番外編「Kiss　in　the　Cup　・　On the Day　」

番外編　「Kiss　in　the　Cup　/　On　the　Day　」

新しい家に二人がそろって、数日後の夕。
あたるが仕事から戻ると、すでに家に灯りがついていた。

「ただいまー。」
「お、帰ったか？」　台所から天羽がのぞく。
「早かったね。」
「まぁな。飯は？」
「まだ。」
「スパゲッティゆでてる。食べるか？」
「ラッキー♪」
「着替えてこいよ。」

元々器用な天羽が作る料理は美味しい。
味覚的には自分より勘がいいんだろうとあたるは思う。
今夜は、青じそとニンニクが効いた醤油味のスパゲッティだった。

「おいしい～。」
「だろ？」
「・・・そう言われるとムカつく。」
「んだよ、いらないわけね？」　ヒョイッと取り上げられてしまうお皿。
「あっ、嘘！　美味しい！　食べたいです！」
「・・・素直が一番。」

からかわれてるのはわかっていても悔しい。
そりゃ確かに美味しいけどさ。
胸でぶつぶついいながらぺろりと平らげると、片づけはあたるの役目だ。
家事は適当に分担する形を自然にとっているふたり。
作ってもらったら洗い物をする。掃除をしたら買い物は任せる。
そんな風に。

洗い物をすませてリビングに戻ると、天羽はソファに寝そべっていて。
その前のテーブルに乗っている小さな包みが、
あたるの眼に止まった。

「ね、これ何？」
「ああ。タイミングが思いっきりずれて悪いけど、おまえに。」
「え？」
「ホワイトデー。先週はバタバタしてて、渡せなかったからさ。」
「・・・嘘。」
「なんだよ。」
「だ、だって。あなたってこういうことしないのかと・・。」
「・・・いらないわけね。」

まるでさっきのリピートのように、目の前から取り去られかける包み。
「あ、あ、ごめんっ！　欲しい！　ください～！」
あわててあたるが叫ぶのも、リピートの図だ。
「おまえ、学習しろよな。」
「・・っ・・・反省します。だからぁ・・。」
「ほんとに欲しいわけ？」
「うん！」　とってもいい返事だ。

「その代わり、約束するな？」
「・・・何を？」　ちょっと退きかけたのは、怪しげなその目つき。
「約束するならやるよ。」
「だから何を？」
「いらない？」
「えーっ？」
「いらなきゃいいぜ？」

ここでもらえないなんて、あまりにもあんまりだ。
危険は感じるがこの際目をつむる。
「わかったから。約束する！」
「ＯＫ。はいどうぞ。」
トン、と手に乗せられた包みは、２０センチ四方くらいの箱に赤いリボン。
「開けてもいい？」
「あぁ。」
天羽は笑顔で答えた。

現れたのは、白いまろやかな手触りの、両手つきの広口カップ。
青い雲のような、水のような模様。
その中には、溢れんばかりにキャンディが詰まっている。
眼にも楽しい色とりどりのにぎやかさ。
「うわぁ・・・。」
甘いもの好きのあたるの顔が輝く。
笑っていた天羽は、あたるの手からすっとカップを取る。

「じゃ約束な。毎朝必ず俺の目の前で１個食べること。
　これが全部なくなるまで。」
「・・・へ？　キャンディ食べるだけ？」
「それから、その時文句を言わないこと。」
「文句？　・・・あ、唐辛子入りとかあるんでしょ。わさび入りとか？」
「なーる。その手もあったか。」
「はぁ？」
「生憎それはない。正真正銘、甘いキャンディだから安心しろ。
　・・・とびっきり甘い。」
「・・・そ・・う？」

なんだろうなぁ。なんか企んでると思うんだけど。
「わかった。・・・で、今は食べちゃ駄目なの？　味見したい。」
天羽の眼が踊る。
「いいぜ。」
「やったぁ。どれにしよう・・・んーっと・・・やっぱりピンク！」

綺麗なピンク色のキャンディを手にすると、
透明な包み紙をはがしてポイと口に放り込む。
「おいしい～。」
ミントの香りをまとったチェリー味。さわやかな甘さが口の中に広がる。
その味に思わず頬がゆるみ、にこにこするあたる。
と、突然クイッとその顎をとらえられた。

「ピンク・・・ね。」
「？」
きょとんと見返るあたる。
キャンディを含んだままのその唇に、キスが落ちて来たのはその直後。
軽くついばむようなキスが幾度も触れて、
見開いていたあたるのまぶたが落ちて。

気づいたらキャンディと共に、あたるは溶かされてしまっていた－－。

翌朝。
それぞれ仕事へ出かける支度に忙しい、いつもの朝。
通勤時間の関係で、天羽の方が１時間ほど早く出るから、
朝食を作るのは天羽で、後かたづけは大方あたるの役目になる。

「ほらー、遅れるよ。」
洗い物で流しに向かったまま、声だけかけていたあたるだが。
「おい、約束。」
呼ばれて振り向いたそこに、キャンディカップ。
「・・えっ・・？　今？」
「おまえね、約束したのは夕べだろ。」
「で、でも。時間大丈夫？」
「そう思ったら急ぐ。」

なんだろう。わかんないなぁ。
洗剤のついた指を水で流してから、つまんだキャンディは黄色。
包みから出して放り込もうとしたとたん。

チュッ。
あたるの鼻の頭に、落とされたキス。

「・・・っ・・なっ？」
瞬間沸騰したあたるの真っ赤な顔に構わず。
「じゃ先行くぞ～。」
とっとと玄関へ飛んでいく天羽。
「ちょ、ちょっと待った～！　何なのよぉおおっ！」

こんなわけわかんないままじゃたまらないと、
あたるは背広を必死でつかんだ。
天羽は振り向きざま、ピンと小さなカードを投げた。
あわててそれをつかむ間に、さっさと玄関を出て行く。

「明日はどこだろうな？」

やっぱりわけがわからぬまま、
ニヤッと笑ったその顔を唖然と見送った後。
あたるは投げられたカードを読んでみる。
どうやら商品説明のようだが。

『Kiss　in　the　Cup　－キスをカップに詰めて贈ろう－　

　あなたがもらう今日のキスはどこ？

　色で決まるキスの場所は以下の通り！』

色と場所？　場所って？
だんだんとあたるの思考回路を形作る事実。
夕べ取ったのはピンクのキャンディ。あの時は唇だった。
さっきは黄色のキャンディで・・・・鼻の頭？
暗号が解読されていく。
つまり？　えーっ？？

あわてて続きを読もうとしても・・・ない！
そこから破られてしまってる。良之ったらぁああっ！！
カップにとびつくあたる。一体何色あるの？
あとはどこなの？　これから毎朝？　なくなるまで？
うそーっ！　何よ、それーっっ？？

今更それでおたつくかと言われそうだけど。
毎朝キスして出かけるような、アメリカンなカップルでもないのだ。
真っ赤な頬をさらに濃く染め直しながら、
あたるにできるのは胸で毒づくことぐらい？

あの、悪魔－－っ！！

そんなあたるを百も承知で。
同じ頃、駅へ向かう天羽の手には説明の肝心な残り半分。
口元には人の悪い、だがこの上なく楽しげな笑み。
春の柔らかな風が盗むように吹きすぎた－－。

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