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ＶＯＬ．６７ 「イブの夜・Ⅲ －露見－」 そこら中良介を捜し歩いて、それこそ足が棒になって。 もう探す場所もなくなったジム。 重い足どりで戻ってみると、家の前に遙がしゃがみこんでいる。 抱きしめているのは良介。 帰ってきた？ 駆け出しかけて気づいた。遙の後ろ。 まるで二人を守るように立っているのは、天羽ー。 何故ここに。 ゆっくりと歩み寄る。３人に向かって。 天羽がジムに気づく。顔を上げて、見つめる瞳が険しい。睨むようだ。 遙に抱きしめられていた良介が、ジムを見つける。 「もう・・・ケンカやめたの？」 ジムが言葉に詰まる。遙が聞いた。 「どこに行ってたの？ 探したのよ。」 「・・・あもんくん、呼びに行ったの。ケンカとめてもらおうと思ったの。」 遙もジムも驚いた。 「あそこまで？ どうやって？」 「一人で、貯金箱と名刺もって、タクシーをつかまえたんだ。店まで。」 天羽の声が静かな、だが抑えきれない怒りを含む。 「一体・・・何やってるんだ？ 二人して！」 吐き捨てるように言うと、代わる代わる二人に目をやる。 遙はもちろん言葉もなく。 ジムはジムで、良介の行動に打ちのめされていた。 良介も。良介さえも。いざというときに頼るのは天羽なのか？ じゃあ自分は、二人にとって何なのだろう。 良介を責めるのは筋違いあり勝手だと、百も承知で。 それでもジムにとってその事実は大きすぎた。 まるで最後の寄り処をなくしてしまったかのように。 足元が崩れ落ちる気がした。 遙の父が、その場を救うように声をかけた。 「ともかく４人とも、中へ入りなさい。良介が風邪をひいてしまうだろう。」 家に入ると天羽は遙に言った。 「良介を寝かせろよ。」 その意味は誰にもわかる。良介の前では遙もジムも話ができない。 だが当の本人は嫌がる。 「やだ。僕もいる。お話聞く。」 あわてて天羽に訴えた。 なにもわからぬまま、不安で眠れはしないだろう。 たった一人で天羽の処まで行った位だ。 「良介。お母さんとジムはこれから、二人で話し合うんだ。 大人の話だ。もちろんおまえだって家族なんだから、 二人の話がちゃんと終われば、おまえにも説明してくれる。 でもその前に、ふたりに時間を上げなきゃならない。わかるだろう。」 「時間？」 「ああ。」 天羽の言うことはわかるけど、でもどうにも不安で頷くことができない。 良介はジムに向かう。 「僕がいちゃお話しできない？」 そのとき、ジムが何故そう言ったのか、誰にもわからなかった。 ジム自身にも。 強いて言えば、天羽よりも良介をわかっていると、 そう示したかったのかもしれない。 「・・・辛い話だ。聞いていられるか？」 天羽と遙が目をむく。 だが可能性を感じた良介はがむしゃらにそれをつかもうとする。 「うん。僕、黙って聞いてるから。」 「嫌になったら部屋を出なさい。おじいちゃんと。」 「いてもいいの？」良介が確かめる。 「ジム！」 「あんたな！」 遙と天羽が詰め寄ろうとしたが、良介が懇願する。 「お願い。ここにいさせて。お願い。」 黙り込んだ二人に、ジムが言い放った。 「どのみち、話さなくてはならないんだ。 なら、自分で聞いて考えさせるのも必要だろう。」 一利あるその言葉と良介の視線に、天羽は仕方なく沈黙した。遙も。 あとで激しく後悔したのだが。 良介は部屋の隅に隠れるように、祖父と座った。 ２人は無言だ。遙はうつむき、ジムは庭に面した窓を睨んでいる。 月が冴え冴えと白い。 自分は聞き役だ。そう思って黙っていた天羽だが。 待っているだろうあたると、 同じ部屋の中、息を潜めている良介の顔に苛立つばかりで。 「少しだけ聞いたよ。」 口火を切った。 「最初は楽しかったのに、アメリカからの電話で、おかしくなったって。」 二人とも黙ったままだ。 「又、何か言われたのか？」 この問いは遙に向かってされたものだが、聞き咎めたジム。 「又」。 やはり天羽は知っている。遙はしかし、うつむいたまま。 「あたしは・・・お父様と話してないの。」 その答えに、天羽は視線をジムに移した。 