＜Home＜二次創作メニュー＜本編メニュー　　　back＜　　＞next

ＶＯＬ．９９　「絶対要素」




一旦カヲルの家に戻ろうと思っていたあたるだったが、
その日も結局、店で一緒に眠ってしまった。
天羽がどうしても帰そうとしなかったのだ。


「いいじゃん。用があるわけじゃなし。」
「そりゃそうだけど。」
「明日は忙しいし。」
「へ？　なんで？」
「不動産屋。」
「・・・マジ？」
「なんだよ。キャンセル不可っつったろ？」
「だ、だって。そんなに急がなくても。」
「善は急げ、睡眠第一。」
「大丈夫だって。あたしもそんなに毎晩うなされるわけじゃ。昨日だって。」
「おまえの睡眠じゃないよ。俺の。」
「・・・どうせ。」
ぷーっとふくれたあたるの頭をクシャっとなでる。
あ、久しぶり、この感覚。


「おまえがうなされてるかもって思いながら離れてると、俺が睡眠不足になるの。」
「・・っ・・」赤くなってうつむくあたる。
「すぐみつかるもんじゃないだろうし。大体、どんなところがいいんだ？
　おまえ希望ってないの？」
「え？　えーっと。えーっと。・・・あなたは？」
質問を質問で切り返したのは、話のスピードにまだ心がついていってないから。
「特にない。」
「んな安直な。」呆れる。
「住めば都ってタイプだから。こだわるなら、ここにこうも長々居着いてないだろ？」
そう言って見回す部屋。確かに最小限のものしかない。
ここに来るようになって１年になるけど、
その間増えたものはほとんどないなぁ。・・・あれ？


「ねえ。あたし、あそこにくじら置いといたんだけど。直した奴。」
あたるがソファ横の棚の上を見ながら聞く。
「あーっとこっち。」
天羽はおもむろに持ち帰ったままの旅行バッグをあけると、
そこからタオルで包まれたくじらを取り出した。
びっくりしているあたる。
「・・・もってきてたの？　島まで。」
「ん？　まぁな。お守り代わり。」
「お守り？」
天羽が大事そうに手にしたそれを、あたるに差し出す。
「これでさ、おまえの行き先がわかったから。ちゃんとつかまえられるようにって。」
ひび割れたしっぽのくじら。掌にそれを受け取って。


「あなたの願いは叶った？」
「ああ。」
あたるが切なそうに。でも嬉しそうに微笑んだ。
「なら、あの海に返してくればよかったね。」
「いや。お守りだからさ。持っていこうぜ。新しい部屋へ。」
あたるがまっすぐ眼をあげる。
新しい部屋−。
「俺たちが一緒に暮らす部屋にさ。」
そう言って笑った天羽は、ちょっと照れて横を向いた。指が煙草を探す。
「・・・うん。」
頷いて。そっとさするくじら。
一緒に行こうって。これから探す、新しい場所へ。




風呂に行こうと言われたが。
「まだ銭湯は無理なの。でも洗濯物あるから、ランドリーまで行く。」
というわけで、ふたりは銭湯までの道を連れだった。
洗濯物をコインランドリーへ放り込んで。
「ここにいるよ。」
「寒くないか？」
「大丈夫。あー、この漫画先週号だ。読みたい〜。」
すぐ座り込んだあたるに苦笑しながら銭湯へ。
だが戻ってみても、そのままの格好のあたるだった。


「こら。洗濯物。」
「え？　あ、お帰り。」
「もう止まってるだろ。」
「へ？　あ、忘れてた。」
「ったく。」
乾燥機に入れ直してコンビニへ向かった。
カゴに手当たり次第食べ物を放り込んでいる天羽。もちろんビールも
「お菓子もいるだろ。」
「そんなに食べられる？」
「冷蔵庫いれとけば。」
何気なくあたるが、ナプキンを手にしたのを天羽が見た。
「おまえさ、明日病院へ行った方がいいんじゃねえの？」
「えっ？　あ・・・。」


予後としていいのか悪いのかちゃんとわかってなかった。
流産したときに運ばれた救急病院へはその後１度行ったものの、
直後だったから状態は変わるわけではなかったし。
妊娠してからずっと経過を見てくれていた病院へは、実はまだ行ってなかった。
行きづらくて。
でも。確かに気になる。
「う・・・ん。やっぱりそうだよね。」
「近いのか？」
「すぐそこ。」
「なら行ってこいって。体が先だ。」
「はい。」


こういうところ。
思わず口を濁したくなる部分を、あっさり口にしてくれるところが天羽らしさ。。
山ほど買い込んだスーパーの袋とランドリーの洗濯物を抱えて、
家路につく。
これが続いていくのかな。だったらいいなと思った。
一緒に暮らすことが、一緒に歩くことのように日常で。
昨日から今日、明日へと。
いろいろあっても続いていく、道のようならいいなと。




