番外編　「Kiss　in　the　Cup　・　before　」

番外編　「　Kiss　in　the　Cup　/　before　」

短い２月が過ぎると、怒濤の３月。
天羽とあたるはあわただしいことこの上なかった。

さくらと伊倉の結婚式から帰った翌週、
天羽は自分の引っ越しをすませた。あとはあたるを待つだけ。
やっと気持ちにゆとりが少しできる。
ろくに荷物はなくても、引っ越し前はいろいろ落ち着かなかったから。

世間はぼつぼつと春の気配だった。
３月だもんなぁ。
会社帰りに商店街をぶらついていたら、眼に飛び込んだ看板。

『ホワイトデーの贈り物に是非どうぞ！』

ホワイトデー・・・あれ？
記憶をよぎったのはバレンタイン。
あたるがごちそうしてくれた甘いショコラ。
・・・・・やばい。

何年か続けた放浪生活。
バレンタインに何かもらうこと自体、ものすごく久しぶりだったから。
嬉しかったくせに、ホワイトデーなんてすっかり抜けていた。
そういうのもあったんだよなぁ。
立ち止まったその場で、天羽はしばらく考え込んだ。

何しろどっちもどさくさな日々。あいつも忘れてる気がする。
このまま知らんぷりでも、怒らないだろう。おそらく。
忘れたままで過ぎればそれでよかったんだが、気づいてしまった。
だからって何を？
何やったって喜ぶ奴だ。それもわかってるけど。

バレンタインの朝に口にした甘いショコラ。
思いがけない嬉しさ、染みとおる甘さだった。
返したいのはあの、形にならない温もりと弾む想い。
形に込めるしかないとはいえ、難しいよな。

頭を振りながら歩き出した天羽は、
商店街から一本入った路地に見えるキャンディ・ストアに足を止めた。
そこは最近できた新しい店らしい。

わかりにくい場所の割に、女子中高生が押し合っているのが見える。
甘いものに興味のない天羽に縁のあるところではないが、
店先に小さな出店があって、その看板に眼を惹かれたのだ。

『Kiss　in　the　Cup　－キスをカップに詰めて贈ろう－』

なんともベタなキャッチコピーに珍しく誘われて歩み寄る。
のぞきこめば様々な形のカップ。
それから色とりどりのキャンディ・・・・についている説明書き？

「・・・クッ・・！」
読んで思わず笑い出した天羽に、バイトらしき男の子がすかさず勧める。
「いかがですか？　結構人気なんですよ。」
「・・・いいかも。その白とブルーのカップに詰めてくれるかな。」
「ありがとうございます！」

真面目に考えていたはずのホワイトデー基本路線が、
いつもの悪魔モードにスライドしたような・・・？

まだ笑っている天羽の脳裏には、
真っ赤に頬を染めたあたるの顔が浮かんでいた－－。

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