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ＶＯＬ．４３ 「夢に沈む夜」 戻ってきたあたると一緒に銭湯へ向かった。 行く途中にコインランドリーで、天羽は洗濯物を突っ込む。 入り口で別れた２人。 「おまえ、長風呂するなよ。」釘を刺されるあたる。 「わかってる。」 口をとがらせて答えると、のれんをくぐっていった。 笑いながら天羽も消えた。 しばらくして。あたるの方が先に出て待っていた。 晴れた夜空。 １０月は時々、冬が先走る夜がある。 今夜もどうやら走りすぎているようで、 昼は汗ばむくらいだったのに、風が冷たい。 せっかく温もった体に刺すようだ。思わず身震いする。 「遅いなぁ。」首をすくめる。 その時フワッと首筋が暖かくなった。見れば赤いマフラー。 いつのまにか天羽が後ろにいた。 「寒くなったな。」 「いいの？ あなたも寒いでしょ。」 「ん。湯たんぽあるから。」 「湯たんぽ？」 「人間湯たんぽ。」 マフラーごといきなり抱きしめられる。 「うわぁ。あの、人が見るよ。」 あたるが赤くなってじたばた焦る。 「いーじゃん。」涼しい顔。 「えー？」 耳元の声が踊っている。 「ここんとこ銭湯帰りに、仲のいいカップル見てばっかりだったからさ。」 「から？」 「たまには見せつけたい。」 「もう。」 冷えかけた体を包んでくれる腕。湯上がりでぬくぬくした胸。 マフラーに巻かれた首筋が温かい。 耳にかかる天羽の息。 寒さはどこかへ行ってしまった。でもやっぱり通りじゃ恥ずかしい。 それどころか、汗をかきそうなあたる。 「ね、ランドリー行かないと。」 「まだ誰もすれ違ってないぜ？」やっぱり踊っている声。 「いいから。行こう。」 「しゃーないな。」 歩き出した夜道。肩を抱いたままの手。 話しかける言葉に返しながら、あたるはそれをとても大きく感じていた。 ランドリーに着くと、取り出した洗濯物を乾燥機に入れ直す。 もうちょっと時間を持て余したので、コンビニに買い物へ行くことにした。 つまみばかり買う天羽に、文句を言うあたる。 「ちょっとは腹に入れないと、肝臓こわすよ。」 「腹へってないんだって。」 「お寿司は？」 「んー、じゃ買ってくか。」 言いながら、手はビールに伸びている。しょうがないな。 雑誌を立ち読みして、おやつも買い込んで。 戻ったらとっくに乾燥機が止まっていた。 店に戻ると、買ってきた物で夕飯になる。 さっさと飲み始める天羽。 「だからちょっと腹に入れてから。」あたるが取り上げようとする。 「大丈夫だって。いっつもこうだろ。」 「だって。まだ顔色良くないし。」 「寝が足りないだけだよ。睡眠薬あるから。」 いたずらっぽい目つき。いつもの調子。 眉をしかめて、水を取りに行く。 前髪をうるさそうにかき上げる指に、又天羽の視線がからむ。 なんで今日はこんなに目がいくのか。自分でもおかしいと思いながら。 取り出したペットボトルを飲むあたるに、視線は吸い付いたまま。 と、目が合う。 「水、いる？」 「あ？ あ・・あ。」 差し出されて仕方なく受け取るペットボトル。 ホントわかってないな、こいつ。らしいけど。 あたるは買ってきた助六寿司に箸をつけている。 「食べないの？」 「だからあんまり腹減ってない。」 ペットボトルを置いて、やっぱりビールを飲む。 「おいしいのに。」 言いながら、いなり寿司にかじりつく。 「よく食べるよな。どこに入るんだ？」 「ふつうじゃん。」 海苔巻きをペロッと食べる。ご飯粒をあごにつけたまま。 天羽が吹きだした。 「え？」 「おまえね、幼稚園児じゃないんだから。」 そういうと、手を伸ばしてご飯粒をとってやる。 「あ。」 それを自分の口に放りこんだ。あたりまえのように。 びっくりして見ていたあたるは赤くなる。 手の甲でゴシゴシと口のまわりをこすって、 ごまかすみたいに話題を変えた。 「ゲソから連絡ない？」 「伊倉さん？ いや。」 「そう。」 「さくらちゃんとは全然？」 「うん。このごろさくら、仕事に燃えてたし。」 「そうだ。ブティックやめたって。何やってんの？」 「魚屋。」 「魚屋ぁ？」天羽が驚く。 「商店街で行きつけのおじさんとこを手伝ってたの。 なんか、性にあっちゃったみたいで。」 「へえ。」 「家でも店番、なんだかんだ言いつつ好きだったからね。」 「看板娘ってやつか。それでブティックやめたんだ？」 「うん。さくらがそうしたいって。」 伊倉にベタ惚れのさくらしか知らなかったので、仕事に燃えるさくらは想像しづらい。 でも、あのパワーを仕事に向けたらすごいかもな、と思う。 「伊倉さんもすっかりふられたか。」 「そういえばさ、人喰い男。ほら、吉良くん。」 吉良の名前にあたるの顔を見直す。 「よく来るよ、この頃。」 