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ＶＯＬ．４６　「お見合いと再会」




都内某有名ホテル。
緊張した面もちで、伊倉がティールームにいる。


隣に上司。これはにこにこ顔。
とうとう見合いに引っぱり出されたのだ。
離婚した自分が、今さら見合いなんてと思うのだが。
何しろ双方とも上司が大乗気。気楽にとはいかない。
休みだというのに背広にネクタイを締めて、さっきから咳払いばかりしている。


「なんだい。随分緊張してるじゃないか。」
「え？　いや、そりゃあ。」
「女性には海千山千と聞いたがね。」
「あ、あはは。まあその。見合いはまた別で。」
頭をかいているところへ相手が現れた。
こちらは初めてのことなので、きちんと着物を着ている。
つい目がにやけてしまうのは男の、というか伊倉の性か？
「どうも本日は。」
相手側の上司と頭を下げる姿は、贔屓目でなく綺麗だ。



女性の名を水橋千鶴と言う。
伊倉の会社の取引先で秘書をしている。
優しげで控えめな様子は、
これまで伊倉がつき合ってきた女性のタイプとは対照的だった。
「おきれいですね。」　こういうときは賛辞を惜しまない伊倉。


千鶴は嬉しそうに、でも恥ずかしそうに目を伏せる。
双方の上司はすでにうなづきあっている。
それを見た伊倉はちょっとあわてた。
俺、またやったかな？　まだ何の決心もできてないのに。
お調子者はどうしようもない。
しばらく世間話をしたあと、上司二人は立ち上がった。


「まあ今さら紹介も変だし。」
「そうだな。あとは二人でゆっくり。」
「いや、それは。」
「上司が二人で睨んでいるんじゃ、できる話も出来ないだろう？」
好意をこめてそう言われると、返す言葉もない。
二人の後ろ姿に一礼した後、沈黙。
ずっと目を伏せたままの千鶴に、伊倉は勝手が違って困る。


すると初めて彼女が目を上げた。
静かだが意外に意志の強そうな瞳。
「伊倉さんはどうして、離婚されたんですか？」
いきなり急所を突かれた。


「え？　あの、えっと。なんでだったかなー。」
そんなことを聞かれるなんて思っても見ないからしどろもどろ。
すると彼女はクスッと笑った。
静かで強そうな瞳が柔和に細くなる。結構可愛い。
とりつくろってもしょうがなさそうだな。伊倉は急に力が抜けた。


「俺はね、浮気者なんですよ。」
「え？」
「美人に目がなくて。」
「奥さん、美人じゃなかったんですか？」また突っ込まれる。
「美人って言われてましたけど、他にも目がいっちゃうんですよ。」
ティールームから見えるのは見事な滝。
水の泡がいくつも立っては消える。
「始めは大目に見てくれてたんですけどね。とうとう愛想尽かされて。」
まっすぐに千鶴を見る。
「そういう男なんですよ。」
千鶴は黙って受け止めている。


「すみません。貴女の方から断ってもらえますか？
　こういう男は止めといた方がいい。
　俺も世話になった上司なので言いづらくて。」
立ち上がった伊倉に彼女が口を開いた。
「誰か、お好きな方がいらっしゃるんですか？」
その問いに驚く。


「どうして？」
「今、ホッとされたように見えたから。」
「いや、そんなことは。」
「じゃあ、私が断らなかったら、考えてみて下さいます？」
びっくり仰天の伊倉。
「え？　ええっ？？」
するとまた笑い出す千鶴。
「そんなに驚かれるんですか？」
「だって・・・俺の話聞いてました？」


「浮気者ってこと？」
「そう。」
「多分私、大丈夫ですよ。」
「何が？」
「伊倉さんて、ご自分から別れるっておっしゃらないでしょ。」
図星。
「奥さんが言い出さなかったら、やっぱり奥さんに戻ってらしたでしょ。」
さらに図星。


「私、待つのは得意なんです。」
「・・・浮気者でも？」
「好きな人なら。」
そう言ってまっすぐみつめられて、なんともドギマギしてしまう伊倉。
こういう展開は予想してなかった。
こんなにストレートな女性だったとは。驚きだ。
伊倉の表情に、ちょっと頬を赤らめる千鶴。
「呆れました？　お見合いでこんなこと言いませんよね、普通。」
「いや。」


「私、ずっと伊倉さん見てたんです。ご存じなかったと思いますけど。」
黙る伊倉。
「だから、このお話、すごく嬉しかったんです。」
彼女は立ち上がった。
「ごめんなさい。私からはお断りできないので。
　伊倉さんにもし今、お好きな方がいらっしゃるなら、
　断って下さって構いませんから。」
涼やかにそういうと、お辞儀をして立ち去った。
伊倉は見送ってからまた椅子に座り込んだ。
目をやると、滝がさっきよりさらに泡だっているように見えた。




