寝かせたままキャミソールをはぎ取った。ストッキングとショーツだけの姿は色気のない女もエロくみせる。耳、喉、肩、腕。啄まれ続けている彩芽の意識は内深く、自分の格好など自覚してない。深く沈めて溺れさせてやるつもりだ。慣れてなかろうと知らなかろうと、おもんばかりなど切りり捨てて。

落ちればいい。ここまで。


「舌だせよ」

要求よりも強い命令口調に彼女はためらった。おずおずと出しかけてやめる。


「ほら」

促されて覚悟を決めたように突きだされた舌。緊張に尖った先を右生が含む。驚いて引っ込めかけるのを軽く噛んだ。身体ごと硬直したのに構わず舐めてしゃぶる。ざらざらとした味蕾を重ね合わせて吸った。

音はただの音なのに、チュパチュパとかチュクチュクとか脳内で擬音に置き換わったとたん卑猥で隠微になる。身体の芯が煽られる。


「……っ、ふっ、んんっ」

辛うじて鼻でつないでいる彩芽の呼吸。漏れる声に官能が灯るのを聞き取るや胸に触れた。さっきの感触、密度の濃いふくらみを確かめる。やわやわと揉みしだき指先でなめらかな肌ざわりも楽しむ。

丸い丘のてっぺん、立ち上がった胸の先に爪をひっかけると、彩芽の全身に電流が走って震えた。感度の良さにほくそえむ。


「やっ、はっ」

置き去りにした男とつきあった４年間どんなsexをしていたのやら。身体を繋ぐだけだったのか。余裕のない男だと失笑は彼女に見えてない。

言葉と気持ちと身体、どれに重きを置きすぎても恋はひび割れる。愛はどうだか知らないが。ボディ・トークなんて彩芽は聞いたこともなさそうだ。些細な愛撫でパニックに陥ってるくらいだから。


「っ、あっ」

ストッキングに包まれた両腿を必死ですりあわせ、喘ぐ顔。


「もう濡れてる」

耳元に囁かれて羞恥に全身を染めながら、溜まりつつある熱を逃がすこともできずに、彩芽は頭を左右に振る。幾度も。サラサラの髪がのけぞった首筋にまとわっては散る。汗と一緒に。


「欲しいか？」
「え、っ」
「脱がすぞ」

器用に足元までくるくると、右生はストッキングを下ろした。独特な手触りは結構好きだが今は邪魔だ。ショーツは言うまでもない。全て取り去った右生が眼をとめたのは、ペディキュアなどおそらく塗ったことなどないまっさらな足指の爪だった。主あるじ　の悲劇など全く知らぬげの健康的で元気な桜色。

彼女自身のようで、苛ついた。捨てられたくせに何も知らず何も見ず、殻に籠もって襲い来る全てをつるりと流し去る。痕も残さぬ鈍いフリの狡さ、弱いフリの強したた　かさが、似ていて許せない。殻を割って引きずりだして踏みつけにしたい。


曲げた膝を押し開き身体をねじ込ませた。彩芽はあわてふためいたが、弱々しく緩慢な抵抗は抵抗にならなかった。肌を肌で押さえ込む。分け合う体温。右生の思考の一部は最初から換気口のように抜けて覚めたまま。そのくせ身体はとっくにその気になっていた。

腰を押しつける。両の乳房を押し上げ掌で揉み上げる。甘いモンブランそっくりの突端にキス。自分の動作が彩芽の反応をそのたびごとに累乗させるのが楽しい。しっとりと濡れそぼったくさむらに中指を分け入らせる。

まさぐった一点でひときわ高く彼女が啼いた。正しいスイッチを見いだし満足感を覚えた。



sexはゲーム。コントローラーは自分で握るべきだ。はまれば溺れるのは麻薬と同じ。違うのは巧くなれば支配できるところだ。

『身体から始めてみれば』

そう言った右生だが、ここから実際に始まるものなど信じてない。始まりと終わりと勝ち負け。あるのは単純明快なルール、それでいい。記憶をかすめる何かを認めるつもりなどなかった。


長い間触れられてなかったという彩芽の奥は固く狭く、でも素直だった。スイッチを押され震えて達すると、あふれ出たものでしとど指を濡らした。ゴムをかぶせた自身になすりつけ、ひくつくそこにあてがうとまた震える。

