＜Home＜二次創作メニュー＜本編メニュー　　　back＜　　＞next

ＶＯＬ．１１０　「約束と宿題」




改めて部屋を見回す。
「・・・広いよね。」
「ああ。最近じゃなかなかない間取りだな。」
「縁側って懐かしくない？」
「だよな。今の家じゃその言葉も使わないんじゃねえの？」
「雨戸かと思ったよ。」
クスクス笑うあたる。
「さすがにサッシが入ってるな。」
「あたし、好きだよ。この家。」
クルッと振り返ったあたるが言う。
「あなたは？」


天羽は答えず、家の水回りやら縁の下やら、
窓の開け閉めやらチェックに余念がない。
その後ろから子犬のように、
でもちょっとびっこひきつつ付いて回って、もう一度聞く。
「ねえってば。」
チラッと横目で見てから、ぶっきらぼうに答える。
「・・・ちゃんと見といた方がいいだろ？　借りるなら余計に。」
それだけ言うと、今度は庭へ下りていく。
きょとんとしたあたるは、しばらくしてからやっと言葉の意味を悟る。
満面の笑み。
「ほんとー？」
あわてて縁側から、庭を見ている天羽に聞き直す。


「おまえ耳悪いの？　・・・悪いのは頭か。」
「ひっどーい。そりゃ良くはないけど。」
ブッと吹きだした天羽が、ケラケラ笑い続ける。
「っんとにバーカだね。」
「あんまり言われるとすねる・・・じゃなくて、ほんとにここにする？」
まだ笑いながら、天羽が頷いた。
「大家はともかく、家は気に入った。」
「やったー！」
思わず膝を忘れて飛び跳ねかけて、痛みでグラッと傾く体。
「バッ・・・こらっ・・・！」


うわっ。又打ち身？　この高さじゃ痛いよ。
すっかりバランスを崩したあたるは、どこか冷静に落ちることを観念して目を瞑る。
衝撃に備えて萎縮する体。
ところが。
落ちる感覚の直後、覚悟した痛みの代わりに、ふわっと柔らかい腕の感触。
え？
ゆっくり目をあけると、縁側の真下に座り込んだ天羽に、
膝の上で抱きかかえられていた。


あたるが見上げると大げさに息を吐く。
「おまえさー、こけるのは１日１回でやめとけよ。」
「うっ・・・ごめん。」
赤くなってモゴモゴと口ごもるあたるに、いつものとおりの言葉。
「縁側から毎日おっこちるんじゃないだろうな？」
「そこまで鈍くないわよっ。」
「どうだかなぁ。」
「なによぉ。」
天羽の膝に乗ったままの口論は、端から見るとただの痴話喧嘩？
いや、ケンカにすらなってない。
顔を赤らめて上目遣いに抗議するあたる。
天羽は適当にそれをかわししながら、腕の中の体を大事に抱えていた。




「戻りました。」
建と華代が二人でお茶を飲んでいるところへ声がかかった。
華代がパッと笑顔になる。
「はい。あがって。」
そんな華代を建が意外に思う間もなく、あたるたちが顔を出す。
「お座りなさいな。とりあえずお茶をね。」
「おまえ、椅子借りろよ。」
「大丈夫だって。」
「いいから。すいません、ここいいですか？」
「もちろん。」


ダイニングテーブルの建の向かい側にあたるを強引に座らせる。
「すみません。」
あたるが建に会釈すると、彼は仏頂面のままお茶を飲んでいる。
天羽はその手前。華代が座ってる座卓のそばに腰をおろしかけて。
「じゃ、これ彼女にね。」
「はい。」
緑茶と豆大福をあたるのまえに運んでやった。
「ありがとうございます。おいしそう〜。」
嬉しそうな声をあげると華代が笑う。
「どうぞ。これは絶品よ。」
「うん、うまい。」　華代の横ですでに天羽は口を動かしていた。
「・・・遠慮っつーものはないのか。」　建がボソっと言いつつにらむ。
「出されたものは食べるのが礼儀でしょ？」
モグモグと口を動かしながら天羽は平然。


