なんだこいつ。

初めてのホストクラブで惨めな過去をぶちまけ、散々飲んで騒いだ女は、そのあとも決しておとなしくついてきたわけではなかった。あっちへふらふらこっちへぶらぶら、車がいないからといって道幅いっぱいに行ったり来たり。


土曜日。蒸し暑い夏の朝。とっくに昇った太陽が照らす繁華街はみすぼらしい。闇が隠し、ネオンが飾っていた空虚さはあらわに放り出されている。

そんな路上を私は酔っぱらいですと言わんばかりの千鳥足で右左。勝手気侭に歩く彼女は同様にみすぼらしく、なのに楽しげだ。段差につまずき、よろめいて街灯に両手ですがる。遠心力でくるんと回ると勢いでゴミ箱へつっこみかける。危うくターンしてまた逆へ。

うしろから見ていた右生が思い出したのは古い映画だった。雨、じゃない。朝にうたえば？　彩芽の告白に右生が抱いた陰湿な意地悪さは、朝の光と彼女のまぬけな即席ミュージカルに薄らぎ消えかけていた。


ほんと、なんだこいつ。
あ、こけた。

ガシガシと頭をかいた右生は、ぺたんと内股で座り込んだ彩芽に近づき手を差し出した。

「なにやってんだよ」
「えー、なにって、歩いてるー」
「こけてるんだろ」
「あ？　あは。あーはっは。そうだねぇ」

ケタケタと笑い出す彩芽の横で右生はしゃがみこみ脱力寸前だ。笑い上戸か？　酔っぱらいは色々見てきたが、こんなに奇妙珍妙な奴もあまりいない。しゃがんでなお自分より目線の低い女を見下ろす。馬鹿と言うよりも小動物系。仕事の疲れも手伝って色々なことがどうでもよくなってきた。


「ほら、置いてくぞ」
「やだー。教えてくれるってー。なんとかのー……なんだっけ？」
「なんでもいいだろ」
「そだねー。あー眠くなってきたぁ」

座り込んだ地べたに身を伏せようとしてる。ゴミか？　生ゴミか？　捨てて行くぞ。


「立てって。ほら」
「ねむいーあついー」
「さっきまで踊ってたくせに」
「だってー」


まるっきり意味のない、口論とも呼べないやりとりが空しい。強引に立ち上がらせた右生は大通りまでひっぱっていくと、運良くやってきた空車のタクシーに彩芽を押し込み自分も続いた。

ホテルの名を告げる前にこてんと寄りかかって彼女は寝息をたて始める。馬鹿なのはこいつか。俺か。仰いだ天井の低さが今夜はやけに癪に障った。



せいぜい数分。ろくに乗ってないのに眠り込んだ彩芽は、呼んでもゆすっても一向に起きない。迷惑そうな運転手の視線。仕方なく右生は彼女を肩に担ぎ上げた。右手で両脚を押さえた身体はなんだか死体みたいだが、酔っぱらいに抱っこなんて甘いムードは無駄だ。こいつを誘ったのは間違いなく失敗だった。

への字に結んだ口の中、次から次へと湧いてくる文句を噛み潰す。やってきたフロントで慣れた挨拶を交わすとキーを受け取った。チェックアウトしている他の客の眼が担がれている女に注がれるのは無視して、右生はエレベーターに乗り込んだ。



この部屋をキープしているのは遼子だ。初めてＮＯ．２を獲った時、ここを自由にしていいと言われた。どういう契約でいくらするものなのか、右生の知るところではない。ここで彼女と過ごすこともあるし、他の客と来ることもある。

全て遼子も承知の上だが、それほど安易に客を連れてくるわけでもない。枕営業は元々好きでなかった上、かつてないスピードでＮＯ．２に上り詰めた右生は姑息な方法は使わずにすんでしまった。運もあるのだろう。自分のテリトリーに客を入れるつもりがない右生にとって、この部屋は色々な意味で有り難かった。たとえば今日みたいに。



カードキーで開けた部屋は外の蒸し暑さがウソのよう。丁度いい室温は汗で濡れたシャツを思い出させる。感触が不快だ。

それにしても起きないな。腹いせも込め、物同然に担いできた身体をベッドに落としたが、ピクリともしない。ほっとけ。舌打ちした右生はシャワーを浴びることにした。ジーンズのポケットからサイドテーブルに放り出したのは鍵と携帯、財布にはずした時計のみだ。


必要な物はこれだけ。今すぐどこにでも行ける。なのにどこへも行けない。望みや行くあてのない自分に気づくたび、胸に染みを残す理由のない苦みはいつも、右生の苛立ちのもとだった。





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