＜Home＜二次創作メニュー＜本編メニュー back＜ ＞next
|
ＶＯＬ．４２ 「独りの限界」 朝の光のまぶしさにあたるが目を開けた。 隣に天羽がいるのに気づく。 嬉しくなる。 それにしてもやけに陽が高い。何時だろう。 蒲団をそっと抜けて、Ｔシャツをかぶると時計を見て驚いた。 ９時？ ベッドにとびついて天羽を揺すぶる。 「ねえ。ねえってば。起きないと。」 寝起きはいい方なのに、今日に限っていくら揺すっても返事もしない。 どこか具合が悪いのかとも思ったが、軽いいびきをかいているくらいだ。 熱もない。ただ眠り込んでいる。 目の縁に隈が出来ている。疲れてるんだ。どうしよう。 天羽の携帯が鳴りだした。会社からかな。 着信を見ると「立木」とあった。立木・・・？ おそるおそる出てみる。 「もしもし。」 「天羽さん？ あれ？ えーっと・・。」 「あ、あの。」 「ひょっとして、あたるさん？」 よかった。やっぱり夏休みに逢った天羽の後輩だ。 「ええ。ごめんなさい。あの、天羽さん、」 「具合悪いんですか？」 「ううん。ただ、起きないんです。いくら起こしてもダメで。」 無理もないと思う立木。 プロジェクトが始まって１ヶ月半。 天羽は誰よりも皆に気を配り、トラブルにあたりひっぱってきたのだ。 「あたるさん、田舎だったんじゃ？」 「知ってるんですか？ ゆうべ帰ってきたんです。」 よかった。だから気がゆるんだんだ、きっと。 「天羽さん、休ませてあげてください。」 「でも今日も仕事でしょ？」 「風邪だって僕から伝えておきます。」 「いいんですか？」 「ええ。天羽さん、ずっと休みなしだったから。 １日休んだって誰も文句言いませんよ。そう伝えて下さい。」 「ありがとう。助かります。よろしく。」 いかにもホッとした様子のあたるの声。 彼女が帰ったなら、天羽さんも大丈夫だ。 夕べの天羽の憔悴ぶりが気になっていただけに、立木もホッとした。 携帯を切って思う。ほんとに忙しかったんだ。疲れてるわけよね。 蒲団をしっかりかけ直して、くるんでやる。 こんな天羽は初めてだった。休めて良かった。 きっとまだ当分寝てる。お店を開けてこよう。 ご飯もつくろうかな。ああ、勉強もしなきゃ。あたるはそっと着替えを始めた。 夢のない深い眠りに浸っていた天羽。 いい香りに気づいて、ゆっくりと目を開けた。 このところ続いていた浅い眠りからは考えられない、すっきりした目覚めだ。 まぶしい光。あたるの部屋だ。 物音の方へ顔を向けると、あたるが台所でコーヒーを入れていた。 ドリッパーの泡とにらめっこしている。 「んー、もうちょっとかな。」 右手にやかんを握って悩んでいる。その様子がなんだか懐かしくて温かい。 「あれ、入れすぎ？」 思わずクスッと笑う。 あたるが振り向いてやかんを置いた。 「起きたの？ よかった。あんまり眠るから、心配になっちゃった。」 その言葉に嫌な予感。 「・・・今何時だ？」 「１１時半。」 「やばい！ 仕事！」 あせって飛び起きる天羽に、あわてて跳んでくる。 「あ、あのね。立木さんが。」 「立木？」 ベッドの横に座ると、朝の電話のことを伝える。 「そっかー。立木、気つかってくれたんだ。」 心配りがありがたかった。 「うん。よかった。」 「しっかし参ったな。こんなことなかったのに。」頭をカリカリとかく。 「何べん起こしても、全然起きなかったんだもん。 疲れてたんだよ。ちょっとはすっきりした？」 天羽の顔を見上げる。まだ顔色はあまり良くない。 心配そうなあたるの表情に、でも眼が踊る。 「立木と話したのか？」 「え？ うん。ちょっと。」 「やばいかなー、それ。」 「何が？」 「明日会社に行ったら、バレバレだったりして。」 「へ？」 「ずる休みして彼女とイチャイチャってさ。」 「ええー？」 「あいつ、最近竹井に振り回されてるから。恨まれてるんだぜ、俺。」 「竹井って、リカさん？」久々に聞く名前。 「つきあってんだってさ。」 「そうなの？ でもまさか。」 「この忙しいときに、ずる休みじゃクビかなー。」 「え？ え？ あの、だって。」 そんなこと言われたって困る。 眼を白黒させてあわてまくり、携帯を捜すあたる。 知らん顔していた天羽が、とうとう吹きだした。 「バーカ。すぐ本気にする。立木がやるわけないだろ。」 いつものいたずらっぽい声。ニヤッとする。 携帯を握りかけたあたるの手から力が抜ける。 「もう〜。 人が心配してるのに。」 ふくれて立ち上がったら、腕をつかまれた。 「来いよ。」 「え？ きゃっ。」 引っ張られてバランスを崩すと天羽の膝の上。 抱きしめられて唇をふさがれる。 体の中にゆうべがまだ残っている。時間がわからなくなる。 キスの深さに気が遠くなりそうだ。かろうじてなんとか唇を離す。 「ダメだよ。お店開けてるんだから。」 「開けて来たんだ？」 「あたしは昨日までお休みしてたんだもん。遙さんにも連絡とったの。」 「そっか。」 口ではそういいながら、抱きしめている手がゆるまない。 まぶたに、額に、キスがふれる。 「ねえ、店にご飯作ってあるよ。」 巻き込まれそうな自分を必死で保つ。 「腹へってないよ。・・・おまえが食べたい。」 「バカ。起きたらおなか空いてるってわかるから。」 