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ＶＯＬ．１００　「報告」




翌日曜の朝。まだふたりとも毛布に潜り込んだまま。
お互いの温もりでゆっくり眠っていたのだが。
机の上で、あたるの携帯が鳴りだした。
着メロは何故か「星に願いを」。


「ん・・・？」
あたるは音から逃れようとして、天羽にすり寄る。
逆に天羽が眼を覚ました
「・・・んだ？・・・携帯・・・？」
俺じゃないよな。
「あたる、おい。鳴ってる。」
「・・・ん・・・・ね・むい・・・」
起きようとしない。大体朝っぱらに誰だ？
仕方なく起きあがった天羽。
あたるをまたぐようにしてソファベッドから飛び降りると、携帯を手にする。
−さくらちゃん。


「おい、あたる。さくらちゃんだぜ。出ろよ。」
「ん・・？・・・さくら？・・」
「俺じゃまた怒鳴られるだろ。」
鼓膜はやっぱり大事にしたい。
無理矢理起こして押しつけた。寝ぼけ顔で出るあたる。
「・・・もしもーし・・。」
「遅いっ！　何やってんのっ！」
うわ。さくらってほんと、どんどんお父さんに似てきてないかな。
この心臓への悪さ、そっくりじゃないの。
「・・・まだ寝てたんだもん。」
「あのね。もう９時よ。寝過ぎ！」
「いいじゃない。休みなんだから。世間だって今日は日曜でしょ。」
「体が馬鹿になるわよ。」
「・・・あんた、朝っぱらからお説教しにかけてきたの？」
さすがにあたるの声が険悪になりかける。


「違うわよ。ちょっと報告。」
「報告？」
頭をカシカシかきながら、やっとあたるの目が覚めてくる。
天羽はと言うと、さっさと着替えたらしく、コーヒーを入れ始めている。
「何の？　なんかあったっけ？」
「へへー。あたしね、結婚するから。」
「・・・・・・・は？」
耳を疑う。


けっこん。

結婚？

誰が？　さくらが？


「・・・あんた今、なんてった？」
「だから、結婚するの。」
「・・・あー、ゲソが来たのっ？」マジで？
「・・・なんでわかるのよ。」
せっかく驚かせようと思ってるのに。さくらの眉が寄る。
「えーーっ？　ほんとに？　ほんとに行ったの？」
携帯に向かって思いっきり叫んでるあたるに、
カウンターの天羽が何事かと顔を出した。


「うん。昨日の朝。」
「えーー？　・・・プロポーズしたの？」
「うん、された。」
「で？　で？」
「だから。結婚する、って言ってるでしょうが。」
「承諾したの？」
「・・・うん。」
「は−−−−・・・。嘘みたい。」
「ちょ、ちょっと。あたる。どういう意味よ？」
「だってさぁ、そう思わない？　あんたそこですぐ、返事できたの？」
「まあそりゃいろいろ・・・あわてたけどさ。」
怒鳴るわわめくわ泣くわ、大騒ぎだったわよ。


「ねえそれって・・・お父さん達には？」
その問いにさくらの声がちょっと怯む。
「お父さんどころか、ご近所中にバレてる。」
「−−はああ？」
「だってさ、伊倉ったら朝っぱらの路上で、
　大きな声で叫んだんだもん。『結婚してくれ』って。」
・・・・・・・・開いた口がふさがらない。
「ゲソって時々、ものすごく大胆よね。」
「それはあたしも思った。」
「でもさ、その路上での申し込みに、あんたはそこで返事をしたんでしょ。」
「なんでわかるの？」
だと思った。
「・・・似合いの夫婦だわよ。」
「ありがと。」
「じゃなくて。父さんは？　母さんは？」
「だからね。プロポーズされて、返事したでしょ。
　次の瞬間、そこで父さんが伊倉を殴り倒したわけよ。」
・・・・・・・・・もはや驚きの台詞も品切れだ。


「ご近所一緒に大騒ぎになっちゃって。」
「大変じゃないっ。」
「うん。でも大丈夫。」
「どこが？」
「殴り倒されて気絶したんだけどね。
　家にかつぎ込まれて意識が戻ったらすぐ、
　父さんと母さんにお願いしてくれたの。」
「・・お嬢さんを下さいってやつ？・・」　あのゲソが？
「それ！　あたし、感激しちゃった。」
「で、父さん達は折れたの？」
「うん。っていうか、父さんは殴って気がすんだみたい。
　あたしが伊倉にずっと未練だったの、わかってたのね。」
そうかもしれない。さくらもわかりやすいから。