同時にジムが振り返って、二人の視線が合致する。 ジムの中で弾けた何か。 「・・・何故君が入って来るんだ？」 「？」 天羽が意外そうな顔になる。 「遙は父からの電話について、僕にもごく最近まで言わなかった。 なのに君は僕よりも知っているようだ。何故？」 ジムの問いに混じる苦い響きに遙はあわてた。 自分のずるさを言い当てられたようで。 「ジム。それはー、私がー。」 「おまけに良介まで。」ジムはチラッと視線を走らせる。 「いざというときは君を頼りにしているようだ。僕よりずっと。」 良介の肩がすくむ。 「天羽。君は、二人の何だ？」 自嘲と嫉妬と抗議が含まれたその口調に、天羽の怒りが大きくなる。 「あんたがちゃんと二人を支えてないからだろう！」 そうしてくれればこんなことー。 「そうか？ 日本ではクリスマス・イブと言えば、 恋人のための行事だと聞いたことがあるよ。 なのに君は、良介と遙のためにその時間を費やしているらしい。 君にとっては二人の方が、彼女より大切だってことかい？」 言葉を失った。彼女よりー？ あたるの辛そうな目。強がった言葉。 大切なのに。 俺はどうしてあたるを置いてきている？ 即座に言い返せないのは？ 視線が泳いで良介と目があった。 ふいに浮かび上がってきたのは記憶。 『俺の知ったことじゃない！ 他人の方がましだっ！』 頭の中で自分の声が反響した。 ガンガンと鳴るその声。 気づくとジムの胸ぐらをつかんでいた。 「そのイブに、遙を、良介を泣かせてその言いぐさか！ そういうあんたはどうなんだよっ！！」 怒りに満ちた天羽の視線と叫びに、ジムが怯んで目をそらした。 そのとおりなのだから。 結婚式の日。握手を求めたジムに、微笑んで彼は言った。 「頼む。」と。ふたりを頼むと。 なのに。 遙にも良介にも、天羽を頼らせているのは他ならぬ自分だった。 わかっている。でも。 いざというときに、二人が頼るのは天羽であるという事実は、 ジムの心を噛み荒らしている。 それもまた愛情で。 視線もあわせられずに、天羽を払いのけるジム。 遙はうろたえてどうしたらいいのかわからない。 私のしたことは？ つい天羽を頼っていることが、ジムを傷つけている？ 初めて気づいた事実。自分のずるさと醜さ。 払いのけられた天羽はまた、これまで見まいとしていた過去を、 目の前に突きつけられていた。 俺は。 負けたくなかっただけか。 顔も知らない父親に？ 傷つけて終わった親父に？ みつめている良介にはよくわからない。 でも３人がそれぞれ悲しそうで辛かった。 「とにかく。今は俺の話じゃない。遙とあんたと、良介の話だ。 あんたは親父さんのこと、どうするつもりなんだ？」 バネ人形のように遙が顔をあげる。 自分がどうしても聞けなかったこと。ジムにおそるおそる視線を移す。 良介も又、くいいるようにジムをみつめる。 目を見開いたジムはしかし、背を向けた。 「君には関係ない。」 「ならなんで俺はここにいるんだ？」 再び天羽の声が怒りで大きくなった。 「良介が不安で俺を呼んだからだろう！？」 そう言われれば一言もないジム。 「あんたに返させてもらうよ。父親と遙達と、一体どっちが大事なんだ！？」 これもまた、遙の胸に沈んでいた想い。だが。 ジムの顔が蒼白になっていく。胸が潰れる気がする。 やっぱり聞いちゃいけなかった？ 黙ったままのジム。青ざめた顔。唇が震えている。 言い放ったものの、黙り込んだジムに、天羽も又自己嫌悪する。 どっちか？ 俺は。遙や良介と。あたると。どっちを？ ブーメランのように自分をめがけてくる問いなのだ。 自分の中の傷が大きく広がって、答えに届かない。 ジムが口をやっと開く。 「君がー。遙と良介への心配を捨てられないように。 僕も又、父を思う気持ちは捨てられるものじゃないんだ。 わかってくれとは言わないが。」 言いながらジムの目は遙を見ている。胸を塞がれる遙。 「じゃあいつまでも、こんな状態を続けるつもりなのか？」 「そうじゃない。そんなことは。」 「じゃあいったい。」 言い募る天羽を遙が遮った。 「もうやめて！」 天羽とジムが遙を見る。 「もうわかった。