＜Home＜二次創作メニュー＜本編メニュー back＜ ＞next
|
ＶＯＬ．７９ 「はちあわせ」 山のような引き取りを終えて。あたると吉良が店に戻ったら４時を回っていた。 「おいっ！ ５時までって言わなかったっけ？」 「そうだけどー、片づけ。あ、車も。」 「いいって！ 俺がやる。車も戻しておくから。早く家に戻って電話！」 「ごめん。じゃ鍵。郵便うけに入れといて。」 飛び出していくあたるにあわてて叫ぶ。 「走るなー！ 転ぶだろっ！！」 その声にピタッと足を止め、それでも小走りになる後ろ姿に苦笑い。 「どうしようもねえな。」 車に積み込んだ引き取りの品を、おろしにかかった。 良介と家についたカヲル。 久しぶりの祖父の家は変わらない佇まいと雰囲気。 今いるのはあたるだけなのに、なぜか３人でいたときと同じ空気を感じて微笑む。 「きっちりやってくれてるみたいだな。」独り言。 不思議そうに見上げた良介を促す。 「入れよ。初めてだったよな。」 昔ながらの日本家屋が珍しいのか、キョロキョロとあたりを見回す。 「そこらへん、見てもいいぞ。」 遠慮していたようだが、カヲルの言葉にニコッとすると探検を始めた。 台所。居間。縁側。階段。庭。 「広いね。お兄ちゃん、独りで住んでるの？」 「いや。俺は今ここにいないから。あたるがいるんだ。 元は俺のおじいちゃんの家なんだよ。」 「お兄ちゃんのおじいちゃん？」 「ん。ずっと前に死んじゃったんだけどさ。好きだったな。」 ここはカヲルの母方の祖父母の家。いわば母の実家で。 祖母はカヲルが物心つかないうちに亡くなり、その後祖父が一人で住んでいた。 昔気質のきっちりした人で、その割りに家のことも男ながらきちんとこなした。 男の子はカヲルだけだったせいか特に甘くて、よく泊まりで遊びに来た。 祖父が亡くなったのは、カヲルが中学生の時。眠るような往生だった。 母は一人っ子だったので、残されたこの家は住む人がなく。 時々来ては風を入れていたのだが。 大学生になり、東京へ出てくると決めたとき、カヲルはここに住みたいと希望した。 祖父も、この家も、カヲルにとっては優しい思い出だったから。 「ぼちぼち、あたるに頼むのも悪いかな。」 あたるはきっとそのうち、天羽さんと暮らすんじゃないかな。 というより、今になっても一緒に暮らしてないのが不思議なくらいだ。 正月の電話の話だと、由紀がこっちへ来るかも知れないけど。 あいつにここで一人暮らしはきついかなぁ。 ちょっと不安だ。誰か友だちとか誘わせないと。 人が住んでる方が、家も嬉しいだろうから。 そんなことを思いめぐらせていた時、ガラッと戸が開く音。 「・・・誰？」 聞き覚えのある声は不安そう。微笑が漏れる。 つかつかと玄関へ行ってのぞく。 「さて、誰でしょう？」 「・・・カヲルー！」 いきなり抱きつかれて、焦るのはこっちだ。でも懐かしい感触。 「おまえ、彼氏いるのに、大胆だね。」 「へ？ あっごめん。」 照れて離れる。変わらないなぁ。 「え？ 一時帰国って今日だったの？ 教えてくれればいいのに。」 「俺だってさ。呼び出されて、チケットごと拉致だぜ。たまんないよ。」 「ほんと？」 「なのに、明日にはまた出発。」 「・・・嘘。」 「今日もさ、こっちに戻れるかわからなかったんだ。でも、連れができて。」 「連れ？」 「良介ー、何処だー？」 「良介・・・くん？」 あたるの表情がちょっと固まったのは、奥へふりむいていたカヲルには見えない。 呼ばれて軽い足音と共に、ひょこっと良介が現れた。 「何？ あ、お姉ちゃん。」 良介にとってあたるは、いつも「優しいお姉さん」で。 ついこないだのイブも、頭をそっとなでて慰めてくれた。 自分は泣きじゃくってたのが、今となっては恥ずかしいけど。 「どうしたの？ あれ、お母さんは？」 ギクッとする。 「遙さん・・・が、どうかした？」 「今日は引き取りの予定だったんだけど、急用で来られなくなって。 てっきり良介君のことかと思ったのに。」 答えない良介だが、その表情に二人とも何か感じる。 「その包帯は？ 怪我？」 つい追い立てるように質問してしまうあたるに、良介がだんだんうつむいていく。 