「ねえ、ゲソってそれでどうするの？　会社は？」
「もうやめちゃったってば。うちに婿入りよ。」
「へえっ？」
「あたる、家のことは心配しなくていいわよ。」
「はぁ。」
「干物屋はあたしがやる。
　伊倉はどうするのかまだわかんないけど、でもここにいるから。」
「ゲソがねー。あの優柔不断な男が。すごい決心したね。」
「うん。」
「・・・・よかったね、さくら。おめでとう。」
「・・・・・・あたる・・・ありがと・・あ・・りが・・と・・」
さくらの声が湿る。
「指輪・・・持ってってくれた・・って・・あり・・がと・・」
「馬鹿ね。おせっかいなだけだよ。決心したのはゲソなんだから。」
「・・うん・・」


「結婚式は？　いつ？」
それだけご近所にばれてたら、しないわけないだろう。
「まだそこまでは。」
気づくと受話器の向こうはヤケに騒々しい。
「何？　朝っぱらからお客さん？」
「ううん。昨日からお祝いになっちゃって・・・もうどんちゃん。」
あたるが呆れながら笑い出す。あー、またあの騒ぎか。
「そっか。ゲソが酔っぱらってるんでしょ。」
「うん。父さんもベロベロ。」
「・・・ほんとよかった。安心したよ。」
「うん。今度はあたるの番だからね。」
「何よ。人に振らないでよ。」
「あのね、妹に先越されるんだから。ちょっとは焦りなさいよ。」
「こういうのは人それぞれ。」
「ンな事言ってないで、さっさとつかまえなさいって。相手はいるくせに。」
「あたしはまだ、しばらくこのままでいいよ。」
それは本心。
そこで聞き覚えのある声が聞こえた。ゲソー？


「さーくらー、なにやってんだよー・・・電話？」
「ちょ、ちょっと。あたるだって。」
「えー？　あたるちゃん？　マジ？　かしてっ・・・もしもしっ？」
うわー、ベロベロのゲソ。赤い顔が浮かぶ。
「うん。あの。おめでとう。」
「あーりがとっ。あたるちゃんのおーかーげー。」
「そんなことないよ。」
「あーるーよー。あの時ーきてくれたじゃん。」
「ちょっとは役に立ったのかな。」
「すっごくーー。ほんとに感謝ーー・・・あれ？
　あたるちゃんがいるってことは？　天羽さんはー？」
「へ？　あ、いるよ。」
「いる？　じゃあたるちゃん、つかまったんだー。」
「へ？」
「代わってかわってー。」
首を傾げつつ。
そばでコーヒーを飲んでいた天羽に差し出す携帯。


「・・・ゲソだよ。あのね、さくらとの結婚決まったって。」
「マジ？　やったじゃん。」
あわてて携帯をとる。
「もしもし？　伊倉さん？」
「あーもうさーん♪　あたるちゃん、つかまったんだーっ。」
隣で首を傾げてるさくら。
「やったねーっ。」
如何にも酔っぱらいの口調だけど。
「伊倉さんこそおめでとう。さくらちゃん、つかまったんだね。」
「そうなんだー。いやー、苦労したよー。
　おやっさんにさっ、ぶっとばされちゃったぁ。」
げ。
「もー、参ったけど、しゃあないよなぁ。」
天羽は覚悟を決める。次は俺かな。
「でもさぁ。ご近所みんなで祝ってもらっちゃってさ〜。もう嬉しくて〜。」
ベロベロに加えてメロメロな声だ。
よかった。素直に思う。
「ほんとにおめでとう。さくらちゃんにも言っといて。」
「んー、オッケーオッケー。さくら？　あれ？　さーくらー・・。」
「伊倉さん？　伊倉さん？」
プーーっと切れてしまった。苦笑する天羽。


「どうしたの？」
「切れちまった。酔ってたからなぁ。」
「しょうがないね。でもよかった。」
「ああ。お祝いだな。」
「お父さんもお母さんも許してくれたらしいから。安心した。」
「そっか。親父さん、ぶっとばしたって？」
「だってゲソったら、朝っぱらに路上でさくらに、
　結婚してくれって叫んだんだって。それもお父さんの目の前で。」
「・・・・すげえな。」それはできないかも。
「で。その直後殴り倒されちゃったらしいの。」
「ドラマ顔負けだね。」
「ほんと。」
顔を見合わせてふたりは笑い出した。
それは安堵と喜びの笑い。
さくらと伊倉には、やっぱり幸せになって欲しいから。


「あー、びっくりで目が覚めちゃったよ。」
そう言いながら又目をこする。その仕草は幼いのに。
眠るときは素肌にＴシャツとかキャミソールが常のあたる。
今は腰にかぶるくらいのダブッとしたＴシャツを着ている。
小柄なあたるにはちょっと大きめのせいか、
襟ぐりが広く肩に落ちそうで、鎖骨がしっかり見えている。
これに色気を感じるのは俺くらいか。
やばい方向へ思考がいかないうちに目を反らす。
「コーヒー飲むか？」
「うん。」
「着替えろよ。あっちで入れてやるから。」
「はーい。」
呑気な返事だ。人の気も知らないで。これは独り言。


