「副作用が困るんだよな」

市販薬のパッケージをにらみながらソファに横になった右生ゆう　が呟つぶや　く。帰るなり額に手をあてた彩芽あやめ　は、安堵しつつ眉間に寄っている皺を伸ばすようになでるが、向けられた目付きは不機嫌だ。


出勤前、熱っぽい上にくしゃみを連発した右生に買い置きの風邪薬を押しつけたのは彩芽だ。薬の嫌いな彼は「いらない」と散々抵抗した。結局飲んだのは会議があったからというよりも、彩芽があまりにもうるさかったからだろう。どうやら熱はひいたが、代わりに断続的な頭痛に悩まされたらしい。熱の方が耐えやすかったと文句が続いている。


「でも明日はもっと休めないんでしょ？　良くなったんだから飲んどいて正解じゃん」
「今日の頭痛は並みじゃなかった」

よほどひどかったのだろうか。右生の機嫌は直らない。気遣いだったとはいえ強引に飲ませた身としては罪悪感がある。ぶつぶつ言い続ける右生の横にぺたりと座った彩芽は、詫びの気持ちを込めて拗ねた唇に軽いキスで触れた。


「ごめんね」

文句が止んだ。じっと見上げてくる彼の、眉間が緩やかに解けていくのに誘われてまたキスをする。唇が離れたとたん両肩をつかまれた。びっくりする間に彩芽は身体ごと、ソファに寝転がった右生の上に引き上げられている。


「え、ゆ、う？」
「これも副作用と呼べなくもないな」

ニヤリと歪める口元。機嫌は直ったようだが何のことだろうと思ったら、下半身に感じた硬さに気づいて彩芽はパッと頬を赤らめた。彼は悪びれもしない。


「お詫びならこっちの方がいい」
「ちょ、ま、あたし明日早出」
「却下」
「うそ、や、ぁんっ」

後悔とは先に立たぬものだと今さら悟る。ふたりで暮らして１年余りで幾つかのルールができた。平日、特に彩芽が早番の前夜はおとなしく寝るというのもそうだったが、今夜の右生に守る気はない。観念した彩芽は墓穴を掘ったことを念入りに思い知らされることとなった。



「彩芽、もう起きろよ」

まだ寝ていられる時間だというのに右生自ら起こしてくれたのは、ルールを破った自覚があったということか。朝食まで用意されている。いつもなら感謝感激雨あられの状況だが、ベッドに起きあがった彩芽は眠さと疲れでそれどころではなかった。軋んでだるい身体。ストレートに不機嫌な顔を向けても右生はびくともしない。風邪はどこへやったのか。すっきり元気な様子がこの上なく癪に障る。


「シャワー浴びないのか。送ってやるにしても時間ないぞ」
「誰のせいよ」
「俺だよな。じゃお詫びを」

３歩でやってきた右生がおもむろにキスしてくる。懲りずに舌まで潜り込ませてくるから油断大敵。


「起きる、起きるからどいて！」

これ以上餌食にされてはかなわない。あわてて彼を突き飛ばした彩芽は、ようようベッドからバスルームへと逃げ出した。後ろで盛大に笑っている右生をおもいきり睨ね　め付けたけれど、意趣返しにもならない。

熱いシャワーにほっとしたのも束の間、周到に外から見えない部分につけられたキスマークが幾つも鏡に映った。情けない顔で彩芽はまたため息をついた。



残された右生はまだ笑っていた。夕べのsex がキスの副作用なら、今突き飛ばされたのは反作用か？　どちらも自分を楽しませると言ったなら湯気を立てて怒るだろう。彩芽相手だと少なくとも退屈だけはない。

彩芽だから？　彩芽じゃなかったら？

そんな考え自体が無駄だと右生は思考を打ち切った。彼女がいることは今の右生にとって基本、大前提だ。


コーヒーメーカーのスイッチを切る。香り立つ気に入りのブレンドをふたつのカップに注いでいると、バスルームから出た彩芽が知らん顔で寝室へと歩いていく。

ローブの胸元からちらっと鮮やかな痣がのぞいた。あれも副作用かな。右生がほくそえんだとたん、ドアノブをつかんだ彩芽が振り向いた。


「すけべ」

じとっとした眼で言い捨てすぐにドアは閉まる。予定外の反作用に右生の爆笑がまた響き渡った。コーヒーの香りが部屋中を穏やかに満たしていく。



副作用。反作用。
恋は、身体と心のバランス・ゲーム。





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