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ＶＯＬ．６６ 「イブの夜・Ⅱ －対峙－」 驚いた。 いきなり現れた良介。 久しぶりに見た彼は背が伸びて大きくなったけど、顔つきが全然違った。 半年前の無邪気な良介は一体どこに行ったんだろう。 天羽に似たその瞳は深くて暗くて。顔色が蒼白だった。 「・・・良介君。」 唖然としているあたる。 そのあたるを抱えていた天羽が、ガタッと立ち上がって離れた。 包まれていた温もりがいきなりなくなって、ぶるっと震える。寒い。 「どうしたんだ、良介？」 駆け寄った天羽がのぞき込むと、 言葉もなく立ち尽くしていた良介が、天羽にしがみついて泣き出した。 「あっもんっくっっん・・・えっえっ・・」 しゃがみこんだ天羽の首っ玉にかじりついて泣きじゃくる。 「言わなきゃわからないだろ。なんでここに来た？ ひとりか？」 「おっかあさっん・・とっ・・ジッ・・ムが・・けんかっしてっ・・。 ジムがっ・・すっごいっおこっ・・・てて・・」 良介を抱きしめながら天羽の眉が寄る。 「きょうはっ・・クリスッ・・マスだからっ・・なかなっおりしよっ・・って・・。 ごちそっうっつくってっ・・・ツリーっもかっ・・・ざったんだっ・・」 しゃくりあげながら、良介が訴える。 「はっじめはたっのしか・・・ったっんだっ・・。なっのにっ・・でんっわっ・・」 「電話？」 「アッメリカッの・・・グッランパッッから・・」 天羽は舌打ちする。 「グッランパッ・・もっのすごいっおっ・・・こってって・・。 ジムっが・・いっしょうけんっめいっ・・せつっめいしてって・・。 でんっわっきったらっ・・・ふたりっでっケンカッになってっ・・」 必死で言葉をつなぐ。 「おじいちゃんっ・・よんっできたっんだけっ・・どっ・・。 だめなのっ・・やめてくれないっのっ・・。 あもんくんなっらっ・・とめてくっ・・れるかと・・おもったんだよっ・・。」 「どうやって来たんだ？」 「ちょっきんばっこのっおっかねもってっ・・たっくしっーにのってっ・・・。 ママっのめいっしっ・・みせたのっ・・。 そっしたらったっくしーのっおじっさんがっおっかねいっらないっって・・」 遙の名刺には本店と一緒に、支店であるここの住所も載っている。 タクシーもたまたま親切な人だったのだろう。 「おっねがっいだかっらっ！ ジっムとママをっなっかなおりっさせてっよぉおっ！！」 泣きながら哀願を繰り返す良介をなだめながら、天羽の胸に渦巻く怒りと疑問。 あんなに言ったのに。まだあの二人は。 良介の話だけじゃよくわからない。行ってみるしかないか。 第一、良介を送って行かなくては。 そこまで考えて、ハッと振り返った。みつめているあたるの視線。 とびこんできた良介に一瞬忘れていたけど。 今日は。 何も言わないその瞳が訴えている気がする。 忙しくてろくに逢えなくて。やっと作った時間。 今から出かけたら、ゆっくり話すことも一緒にいることも。 でも泣いている良介。 あたるは目を伏せた。キュッと唇を噛んで。 立ち上がると出口まで行って置いてあるメットをとった。 「行っておいでよ。」 差し出すそれ。 「あたる。」 「どのみち送ってあげなくちゃならないでしょ。」 「・・・いいのか？」 天羽の問いに、あたるは儚く微笑んだ。 「クリスマスイブに、小さな子供が泣いてちゃ駄目だよ。」 イブだから。 でも。イブなのに。 あたるの微笑が痛い。だからって自分の腕はすでに良介で封じられている。 「良介君、泣かないで。あもんくんがこれから行ってくれるよ。」 そういって良介の頭をなでてやる。 その手が震えて見えたのは気のせいかも知れないけど。 「ヘルメット、良介くんのもあるよね。」 「あ、ああ。」 「じゃ、早く。」 追い立てられるように玄関へ歩き出す。 「あ、待って。ジャケット。良介君、手袋は？」 あたるは奥へ取りに走る。天羽は良介を外へ押し出す。 「バイクのとこ行ってろ。すぐ行く。」 あたるが戻ってきた。 「手袋、これで間に合うかな。」 寒さを気にしながら差し出す手袋とジャケットもろとも抱きしめる。 「ちゃんと戻るから、待ってろよ。」 あたるは泣き出しそうな自分を必死でこらえた。泣いちゃ駄目だ。 天羽が繰り返す。 「待ってろよ。」 「・・・ん。」 うなづいて無理に笑った。 