あなたにとって一番大事なのはお父様なのよ。 私はあなたの望みを邪魔なんてしたくないわ！」 遙の言葉にジムの顔つきが変わった。 「なら。なら君は？ 君にとって、一番は良介で、いざというときは彼で。」 天羽に向けた視線が焼けるようにきつい。 「僕は君のー君たちの一体なんだ？ 君にとって本当に必要なのか？」 ジムの目にはその時、遙しか移っていなかった。 「いくら天羽が、良介の実の父親だからって！」 「ジム！！」 遙の悲鳴は一瞬遅かった。 ビデオの静止画像のように、音も動きもなくなった部屋で。 細い声が漏れた。 「・・・あもんくんが・・僕の・・おとうさんなの？」 天羽も遙も言葉がない。 ジムは、こんな風に漏らしてしまった自分自身に狼狽している。 激昂の果てにそこに良介がいるのも忘れて。 まさか。僕が。 誰一人答えないのを答えだと悟って。 良介は立ち上がるとドアへと歩いていく。 フワフワと浮遊するようなおぼつかない足どり。 遙の父も驚きで動けない。 かつて疑ったものの、遙の否定があまりにもはっきりしていたから。 思い違いだと信じたのだ。あのとき。 我に返った天羽が、あわてて良介の腕をつかんだ。 「良介っ」 振り返った良介の目が涙で一杯だった。つかまれた腕を振りきる。 「・・・わからない。もうなんにもわからない。 僕のせいなの？ 僕がうまれたのがいけないの？」 「良介、違う！」 遙が駆けよるが、良介は初めて遙を拒絶した。 「さわらないで！」 誰も僕を好きじゃないんだ。僕も誰もいらないよっ！！」 「良介っ！！」 飛び出した良介の後を天羽が追った。 残された大人は彫像のように立ち尽くす。 再生ボタンのない画面のように。 動かない部屋で、ツリーだけが悲しく光り続けている。 ２階の自分の部屋に飛び込むと、良介は初めて部屋の鍵をおろした。 「良介！」 天羽がドアを叩く。ドア越しに聞こえる声。 「・・・ほんとなの？」 ここ何ヶ月か胸にあった疑問だった。自分の本当の父親。 良介の望みは天羽にはわからなくて。事実を言うしかない。 「ああ。・・・ごめん。いままで言わなくて。」 「あもんくんも僕が嫌いなの？」 「何言ってるんだ？」 「嫌いだから。ママと一緒にいないんでしょ。」 「良介？ ・・それは」 「みんな僕がいるから。グランパもジムも。 ぼくのせいでママから離れて行くんだ。」 「良介！ 違う！」 「帰って！ もう聞きたくないよ！」 それっきりいくら呼んでも返事はなく。 今夜は無理だ。仕方なく諦める。 玄関で立ち止まって２階を見上げる。 閉まったドアの中で。 良介の小さな胸がどれだけ痛んでいるかと思うと、辛い。 でも。何をしてやれるんだろう。自分自身がわからなくなっている。 俺は二人を支えてやるのか？ ジムよりも？ そうしたいのか？ それともこれは？ 唐突に事実をさらけだしたジムへの怒りはもちろんあった。 だが事実だ。いつかはわかることだ。 俺は何をしに来たんだろう。 結局何一つ解決せず、逆に良介を悲しませただけか？ 支えるなんておこがましい。 自分すら、傷に振り回されているだけかも知れないのに。 外へ出ると冷え込んでいた。白く凍る息。身震いする。 イブの夜に。一体何をやってる？ バイクに飛び乗った。 携帯の示す時間はゼロ・アワーをとっくに過ぎた。 みつめているあたる。もう涙も乾いてしまった。 天羽は戻って来られないかも知れない。 良介が飛び込んでくるほどの諍いが、そう簡単に治まるとも思えなかった。 帰ろうかな。 幾度もそう思いながら、動けずに。 そうしてイブは過ぎてしまった。結局一人だったな。 テーブルに頬をあてる。冷えたそれは体と同じ温度。 ぴかぴかと光るツリーは見るのが辛くて、飾り付けも悲しくなるから。 さっさと片づけてしまって部屋の隅。 クリスマスの名残が何もない部屋。いても辛いだけなのに。 話さなきゃ。それがあたるを引き留める。 今日話さなかったら話せなくなりそうで。だけどー帰ってくるのかな。 バイクの音が聞こえた。また通り過ぎる？ その音は近づいてくると止まった。 押し開かれるドアの軋み。 「・・・あたる？」 乾いた頬にまた、涙がこぼれた。 |