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「あなたの子供じゃないとしても？」 洋子のその一言はカヲルの家にいた全員に波紋をなげかけた。 もちろん一番ショックをうけたのは自分こそ父親だと信じていたカヲルだ。 「あんたが父親なのか！」 「それは彼女に聞いてくれよ。一番わかってんだから。」 天羽はとりあわずに帰ってしまった。 さくらは伊倉を疑った。 「たぶん違うんじゃないかな」 伊倉は他人事のようにかわした。あたるとさくらは洋子に迫った。 「父親は誰なのよ！」 洋子はカヲルじゃないことだけは確かだとしか言わなかった。 洋子は帰り、さくらは伊倉を追いかけた。 呆然としているカヲルを見て、あたるは天羽に確かめに飛び出す。 「あなたじゃないよね？」 あたるは店に戻ると天羽に問いただした。 「彼女言わなかったんだ。」 相変わらずはぐらかす天羽。 「なんかさ、いっつも大事な話しようとすると、 心の扉パタンて閉じられちゃう気がする。」 「そっかぁ？ お前の思い過ごしじゃないの？」 「じゃあ、ちゃんと答えてよ。」 でも答えない天羽。 「どうして答えてくれないのよ。」 「彼女が『言わない』のに、俺が『言えない』だろ。」 「はん、おとなぶっちゃってさ！」 切れてテーブルの上に座り込むあたる。 「大人だもーん。」 天羽はソファでそっぽを向く。 「そういう風にごまかすのが大人なんだ。」 「い、いろいろあんだよ、大人には。」ちょっと言いよどむ天羽。 「ほんと、ずるいよねー、大人って！」 機関銃のようなあたるの攻撃に、天羽も疲れてきた。 「わーったよ。」 「はーん、ずるい大人やめるんだ。」 「言わないと朝までそうやって言ってるだろ、お前。」 「だって、気になるんだもん！！」 「お？」 思わず出たあたるの本音に天羽は意外な、 でもまんざらでもない顔をする。 「あ。」 あわてるあたる。 天羽は座り直してまじめな口調で言った。 「俺は、彼女とは、なんにもない。」 「・・ほんとに？」 「ん。信じないならいいけどさ。」 「・・信じるよ。とりあえず。」 「とりあえずね。」 組んでいた足をおろすあたる。 「じゃあ、父親はゲソ？」 「いや、伊倉さんじゃないだろう。」 「じゃやっぱりカヲル？」 「そうだろ。」 「えー？ じゃあ、なんで洋子虫、あんなこというのよ。 父親はカヲルじゃないなんて。」 「カヲル君に惚れ始めたってことじゃないか？」 「何？ 全然逆じゃん。」 あたるにはわけがわからない。 「俺も、本人に聞いた訳じゃないけどさ、 今さら情に流されたくないんじゃないかな。」 だから洋子はわざとつき放すようなことを言ったのだと。 「それが彼女なりのプライドなんだよ」。 「プライドぉ？ プライドって・・誇りだっけ？」 「ああ。」 「好きならありがとうって言えばいいじゃん。 なんで突き放すようなこと言うのよ。」 「おまえのいいとこは、プライドのないないとこかもな。」 いつものように天羽にからかわれて、むっとするあたる。 「・・・プライドかぁ。」 やっぱりあたるには洋子が理解できなかった。 さくらは伊倉のマンションでからんでいた。 「なんでよりによって吸血鬼なのよ」 「だから寝てないって」 必死でなだめる伊倉。チャイムが鳴った。 ドアを開けると、イベントコンパニオンの淳子が立っていた。 まだ伊倉と切れてなかったのだ。 さくらは伊倉の女グセの悪さにウンザリした。 「もうどうでもいい。あんたとはもうこれでおしまい。バイバイ」。 伊倉をひっぱたき、ついでに淳子もひっぱたいて、 さくらはマンションを出ていった。 天羽が店を閉めようとしていたら、酔っぱらったさくらが入って来た。 「あれ？ 鍵かかってなかった？」 「開いたよー。」 すでにかなりの酔っぱらいだ。 あたるは天羽の考えをカヲルに伝えた。 「なんで彼女の心に入っていけないんだろ？」。 カヲルがため息をつくと、あたるも本音をもらした。 「ごめんね。あたし、自分のために確かめに行ったんだよね。 もしあいつが父親だったら どうしようって、不安でさ」。 天羽に傾きだした気持ちをカヲルには素直に打ちあけた。 リサイクルショップで、酔っぱらってハイテンションのさくら。 天羽を相手にとばしている。 「さっき、伊倉と別れてきたんだよ。こっちからポイしてやったんだよ。」 「ふーん、そっかそっか。」 「そうかって、それだけ？」 