番外編　「Kiss　in　the　Cup　・　after　」

番外編　「　Kiss　in　the　Cup　/　after　」

キャンディは全部で７色あった。

ピンクは唇。黄色は鼻。
翌日の赤は頬で、次の白は額。緑が瞼、青は耳朶。

違う色を手にするのがためらわれ、でも残ってしまうのも怖いし。
毎朝カップを前に、赤くなったり青くなったり。
あげく落とされるキスに、又朱を重ねるあたるの様子を、
天羽はただ楽しんでいる。

なんか違わない？
これじゃホワイトデーじゃなくて、バレンタインみたい。
あたしへのプレゼントっていうより、あたしがプレゼントになってるような。
・・・思っていても約束した手前、律儀に守りつつ。
ひたすら早くキャンディがなくなるのを祈っていたあたる。

「へぇ～、天羽さんっておしゃれね。」
ある日、お茶にやってきた華代についつい愚痴をこぼしたら、
華代はカップをのぞきこみながらクスクス笑った。
「おしゃれじゃなくて、子どもみたいでしょ。悪知恵ばっかりの。」
あたるの訴えは、一歩間違うとただの惚気だ。

「いない間に食べちゃえば？」
眼をクルクルさせて華代が入れ知恵する。
「駄目なんです。ほら、大きくないカップのせいかばれちゃうんです。
　あたしすぐ顔に出るみたいだし。」
ちょっとカマをかけられるとアウト。嘘のつけないタイプ。
「ズルしたら、７色分だって脅すんだもん。」

やっぱり惚気だろう、これは。
幸い華代はそんな風に、意地悪に突き放しはしないものの。
「でもずいぶん減ったじゃない？」
「はい。ようやくあとちょっと。でもまだ食べてない色もあって。
　・・・紫ってどこなんだろ・・。」
一人つぶやきつつまた赤くなるあたるに、華代は苦笑をこらえる。

－嫌がってるようには見えないのよねぇ。
もうちょっと続けた方が楽しいんじゃないかしら。
そのキャンディをじっと観察する。・・・これってあそこのよね、たぶん。

あたるにとって不運だったのは、
華代も実はかなりのいたずら好きだったことだ。
それまで知らなかったのだけれど。

さらに数日後。日曜の朝。

「嘘ぉおおおっ！？」
あたるの悲鳴にも似た叫び声で、天羽はガバッと目を覚ました。
なんだ？
春とはいえ肌寒さが残る朝。
ＧパンとＴシャツを引っかけてあわててリビングへ走る。
「おいっ、何事だっ？」

とびこんだそこで、くるっと振り向いたあたるがすごい形相。
「これ！　良之でしょっ！！」
ズイッと目の前に差し出されたのは、あのキャンディカップ。
「あ・・・れ？」
あたる同様、天羽も眼を丸くした。
キャンディが、溢れんばかりにカップ一杯。

「今日でなくなるはずだったのに！　なんでこんなにいっぱいなのっ！？」
「知らねえよ。昨日の朝、残り一個なのをふたりで見ただろ。
　俺はその後休日出勤でおまえより帰り遅くて。
　帰るなり寝ちまったし。」
言われてみればその通り。

「あ、あたしはそりゃ早かったけど。
　晩ご飯は大家さんたちを呼んで一緒に食べて。
　片づけたら眠くなったから早寝しちゃったし・・・・じゃあ誰だっていうの？」
「魔法のカップとか？」　　真顔でつぶやく天羽。
「んなわけないでしょっ！」　あたるがつっこむ。

「だよな。なら可能性なんて限られてるぜ。
　昨日から今朝までここに出入りしたのは、俺たちと大家さんだけ。
　俺とおまえに覚えがないなら、残るのは・・・。」
「あ！？」　唐突に又叫んだあたる。
「何。なんか心当たり？」
「まさか・・・。」
そういえばゆうべ帰り際、なんだかあたしを見て笑ってた・・・ような？

ガラッ。
「あたるちゃん？　二人とも起きた？　お昼一緒に食べないー？」
絶妙のタイミングで聞こえた声に、顔を見合わせた二人は玄関へすっ飛んだ。
「華代さんっ！」

「おはよう。」
「あ、おはようございます・・・じゃなくて！　これ！」
突き出したカップを見て、華代はニコッと笑う。
「あら、見つかった？」
「みつかったって・・・じゃあやっぱり？」
パクパクと空気を食べながら、あたるの口が言葉を探す。

「ねえ天羽さん、あなたがこれを買ったのって、
　商店街の路地にあるキャンディストアでしょ？」
「よくご存じですね。」
「うふ。あたしも時々行くのよ。あそこ可愛くて美味しいから。
　で、昨日寄ったらね、このシリーズの新作が入荷してたの。」
あたるそっちのけで嬉しそうに語る華代に、天羽は笑いをかみ殺す。