天羽の忙しさは相変わらずだった。まともな時間に帰ってこない。
結局あの日以来、休みはとれてないらしい。
それでもたまに電話をくれたり、なんとかバランスをとろうとしていた。
「遅くてもいいから。」
あたるがそう言うので、１２時過ぎて携帯を鳴らしたりする。
声を聞くだけでもお互い、安心するのだ。



あたるは願書を出した後、田舎の両親に連絡を入れた。
「ごめん。あたし、もうちょっとこっちで頑張りたい。」
何度もためらいながら、言葉を押し出すあたる。
皆まで聞かない父。
「だから、戻るなって言ったろ。さくらから聞いてねえのか？」
「聞いてる。」
「戻ってきても入れねえからな。しっかりやれよ。」


父の言葉がありがたくて。でも申し訳なくて。
母が代わる。
「あたる？　ごめんよ。気にさせて。なんとか大丈夫そうだから。
　試験受けるんだろ。しっかりね。」
「うん。」
見えるわけでもないのに、何度もうなづくあたる。



その経過を天羽に伝えたのも携帯だった。
「試験受ける。父さんたちにも頼んだから。こっちにいる。」
天羽は明らかにホッとしたようだった。
「そっか。親父さん、なんて？」
「帰って来ても追い返すって。」
天羽に話していたら泣けてきた。最近あたし、涙もろいな。
鼻をすすりあげると天羽があわてる。


「お、おい。あたる？」
「ごめん。大丈夫。」
自分が二人いたら楽なのに。
でも一人しかいないから。一度きりの人生だから大事なんだ。
決めたことを頑張るしかない。
「泣いてるヒマないだろ。」
「そうだよね。あなたは？　どう？」
「んー。きついな。」
「お休みないもんね。」


「ボチボチ禁断症状かも。」
「へ？」
「そのうち、襲いに行くからさ。」
「な、なに？」
「期待してろよー。」クスクス笑っている。
「するわけないでしょ！」
そんなこと言えるならまだ大丈夫だな。わめきながら、あたるはそう安心した。




日曜。
あたるは仕事だったが、さくらはお休みだった。
結局引き続き、魚屋を手伝っている。どうやらつなぎのようだった。
久しぶりにゆっくり寝て、昼をすませると「ＨＡＴＣＨ」まで遊びに来た。
「いらっしゃい。」
あれ？　男の声だ。天羽さん？
ひょいっとのぞいてびっくりした。
「吉良くん。」
「さ・・・くら。」


夏に別れて以来だった。なんて言えばいいのやら。
「元気そうだな。」
吉良がニコッとする。あれ？　なんか。
「吉良くん、どうして？」
「ねーちゃん、引き取りに行ってる。遙さんと。留守番頼まれちゃってさ。」
そう言いながら、何故か手元には分解されたレコードプレーヤー。
指先への視線に気づいて、いたずらっぽく目を踊らせる。


「暇つぶしにさ、修理。」
「あなたが？」
「ああ。」
「そういうの、好きなの？」
「まあね。」
お互いのこと知らなかったなとつくづく思う。
ふつうの会話をする余裕がなかった、あの時のあたし。
ううん。本気で知ろうとはしてなかったんだ。


逃げるために必死で、ただしがみついてて、見ようとしなかった。
この人のこと。
こんな風に真剣に何かをやってる姿なんて、見たことがなかった。
こんな顔する人だったんだ。
吉良は部品を組み立てるのに夢中になっていたが、
さくらの視線にちょっとたじろぐ。
「なんだよ？」
「ううん。あたし、あなたのこと知らなかったなって。」
ほほえみが柔らかい。


「お互い様だろ。俺もおまえのこと知らなかったよ。魚屋でバイトしてるって？」
「うん。」
「威勢のいい奴だったんだな、実は。」
「へへ。」ちょっと照れるさくらの顔。
「ちゃんと。」
「ん？」
「ちゃんとつきあってたら、違ってたと思うか？　俺達。」
思いもかけぬ質問に言葉が出ないさくら。
「無理かな。
　俺があったおまえは、もう他の奴が好きだったおまえだもんな。」
その言葉で気づいた。


あたし、被害者のつもりだった。
伊倉に振り回されて。そこから逃げたと思ったら、吉良くんに振り回されて。
そう、振り回されたと思ってた。
ホントはあたしも振り回してたのかな。
お互い様。そうだ。お互い様だったんだ。今ならわかる。
「ごめんね。」


吉良は目を丸くした。
夏にふられて以来、どうしても離れなかったさくらの顔。心に残ったあの笑顔。
あれから２ヶ月。
今、目の前のさくらは、すっかりさくら自身だ。
自分のことなんて脱ぎ捨ててしまっているのがわかった。
ホントは少し期待していた。もう一度逢ったらもしかして。
ここに来てたのも、半分はそのことが頭にあったからだ。
でもなかなか逢うこともなくて。日は過ぎて。
逢ってみたら、別のさくら。自分の知らない。


