美羽が今朝、自分の部屋から見上げた空は曇りだった。

着付けを終えた頃は晴れ間も見えたけれど、丈とふたりで向かう祭壇の後ろ、大きなステンドグラスには幾つもの雨粒が張り付いている。

自らの重みに耐えきれず流れ落ちる雫。ステンドグラスに上下からライトが当たると、陽射しが差し込むのとは全く異なる趣でチャペルを包み込む。

幻想的な雰囲気だけれど、あの日を思い出すから。
胸が痛い。


丈は薄々わかっているかもしれない。明石が死んだ日は雨だった。事故の原因はわき見運転だが、雨によるスリップも拍車をかけた。

今も美羽は雨が苦手だ。出かけるときには日傘兼用の折りたたみを必ず持つ。雨の日はバスに乗りたくない。


丈にすら言ったことがない怖れと、神様の御前で初めて向き合う。

明石。
私を恨んでいない？
責めてない？


何度も思った。自分が逝くはずだったかもしれないと。明石は身代わりになったんだろうかと。もしかしたら今日ここに立っているのは彼だったかもしれない。愛する人を伴って。

胸が、痛い。


隣に立つ彼はかけがえのないひとだ。でも、明石の死がなければ出逢わなかったと思う。死故に出逢い得る幸せを、弟は恨まないだろうか。責めないだろうか。


違うと美羽はわかっていた。できるならここに現れて恨みをぶつけてほしい、責めてほしいのだ。自分だって叫んでやるから。丈の素晴らしさを、彼に逢えた幸運を、どれほど大事なのかを。


そう。
彼を愛してる。



あなたが答えをくれなくても、あなたの許しがもらえなくても、彼と歩いていくわ。川のほとりを行けるところまで。そしていつか橋を渡るときが来たら、あなたに飛びついて自慢げに語れるように。


だから、明石。
私、行くよ。前に進むの。

生きていくわ。与えられた時を精一杯。
もう一度あなたに逢えるまで。



「誓います」


一言は重く。
口づけは厳かに。

涙を流し続けた空はそれでもゆっくりと明るんだ。


「ここに二人を夫婦とみなします」


神父が宣するとステンドグラスの片隅に光が一筋差し込んだ。描かれている天使を新郎新婦も、列席者たちもまぶしく見上げる。握り合った手に力がこもって、美羽の眼が潤む。

その表情はきっと、許しと祝福。



鐘が、鳴りはじめた。





　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　next＞