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ＶＯＬ．１０１　「新しき頁へ」




遅い朝食を食べた後。
天羽はあたるをひっぱって、再び不動産屋へ向かった。


「だって。昨日の今日で何を・・。」
「昨日聞いたのはアパートとかマンションだろ。」
「・・・じゃなければ？」
「一軒家とか。」
「え？」
「古くていいから、そういうのないかってさ。」
「余計に無茶じゃないのぉ？」
「そっか？　でもそれなら犬猫も飼えるだろ。」
「だ、だって。家賃とか。」
「古ければ新しいマンションとかより、安いかもよ。」
「そんなことないってー。」


突拍子もない提案に疑い眼を向けつつ、
あまりに乗り気な天羽に引きずられていった。
案の定、そんなうまい話はそうそうない。
不動産屋さんも頭をひねったが、
そういう物件があれば連絡をと駄目元で頼んできた。
３軒全て。
「ねえ、やっぱ無理じゃない？
　別に犬や猫は必ず飼わなきゃいけないものじゃなし。」
「わかってるさ。でも最初から希望を低くすることもないだろ？」
「・・・まあね。」
「他もあたってみるし。」
なんだか凄く積極的で楽しげな天羽の態度は、あたるも楽しくさせてくれる。


「一軒家ってカヲルの家みたいなの？」
「ああ、ああいうのいいよな。
　あそこまで立派なのは不可能だけど。あれってカヲルくんの・・・？」
「お母さんの実家なの。カヲルのおじいちゃんが住んでたの、昔。」
「へえ。」
「亡くなってからは空いてたんだけど、カヲルが大学入った時に、住みたいって。」
「いつの間にやらカヲルくん抜きで？」クスクス笑う。
「うー、そうなのよね。居座っちゃった。カヲルがニューヨーク行くときに、
　家の人には了解取ってくれたんだけど、いい加減にしなきゃ。」
「だから捜してるんだろ。でも空き家にしちゃっていいのか？　家が荒れるぞ。」
「うん。でもカヲルの妹が来るかも知れない。」
「妹？」
「由紀ちゃんていうんだ。もうすぐ受験なの。高３。」
「カヲルくんって何人兄弟？」
「３人。姉に妹。カヲルは真ん中。」


ふたりが話してるのはファーストフード。
朝食が遅かったから、昼も食べずに不動産屋を巡っていて。
やっとおなかも空いたので、手近にあったここに飛び込んだのだ。
美味しそうにハンバーガーにかぶりつくあたるに、天羽はなんとも言えない顔。
「おまえってほんと、幸せそうに食べるよなぁ。」
「そう？　だっておいしいもん。幸せ〜。」
「んな簡単に。」
「結構簡単かもよ。幸せって。」
「ん？」


「おなかすいてれば、食べるだけで。
　綺麗な花とか青い空とか。そんなんでも幸せだったりするんだよ。」
もぐもぐとほおばったままで付け加える。
「誰かと一緒だとね。」
「・・・そうだな。」
そう、そういうものなんだ。もちろん。それだけでは足りないこともあるけど。
やっぱり幸せそうにパクつくあたるを見ながら、天羽もホットドッグに噛みついた。
その味が。なんてことないのに、美味しいと思う。
それは多分−。




「教習所を見たい。」
食べ終えたところであたるが言い出した。天羽が一瞬顔をしかめ密かにびびる。
「・・おまえ、ほんとに取るつもり？」
「えー？　駄目？」
「駄目ってことはねえけど・・どうも不安なんだよな。」
「何が？」
「おまえが免許取るってことが。
　東京の交通渋滞に拍車をかけるだけって気がする。」
「・・・ひどーい。まだ教習所行ってもいないのに。」
「だから、行く前に阻止しようと努力してるんじゃん。」
「行く！　っていうか、見たい！」


天羽の台詞は、あたるを抑えるというより煽ることになって。
負けず嫌いが頭をもたげ、あたるはムキになっていた。
やれやれとため息をついて。
天羽は仕方なく、一番手近の教習所ってどこだっけと携帯で検索してみる。
実際のところ、あたるの運動能力はともかく、
運転能力がいかなるものかはやってみないとわかるわけはない。
ただ、どうも不安になるのは確かだった。