翌日。土曜日なので、あたるは早めに病院へ行った。
先生は流産したことに驚き、残念そうだったが慰めてくれた。
「・・事故はしょうがないわよ。」
責めるような言葉は一言も言わない。最初からそうだった。それが有り難かった。
「ちょっと悪露が長いかな。でも大丈夫でしょ。
　ストレス溜めないようにね。心も体もゆっくり休めること。」
「はい。」
「仕事は？」
「今、休みなんです。」
「そう。」


病院を出たら、目の前の植え込みに天羽が座っていてびっくりした。
「どうしたの？」
「いや。ボツボツ終わるかなって思って。」
立ちあがるとゆっくり歩いてくる。
「どうだって？」
「心配ないって。ちゃんと休みなさいって。」
「そっか。」
ふたりの横を、おなかの大きい女性が通り過ぎて入っていく。
チラッと目を走らせてからあたるを見る天羽に、なんとなくわかった。
「・・・大丈夫だよ。」
「ん？」
「大丈夫。」
にっこり笑ったあたるの肩を抱く。
「もう昼だな。」
「おなかすいた。」
「よっしゃ。食べに行こうぜ。何にする？」
久しぶりに訪れたふたりの時間に、プカプカとたゆたっているような感じだった。




「あたし、免許取りたいな。」
「へ？」
豚カツ屋へ入って定食を頼んだふたり。待っている間に突然あたるが言い出した。
「運転免許。やっぱり欲しい。」
「遙のところ、続けるのか？」
「それはまだわからないけど、でもある方が絶対いいと思わない？」
「問題は、いい悪いじゃなくて、取れるか取れないか、だろ。」
グサッと刺すような台詞にしかめっ面をする。
「やってみなきゃわかんないでしょ？」
「そりゃそうだけどな。・・・やるの？」
カチャッとふたりの前に定食がお盆ごと置かれた。
ヒレカツセットとロースカツセット。
パチッと割り箸を割りながら、あたるが宣言する。
「やる！」
「金も時間もかかるぞ。」
天羽がソースを差し出してくれる。


「うん。仕事をちゃんとしないとね。」
「遙と話し合ってからにすれば。
　やめるならやめるにしてもさ、おまえも折角資格まで取ったわけだし。
　頼めば別のところも紹介してもらえるだろ。」
「そうだよね。資格もできればまた受けたいなぁ。」
ガシッと噛みしめるとジュッと肉汁が口の中に広がる。
いかにも美味しそうな顔を見ながら、天羽が笑う。
「なんか、あれもこれもすげえ欲張り。」
「いいじゃない。前向きって言ってよ。」
「はいはい。」
「なんかね、急にいろいろやりたくなってきた。なんでかな。」
「さてね。」
しゃべりながらもパクパクと箸をすすめ平らげていくあたる。
天羽は短い返事だけだったが、その顔は優しい。


「うまいな。なんか、食事の味が久しぶりの気がする。」
「あー、あたしも。」
「食べて美味しいってのは大事なことだよなぁ。」
「うんうん、ほんと。
　やっぱりちゃんと味わって食べないと栄養にならないのかも。」
「なるほど。」
そこであたるが箸を止めて呟く。
「カヲル、元気かなぁ。」
「ん？」
「前にね、カヲルが言ってくれたことがあったの。
　あたしはカヲルの炭水化物なんだって。」
「炭水化物？」
吹きだしかける天羽。なんだそりゃ。
「だから、ごはんとかパンとか。」
「糖質か？」
「エネルギーって言ってよ。」
クスクス笑いながら、味噌汁の碗を傾ける天羽。


「エネルギーねえ。おまえがカヲルくんの？」
「うん。カヲルはあたしのビタミンＣなんだ。」
「へえ？」
「カヲルと居ると、なんかさ、心が元気になることが多かったから。」
思い出すように微笑むあたるに天羽は知らん顔で、
チクッと刺す何かをごまかそうとする。
エネルギーにビタミン。生きていくための栄養素ってわけか。
「あなたは水かな。」
「・・・は？」
食べ終えて煙草をくわえた天羽がライターを止める。
「水？」
「そ。」
「なんで？」
「だって、人間の体の７０パーセントは水なんでしょ？」
確かにそう聞いたことはあるが。
「絶対要素。」
クスッと笑って湯飲みを手にすると、注ぎ直されたお茶を飲むあたる。
こいつ。
こういうところでそういうことを言うかな。前より率直で大胆になってないか？


「ねえねえ、あたしは何になれる？」
「何って・・・。」
「あなたの。」
まっすぐ聞いてくるあたるに、
煙草をくわえたままライターを宙に遊ばせていた天羽は、
プイッと横を向いて火をつけた。
「さーてね。・・・脂肪とか？」
「なによそれー、そりゃあなたは痩せてるけどねっ」
むくれた顔に笑いながら、嬉しさを隠す。ー水か。
さっき刺された何かが溶けて消えた。


