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ＶＯＬ．１１４　「Happy　Wedding」




漁港であるこの町には、当然ながら神社がある。
どれだけ船が機械化され整備されても、
漁の善し悪しと安全を最後に左右するのは天候だ。
そればかりは人の及ぶところではなく、結局神頼み。
天に全てを任せて祈るしかないことも多い。そんなとき人は謙虚になる。
神社はそのためにあり、今も町の人々の心の支えだった。



今日はそこに、厳かな音楽が流れる。
町中では滅多に聞くことのない雅楽は録音だけれど、
いかにもな雰囲気を醸し出している。
神前中央祭壇を挟むようにして、両側に親族が並ぶ。
片側には幸造を先頭にして柚木家の面々。
母に叔父叔母。あたるに何故か天羽まで。
となると片側には伊倉の親族・・・と言いたいところだが。
何故かそこにいるのは相沢家の面々だったりする。勝に弓子、奈知に由起。祖母。
伊倉の両親はすでになく、親戚も居ない。
だからって誰もいないのは寂しいだろうということで、勝が自ら申し出たのだ。
元々つきあいは深く親族同様だから、幸造もさくらも返って嬉しいくらいだった。
むろん伊倉も。



両家して子どもの結婚式は初めてだったから、それなりに緊張しているはずだが。
こう言うときは女の方が度胸があるらしい。
妻達は初めての体験を楽しんでいる様子。
あたるは振り袖姿。興味深そうにキョロキョロしている。
ふーん。神前の式ってこういう感じなんだ。時々向かいの由起と合図を送ったり。
すこぶるリラックス。
どちらかというと天羽の方が固い。不思議なことに。
自分がまさか式に出ようとは思ってなくて。
披露宴まで適当に時間を潰すつもりだったのだが。
「あんたも来るだろ？」
幸造の鶴の一声で引っぱり出されてしまった。
友だちの結婚式には何度か出ているし、会社関係もあるが、
神前で親族の席は初めてだ。
こういうのは緊張するもんだな。



そこへ気配がした。神主と共にしずしずと現れた二人。
背の高いさくらが、身をかがめるようにしてまとっているのは白無垢で。
「・・・うわぁ・・・」
相沢家から感嘆の声が漏れた。
確かに昔で言えば、「一世一代の晴れ姿」って奴だ。
さくらも。
伊倉も。
ちなみに伊倉は紋付き羽織袴姿。みょうに似合ってる。
かくして神前に頭をたれた二人は、神主さんの祝詞に従って言葉を納め、
皆の見守る中で杯につがれた三三九度を飲み干す。
伊倉はしっかり。さくらは控えめに。
天羽がチラッと横をみると、頬を紅潮させて微笑むあたる。
キュッと噛んでいる唇はたぶん、感激に湧く涙を抑えるためだろう。
目を戻せば伊倉がさくらに走らせた視線は、
包み込むように優しく嬉しそうで、天羽は瞠目する。
昨日も思ったけれど、伊倉の表情はずいぶん変わった。
これまであまり見せなかった深くて温かい眼。よかったと実感させられる。
両家のいわば固めの杯を最後に、式は滞りなく終えられた。


「あーっ、すんだ。」
「こら、幸造さん。」
神主さんがたしなめるが。
「満、ありがとよ。ようやっとおめえに娘が世話になったぜ。」
「・・ったく。神前だってのに。ふたりにバチが当たるぞ。」
「おめえの神様ってのはそんなに狭量じゃねえだろう？　ともかくありがとよ。」
実はこの神主も幸造の幼なじみ。少し年上にあたるはずだが、頓着しない。
「さくらちゃん、綺麗〜。」
由起がすなおに声をあげる。カヲルの母・弓子もしみじみ言う。
「いやー、ほんとよね。美人なのは知ってたけど。」
「ありがとう。」にっこり笑う横で。
「そうでしょ？　ですよね？」花婿がすでにのろけている。
「男がにやけてちゃ様にならんだろうが。」勝まで突っ込む。
「あ？　そうですよね。あはは。」
嬉しさで何を言われようと笑っている伊倉に、みんなで笑い出す。
「みなさーん。お写真とりますから、こっちへ来てください。」


