戻っていくののと道江の後ろ姿に、温はやられたなと思った。こんなイベントを隠してたとは。見られなかったら悔しい思いをするところだった。

「お母さん、楽しみにしてたのよ」

そっと囁く美羽。そうだろう。ののにも役目があってよかった。一人娘の式で向こうのお母さんと仲良く、拍手までもらえたなんて。いかんいかんと涙腺の蛇口を閉め直す。


スタッフがいったん扉を閉じて改まった。

「ご入場になります」

二人の前で扉が、今度はゆっくりと開け放たれた。流れ出したのは結婚行進曲。こういうところであまり突飛な選択をしないのが丈と美羽だ。温はピンと背筋を伸ばす。美羽がその腕に指をかけた。目線が合う。

美羽が言うようにこの先も何度だって顔を合わせるだろうし、一緒に過ごすだろうし歩くだろう。それでも今日はけじめで、境界の日だ。美羽とバージンロードを歩くのはこれが最初で最後、そのはずだ。

「美羽、行くぞ」
「はい」

母たちが敷いてくれた純白の道を丈にむかって、ふたりは踏み出した。





扉が開いた瞬間から美羽しか見えなくなるだろうと丈は思っていた。実際、美羽はきれいだった。出会ってから一番きれいだった。

いつも巻き上げている髪を高く結ってから下ろしているんだろうか。ふわふわしたベールがそれを髪を包み込んでいる。絞ったウエストから広がるスカート、長く引くトレインまで夢のように似合った。この女性が自分の花嫁だとここで叫びたいくらいだ。

しかし花嫁をいざなってくる温は、努力の甲斐もなくかなりの緊張が見えた。一歩、また一歩。ゆっくりなのにぎこちなさは隠しようがない。次は右、あれ左？　やっぱり右かとハラハラする。

お義父さんしっかり、今度は左ですって。間違えても隣の美羽が悠然と構えているおかげでなんとか一緒に進み続ける。右、左。たどたどしい歩みは歩き始めた幼子みたいだが、温も美羽もまっすぐ視線で丈を射抜いてくる。受けとめる丈の心をさまざまな思いが去来した。


温はもしかしたら自分を殴り倒したいと思ってるかもしれない。それくらい美羽は綺麗だ。彼女を知ってまだ一年経たないなんて信じられない。知らずに今も過ごしていたかもしれないと思うとぞっとする。彼女はすでに丈の一部で、丈は彼女の一部だった。

たとえ失うことがあっても、逢わなければよかったとは思わない。許される最後の時まで重ねていく時間、その一瞬一瞬は心に体に刻まれて宝物となるだろう。宝物を抱いて生きていくだろう。

失う時がきても。


突然、光の矢が刺さったみたいに彼女の背中に翼が広がった。
そこから浮かび上がる、美羽に瓜二つの。

天使。

「明石、くん？」


美羽と、隣の温を包み込むように腕を広げ、最前列で座るののへ恋しそうに視線を投げる。それからすべてを差し出すように、祈るように、丈へと両手を合わせながら、遥か高見へすぅと消えた。

一瞬の出来事に気づいたのは丈だけらしい。
その間にも花嫁とその父は進み、ついにここまでたどり着いた。


温が美羽の手をそっと取る。慈しむように今一度握りしめてから、丈を見上げてきた。あの、天使にそっくりなまなざしだった。違うのは溢れる涙で頬が幾筋も濡れていることくらいか。

「頼むよ、丈くん」

一言に万感の想いが込められていた。丈が美羽に出会ってから高々一年足らず。それとは比べものにならぬ長い月日、いとおしんできた娘を手放す父親の、誇りと喜びと寂しさ。


全てを呑み込んだ丈は、温の手を美羽もろとも握ってうなずいた。

「ありがとうございます」

かろうじて浮かべた温の笑みは歪んでみえた。名残り惜しげに、だが潔く娘の手を離し席に着く彼に、もう一度会釈して。


繋いだ手。
やっと会えた気がする、君に。


美羽とみつめあいながら、丈は祭壇へ向かった。





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