−−−おまえはねー。




食事を終えたふたりは不動産屋へ向かった。
「とにかくどんな物件がありそうか、聞いてみるってことで。」
そう言って飛び込んだのだが。
「うーーん。結構高いもんだな。」
いくつか見せてもらった物件に唸って出てきたふたり。
「だって、都内だもん。」
「別に新しくなくてもいいだろ。」
「そんなのこだわらないよ。」
「にしてもな。」
この１、２年部屋探しなどしなかったせいか、
どこか感覚が呆けているかもしれない。
「他にもあったよな、不動産屋。」
「うん。あっちとこっちにも。」
「行ってみようぜ。」
のんきなのか積極的なのか、声はのほほんとしながら、天羽は足を向ける。
その雰囲気が逆にあたるを安心させた。
急ぐでもなくでもその気がある態度。



結局３軒の不動産屋を巡ったが。
元々こっちのイメージもはっきりしてないし、気に入る物件にも当たらなかった。
店に帰り着いて、ソファと椅子にそれぞれ身を投げ出す。
「あー、ちっと疲れたな。」
「うん。」
「やっぱりもう少しこっちの希望と予算を固めなくちゃなぁ。」
「だね。」
ソファに寄っかかって目をつむるあたる。
「疲れたか？」
「ん？　ほら。ずっと船の上だったじゃない？　久しぶりに歩いたーってところ。」
「そういやさ、おまえ猫が飼いたいって言わなかったっけ？」
「言った・・けど。でも難しいんじゃない？　今うるさいよ。」
「だな。ペットＯＫってところじゃないと。」
「うん。カヲルん家みたいに、一軒家ならともかくね。」
「一軒家か・・・。」
天羽がチラッと考えを巡らせたが、口には出さなかった。


「実家で飼ってたのか？」
「ううん。だってうち、干物やだよ。」
「あー、無理か。」
「食べ物扱ってるといろいろあるから。」
「ふ・・・ん。」
「あなたは？」
「昔。小さい頃、犬飼ってた。」
「いくつくらいの時？」
「小学校上がる前から、２，３年生までかな。」
「どんな？」
「雑種。俺が拾ってきたんだ。親父にごねまくって、姉貴も味方に引き入れて。
　やっと許可してもらった。」
天羽の子どもの頃の話は珍しくて聞き入る。


「名前は？」
「リョウ」
「なんで？」
「俺が拾ったから。一字やったんだよ。良之の良。」
「あ、なるほど。」
「可愛かったぜ。生後間もなかったから、コロコロでさ。
　あんなの捨てる奴の気が知れなかった。」
「ふーん。」
「結局３年で死んじまったけどな、病気で。」
「病気？」
「ああ。よくわからなかったんだ。昼間元気だったのに夜中に苦しみだして。
　病院連れていったけど、駄目でさ。」
椅子に座って背を向けたまま、天井に向けて煙草をプカプカと吐いている。
「あれが俺が死ってのを目の当たりにした最初かなぁ。」
声には特に何の響きもないけど、
その抑揚のなさが逆に気になって、あたるは立ち上がると横に座った。
天羽はあたるを見て首を傾げ、フッと笑って煙草をもみ消す。


「なんだよ。」
「なんでもないけど。」
「バーカ。ただの昔話。」
「わかってる。でも初めてだね。」
「ん？」
「昔話。子どもの頃の。」
「・・・そっか。」
それ以上は聞かない。悲しかった？なんて、わかりきったこと。
「また聞かせて。」
「何を？」
「昔の話。子どもの頃とか。」
「おもしろい話なんてないぜ。」
「でも聞きたい。」
「またな。」
口の端を歪めるいつもの笑いに安心して、あたるはコトンと頭をその肩に預けた。


「なんだよ。甘ったれてる？」
「いいでしょ、たまには。」
「いつでも。」
のぞきこまれるとすぐ赤くなる、その顔にやっぱりキス。
「・・・なんかさ。」
「ん？」
「キスのしすぎで、唇が腫れそう。」
ブッと吹きだした天羽が笑い出す。
「だ、だってー。」
「腫れたらまた舐めといてやる。」
「はあ？」
「第一、誰も気にしないって。」
「なんか違うようなー。」
「違わねえって。」
まだ笑いながらまたキス。
言い訳しつつ、あたるは笑顔で受け止めていた。


生きていくための絶対要素。
たとえば俺がくじらなら。−おまえは海かな。
全部受け止めて。呑み込んで。それでも変わらずゆったりと満ちてくる。
大きくて広い、俺だけのー。

＜Home＜二次創作メニュー＜本編メニュー　　　back＜　　＞next