「あたるちゃんが、なくなるのが寂しそうだったから。買ってきたの。
　夕べ来たとき、こっそり足しておいたのよ。あ、これ。」
差し出されたのは、見覚えのあるカード。
「前とは色が違うから。パステルカラーも綺麗よね～。７色。」

カードを読む内にあたるの顔は、赤を通り越して青くなる。
一緒に読んだ天羽は今にも吹き出しそうだ。
色はいい、色は。－その説明が！

－－　Kiss　in　the　Cup　　・・・new　color　＆　taste　　－－

　　　　strawberry　：　唇　　・・・？
　　　　grape　　　　：　指　　・・・？？
　　　　banana　　　：　足　　・・・？？？
　　　　kiwi　　　　　：　首　　・・・！
　　　　green apple ：　耳　　・・・！！
　　　　litchi 　　　　：　胸　　・・・！！！
　　　　peach　　　　：　お尻　・・・！！！！

こんなところに？
しかも朝っぱらからキスされるなんて、冗談じゃないよ～っ！！

「じゃお昼、待ってるわね。お好み焼きにするから。」
にこやかな笑みと共に、華代は去っていく。
「はっ、華代さんっ！！！」
あたるの叫びは一瞬遅く、閉められた引き戸に跳ね返る。

「へー、さすがだね、華代さん。」
背中にはいかにも楽しげな含み声。
ギーッと恐る恐る振り返れば、
カードとキャンディを見比べている天羽の楽しそうなこと。

「おまえ、なくなるのが寂しかったんだ？」
「ばっ・・！・・そっ・・んなわけっ・・。」
「なんだー、そう言ってくれれば俺が買ってきてやったのに。」
「ちっ、ちがっ・・・！」
「で？　今朝はどれにする？　peachあたりお奨めするけど？」
すっかり調子に乗っている天羽に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。

「・・・よっ・・・・・よっ・・・・」
「ん？」
のぞき込むのも確信犯だが。

「よっしゆきのすけべぇええっ！！　ばかーっっ！！！
　何考えてんのよぉおおーっ！！」

本日２度目。
悲鳴とも叫びともつかぬ抗議の声が響き渡ったのは当然と言える。

その後。
何故か遅刻気味で、昼食に二人が大家さん宅へ現れた時には、
事態は収まっていたようだ。すなわち。

・キャンディによるkissは本日にて打ち止めにすること
・華代さんの足してくれた分は（残念ながら）無効とすること

どうやら納得した天羽に、ホッとしたあたるだったが。
「あらー、せっかく買ってきたのに。やめちゃうの～？」
お好み焼きを鉄板に流し込みながら、いかにも残念そうに華代が言いだすと、
しゃらっとそれに便乗してくる彼。

「そうだよなぁ。もったいないし。
　せっかくだから１回くらい遊んでもいいんじゃねえの？　華代さんの好意。」
チロッといたずらっぽく見られて。
「・・・な・・・っに・・・言って・・・・」
「一体何の話をしてるんだ？」　建の問いには誰も答えず。
「そうよぉ。楽しいじゃない？　ねえ？」

は、華代さん？
このキャンディの説明書き、読みました？　読みましたよね？
これで遊ぶって意味、わかって言ってます？　ほんとに？
わかってください～。
あたるの狼狽は届かない。

「１回ぐらいはいいだろ。な？」
あまりにも楽しげに迫る天羽。あたるの苦手な子どもみたいな顔で。
「・・・い・・・１回だけだからねっ！・・」　あたるは抵抗しきれない。
「ラッキー。いつにしようか。」
「あ、朝は絶対だめっ！」
「・・・・当然夜だよなぁ？」
「・・っ・・・もぉおおっ！！」

あたしはなんでこんなに墓穴掘ってるのよっ。
たとえどんな餌であろうと、悪魔相手に約束なんてするもんじゃない！
会話の方向にのたうち回りつつ、あたるは軽はずみな自分を呪った。
その悪魔はといえば、
さんざんあたるで遊んだ上に、抜け目なくポイントを抑えてご満悦。

どう見たってホワイトデーの主旨をひっくり返している天羽と、
それを疑問に思いつつ、怒りきれないあたる。
そんな二人をニコニコして見ている華代と、
何がなんだかさっぱりな建もまた、いい取り合わせ？

Kiss　in　the　Cup．

Happy　in　the　Cup．

カップからこぼれるほどの幸せを、あなたに－－。

　　　　　　　　　　　　　　　　　＜Kiss　in　the　Cup　/end　・・・＋α？＞