カヲルがたしなめる。 「あたる、取り調べじゃねえんだから。」 「あ。あ。ごめん。そんなつもりじゃ。・・・でもなんでカヲルと？」 「世田谷まで仕事で行っててさ、帰りに一人で歩いてるところを見つけて。 で、遊びに行ったの。一緒に行くって以前、約束したから。な。 でもちゃんと遙さんに電話したぜ？」 カヲルの言葉にちくっと胸が痛んだけど、良介もうなづく。 今日はまだ、母に会いたくない。 「そう。ならいいか。」 「おまえこそ、今日は随分早いじゃん？」 「え？ ・・・きゃあああ！！ まずいっ！」 カヲルと良介の出現にすっかり失念していた。 あたるは時計を見て、２階の自分の部屋へとすっとんだ。 唖然と見送る二人。カヲルが呆れたように頭をかく。 「相変わらずかぁ。」 でもその顔は嬉しそうだ。 やっぱりベッドに置き忘れてた、書類と番号。 時計をみると５時１５分前。まだ間に合う。 でも。いざとなるとどきどきして、指が動かない。落ち着け、心臓！ 改めて自分に確認する。落ちてもがっかりしない。落ちてもちゃんと話す。 今度こそ。 「よしっ。」 あたるの指は、番号をプッシュした−。 上がったっきり、下りてこないあたる。 喉がかわいたという良介に、冷蔵庫から飲み物をだして飲ませてやりながら、 カヲルがつぶやく。 「なにやってんだ、あいつ？」 もう１０分は経つよな。首を傾げながら、様子を見に行く。 「悪い、ちょっと待ってろ。」 トントンと階段を登って、あたるの部屋に声をかける。 「あたる？ どうしたんだ？」 返事がないので戸を開ける。 あたるが床に座り込んでいる。ボーっと宙を睨んで。 「お、おい。あたる？」 その瞳の前で手をひらひらさせてみるけど、まるっきり反応なし。 「駄目だこりゃ。どうしたんだ？」 ふと手元に気づく。携帯と紙？ 見れば資格試験の要項と受験票。ひょっとして？ 「おいっ！ あたる？ おいっ！」 あわてて揺すぶる。ハッと我に返ったあたるは、カヲルと目を合わせる。 「・・・受かった。」 「は？」 「受かった・・・って。」 「マジか？」 「こんなの冗談でいえない。」 沈黙の後。 「やったぁあああ！」 「きゃぁああああ！ 受かったぁあああ！！」 二人は本日２度目の熱い（？）抱擁をかわした。 どすんどすんと揺れる天井に、良介が一体何事かと驚く。 直後、舞い上がった二人は階段を駆け下りてくると、 良介にも飛びついたのだ。 「良介〜！！ やったぞぉ〜！」 「受かったの！ 受かったあああ！」 わけもわからないまま、二人に抱きしめられ両手を振られ、 手をつないでぐるぐる回られ。 でも、とても嬉しいことがあったらしいのはわかって。その気分は伝染した。 一緒にニコニコしながら手を振る。 こんな風に笑顔を思いっきりもらうことが随分なかった気がした。 嬉しくて。嬉しくて。なのに何故か。 小さな良介の胸に沸き上がってきたもの。 何かわからぬままにそれは、体に広がり心にせりあがり、あふれ。 瞳からこぼれ落ちた。 嬉しいのに。優しい笑顔に囲まれて。抱きしめられて。嬉しいのに。 「良介？」 「良介くん？」 舞い上がっていたあたるとカヲルも気づく。 「・・・っ・・ふっ・・んっ・・えっ・・・んっ・」 自分がどうしたのか、どうなっているのかわからず、 ただこぼれ落ちる涙に驚きとまどい。 良介は泣きじゃくった。肩を震わせて。 カヲルにはわけがわからない。でもあたるには、その涙はわかる気もした。 イブにかけこんできた良介も、やっぱりこんな風に泣いていたっけ。 こんな風に、小さな子どもが泣いちゃいけない。 あの時想ったそれはやっぱり正しい。 あたるはつないだままだった手を引き寄せて、良介を抱きしめた。黙って。 あたるにとっては辛いイブで。でも良介も同じで。 誰かが幸せならまだいいと想うのはやせ我慢かな。 誰もが辛いんじゃ。誰もが泣くんじゃ。 それはあんまり。 みつめていたカヲルはまた、その二人ごと抱きしめた。 見上げたあたるにフッと笑う。 「こんなこと、前にもあったな。」 言われて頷く。あれはハンマー持った日。もうずっと昔に思える。 カヲルの温もりと共に、良介を連れて、ハンマーもって天羽に向かっていった日。 