写真を取り終えてから。天羽は一足先に披露宴会場へ、
幸造と相沢家の面々も一緒に向かうことにした。
花嫁はそれなりに移動は大変で、あたるも母もそれに付き添い。
花婿はそれを置いても来られないということらしい。
「ごめんね。知らない人ばかりなのに。」
あたるが気にしたが。
「平気だよ。親父さんいるし。」
ニヤッと笑ってさっさとタクシーに乗り込んでいった。




披露宴会場は町の中心部の集会場だ。
名前はともかく、町中のちょっとしたホテルくらい小綺麗で、
広い畳の大広間があるのは、この辺にまだ、
昔ながらの近所への披露という風習が残っているからだ。
料理も相沢食堂の勝が中心になって、
仕出しや料理を商売にする腕自慢が集まり、酒だってもちよりやら祝いやら。
話には聞いていたが、さすがに天羽には驚きだ。
こういう町内助け合いは自分にはあまり経験がない。凄いパワーだな。
これが幸造と町内会の人脈なのかと思うと感心するだけだ。
幸造自身も、一張羅の紋付き袴を脱ぎ捨て、ねじりはちまきに仕事着になっている。


「みんな、悪いな。忙しいのに。」
集まった仲間に感謝の声。
「何言ってんだ。さくらちゃんが戻ってきたってだけでもめでてえのにさ、
　幸造さんの跡継いで干物屋になって、おまけに旦那までつかまえてきてさ。
　その旦那は漁師になるっつったらおめえ、祝いを何回やってもおっつかねえじゃねえか。」
「全くだ。ゆずきやのめでたさを分けてもらわねえとなぁ。」
さすが漁師町。威勢の良さは天下一品だ。
「で？　そっちのあんちゃんは誰だい？　上寿司の旦那の身内かい？」
「上寿司？」
首をひねった天羽に幸造がカカッと笑う。
「伊倉だからな。いくら。上寿司だろ？」あー、なるほど。
「いや、俺は。」
「似たようなもんだけどな。これはあたるの方だ。」
途端。ドーッと盛り上がったから、天羽がびびった。


「なにぃ？　あたるちゃんの？」
「なんだよ、おめえんちはまだ祝いが続くのか？」
「もうご祝儀やらねえぞっ。」
「くれてねえだろうがっ。」
「にしたって・・・なかなかいい男だね。あたるちゃんの方が面食いか？」
「そっか？　俺の方がいい男だろ。」
「ちげえねぇ。」
どっと笑い出す。凄い迫力。
「そっかー、もう一人も近いな、そりゃ。」
「早まるなって。まだわかんねえよ。なあ？」
と言われても。なんて答えればいいんだか。
「ようあんちゃん。幸造さんはあたるちゃんには、さくらちゃんよりうるせえから。
　頑張れよーっ。」
「体鍛えとかねえと。２，３発はのされるぞ。」
「・・・やっぱそうですかね。」
諦めたような天羽の台詞に、またどっと受けた。


「おいおい、ボツボツ手を動かしてくれよ。」
「おうよ。」
「・・・俺もなにか手伝いましょうか？」
一気に動き始めた室内に、天羽が聞く。
「おう、そういやあんた、器用だったな。まあでも今日は客だ。しばらく一服しててくれ。」
「いいんですか？」
「ああ。手が欲しくなったら頼むさ。」
「・・・はい。」
この戦場では素人は邪魔になるだけか。そう思った天羽はおとなしく退いた。
確かにちょっと一服したい。緊張が続いてしまったから。
外へ出て煙草を吸っていると、入り口をのぞき込んだ人影が天羽に気づいた。
「・・・よう。」
そっちを見た天羽が、煙草を口から放す。
「あんたか。」
吉良だった。


吉良とはずいぶん久しぶりだった。２ヶ月になるか。
「遠くからお疲れ。迷わなかったか？」
「なんとか。式は？」
「終わった。今披露宴の準備中だ。さくらちゃんとびっきり美人だぜ。」
「だろうな。」フッと笑う。
「・・・さくらの姉ちゃんは元気か？」
「ああ。おかげさまで。」
「んなこと思ってないだろ。」
「思ってるさ。感謝してる。」
穏やかにそう言い切られて。いつかの電話と同じだな。


