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カウントZERO = The Day
扉の手前



親族列席者が席についたチャペルに、まず神父が、それから丈が入っていったあと。

扉の手前で待っていた温のもとへ美羽がしずしずとやってきた。ドレスを着た美羽を温はそこで初めて見た。

美羽?
これが美羽か?

僕の大事な初めての赤ん坊。明石とふたりでも両手で楽に抱けるくらい小さかった、これが美羽なのか。ほんとうに?


白いドレスはきれいな胸元のライン。きゅっと締まったウエスト。ふわっと広がったスカートはうしろまで長く裾を引いていた。素肌の肩から背中は透き通るように白く、それを花婿以外には見せまいとでもいうように、頭にティアラで止めた長いベールが霞のように背まで覆っている。

これが僕の娘なのか。


「お父さん?」

間違いなく美羽の声が首を傾げて自分を呼ぶ。ちくしょうと温は歯ぎしりしそうだった。ここから今すぐ美羽を連れて逃げ出せないものかと真剣に思案して即、挫折する。

無理だろうな。丈はともかくののが怖いし、誰よりここにいる美羽自身が望んでいるのだから。彼と結ばれることを。


「お父さんったら、なに?どこか変?」
「いや、びっくりしたんだよ。化けたなあ美羽」
「やだ。化けたなんて」
ぷうっと頬を膨らませるといつもの娘の顔になるから、少し安心する。

「一生懸命選んだのよ。似合う?」
くるっと後ろを見せようとするが、長い裾に温はあわてる。
「おいおい、僕が踏まないようにしてくれよ」
「はぁい」

笑顔に迷う。やっぱり逃亡すべきだろうか。チャペルなんて承知するんじゃなかった。娘を奪い去っていく男に自ら渡さなきゃならんとは、因果な役目だ。やめようか。

父の危うい心境も知らずに、温に向き直った美羽は真面目な顔だ。

「私、挨拶はしないから」
「なに?」
「いままでありがとう云々っていうの」
ぞわっとした。ここで涙腺を爆発させられたら身の破滅、逃亡どころかエスコートも危うい。

「しなくていい、しないでくれ。絶対するな」
「うん。これからも、ううんこれからは丈さんとふたりでお世話をおかけしますから。覚悟してね」
「……美羽」

ああと思った。この娘は無意識に明石の分も補おうとしているのか。忘れろというのは無理だろう。自分だって忘れられない。いや忘れたくない。いかん、ののさんに泣かないと宣言したってのに。

「覚悟するのはそっちだぞ。もう来るなってほど新婚をじゃましてやる」
「どうぞどうぞ、勇気要るわよ?」
「こいつ」

よし、笑いに持ってったぞ。こぶしを握る。とにかくなんとかエスコートを完遂してだな。温が涙腺の蛇口をきりきりと縛り上げたところで、二人の前にいたスタッフが振り向いた。

始まる? 身構えたがそうではないらしい。少しだけ、ほんの少しだけ扉を細く開けて二人を手招きする。りーんと不思議な響きが漏れてくる。

「ご覧になりますか」
「はい。ほらお父さんも」

なぜか嬉しそうに美羽が引っ張るので、温も仕方なく扉に近づく。そっと伺った隙間からは予想もしてなかった光景が広がっていた。





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