「ふつうは勧められてから食べるものだ。」
「だから勧められましたし。」
「言っておらん。」
「言われました。」
「わしは言っておらんぞ！」
「あたしが言ったのよ。ね？」
上がりかけた火の手は、あっさり消される。
プイッと横を向くふたりに、あたるはため息。・・・無理かなぁ。


「で？　どうする？　もうちょっと考える？」
華代の声に、あたるがふりむくより早く、天羽の声がした。
「お借りしたいんですが。」
その言葉に、そっぽむいていた建は、弾かれたように向き直った。
「・・・ほんとに？」
華代も驚いている。ひょっとしたらと思っていたけど、まさかとも思ったから。
「ええ。できれば。」
「是非お借りしたいんですっ。」
あたるも勢い込む。
「・・・こりゃ驚いたな。」
建が本音をもらす。
「くそじじぃになんぞ、二度と会いたくないんじゃないか？」
「そっちがろくでなしに会いたくないって言うなら諦めますけど？」
また火打ち石のような会話。
「あ、天羽さん〜。」
「建さんっ。」
両側から水入りで、中断されるそれ。


この二人に任せちゃ駄目だ。悟ったあたるは華代に話を向けた。
「あ、あの。ほんとにお借りできますか？」
「本気なのね？」念を押してくる華代。
「もちろんです。あの、あたしたちに貸していただけますか？」
謙虚な問いに華代は顔をほころばせる。
「もちろんよ。ね、建さん？」
にっこり笑いかけた華代に、反論などできるものではなく。
建はグッと詰まる。
目を白黒させながら、天羽をにらみつける。
「・・・ほんとになんでだ？　懲りたんじゃないのか？」
「確かに懲りましたけど。最初にあれだけやりあったら、後を取り繕うこともないし。
　お互い気楽かとも思って。」
「気楽・・・ねえ。」
「俺も気に入ったんですが、こいつがー。」
天羽はあたるを見る。
「ずいぶんその気だから。できたらそうしたいと。」
あたるが嬉しそうに微笑む。建は二人を見比べていたけど。


「・・・このろくでなしはあんたの言いなりだな、さっきといい。」
あたるに向かって言うけど絶対聞こえよがし。間髪を入れず。
「ご主人は奥さんにメロメロですねよね、間違いなく。」
これも聞こえよがしの台詞を、天羽は華代に向ける。
「何だとっ？　わしのどこがメロメロだってっ？」
「そりゃこっちの台詞だ。言いなりなわけないだろ？」
「天羽さんっ！」
「建さん。」
遅々として進まない話に、女性陣がウンザリしかけたが。
再び不機嫌そうに口を閉じた建が不意に笑い出した。くっくとおかしそうに。
「た、建さん？」
華代が声をかけるけど、笑い続けて。


「・・・ッ・・確かに。遠慮会釈はいらなそうだな、おまえさんたちには。」
「・・・は・・？・・」
あたるがポカンと聞き返す。
「最近の若い奴にはすっかり失望しとったんだが、
　どうやら捨てたもんでもないらしい。」
「あ・・の・・？」
「ケンカ相手が増えるのは呆けなくていいかもしれん。なあ？」
「そうね。・・・ケンカしなくてもいいんだけど？」
二人の穏やかな微笑に、あたるも、それから天羽も笑顔になる。
「よろしくお願いしますっ。」




その夜、カヲルの家にふたりが帰り着いたのは、とっぷり日も暮れた頃。
あの後、家賃その他を細かく確認し、帰りに不動産屋へ寄ったら、
こんな時間になってしまったのだ。
不動産屋では「決まった」と言ったら、ひどく驚かれてしまった。
まあ、あの大家さんだもんね、と暗黙の了解。
おまけに。