「もうじきさ、新しいとこに二人で移る。」
「一緒に住むのか。良かった。」
「あんたは？　店のこと聞いただろ？　どうしてるんだ。」
「ああ。・・・俺のさ、親父が自動車部品の整備工場やってるんだ。」
「へえ？」初めて聞く。
「油にまみれてやる仕事で。昔はバカにしてたんだけどな。
　実はそういう細かいことが好きだったってのに気づいたから。」
「継ぐのか？」
「まだそこまでは。資格だけは昔取ってるんだけど、ブランク長いから。
　親父に紹介してもらった別の処で当分修業することにした。」
「そうか。」
「俺もさ。ちゃんと仕事もって、ちゃんと暮らして。−それから。」
「ん？」
「あんたみたく−さくらやさくらの姉ちゃんみたく、
　たった一人を追いかけてみたい。」
ちょっと驚いた顔になった天羽。


「・・・みっともないのにか？」
「みっともないけど。凄え−いかしてるからさ、実は。」
吉良の言葉を。天羽は黙って受け取る。
決してみっともないともイカしてるとも自分では思わない。これがありのまま。
「でも俺はあんたみたいに、女泣かさねえからな。」
「よく言うよ。さくらちゃんの前は散々泣かしてただろ。」
「あ、バレてる？」
「ったく。さくらちゃんにはまって運の尽きとか思ったんじゃないのか？」
「いや。俺、ラッキーだった。さくらと、さくらの姉ちゃんに逢って。」
「・・・そりゃ奇遇だな。俺もそう思ってるよ。」
二人がニヤッと笑いあった。そこに。


「俺もなんだ〜。」
「伊倉さん？　来たんだ、やっと。」
「ああ。吉良君、だよね。一度しか逢ってないけど。」
「その節は。」ペコッと頭を下げる吉良。
「さくらのために、いろいろありがとう。」
「いや。」
「君にはずいぶんみっともなかったね。俺たち。」
「そんなことないですよ。」
吉良はもう一度繰り返した。
「みっともないけど・・・イカしてました。さくらも。あなたも。」
「・・ありがとう。」
「披露宴始まりますよー・・・あれ、伊倉さん。なんでここにいるの？　早く並んでー。」
由起の声にあわてて伊倉がすっとんだ。
「はいっ。」
そのうしろからクスクス笑いながら、天羽と吉良が歩き始める。




形式なんてありゃしない。ほんとにただの『披露』の宴だった。
始めこそ決まっていた席は、すでに入り乱れている。
「へえ、カヲルさんの妹さん？」
「お兄ちゃん知ってるんですか？」
「ああ、１度だけ。今ニューヨークなんでしょ？」
「ええ。今度あたしも東京行くんです。大学入学で。」
「そりゃおめでとう。へえ、楽しみでしょ。」
「ええ！」
吉良と由起がカヲルの話から盛り上がっているその横で。
久しぶりに帰郷したカヲルの姉・奈知に伊倉が酒を継ぐ。


「さくらちゃんがあなたとねえ。年が気になるなぁ。体は大丈夫でしょうね？
　若い女房を先に置いて先立たないように、健康管理しなさいよ。」
さすが現役看護婦。言うことが違う。
「え？　いや。そのっ。」
美人に吸い寄せられた伊倉だが、たじたじだ。
さくらはと言うと、同期の友だちに囲まれてほとんど同窓会状態。
「まさかさくらがこうも早いとはね。」
「東京行ったって聞いたと思ったら、舞い戻ってさぁ。」
「でもやっぱり綺麗だね、白無垢。」
「こいつ、昔から惚れてたんだぜ、さくらに。」
「えー、そうだったの？」


天羽はと言うと。何故か勝と幸造に挟まれている。
「よしっ、もっと行けッ」
「勘弁して下さいよ。」
「何言ってるっ。んな根性じゃ、あたるちゃんにふられるぞーっ。」
当のあたるは母達と一緒に給仕にとそこら中かけずり回ってる。
ご近所の主婦連は手伝ってくれているが、何しろ町中集まってる状態だから。
あー、疲れた・・とは言えないよね。
「あたる？　祝電が届いてるんだけど。二人に。」
「誰？　カヲル？」
「カヲルくんと、洋子さんって誰？」
あ、やば。
「共通の友だち。ニューヨークにいるんだよ、やっぱり。」
「ふーん。あとこっちは・・あんたの知り合い？」
「・・・遙さんたちだ。」
丁寧な祝電が３人の名前で来ている。あたるの顔がほころんだ。
確か明日には渡米するから、忙しいだろうに。わざわざ。
「おいっ、大丈夫かっ？」
「天羽さんっ？」
なんだか声がした。天羽？