終わったんだと感じた。
やっと夏が終わった。自分の中で。
遊んだつもりで振り回された。今となってはそれも小気味いい位だ。
吉良はニッコリ笑った。
「ほんと、別の出会いがあればな。」
「惜しいことしたでしょ。」
「いや、九死に一生ってこともある。」
「なによ、それ。」
顔を見合わせて笑い出す。


「俺達っていい友達になれるかもよ。」
「あ、あたしも思った。カヲルみたいに？」
「んー。ちょっと違くない？　俺、あそこまで父ちゃんできねえよ。」
「しなくていいよ。」吹きだしてしまう。
「おまえって愛されてるのな。」
「え？」
「姉ちゃんもカヲルって奴も、いつもおまえのこと心配してるじゃん。」
「・・・そっかな。」
「たぶん親にもしっかり愛されて育ったクチだろ。」
「うん。」
しみじみ頷く。父の顔。母の顔。ふと聞く。


「あなたは違うの？」
「俺？　俺は父子家庭でさ。この頃親父とも疎遠だな。」
父子家庭。お母さんがいないのか。
「あんましそんなこと、気にしなかったんだけどな。
　おまえとか姉ちゃん見てると、なんか思うよ。親とか兄弟とか。」
少し目をそらして吉良はつぶやいた。
悪いこと聞いたかな。さくらは話題を変えた。



「でもさ。最近すごくよく来るって、ここ。」
「ん？　まあね。」
「仕事、大丈夫なの？」
「そんなにないから。」
「そっちの方が問題でしょ。」
「そうなんだよなぁ。」
反論も茶化しもしないで頷くから、拍子抜けする。
ホントにこの人、変わってきた。


「モデル、好きじゃないの？」
「なんとなくさ、始めたから。食べられればよかったんだ。
　でもボチボチそうも言ってられないかも。モデルなんて寿命長くないし。」
さくらが顔をのぞきこむ。
「なんだよ。」
「あなた、ほんとに吉良くん？　違う人みたい。」
「ひでぇな。どんな奴だと思ってたんだか。」
「軽い奴。」
「違いないか。」
苦笑いが意外に似合う。


「どうする気なの？」
「考えてるところ。」
「ねえ、ひょっとして。」
「え？」
「あたるの影響じゃない？　そんな風に考え出したの。」
「あ・・・・そっか。うん。そうかも。」
「あの人ってさ、何も考えてないみたいで、がむしゃらでぶつかってこけて。
　でもなんか見てると、自分もやらなきゃって気になるよね。」
「それあたり！　そうだわ。」
顔を見合わせてうなづくふたり。


「おもしろいよな、姉ちゃん。」
「うん。そういうとこ負ける。」
「わかってんだ、ちゃんと。」
「え？　あ、言わないでよ、本人に。こんなこと言ってるなんて。」
「言わない。っつーか、言えない。」
「そうね。」
また笑い出したところで、表に車の音。



「ただいま。ごめんねー・・・さくら？」
「はぁい。」
「あんた来てたの。」
「うん。ヒマだったんだもん。ね。」
すっかりうちとけた様子の二人に、面食らうあたる。
見比べておずおずと聞く。
「二人・・・もう平気なの？」
「うん。あたしたち、ベストフレンドになれそう。」
「は？」
「お、それいいね。うん。ベストフレンド。」
「イェイ！」


首を傾げるあたる。表から声。
「あたるさーん。」
「あ、あ。吉良くん、ごめん。ちょっと手貸してくれる？」
「オッケー。」
「あたしも手伝う。」
二人して表に走っていく。その後ろ姿にやっぱり首を傾げるあたる。
「ベストフレンド・・・ねぇ。」
それからクスッと笑って自分も出ていく。



小春日和。日射しの温かな午後だった。
荷物を運び終わると早々に遙は帰っていった。
「コーヒーくらい。」あたりが引き留めたが、首を振る。
「ごめんね。又今度。」
笑顔だけどやっぱり変。ずっとああだ。
「遙さん、どうしたの？」　さくらにもわかったのだろう。
「どうもさ、様子おかしいんじゃない？　彼女。」　吉良ですらそう思うらしい。
「うん。」
詳しい事情をなにひとつしらないあたるだから、何も言えない。
「ジムがアメリカって前に言ってたけど。」
「戻ってきたらしいの。今はこっちで仕事してる。」
「ふーん。なのにあの調子か。」
「なんか、ジムが戻ってきてまた、余計に変な気がするの。」
「幸せそうだったのにな。結婚式。」
「そうよねえ。綺麗だった、遙さん。」


３人とも式に出て見ている。
真っ白なウェディングドレスの遙。幸福に内側から光を放つようだった。


「結婚ってむずかしいのね。」さくらがつぶやく。
「そうだよね。」あたるも頷く。
「なんだよ。嫁入り前の娘が二人でさ。」吉良が茶化した。
それはそうなんだが。
幸せな結婚式と、今の遙の様子のギャップは、
二人をどうしてもゆすぶるのだった。

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