帰り道。

電車に乗っている間も下りてからも、花を抱く右生の周りを、彩芽はくるくると巡っては笑った。自分でもだらしない笑顔だと思う。右生に呆れた顔をされる。


「変な奴だな。不審者かよ。気持ち悪いだろ」
「えーひどい。だってさ」

酔いも手伝って、彩芽は力説する。


「いい男が花束持ってるって素敵なんだよ。それがあたしの作った花束を持った右生だなんて。やーすごい。誰かに見せびらかしたい。ねえねえ、写メ撮っちゃ駄目？」
「駄目」

さっきから何度拒絶をくらっていることか。


「撮るのはともかく撮られるのは嫌いなんだ。知ってるだろ」

そう、右生は写真も嫌いだ。ホスト時代ですら三度に二度は断っていたらしい。


「仕事で拝み倒されたらしょうがないが、プライベートではごめんだ」
「それって反対じゃないの？」
「あのな。何でもかんでも映そうとしてたら肝心なところを見落とすぞ」

彩芽の胸がどきりとする。彼は時々無造作に大事なことを言う。


「ほんとに残したいものは自分で網膜にいやというほど焼き付けろ。決して消えないし、誰にも奪えない」
「……わかった」

頷いた彩芽はダッシュして数メートル先から振り返った。両手の親指と人差し指で四角いフレームを作る。

彼を、捕らえる。


「右生、チーズ」
「は？」
「これ、あたしのハートレンズ。笑って」

難しい顔がクッと崩れて、花束を抱え直しポーズを決めてくれる。
彩芽の贈った花束を抱いた、彩芽の大好きな笑顔。


ほんとうだ。
この瞬間のときめきはデジタルでもアナログでも映せない。


自分だけの右生を彩芽は永遠に閉じ込めた。
網膜と記憶が作る、宝物の部屋に。





帰り着いたふたりはなにはさておき、花束をほどいて生けた。こないだ彩芽が買ってきた大きなガラスの花瓶が似合う。


「このためだったのか」
「えー、偶然だよグーゼン」

知らん顔で花ばさみを使う彩芽の肩をこづくと、上着を放った右生はリビングに腰を下ろした。酔っただろうか。壁によりかかって眼を閉じる。

コトリと小さな音がした。ローテーブルに置かれた小さな包み。隣に座って彩芽が笑む。

「プレゼント」
「花だろ」
「こっちも」
「そんなに気張るな」
「いいの」

もらうばかりじゃ情けない気がするのだが。男のプライドをぐっと呑み込み、開けた箱の中身は携帯用の灰皿だった。思い当たるのは昼間の。


「……キングとのお茶はこのせいか」
「うわビンゴ。右生もキングも勘よすぎ。キングなんてブランド聞いただけなのに言われちゃったもん。『バースデープレゼントか』って」

右生はテーブルにバタリ伏せそうになった。自分はまるで気づかなかったというのに、キングに全て見通されていたとは。やっぱりまだまだ孫悟空かよ。


「右生？　気に……入らなかった？」

眉をよじって不機嫌の入り口みたいな顔だったのだろう。不安げな彩芽に表情を改める。


「まさか。好きなデザインだ。使いやすそうだし」

彩芽が選んだのはシリンダーと呼ばれる筒形のコンパクトな灰皿だ。バイソンレザーの柄でストラップ付き。アクセサリーにもいい。


「限定品だったの。休憩中とか使ってね。でもでも、吸い殻が入りきらないほど吸わないでよね」
「なんだよ、節煙が目的か」
「健康も気遣ってるってこと。ありがたく思ってよ」
「はいはい」
「思ってないでしょ」

ぶーとふくらませた彼女のほおを両側からつまんでひっぱる。


「ひほー、あほんへるへほー（ひどー、あそんでるでしょー）」

クスクスと笑った右生の手が、つまんだ痕をこすってから頬を包む。いつもより濃い目のルージュで輪郭を縁取った唇を親指でなぞる。


「もうひとつプレゼント、あるんじゃないか」

腹を減らした狼が笑う。承知の上で逆らってみせる赤ずきん。


「さっき言ったじゃない。そんなに気張るなって」
「前言撤回」
「欲張り」
「俺は欲張りじゃないが、欲しいものはもらう」
「欲しいの？」

ボレロだけ脱いだワンピース姿の彼女を、頭のてっぺんからストッキングのつま先まで食べ尽くしたい。


「今夜はとびきりのラッピングだし？　涎よだれ　が出そうだ」
「馬鹿」

パシパシと叩く両の手首をつかんだ右生は、そっと床に押し倒した。彼女の眼が焦点をなくすまで深く口づける。カサリと、テーブルの上で包装紙が微かに音をたてた。





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