あわてて行ってみると、どうやら勝と幸造に酔い潰されたようで。
天羽が転がっている。
吉良がゆするけど起きない。
「ちょっとお父さん？　どれだけ飲ませたのよっ。」
「た、たいしたことないんだけどなぁ。」頭をかきながら示す一升瓶は半分。
確かにいつもの天羽なら平気だろうけど、疲れてたのかな。
「あたる、そっちの部屋で休ませてあげなよ。」
花嫁だと言うのに、さくらがテキパキと指示をとばす。
「俺が頭もつから。」
「ほら、あんたも持って。」
花婿はすでに新妻にこき使われているようだ。今さらか？
なんとか隣の部屋へ移すと、座布団を枕に寝かせてやる。


「吉良君ごめんね。こんなところまできてもらって。」
「ほんと、遠いのにありがとう。」
今まで話すヒマもなかった二人は、やっと吉良に礼を言う。
「いや。二人の顔見られてよかったよ。ホッとした。どっちも・・・幸せそうじゃん。」
吉良のいたずらっぽい笑顔に顔を見合わせて、ふたりは微笑んだ。
「ほんとにいろいろありがとう。」
「うん。吉良君にすごく助けてもらったね。」
「感謝してくれる？」
「する！」
ハモったふたりにクッと笑った吉良。


「じゃ祈っといてよ。俺にもさ、彼女ができるように。」
「へえ？　吉良君が彼女欲しがるなんて。」
驚くさくらの額をはじく。
「おまえのせいだろ。」
「えー、あたしの？」
「・・・いや、おかげか。おまえとねーちゃんのおかげ。俺も感謝してるから。」
穏やかに３人は微笑みあった。
「さくらー、お色直しするよ。」
「はいっ。じゃ行ってくる。」
「俺もあっちに戻るわ。ねーちゃんは？」
「天羽さん見ながらちょっと休憩。」
「そっか。じゃ。」




二人が去った後で。ホッとため息をもらしたあたるの手を、手がつかんだ。
「・・・っ・・・起きてたの？」
「まぁな。」
「あー、酔っぱらったフリ？」
「そうでもしなきゃマジで酔い潰されるって。親父さんも勝さんも底なしなんだぜ。」
「まあ・・・そうよね。」いつもよりさらにテンション上がってるし。
「おまえも疲れてたみたいだし。休めるだろ？」
「え？」・・・気づいてたんだ。
「いい披露宴だな。」
「そう？　うるさいでしょ。」
「いや、いい披露宴だよ。伊倉さんが嬉しそうだ。」
「・・・そうだね。」


さくらの。伊倉の。それから幸造の。母の。
喜びが増幅して広がっていくのがわかる。そういう披露宴だった。
まわりも一緒に喜んでくれるから。
「ほんと、よかった。」
「ああ。」
握っていた手に力をこめたので、あたるの視線は寝ころんだままの天羽に落ちる。
その頬に伸ばした手が顎をとらえて。
ゆっくり引き寄せられた唇が重ねられる。数刻。

『さあお色直しです。皆さん、お配りしてあるお米を持って外へ。
　ライスシャワーで、さくらちゃんと誠一君を祝福をしてあげてください。』

唇を放したあたるが、赤い顔のまま呟く。
「誠一君だって・・・。」
クッと天羽が笑って。
「行くか。」
「うん。」
起きあがった天羽と一緒に、あたるは外へ向かった。




集会場入り口には人の沿道。
今か今かと待ちかまえる皆の前に二人は再び現れた。
「わあっ・・・！」
真白なウエディング・ドレスはフリルの可愛らしいもので、
カヲルがあつらえた霞のようなベールがその全身を覆って裾を引く。
頭上に光るティアラ。
伊倉が横で誇らしそうにタキシードを着ている。
「おめでとうっ。」
「やったなーっ。」
「さくらちゃーんっ」
誰も彼も祝いの言葉と心をこめて、ライスシャワーを降り注いだ。二人に。
あたるも。天羽も。
晴れ渡った３月の空の下。
祝ってくれる人々からのシャワーの下をくぐり抜けていくさくらと伊倉は、
この上なく幸せそうに輝いていた。

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