「ん？ 他になにかあるか？」 やわらかな天羽の返事に慰められるさくら。 「天羽さんて優しいよね。余計なこと言わなくてさ。」 「こたつ虫は悪魔って言うけどな。」 「ああ、あたるは男見る目が全然ないから。あー、だから男運悪いんだ。」 「今日、エッジ効いてるね。」苦笑する天羽。 「伊倉が天羽さんみたいだったら良かったのに。」 「でもさ、伊倉さんが俺みたいだったら、さくらちゃんは きっと好きになってないよ。」 それは真実だった。さくらにもわかっていた。 「そうかもね。よし、飲もう！」 「えー？ まだ飲むの？」 あわてた天羽の横で、さくらは椅子から転げ落ちる。 「え？ あ、ちょっと大丈夫か？ 水だな。水。」 急にさくらは泣き出した。 「どうしてあんなヤツ、好きになっちゃったんだろ」。 思い切りたい。思い切れない。さくらもまた苦しかった。 天羽はただ静かに抱きしめてくれた。 翌朝、出勤途中の伊倉がカヲルの家までやってきて、 あたると顔をあわせた。 「さくら、泊まらなかったの」。 「え？ 帰ってないの？」 なんとなく店まで来た２人が店の中で見たのは、 天羽に寄りそうさくらの姿だった。 「私たち、そうなっちゃったの」。 さくらに悪びれた様子はない。 「あなたと居ても未来がないでしょ。」 「お前が正しいと思う。じゃあな」。 伊倉はショックを隠して出ていった。天羽はバツ悪そうにつぶやいた。 「一緒に飲んでいたらそうなっちゃってさ」 しかしあたるは天羽が二階ののソファで寝たことを見ぬいた。 「さくらちゃんにつきあっただけだよ。別れるためのきっかけにさ」 そう言って、グラスの牛乳を飲み干した天羽。 あたるの脳裏には、天羽の部屋で目にした 口紅のついたグラスがよみがえった。 「そんな嘘ついて傷つく人がいるんじゃないの？」 「いるよ、お前だ」。 あたるは一瞬マジにあせった。 「冗談だよ」。 「・・ばれてるのかな？」不安なあたる。 嘘だとバレてしまったのに、さくらは毎日店にやって来るようになった。 しかもあたるに見せつけるように、手作り弁当を天羽と仲良く食べている。 あたるは素知らぬ顔でひとり、カップラーメンをすするけど。 初めは余裕で見ていたつもりが、だんだん不安になってくる。 「いつまで続くんだろ」。あたるはため息ついた。 さくらはあたるが知らない天羽のことをいろいろ知っていた。 このリサイクルショップは知りあいに頼まれて手伝っているだけ。 いわば臨時店長。 バイクを走らせて日本各地で転々とバイト生活をつづけていたこと。 昔会社に勤めていた頃、バスケットをやっていたこと。 「なんかマジで惚れちゃったみたい。 天羽さんとなら幸せになれそうな気がするんだよね」。 あたるは嫉妬のあまり、ついにキレた。 「絶対絶対、なれません」。 さくらが黙っているわけない。 「こたつ虫やってたって幸せはこないのよ」。 痛いところをつかれて、言い負かされたあたるは店を出た。 天羽が引き取りから帰ってきている。 さくらとの口論が尾を引いているあたるは不機嫌だ。 なんとなく睨んでしまう。 「なんだよ。」 「さくらにはなんでも話せるんだ。」 「は？」 「バスケのこととか、臨時店長のこととか。」 「ああ、なんとなく話したっていうか・・。」 ふと、天羽がからかう。 「何？ お前、嫉妬してんの？」 あたるは無理矢理平静を装う。 「全然そんなのしてません。」 品物をおろすのを手伝いながら、天羽に聞くあたる。 「何考えてんのか、全然わかんないよ。」 「なるようにしかならねえんじゃないの。」 なんとも投げやりな答えはあたるをさらに苛立たせる。 「じゃあ、これからのことでもいいよ。 何がしたくてどうしようと思ってるの？」 「そうだなー。」 「うん。」何か聞けると意気込んで待ったあたる。 「どうしたらいいんだろ？」 「はぁ？」あたるの気持ちが崩れる。 「自分でもよくわかんねえんだよ。どっちへいったらいいんだか。」 真面目なのかからかっているのかわからない天羽の表情。 あたるに向かって聞く。 「教えてくれっか？」 あたるは切れた。 「この際だから、さくらとつきあっちゃえば？」 トラックから飛び降りると、背中の天羽に投げつける。 「ふたりともあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。 あんたたち、お似合いだよ！！」 そのままあたるは走り去った。 