それがわかってても今は急ぐしかなかった。早く行かないと早く戻れない。 ジャケットをつかむと飛び出していった。 閉まったドアが涙でぼやける。 泣くまいと思うのに漏れる嗚咽。しゃがみこむと抱えるお腹。 話そうとしたその瞬間。 遮ったのが良介であったことが、暗示のようで痛かった。 良介のせいじゃない。 良介だって、どうしたらいいのかわからなくて。 まだ１年生の小さな子が一人、タクシーをつかまえて来たのだ。 必死で。 天羽が行くのは当たり前だと思った。ましてや良介はー。 それでも胸が痛い。かみ殺す声。 誰もいない店に、あたるの涙がたまっていく。 遙とジムの口論は果てしなかった。 なぜこんなことになったのか。 父に言われたように、初めて３人で迎えるクリスマスだから楽しくしよう。 そう思ってあのあと、ツリーの飾り付けもケーキもご馳走も。 良介と一緒に精一杯頑張ったのだ。 親子三人、うまくやっていけるように。願いを込めて。 夜、帰宅したジムは驚いていた。 家中に金銀モールや飾りが飛び交っていて、大きなツリーが光っている。 「・・・すごいな。」 良介が飛び出してきた。 「おかえり！」 輝く笑顔に心が和む。 「ただいま。良介がやったのか？」 「うん。ママと。」 「ママは？」 「キッチン。明日のご馳走の準備だって。」 「へえ。」 ジムがキッチンをのぞくと忙しそうな遙。 鍋やらボールやら菜箸やら。オーブンからいい匂いがしている。 温かな雰囲気は久しぶりだ。 「何？ ずいぶんがんばってる？」 かけた声もここしばらくなかった優しい声。 ジムの帰りに気づいてなかった遙が驚いて振り返った。 そこにあった笑顔に嬉しくなる。 「お帰りなさい。」 返す笑顔も優しくて、微笑みあうのはどれだけぶりだろう。 「手伝おうか？」 「ううん。それよりお腹空いたでしょ？」 「いいよ。頑張ってるのに。」 「駄目よ。軽いものでいい？」 準備していたのか、すぐ夕食を用意した遙。 「ごめんね。バタバタしてるけど、食べて。」 そういうとまたキッチンへ飛んでいった。 ダイニングから見える手際のいい遙の料理する姿。楽しそうにみつめるジム。 「ねえ、明日はお休み？」 「ああ。もちろん。」 「じゃあ、昼間は良介につきあってやってくれる？」 「良介、何がほしいんだ？」 顔をのぞかせた遙が首を振る。 「なにも欲しくないんですって。あなたと一緒に遊びたいって。」 ジムの手が止まる。 遙と目が合う。切なそうな視線が絡む。 「・・・そうか。わかった。君は？」 「私も明日は仕事休むわ。頑張ってご馳走作るから。」 「ああ。クリスマスイブだもんな。」 そう。イブだから。 もう一度、暖かい家族に戻りたい。きっとまだやり直せる。 翌日。 遙はキッチンで格闘し、ジムは良介とたっぷり遊んでやった。 久しぶりの父と子の時間は良介をこの上なく喜ばせ、それが又ジムを喜ばせた。 昼食は簡単だけど、遙の得意なパスタ料理。 ジムも良介も大好きだったから、二人ともごきげんで遙も嬉しい。 もしかしたら、今日からまたやり直せるかも知れない。 ３人ともそんな期待を抱いていた。 なのに。 ローストチキン。オードブル。スープ。サラダ。シャンパン。キャンドル。 親子３人の楽しくも和やかな食事を破った、一本の電話。 取ったのは遙だった。 「・・・ハルカ？」 笑みを浮かべていた遙が凍り付く。 それを見たジムがガタッと立ち上がって、遙の握っていた受話器を奪い取る。 「父さん？」 「ジム！ なぜそこにいる？ クリスマスは家族で過ごすものだぞ。」 「そうだよ。だから僕は家族で過ごしている。」 淡々と告げられて父は詰まった。 「私や母さんよりも、どこの馬の骨ともつかないその女と息子が家族だと言うんだな。」 「クリスマスにケンカをふっかけるのかい？」 あくまで冷静なジムの返事。このまま切るつもりだった。 せっかくの遙と良介とのクリスマスを守りたい。 だが。 父の反応は予想外だった。電話口で父の声が哀願に変わったのだ。 「・・・ジム、頼む、帰ってくれ。」 驚きで目を見開いたジムに、遙の不安がバンとはねる。 「お願いだ。トムもおまえもいないクリスマスがどんなに淋しいか。わかるだろう。」 ジムは答えられない。 わかっていたから。去年まで家族４人が必ずそろった家。 「母さんだって口には出さないが、憔悴している。」 「父さん。」 「頼む。」 『頼む』。 