ジーンズとセーターに着替えてきたあたるがカウンターに座ると、
天羽がカップに入れたコーヒーを出してやる。
「あたしやっぱり今日はカヲルんちへ戻るね。」
天羽の眉が片方上がる。
「だってさ。ここに居座るわけにもいかないでしょ。
　仕事続けるかどうかもわからないのに。」
「そりゃーそうか。」
「カヲルんちも１０日空けてるから見てきたいし。」
「早いところ、探すかな。引っ越し先。」


「あー、吉良くんにも連絡入れなきゃ。」
また片眉をあげる天羽。まるで眉の体操だ。
「吉良・・・ね。」
その名に関する天羽の微妙なジェラシーに、
あたるは気づいていない。
「心配かけたし、いろいろ助けてもらったもの。」
口をすぼめたものの、それは天羽も否定できなかった。
吉良がいなかったら、
自分はあたるの妊娠も流産も、知らずじまいだったかも知れない。
下手すればあの日、あたるをそのまま見失ったかも知れないのだ。
そう思うとゾッとする。
「・・・かけろよ。俺も礼を言ってない。」
ちょっと驚いたあたるだが、天羽の真面目な顔に押されて携帯をとって来た。



「・・さくらのねーちゃんっ？」
「吉良くん？　久しぶり。」
「あーのーなー。」
あ。声が怒ってる・・・当たり前か。
「ごめん。ごめんなさい。色々心配してもらって。」
「・・・今さらいいよ。どこにいるんだ？」
「店なの。」
「戻ったのか？」
「うん。」
「あいつは？」
「ここにいるよ。一緒に戻ったの。」天羽と視線を合わせる。
「ふ・・・ん。間違わなかったんだな。」
「うん。」
気配を察して、天羽が手を伸ばしてきた。


「ちょっと貸せ。」
「あっ。」
「もしもし？」
「・・・よう、ちゃんと正解したんだな。逃げられずにすんだか。」
憎たらしい台詞だけど。
「おかげさまで。」
「ま、よかったじゃねえの。」
「ああ。・・・・あんたに感謝してる。」
吉良が黙った。まさかこんな言葉をもらうとは思ってなかった。
「別にー。あんたのためじゃなかったぜ。ひとつだって。」
「わかってるよ。こいつのためだろ。でも感謝してる。」
再び黙る吉良。その胸に湧いてくる思い。
こんな風に。自分以外の誰か一人に、必死になってみたい。


「・・・いらねえよ。元々俺が口出しすることじゃなかったんだ。
　でもさ。もう泣かすなよ。なるべく。」
「なんだ、絶対って言わないのか？」
「絶対なんて−誰にも言えないさ。」多分。
そこに認められたわずかの共感は、男同士だからだろうか。
意外に思いながらも、受け止めて天羽も繰り返した。
「もう泣かさない。−なるべく。」
胸の内でそれを「絶対」に変換してても。
「サンキュ。じゃな。」
そう言って携帯をあたるに渡す。


「もしもし？」
「で。仕事はどうすんの？」
「まだ・・・わかんない。」
「そっか。俺もさ、あまり手伝えなくなるかも。」
「何か決めたの？」
「んー。捜してる。」
「そう・・・うん。あたしも大丈夫。吉良くん、ほんとにありがとう。
　あなたが居てくれて有り難かった。とっても。」
その言葉に溢れている感謝がわかるから。
いい加減慣れぬものを身に浴びすぎて、吉良は照れた。
「あー、もういいっ。又電話する。じゃな。」
「あ、吉良くんっ、あの、さくらがっ。」
切れてしまったー。



「あー、さくらのこと言いたかったのに。」
「さくらちゃんが自分で電話するんじゃねえの？」
「・・・そうかな。」
「おまえさ、文句言わないな。」
「何を？」
「さっきの台詞。『なるべく』っての。」
「え？　あれ、あたしのこと？」
「・・・相変わらずだよ。」脱力する。
「なるべく泣かさないようにしてくれるんでしょ？　文句ないじゃん。」
「絶対じゃなくても？」
「絶対なんてわかんないよ。」
奇しくも同じ言葉を漏らすのに瞠目する。
「それにさ、泣くってなにも、悲しいときだけじゃないし。」
ニコッと笑う。
「あたし涙もろいから、嬉しいときだって泣くよ。」
「なるほど。」
「だから・・・いいの。十分なの。ここに居るだけで。」
つっと伸ばした手で天羽の腕に触れる。


「吉良くんにいい報告ができてよかった。」
「・・ああ。」
「さくらもいい報告してくれたし。」
「だな。」
「なんか、嬉しい。」
微笑むその唇に唇を重ねて。キスばかりしてる。朝っぱらだってのに？
『唇が腫れないかな』
あたるの台詞を思い出すけど。
ま、いっか。
今は何より−。

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