残った天羽の表情は複雑だ。あたるの言葉が何かこたえたようだ。 あたるはすっかり自己嫌悪。 『嫉妬しているあたしが嫌い』 カヲルが部屋でデザイン画を描いていると、携帯が鳴った。 「あなたに会いたいの」。 洋子だった。カヲルはコートをつかんで部屋を飛びだした。 「来てくれるなんて思わなかったわ」 「俺、ほんとはすごくさびしかったんだ」。 洋子からキスしてきた。 カヲルも返すように抱きしめると、洋子は耳元でささやいた。 「抱いて」。 カヲルはとまどった。ようやく意味がのみこめた。 「できてなかったんだ、子供」。 洋子は妊娠していなかった。 「友達として子供、もらえないかな」 「俺の心はいらないんだろっ！」。 カヲルは傷つきどこか冷めた目で洋子を見つめた。 「さびしくないですか」 「ずっとこうやって生きてきたのよ。あなたと出会う前から、 子供は１人で育てるって決めていたの」。 洋子は認知や養育費の迷惑はいっさいかけないと言った。 「もう、今夜で終わりにしよう。つかれたよ」。 カヲルは重い足どりで洋子のマンションをあとにした。 「お姉ちゃん、一緒に飲もうぜ」。 あたるは昼間から釣りをしている男に声をかけられた。伊倉だ。 「さくら、どうしてる？天羽さんとうまくいってんの」。 やはり気になるらしい。でも未練とは少し違う。 「これで良かったんだろ。歳もはなれているし、 俺とじゃあいつ、幸せになれないだろ。」 伊倉からさくらのことを気づかう言葉を聞いて、 あたるの自己嫌悪は倍増する。 自分のことしか考えてなかったと気づいたからだ。 あたるもカヲルも洋子も、伊倉もさまよっていた。 さくらも伊倉を思い切れていない。携帯から番号を消せないのだ。 そして天羽も、あたるの言葉で苛立っていた。 伊倉を思い切ろうと、天羽に誘いをかけるさくら。 いままで優しくしてくれていたのに、今の天羽はさくらを無視する。 半分意地になって、天羽にキスをするさくら。 にっこり笑いかけるが、天羽の表情は変わらない。 もう一度しかけたさくらに冷たい言葉を投げる。 「これもごっこだよな。」 初めて天羽の気持ちを悟ったさくらは、飛び出していった。 店の前で考え込んでいたあたるは、 涙を浮かべて飛びだしてきたさくらをみた。 「バカみたい、あいつはちょっと私につきあってくれただけなのに」。 そのまま走り去るさくら。あたるは怒りを天羽にぶつけた。 「あなたが優しい言葉なんかかけるからでしょう。 だからさくら、本気にしちゃったんでしょう。」 「優しいふりするなら、最後まですればいいじゃない。なのにずるいよ。 優しいふりして、あなたはどっかで人を傷つけているのよ」 「あなたは自分のことしか考えてないの。人のことなんてどうだっていいのよ。」 「じゃあ、そっちはどうなんだ」。 天羽の苛立ちも頂点に達していた。 「さっき俺にあたってきたろ、あれは気分じゃないのか。」 「パーティーの夜、俺のところに父親確かめに来たのは、カヲルくんのためか？ 自分のためじゃないのか？」 図星なだけに反論できないあたる。 天羽は突然、あたるにキスした。 「お前はずっとこうしてほしかったんだよ」。 それは傷つけるためのキスだった。あたるは天羽をつきとばした。 「ひどいよ」。 あたるは涙をいっぱい浮かべて店を飛びだした。 立ち上がった天羽は苛立ちのやり場を探して、 そばにあったテレビを床に叩きつける。 店を出ようとして、ふと足下のバスケットボールに手を伸ばした。 昔の自分を思い出す。 このボールに夢を全てかけて走っていた頃。 あの頃の自分は。 泣きながら土手を歩いていたあたるの前に、 洋子と別れてきたというカヲルが肩を落とし座っていた。 あたるは自分の弱さ、それを棚に上げて 天羽を責めてしまった自分を情けなく思った。 並んで夕景を見ながら、お互いを「今のまんまでいいよ」と励まし合う二人。 「みんな、自分のことで精一杯なのかもな。」 「そうかもね。でも、できれば人は傷つけたくないよね。」 「そうだな。」 「ちょっとは優しくなりたいよね。」 「そうだな。」 「でもって、強くなりたいよね。」 「強くなりたいな。」 お互いを思いやりながら、もう一度前へ歩こうとするふたり。 そこへ天羽がバイクで現れた。 天羽はあたるとまっすぐ向かい合った。 「もうフリはやめるよ」 「え？」 「優しいふりも忘れたふりも全部やめる。」 「俺も、自分の思ってることいわなきゃな」──。 |