駅からバスで１０分のところに教習所はあった。
川の土手沿いに造られているコース。
そういえば、電車から見たことあったなぁ。来てから思う。
日曜はやっぱり混んでるみたいで、受付の建物内も人がいっぱい。
外に広がるコースもたくさんの練習車が右往左往している。
「ふへぇ〜。」
もらした妙なため息に、天羽が笑い出す。
「なんだよ、あきらめたか？」
「そ、そんなことないけど・・。」
ちょうど目の前で１台の車が、
せまい区画へバックで入ろうと四苦八苦している。
うわー、ぶつかりそう。


「あれがバック。関門の一つだな、おそらく。」
「そうなの？」
「いろいろあるぜ。縦列駐車とか、坂道発進とか、クランクとか。」
なんとなく楽しそうにすら聞こえる天羽の口調。・・・おもしろがってる。
「このコースをクリアしたらＯＫなの？」
「・・・んなわけないだろ。それじゃゲームと一緒じゃん。遊園地じゃないんだぜ。」
天羽の口調が一転ため息になる。
「ここが走れるようになったら、仮免とって。実際に外を走るんだよ。
　外が走れなきゃどうしようもないだろ。」
「そ、そりゃそうよね。」
うーん。やっぱり大変かなあ。かなりびびる。でも。
参考書片手の資格試験より、楽しいかも。
免許はどうしても欲しいし。
リサイクルショップに戻るにしろ、他を捜すにしろ、免許があって損はしないはず。


「とりあえずパンフレットもらってくる。お金のこともあるし。
　でもとりたい。−取る！」
宣言して受付へ走っていくあたるを見送って、
天羽は肩をすくめながら笑っている。
なんだかすごくパワフルだ。それはいいことだよな。
それにしても、あいつが免許を取れるように祈るべきか、
取れないことを祈るべきか？
まずはこの教習所の教官達に同情するかなぁ。
天羽は行き過ぎる教官らしき人物達を見ながら、天に呟いていた。




店へ戻るともう夕方。
今夜はカヲルの家に戻るつもりのあたるだったので、
夕飯代わりを適当に買ってきて食べることにした。
でもまだおなかがすいてない。
荷物を片づけてたら、天羽の携帯が鳴った。誰だ？　見て一瞬止まる。
「・・・誰？」
「遙だ。」
−−遙さん？


「もしもし。」
「天羽くん？　今どこ？」
「店にいる。戻ったんだ。」
「ホント？　あの、あたるさんは？」心配そうな声。
「いるよ、ここに。」
あっさりしたその返事に、遙はほーっと安堵した。
「・・・よかった・・。気になってたの。天羽くん、ちゃんとつかまえたんだ。」
「ああ。」


短く答えてから思い出した。そうだ。
「遙？　おまえは？　良介はっ？」
急にあわてた天羽の声に、遙が答えた。
「大丈夫。あたしもちゃんとつかまえたのよ。天羽くんのおかげ。」
安堵するのは天羽の番になった。
椅子に座り込むのをあたるもホッとしてみている。
「・・・そっか。よかった。」
「天羽くんに。無理行ったあの日にね、ジムが帰ってきたの。
　良介のために小学校まできてくれたのよ。」
その声が嬉しそうだ。
「良介も大丈夫。もう心配しなくていいから。ごめんねーほんとに。」
「お互い様だろ。あー、安心した。」
「・・・ありがとう・・。」
そう呟いた後、遙の口調が変わった。


「あのね、天羽くんに、天羽くんとあたるさんにも話があるの。」
「何？」
「とりあえず天羽くんにはね、悪いんだけどその店、空けて欲しいのよ。」
「ここを？」
「うん。今いろいろ店の見直しを考えてるんだけど。改装しようと思って。」
「改装。」
「改装って言うか・・・店としては新装になるのかな。」
携帯で遙に返す天羽の言葉を聞きつけて、あたるも驚いた顔になっている。
「まだ色々流動的な部分も多いけど、そこを全面改装するのは確かなの。」
「はー・・。そりゃもちろん明け渡すさ。
　大体俺が居座ってたんだからな。悪かった。」
「ううん。天羽くんが居てくれて、あたしはすごく安心できたんだから。」
「急ぐのか？」
「来月には始めたいの。できれば今月中に。」
「わかった。あたるに代わるか？」
「お願い。」
差し出された携帯に、ちょっと緊張するあたる。