しばらく泣くがままに抱きしめてやったあと。 少し落ち着いた良介に、あたるは聞いた。 「今日、何かあったの？」 山ほどの荷をやっとおろして、店内へ運び込んで。 リストと引き合わせ、チェックしてわかるように整理する。 「こんなとこだろ。」 一息ついた時に、ドアの開く音。戻ってきたのかな。 「さくらのねーちゃん？」 ところが現れたのは背の高い男−。 「・・・あんたか。」 「そりゃこっちの台詞だ。」 天羽と吉良がはちあわせた。 これだけ店を手伝っているのだから、 今まで鉢合わせないのが不思議なくらいだったが。 なにしろここ２，３ヶ月、ろくに戻ってきていない天羽。 吉良もこれが本業なわけじゃないから、タイミングは見事にずれていたようで。 二人が顔を合わせるのは、実に夏の乱闘（？）以来。 そりゃあ気まずい。 「何で・・・ってそうか。店を手伝ってるって言ってたっけ。」 「それくらいは聞いてるんだ。俺は又、まともにしゃべってないんだと思ったよ。」 肝心なことは話してないくせにな、とこれは吉良の心中。 「で？ あたるは？」 当然という感じのその言葉と声音が、妙に気にさわった。 そんなお気楽な立場かよ。 「引き取りが終わったから、ちょっと戻ってる。又来るよ。」 「何。またなんか忘れたのか。しょうがねえな。」 だんだん吉良が苛ついてくる。 「そう、忘れたんだよ。重要なもの。」 吉良の口調の皮肉っぽさに、天羽が反応した。 「何だよ。」 「あんた、わかんねーの？」 「は？」 「・・っんとに信じられねーな。大事な彼女、ほっぽっとき過ぎじゃねえの？」 「どういう意味だよ？」 やばいな。このままだと俺、口すべらすな。そう思ったので。 「知らねーよ。じゃ俺、車を本店に戻さなきゃならないから。」 キーをもって、外へ向かおうとする吉良の腕を天羽がつかむ。 「言いたいことがあるなら、はっきり言えよな。」 あ。まただ。夏も見たな、この目つき。 こんな目つきするくらいなら。 「又殴られるのはごめんだぜ。今日は理由もないしな。」 同じくらいの温度でにらみ返すと、腕を振り払う。 「じき戻るよ。本人に聞け。」 捨てぜりふを残して出ていく吉良。 車に乗りかけてから、預かった店のキーに気づく。 天羽の顔を見る気もしなくて、言われたとおり郵便受けに放りこんだ。 すぐ戻るし、わかるだろ。 今日はちゃんと話せよ。絶対。 吉良は車のエンジンをかけると、ハンドルを切った。 残された天羽は不審そうな怪訝そうな表情のまま。エンジン音が遠ざかる。 何なんだ、あいつ。思いっきりつっかかってたな。 まあ、前が前だから、お互いいい感情はないんだけど。 でも。随分顔つきが変わった。 夏に比べるとしっかりした男っぽい顔になったと思った。だからなんだか。 あいつとあたるが仕事してるのか。ジリッとした感情。 やっと仕事にめどがついた今日。 ９月から４ヶ月あまり。忙殺されたプロジェクトの完成。 あとは仕上げと書類・プレゼンの準備。だが物ができたのだから、大丈夫。 チーム全員の努力が実ったことに、リーダー４人はただただ安堵した。 祝杯をあげたいところだが、ろくに正月も家に居なかったのだ。 とにかく今日明日は休もうということになり、陽のある内に帰宅したわけだ。 あたるがまだいるだろう。そう思うと足が速くなる自分がおかしかった。 ところがいたのは吉良で。おまけに、何だ？ 何か言いたそうな雰囲気を全身に漂わせて、思わせぶりもいいところ。 正月明けに逢ったとき、不意に浮かんだ不安。 あたるが抱えているだろう何か。 それをあいつは知ってるんだろうか。 あたるはあいつには話してるのか？ 俺には言ってないこと。 じりっ。 焦げるような感情を自覚して。 それから気づく。ジムも、こんな想いだったんだろうか。 察しているつもりでも、いざとなるとこんなに。 そう、俺よりもあいつに先に話してるとしたら、それ自体俺のせいだ。 あまりにも時間がなかった。この４ヶ月。 「本人に聞け。」 そう言い捨てた吉良は、悪い奴じゃないんだろう。 本人に聞くしかない。じき戻るらしいし。早くあたるに逢いたかった。 天羽は携帯をとりだして、あたるの番号を鳴らした−。 |