元々家賃が目的でない大家の二人は、
予算よりちょっと高めだったという二人の会話を聞いて、
家賃を下げると言ってくれたのだ。
これにはあたるも天羽も、喜ぶより恐縮してしまった。
「え、で、でも。こんなに広いし。」
「でもほら、古いから。」
「だ、だって。」
「安くされて文句言う奴はおらんぞ。」
「・・・後が怖くなければ・・」
「なんだとっ？」


一触即発なろくでなしと大家はともかく。
散々固辞したが、断固としてそれでいいと言われ、
思いもかけず予算内で借りることになったのだった。
やっぱりこれってラッキーだよね。
嬉しかったが、なんだか疲れもしたので、
夕食は外で済ませて帰ってきた二人だった。




「あー、疲れたね。よかったけど。」
冷蔵庫から水を取り出して飲みながら、あたるが言う。
「だな。すごく・・・いろいろあってさ。」
「ろくでなしとか？」あたるが笑う。
「おっちょこちょいとかな。」天羽も目を踊らせる。
案の定、ぷーっと頬を膨らませて。
「どーせ。」
「今さら？」
結局笑い出すふたり。
「お風呂入れるよ。」
「いいよ。俺がやる。」
「大丈夫だって。」
「いいから。濡れるとしみるぞ。洗濯物は？」
「やば。忘れてた。」
「転ぶなよー。」
庭へ走りかけて突っ込まれ、歩き出すあたるにやれやれと思いながら。
天羽は風呂場へ向かう。すでに勝手は知りすぎている。


お風呂に後から入ったあたる。膝が痛くて、湯舟に入るのは一苦労だったが。
洗い髪をタオルで叩きながら上がってみると、
先に敷いておいた布団の横で天羽がビールを飲んでいた。
「冷蔵庫から無断でとったぞ。」
「いいけど。つまみないでしょ。」
「いらない。」
天羽の向かい側にストンと座ったあたるが、急に思い出し笑いをする。
「なんだ？　気持ち悪いな。」
「ご、ごめん。昼間の・・・大家さんとあなた、思い出して。」
「くそじじい？」
「またー。もう思ってないくせに。」


「まあな。実際すごくいい人だったな。」
「うん。あの奥さんがあれだけ大事にしてるんだもん。すごく優しく見てたよ。」
「そっか？　俺は逆だと思ったけど。」
「あたしさ、家と、大家さんと、どっちを気に入ったのかわかんない。」
クスクス笑ってあたるが漏らす。
「んー、結局さ、住むってコトは周りと協調していかなきゃならないから。
　どっちも気に入ったなら、それに越したことないだろ。」
「そうだよね。」
「３月か。」
「うん。」



二人の引っ越しは時間差にした。
天羽はすでに、いつでも動けるわけだから、３月になったらすぐ移る。
あたるはあれこれ荷物もあるし、さくらの結婚式でバタバタするしで、
ちょっと遅らせることにしたのだ。
先に天羽が行ってるなら、あとはいつでもいいだろう。
実家に送った荷物も、そっちへ届けてもらわないと。


「なんかね、不思議だね。」
「ん？」
「今だって一緒にいること多いじゃない？
　だからこれが『一緒に住む』だとどう変わるんだろうって。」
「・・・変わらないんじゃねえの？」
「えー、そうかな。」
首を傾げるあたる。
「ま、仕事はともかく。基本的には２４時間一緒ってことになるから。
　多少は違うかな。」
ピクッとあたるの肩が揺れた。２４時間ーー。
それをめざとく見つけた天羽は、あたるの表情にビールを飲み干した。


「あのさ」
「え？」
「ちょっと来いって。」
ためらったけど、天羽のまじめな顔に、
四つん這いでペタペタと彼の横まで行ってまた座り込んだ。
微妙な距離。
「何？」
スッと伸びた腕が、あっさりその距離をゼロにする。
「きゃっ・・。」
閉じこめられて焦る。
なんでかな。頭のどこかで冷静に反問。
昼間だって、抱き上げられ、抱きとめられ、散々ー。なのに。
今はどこかで怯えが走ってしまう。どうしても。