父がこんな台詞をはくなんて信じられなかった。 「父さん、クリスマスは帰れない。」ふりしぼるように告げる。 「なら。新年は戻るな？」 すがりつくように父が聞く。それにも否と言うにはジムは優しすぎた。 「わかった。新年は戻る。」 「必ずだぞ。」 「又連絡するから。」 尚もくどくどと懇願する父をどうにかなだめて、ジムは電話を切った。 受話器に寄りかかるようにしてため息をつき振り返ると、遙と視線が合う。 「・・・又アメリカに行くの？」 遙の目が暗く哀しかった。 「遙。」 「新年は一緒に迎えられないの？」 「父さん達も寂しいんだよ。わかるだろう？」 「・・・私達は寂しくないって？」 「一緒に行こう。」 「嫌よ。あなたのお父様に又、罵倒されに行くの？ 良介まで何か言われたら。」 「父さんは子供にまでそんなことしないさ。」 「逢ってくれないだけで十分傷つくわ！」 いつのまにか又始まった二人の言い争い。 良介は少しずつ身を引くと、涙をためてそっと祖父のところへ走った。 「おじいちゃん・・。」 泣きながらやってきた良介に、遙の父はあわてて駆けつけたが、 だからといって仲裁できるものではなかった。 根底に愛情が潜む上での口論は、よじれてねじれて、 どこへ向かっているのかわからない。二人にも。 祖父もオロオロするだけなのを知ると、良介は耐えきれずに自分の部屋へ駆け戻った。 楽しいクリスマスの夢が逃げていく。 どうしたらいいんだろう。 誰かー。 不意に天羽が浮かんだ。 母とジム、祖父の次に自分を可愛がってくれる人。あもんくん。 いつも持っている母の名刺に、支店である天羽の店の住所が載ってる。 遠いけど。 無駄遣いしない割には母達はお小遣いに鷹揚だったから、 貯金箱にずいぶんたまっていた。 それは衝動的だったが、良介には唯一の頼みの綱に思えた。 貯金箱と名詞をつかむと、家を飛び出した。 天羽のところへ。 良介がいないことに気づいたのは、遙の父が最初だった。 止まない口論に困り果てながら、部屋から消えた良介を慰めようとしたのだが。 ノックに答えはなく、のぞいた部屋はもぬけのカラ。 どこにもいない。 まだ言い争っていた二人に、今度こそ父は怒鳴った。 「いいかげんにしろ！ 良介はどこだ！？」 まず声を荒げない父の怒鳴り声に驚き、 我に返った二人はその言葉にやっと気づく。 「・・・良介？」 「おまえ達は子供に、どんな思いをさせていると思ってるんだ！」 「いない？」 遙もジムもあわてて家の中を探し回ったが、良介の姿はあるはずもない。 どこへ？ 父がここにいる以上、本店へ行くわけもない。 一瞬天羽が浮かんだ遙だが、子供にはあまりにも遠い。 まだ幼い良介の行動とは結びつかず遙は外へ飛び出した。 ジムも続きかけて、父に頼む。 「お父さんはここで。何か連絡が入ったら。」 「わかった。」 二人はそこら中を捜し歩いたが、求める姿はない。 遙は走り、呼び続けた。動いていないと気が狂いそうだった。 良介に何かあったら。どうしよう。どうしたら？ こんなはずじゃない。こんなはずじゃなかったのに。 楽しいクリスマスを迎えたはずだったのに。ああ、神様。どうか。 ジムもまた走っている。 昼間、自分と遊んでいたとき、心から嬉しそうだった良介。 『ジム、僕ね、ジムが大好きだよ。』 見上げた笑顔。 それは、遙と天羽への疑惑を抱えるジムにとって、大きなより処だった。 彼にとって良介は、決して遙の子供というだけでなく、 すでに一人の愛する家族であったから。 自分の息子だと思っていた。 だから無上の信頼を寄せてくれる良介が、愛しくてたまらなかったのだ。 なのに。 その良介の前で。それもイブに。一体何をやっているんだろう。 必死で探し回って、でも見つけられず。 戻ってきた遙は、家の前に父の姿を見てがっかりした。まだ戻らないんだ。 どうしよう。どこへ行ったの？ どうすればいいの？ 両手を揉み絞りかけたとき、バイクの爆音が近づいてきた。 あれは。 唖然と見ている遙の目の前に、天羽がバイクを止めた。 そのうしろから飛び降りてきたのはー、良介。 「ママ！」 「良介！」 ギュッと抱きしめる。 「良介ー、ごめんなさい。よかった。」 半泣き状態でただ口走る遙の後ろに、黙って天羽が立つ。 そこへ帰ってきたのはジムだった。 良介を抱きしめる遙をはさんで、二人は対峙する。 それを遙の父が見つめていた。 |