抱き上げると、鳩に似た丸い眼が眠たげに瞬しばた　いた。顔に顔をさらに寄せ、ついには唇を重ねる。眦まなじり　いっぱいまで開ききったまぶたは、唇の感触に融かされるように落ちていく。

口づけながらも右生の脳裏は冷静だ。驚き、怯み、流される彩芽の表情は慣れてない初うぶ　さがまるわかり。赤子の手をひねるってやつだなと鼻で笑いそうになる。仮にもMan　Hall　のＮＯ．２、百戦錬磨のホストに敵うわけないか。


ベッドに座らせたのは服を脱がせるためだ。頬からあご、首筋の後ろへと滑らせた指がファスナーをさぐりあてる。ジッという音と感覚に開いた彩芽の眼は潜り込んできた右生の舌にまた閉じた。

ファスナーを開ききるとノースリーブのワンピースはハラリと二の腕に落ちかかる。まるで脱皮した抜け殻のよう。後ろあきのデザインは圧倒的に女の服に多い。着るにも脱ぐにも不自由な形は美しさに重きを置いたのかそれとも、脱ぎ着まで異性を意識しているのか。別のことを考えつつも手は迷うことなく目的を達していく。


キャミソール姿の彩芽をベッドに横たえ、散々さぐり尽くした口内をやっと解放した。上気した顔の両側に手を付くと上質なスプリングの弾力。見下ろす彩芽は眼を閉じたまま走ってきたばかりのように肩で息をしていた。

脱がせた身体もまた、普通だ。太っているか痩せているかと言われればやせ気味か。とびきりのプロポーションではないが、身体・腕・腰ともに細い。胸も小さめだが、右生は巨乳好きなわけでもない。問題は大きさじゃなくて感触だ。


まだ息が整わない胸は肩と同調して上下を繰り返す。浮き上がった鎖骨のラインがどの部分よりも女を主張して見えた。思考をすっ飛ばした本能でむずと胸を片方の掌に包む。密度の濃い感覚に指先が悦んだとたん、彩芽はぱっと眼を開け身をよじった。夢から醒めたような直裁なまなざしが斜め下から右生を射る。


「せっくすーするのー？」

依然として酔いは継続中と知れる。賭けてもいい。ストレートな名詞は普通彼女が発するボキャブラリーにはない。それはさておき、酔っているときにしか聞けない本音を聞いてみることにする。


「そう、sex。彼氏ともやってたろ？」

露骨な問いだが、ベッドに上下で向き合って遠回しに言うのも馬鹿らしい。すると彩芽の視線は右生からふらふらと宙をさまよい始めた。眉が寄る。時折眼を細める様子はちくちくと何かに刺されているみたいだ。


「してたーけどー」
「けど？」
「あんまりーするひまーなかったしーふられたしーだからーずいぶんしてないしー」
「だから？」

酔っぱらいのたわごとか愚痴か、言い訳なのか逃げ口上なのか。いずれにしろここで逃す気は皆無だ。

横を向いたことで晒されている細い肩紐だけの背中に口づける。ひゅっと釣り糸でひっぱるように引き戻される眼。酔いの中に狼狽が見える。首筋から鎖骨までバラ色に染まる。


「しゅうちゃんしかーしらないからー」

こいつは馬鹿だ。思ったのは今夜何度目だろう。そんな台詞で男が退くわけないのに。それとも煽ってるのか？

酔っぱらいに水を差され立ち止まっていた凶暴さが、バックドラフトの如く再び燃えさかって全身へと流れ出す。ブレーキをふっとばそうとしたそこで。


「ぜんぶー、わすれられる？」

無謀に隠れた臆病、やけくそを装った絶望、蜘蛛の糸をつかんで不安げに見上げる罪人が居る。酔いが覆った彼女の瞳のずっとずっと奥で、縮こまって身を潜めて。


思い出すのはかつての。
今の。


「俺だけ、見てろ」


答えた瞬間、変わった何かを確かめる余裕などなく。
堰は切れて押し流された。
欲情の波に。





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