見下ろす彼女はぎゅっと眼をつぶっていた。別れた男に抱かれていると錯覚したいのかもしれない。右生の胸を押す手も無意識か。どこまで逃げられるやら。止めてやるつもりはない。


ぐっと腰を押し進める。細い道は閉ざすに見えてとろりと蕩け、抵抗を解き受け入れていく。くっきりと拓いていく感覚は思ったよりもずっと強い快感を右生にもたらした。声を噛み殺す。じわじわと全てを呑み込ませ、ほうと息を漏らしたら彩芽が大きく眼を開けた。今さらどうして。


「ちがう、んだよね」

食い入るように視線が右生の顔を、髪を、身体を這う。その全てをスキャンして比べている。いない男と。


「しゅう、ちゃんじゃな、いっ」

あふれ出した涙は突然だった。見上げてくる双の目尻から音もなく、壊れた蛇口さながらに伝い落ちてシーツに染み込む雫。後悔かあきらめか思慕か。考えてもしょうがないと右生は続けた。この状態でもっとも正しいと思える行為を。


「っ、くっ、あ、っく」

しゃくりあげる彩芽をゆすぶり、突き上げる。深く奥へさらに奥へ。なされるがまま受け止める彼女は、まだ涙を流し続けているけれど。


「ぁっ、あん、やあっ」

スイッチはこんな時も正確で、心を置き去りに彩芽を快感で押し上げていく。そういう風にできている身体は、時に人を救い時に人を奈落へ落とす。


彼岸だろうと奈落だろうとかまうものか。
押し上げて、その向こうへ放り出してしまえ。

彼女も。過去も。涙も。
記憶も。


全て。



「…んふっ、はっ、んっ、」

たぶん彼女が初めて乗せられた波。突き上げられ未知の絶頂めざして狂いながら、それでも眼を閉じずに必死で右生を捉え続ける彩芽。彼でない男に抱かれる己を、見据える眼。


なんだこいつ。

いつまでも苛立ちが残った。





あの時すでに、彩芽との勝ち負けを意識していたのだと、今になって思い至る。名前もうろ覚えの馬鹿な女を抱いてやっただけのつもりだった。身体で心を吹き飛ばして自分を刻んでやろうと。なのに、印を残されたのはこっちだったわけで。過去にふけっていた右生はふっと口の端を歪めた。


メールの着信が鳴る。彩芽が自分で設定した曲は、ＣＭでリバイバルされたオールディーズのインストゥルメンタルだ。意外だなと言ったら切なさが好きだと。大まじめに答える彼女につい、キスしたっけ。

座り込んでいたから立ち上がるのに時間がかかった。キッチンのカウンター。暗がりでチカチカと光るランプは待っているよと合図のようだ。


『予定変更。帰りの電車の中です』

時計を見ると11時半。


『交差点のコンビニにいる』

いつも迎えに出る訳じゃないが、夜道を心配するより行った方が早い。手早くジーンズとシャツにジャケットを羽織る。鍵と財布、携帯だけ持った右生は灯りを消そうとした手を止めた。


ここにふたりで住んでいるのは、奇跡のような選択肢の果て。祈ったわけでも願ったわけでもない幸運。だからといって運命とも呼びたくない。お釈迦さまの手のひらの上であろうと、自分で選びとったのだと主張する。奇跡に祈るのも運命に跪ひざまづ　くのもずっとずっと先、できるなら死ぬ間際でいい。

諦めないであがくことこそ自分が、彩芽が、つかみ取った生き方だと思うから。



『出たばっかりの新しいスイーツ、食べたい！！！』

黄色から赤に変わる信号が見えたところでまた着信。前後の絵文字より何より、エクスクラメーションマークの羅列がいかにも彩芽らしい。追いかけるようにして。


「ただーいまーぁ」

交差点の向こうから彼女が大きく手をふっていた。
足を早める右生。


真冬の細い三日月が、奇跡でも運命でもないふたりの夜を飾っていた。





　　　　　　　＜kiseki-ni-inorunara-ｕｎｍｅｉ−ｎｉ−ｈｉｚａｍａｄｕｋｅ　/　end＞