座って。千円。」 いつのまにか座らされたあたる。 千円札を渡すとなんでもいいから話してと促される。 困るあたるだが、クジラが目に入ったら話し始めていた。 「あたし・・逃げられちゃったんですよね。」 「うっとおしいなら、うっとおしいって。嫌なら嫌っていえばいいのに。」 「なにも同棲１年目記念日に、クリスマスに逃げ出すことないじゃない」。 ぽろぽろ泣きながら訴えていたあたる。 気がつくとその様子を横で男はビデオに撮っているではないか。 「なんなんですかぁ？」 「いや、記念に撮ってやろうと思って。」 「あなたは言葉を売る人でしょう？」 すると男はいきなりあたるを抱きしめた。 「なんだ、こりゃ？」 「あんたは言葉よりもこっちの方が欲しそうだったからさ。人肌恋しいってやつか。」 あたるはあわてて男の腕をふりほどくと逃げ出した。 「すっごい頭にきたの！」。 あたるは早速カヲルにまくしたてたが、 カヲルは洋子と過ごすこれからのことで頭はいっぱい。 それにあたるのグチは毎度のことなのだ。 「甘ったれるのもいい加減にしろっ！」。 カヲルの強い口調にあたるはギクッと固まった。 求めることだけ一人前の自分に嫌気がさしてくる。 「ねぇ、カウントダウン一緒にやらない？」。 レストランで洋子と向かいあったカヲルは緊張していた。 「ホテル、予約してるわ」 「えっ！」 予期せぬ展開にカヲルは戸惑った。 ホテルの部屋に足を踏みいれてはみたものの、 ついあたるに電話してしまう。 「ホテルまで行って、どうしようって何言ってんの？」 あっさり切られた。それはそうだ。でも、心の準備もない。 「俺、ちょっと急用ができちゃって」と逃げ出した。 さくらは伊倉にふられてしまう。 「カウントダウンは子供と一緒にと約束しているんだ。」 大みそかの夜の公園に１人ぼっち。 その伊倉は、どこへ向かっているんだか。 新年まであと10分。 あたるは部屋でふてくされて、相変わらずこたつ虫状態。 誰かが呼んだ。健？ あわてて窓を開けると、目の前にクジラの大群。 「降りてこいよ。カウントダウンやるぞ。俺が健の代わりだ」。 カヲルだった。 「エッチもしないで逃げてきたくせに」。 あたるは憎まれ口を叩いたが、内心すごくうれしい。 「クジラは逃げたんじゃなくて、大空に飛び立ったんだよ。 そしてクジラは健じゃなくて、俺たちなんじゃないかな」 「カヲルってロマンチストだったんだ。」 ついにカウントダウン。２人は風船のひもを手放した。 澄みきった夜空にクジラが吸い込まれるように消えていった。 あたるは大きなくじらの幻を見たように思った。 「俺たちも飛ばなきゃなあ。」 「うん。」 21世紀がやって来た。 「ハッピーニューイヤー！」。 振り返ると、さくらが２人をうらやましそうに見ていた。 「あたしなんて、伊倉とカウントダウンして今別れたとこ。」 強がるけれど、淋しい。 「帰って雑煮でも食べるか」 ３人はあたるのコーポに帰ってきた。部屋のドアが開いている。 「泥棒？」 「健が帰ってきたんじゃないか？」 飛び込んだあたるの目の前にいたのは、突然あたるを抱きしめたあの男。 「よ。カウントダウン、サービスでつけてやろうと思ったのに。 おめぇ、いねえしよ。」 何がなんだかわからないあたるを尻目に、 次々と部屋の中のものを持ち出そうとする。 「ちょ、ちょっと何してんの？」 「リサイクル品、引き取りに来た。」 「そんなの頼んでないわよ。」 「もう下見もして、金も払ってる。」 男が差し出した領収書には、健の名前。 唖然とするあたるにかまわず、こたつを抱える男。 「あ、駄目、こたつは駄目よ。いくら？」 「３千円。」 「払うから。」財布を出すが、電話代を払ったばかりで空に近い。 「カヲル、貸して。」 「俺もさっきホテルで払っちゃって。」 さくらが持っているわけもない。 「はい、交渉決裂。」男はこたつを持ち出そうとする。 「これだけは嫌！」あわててこたつをひっつかむあたる。 「離せよ。」 「嫌！」 「離せって！」 こたつを取り合ってぐるぐる回る二人。 唖然と見ているカヲルとさくら。 「絶対嫌だー！！」 男に逃げられ、こたつまで奪われるのか？ あたるの運命や如何に？ |