「はい。」
「あたるさん？　よかった帰ってきてくれて。
　あの・・・いろいろあるんだけど。電話じゃちょっと面倒だから。
　明日、逢えるかな？」
「ええ、もちろんです。あたしも連絡しようと思ってたんです。
　なんか勝手してご迷惑かけて・・。」
「ううん。とにかく明日ね。お願いしたいこともあるんだ。
　もちろんあなた次第だけど。明日、１０時にそこでいい？」
「はい。」
「じゃその時にね。」


切れた携帯に天羽が聞く。
「なんて？」
「ううん。明日逢ってからって。でもなんかいろいろ・・？」
「店自体全面改装って言ってたぜ。」
「全面？」
「ああ。新装とも言ったな。・・・どうなるんだろ。」
「じゃあなたもここ出なきゃね。」
「ん。ちょうどいいじゃん。捜してるし。」
「でもまだ。」
「しばらくはウィークリーマンションでも、カプセルホテルでもいいさ。
　ちょっとマジにならなきゃな。」
そう言う声がまるで平穏、楽しそうなのであたるは安心した。


一気に動き始める。そんな予感。ううん。動き出すのは自分なんだ。
新しい頁がめくられる。自分自身を主人公にした。
そんな思いにふと、武者震いしそうだった。




その深夜。カヲルの家に戻ったあたるは、
一人ベッドに転がって部屋の天井を見上げている。
あたるが一人になることに、
天羽はやっぱり不満と心配があるようだったが。
とりあえずはしょうがないし、必要だともあたるは思っていた。
迎えに来てくれて以来、一人になることがなくて。
温かく包まれて、癒されているのは嬉しかったけれど。
だからこそ、一人になって考えてみたかったのだ。この数日間。この数週間を。



「泣くなよ？」
帰り際、天羽が最後まで気にしていた。申し訳ないくらい。
嬉しかったけど。
「大丈夫だって。夕べも平気だったよ。」
「平気ったって、目が覚めないくらいで。」
「んな事言っても、寝てるときだし。」
「・・携帯持って寝ろよ。」
「・・・泣いてもいいって。」
天羽が意外そうな顔になる。
「そんな急に、夢も見なくなって、泣きもしなくなったら可哀想じゃない。」
「・・・あたる。」
「ちょっとくらい泣いても、あたしはもう大丈夫。
　夢にも出てきてくれなくなるのも寂しいって・・・そう思えるようになったから。」
ニコッと笑う。
「あなたがいるから大丈夫。ありがとう。」


その笑顔が昔みたいにストレートで明るく見えても、
裏にどれだけの想いがあったことか。
”ありがとう”なんて−傷を負わせた本人に言うなよな。
でもそれは口にしない。天羽もただいつもの口調。
「バーカ。」
それからクシャッと頭をなぜた。




この１ヶ月。いろんなことがあった。
不安と。喜びと。
辛さと。痛みと。
驚きと。癒しと。


失ったものと得たもの。そのどちらがどうだったなんて言えやしない。
『もし』なんて。
思ってもしょうがないと知りつつ、繰り返していた。
『　if　』
今は。
失ったことを肯定なんてできない。得たものを誇るなんてできない。
ただ。感謝するだけ。
今こうして心が、少しずつでも穏やかになっていくことを。
傷は残っても、今より先を考えることができるようになったことを。
大切な人がそばにいることを。感謝して祈ろうと思った。

だから。
夢においで。

又泣くと思うけど。でも逢いたいよ。まだ寂しいよね。
やがてあなたが旅立つまで。あたしが歩き出すまで。
お互いに。
新しい頁へ。




朝まであたるは眼を覚ますことがなかった。
流れ落ちる涙は、その頬に光る筋を残していたけど。いくつも。
それでも安らかな眠りだった−。

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