「・・・約束するから。」
「・・・何？」
抱きしめたまま天羽が耳元で囁く。
「おまえがちゃんと−その気になるまで、待ってるからさ。」
「・・・天羽さん？・・」
「だから。逃げたり、怯えたり、怖がったりするのはやめろよな。」


ああ−−。昼間。病院からの帰り道。あの眼。
何も言わず、ただ待っててくれた。黙って。
『待っててくれるよ。』


あたるの手が天羽の背に伸びて、ギュッと抱きしめる。
「・・・うん・・・ありがと・・。」
その胸に頬をこすりつけるのはいつものあたるだから、
天羽もホッとする。
「・・でも・・。」ふと。
「ん？」
「・・その・・気に・・なったら・・・なんて言えばいい・・の？」
赤い顔が見上げる。
別に言葉なんてなくても、その顔でいいと思うけどーって違うよな。
今こいつはその気じゃないんだから。やっぱりなんかいるか。合図とか？
「そうだなー。」
考え込む。あんまり露骨なのも困りそうだし。別に俺はいいけど。
天羽の思考とは別に、あたるは昼間のことがあれこれ思い出されてるみたいで。


「建（たける）さんって。」
「うん？」
「ううん。名前自体すごく素敵だよね。
　『北御門　建（きたみかど　たける）』なんて。」
「だよな。」
「でも、奥さんが呼ぶとまた、さらに素敵に聞こえたよね。」
それは確かに思った。甘く優しく。名前を呼ぶだけで・・・あ。
「そうだ。」
「へ？」
見上げると天羽が口を歪めて笑ってる。何？　身構えるあたる。
「その気になったらさ。名前、呼んでみろよ。」
「・・・・・は？」
「俺の名前。」


「え？　あ・・・も・・う・・？」
「バーカ。それは名字。」
「・・じゃなくて？　名前？」
「そ、そっち。
　考えてみると、おまえが俺の名前呼んだことないだろ？」
「・・・っ・・・確かにそうだ・・けど・・・今さら？」
「今さらっていうより、なんで未だに？」
「なんでって・・・理由はないんじゃない？　・・なんとなく・・。」
「ならなんとなく呼んでみれば。」
「えーっ？　・・・恥ずかしいよ・・。」


「んなこと言ってたら。いつになっても呼ばないだろ？」
「呼ばなくても・・。」
「聞いてみたい。」
「そんなぁ。」
「呼びづらい？」
「呼び辛いに決まってるでしょう？」ほんと今さら。
「ならちょうどいいじゃん。」
「へ？」
「呼びづらい名前を口にできれば、
　ちゃんとその気になったって合図になる。」
「・・・そ・・れは・・・そうか・・・もしれない・・けどぉ・・。」
「よし、決まりな。」
「ほんとにー？」
「呼ぶのはおまえだから。呼びづらい、
　もしくは呼びたくないうちは、呼ばなきゃいいだけだろ。」
「・・・ええええ？・・・」


モゴモゴと口ごもるあたるを抱きしめながら、
いつのまにか布団にくるまってしまってる二人。
その耳に、天羽はもう一度繰り返した。
「楽しみにしてるな。」
「あ、遊んでるでしょっ？」
「なんで？　切実だぜ、俺も。呼んでくれなきゃいつまでもお預けなわけだから。」
「バッ・・カッ・・やっぱり遊んでるぅ〜。」
「わっ、やめっ、ほ、ほらっ、寝るぞーっ。」



『待っててくれるよ』

約束は信じられたけど。嬉しかったけど。
大きな宿題をダブルで出されたような気がして、困ったようなあたるの胸の内。
天羽はただ笑って、抱きしめるだけだった。

＜Home＜二次創作メニュー＜本編メニュー　　　back＜　　＞next