「店に？」 「うん。」 「なにしに？」 「わかんないんだよね。ただ来て、しゃべってく。」 「またちょっかい出されてんのか？」 天羽の眼がちょっと険しくなるが、 ビールの空き缶を片づけているあたるは気づかない。 「ううん。あたしも初めは身構えたんだけどね、全然。話していくだけだよ。 で、おしまいに必ずさくらのこと、聞くの。」 その言葉に天羽は意外そう。 「さくらちゃん？ あいつさくらちゃんに本気だったのか？」 「どうなのかな。」 首をひねるあたる。 「でもなんか、まともだよ。印象。」 「あいつが？」疑わしげ。 「まともっていうか、人を喰わなくなった感じ。」 「おまえ単純だからな。」苦笑する。 「え？」 「すぐ懐柔されそう。」 「何それ？」 「あいつが別のこと狙ってても、わかんないだろ？」 「そんなことないよ。」 「そっかぁ？」 からかい口調で水割りをつぐと、グラスをもってソファに座り込んだ。 あたるは頬をふくらませて反論する。 「そりゃ、全部はわかんないけど。ちょっとくらいはわかるもん。」 さらに問いかける天羽。 「じゃあ、あいつ、何を考えてるんだ？」 「多分ね。」 「ん？」 「初めて考えたんじゃないかな、なんでふられたんだろうって。」 テーブルに頬杖をついて、反対の手で箸をくるくる回す。 「それで初めて、さくらのこと少し、わかろうと思ったんじゃないかな。」 『好きだったらわかりたいと思うでしょ。』 以前あたるが言った台詞。 吉良はさくらちゃんに惚れたって事かな。 でも、思いやるあたるがちょっと不満。 「優しいじゃん。」 「え？」 「あいつに。」 「そんなことないよ。」 「わかってやろうとしてるじゃん？」 「そんなことないって。」 「じゃ当てて見ろよ。俺が今、考えてること。」 「えー？ そんなの急に言われたって。」 「ふーん。わかんないんだ？ あいつのはわかるくせに。」 「だってそれは。」 「なんかなー。納得できねーよな。」 からかってるはずが、半分本気になっている天羽。 「やだ。子どもみたいなこと言わないでよ。」 冗談だと思ってなだめるあたるだが、 天羽がマジですねているのがわかって呆れる。 「ねえ、酔ってるの？」 「酔ってねえよ。」 言いながらまたグラスを傾ける。 「飲み過ぎだよ。だから空きっ腹に入れるなって言ってるのに。」 ソファに座り込んでいる天羽の前に膝をつくと 手を伸ばしてグラスを取り上げようとする。 そしたらいきなりキスされた。ウィスキーの味と香り。 濡れた唇。それは嫌じゃないけど、ギュッとつかまれた腕が痛い。 伝えたくて胸を叩く。 トントン。 唇が離れた。天羽が目で問う。まだ腕はつかまれたまま。 「痛いよ。」つぶやくと初めて気づいた。 「悪い。」 手を放すとあたるはニコッと笑う。 「当てよっか？」 「ん？」 「今考えてること。」 「キスしたい、なんてのはわかりすぎだろ。」横を向く天羽。 「違うもん。」 「・・・何だよ。」 「抱きしめたい？」 チラッと見ると、自分で言ったくせにその顔は赤かった。 フッと笑って抱きしめる。耳元で囁く声。 「当たり。」 「へへ。勘いい？」腕の中で照れている。 「俺も当ててやろうか？ おまえの考えてること。」 「え？」 「もっぺんキスして欲しい。」 思い切りからかったつもり。でもあたるの目がまん丸になる。 耳まで真っ赤になると、ボソッと言った。 「・・・当たり。」 そのまま顔を埋める。からかっていた天羽の表情が消えた。 顔を上げないあたるに話しかける。 「今日さ、やたら目があっただろ。昼間。」 言われて気づく。そういえばなんだかやたらと。あれ？ 「ずーっと見てたんだぜ。」 「・・・どうして？」 思わず顔を上げた。まだ赤い。 「欲しかったからさ。」 もう一度。ウィスキーの味の唇。 あたるは動かない。それからー。 頬にキス。鼻の頭にキス。まぶたにキス。 目を閉じたまま受け止める。 天羽の指が、あたるの髪をかきのける。のぞいたうなじに押しつける唇。 囁き。 「伸びたな、髪。」 「うん。伸び過ぎちゃった。」吐息をこらえた声。 「切るのか？」 天羽は左手の指でその伸びた髪をもてあそぶ。 「どうしようかな。」 「おまえの好きなように。」 優しい声が耳元で聞こえたかと思うと、又首筋に触れる唇。 あたるはまた目を閉じてしまった。 あとは夢になるー。 とどきそうでとどかないところ。つかめそうで、つかめないところへ。 伸ばすあたるの指が空を切る。その瞬間漏れた声に天羽が気づく。 名前を呼ぶと、押し開く瞳。夢見ている表情のまま微笑む。 こういうときはなんでこう、色っぽいんだか。 女はみんなこうなんだろうか。 手をさしのべるあたる。その額に口づける。腕を首にからめる。 また夢に沈み込んでいく。 二人とも同じところへたどりつこうとしながら。 |