真っ赤になってあわてながら、視線を合わせてはっきり言う。 「どうしても？」 「どうしても。」 「・・・しゃあない。起きるか。」 ようやく腕がゆるんだ。 物足りない顔の天羽が可愛く見えるけど、これを逃したら逃げられない。 「ほら、コーヒー飲んだら着替えて。持ってきたから。」 わざとそっけなく言うと、背広を紙袋に入れ始めた。 うーんと伸びをする天羽。 ほんとに久しぶりにぐっすり眠った。あたまがスッキリしている。 あたるがいる。 それだけで。 店に２人で戻ってくると、もう机にお皿が並べてあった。 座るとあたるがみそ汁をおいてくれる。いい匂いだ。 「ほんとだ。」 「ん？」 「腹がすごく・・・減ってるみたいだ。」 「でしょ？」 あたるが笑ってご飯を差し出した。あとは無言で食べ始める。 干物と漬け物、肉じゃが。それだけだけど。 久しぶりにちゃんと食べる。そんな気がした。 あたるは店を覗きながら、天羽が食べるのを確認している。 茶碗が空になると、何も言わないうちにご飯をよそう。 みそ汁もお代わりをつぐ。 天羽はそれにも気づかぬように食べ続ける。 ご飯もみそ汁も、たっぷり３杯平らげると、ようやく箸をおいた。 「あー、食った。」 食べ終わって初めて声をあげた。あたるがニッコリする。 「よかった。」 それで気づいて呆れる。 「・・・食ったな、ほんと。」 日頃そんなに食べる方じゃない。 飲むのが半分を締めるから、こんなにしっかり食べる方が珍しい。 あたるが熱いお茶をトンと置いた。コーヒーカップで。 「お茶？」 「ん。疲れてるときはこれもいいよ。」 ほうじ茶の香り。なんだかほんとに懐かしいものばかり。 「どこにあったんだ？ お茶なんて。」 「家から持ってきたの。置いてこうか？」 「いいのか？」 「うん。どうせカヲルんちにもあるし。」 あたるは洗い物を始めた。 ゆっくりお茶を飲みながら、部屋の中をぼんやり眺める。 天羽はまめな方だし、店にはあたるがいないときは遙が来るから、 この部屋はいつも片づいていた。 じゃあこの感じはなんだろう。 部屋の中が温かく見える。色まで明るくみえるのは。 「お茶、まだいる？」 あたるが振り返る。 「ん。」 見ればコーヒーメーカーのポットでお茶を入れている。 「なんだ、それ。」 「だって急須ないんだもん。仕方ないじゃん。」 知らん顔でお茶を入れ直す。 「珍しいでしょ。 コーヒーポットでお茶入れて、コーヒーカップに注ぐの。」 「バカ〜。」 ２人でクスクス笑い出す。 「湯飲みもないんだもんね。」 何の気なしにそういって、ガラスポットを戻しに行く。 急須に湯飲みか。考えたことなかったな。 コーヒーが好きで、それしか飲まなかったし。 でも今日は、お茶がおいしかった。 「調子悪いときとか、体が冷えるときは、お茶がいいって。 お母さんがよく言ってた。」 片づけながらあたるが言う。 「そっか。そういうもんなんだ。」 おふくろもそんなこと言ったかなー。そう思ってから驚く。 母の事なんて、ここ何年考えまいとしてきたから。 考えると痛い部分。こないだ幸造に聞かれた時のように。 「あ、親父さんは？」 「ん。朝電話したけど、週末にはどうしても退院するっていきまいてる。」 「良くなったってことか？」 「ううん。心臓だもん。急に良くならないよ。 ただ、発作がおさまったら寝てるだけだから、退屈しちゃってダメなのよ。 何もしないでいろってのは無理なの。」 「そうかもな。」 「あたしがいたときですら、病院の先生に退院ねだってたもん。」 苦笑いするあたる。 「退院したら、さくらも戻って来るって。」 「さくらちゃん、仕事大丈夫なの？」 「今、バイトの切れ目だから。」 「切れ目？ ブティックやめたのか？」 「あ、そっか。」 しばらく逢えなかった分、話がたまっている。さくらやカヲルや、それから遙。 「遙さんに会った？」 「いや。」 「アメリカへ戻ってるんだって。」 「ジムが？」 「ジムの父さんが病気らしいんだけど、なんか・・・変なの。」 自分もお茶を入れて持ってくると、座る。 「夏からずっと変だよな。」 「うん。こないだ逢ったら、良介くんまでなんか変だったよ。」 そうつぶやきながら、なにげにひじをついて小指をくわえた。 「良介も？」 言いながらなぜか目が吸い寄せられる天羽。 いつもやってた仕草なのに。 考え込んだまま、小指の先をかじる。くわえる。 その唇とわずかにのぞく舌がやけに目に付くーと、視線がぶつかった。 首をかしげるあたるに、さらに吸い寄せられるところで、 表の戸があく音が聞こえた。 「こんにちわ。」 遙だった。 「あたるさん、お帰りなさい。」 「遙さん、すみませんでした。」 「ううん。ほんとにもういいの？」 「とりあえずは。」 「そう？ 無理しないでね。なんとかなるから。」 「ありがとうございます。」頭を下げるあたる。 遙は天羽に振り返る。 「久しぶりね。」 「ほんとに。」 その表情がやっぱりどこか、変だなと思う。 何か言いたそうで言わない。昔よく見た顔にも見える。 と、あたるがバッグを持った。 「すみません、ちょっといいですか？ あたし銀行に行って来ます。」 「ええ。いいわよ。」 天羽があたるを見ると、ちょっと笑って前髪をうしろにかき上げた。 その表情にまた目がいくが、あたるはそのまま出かけていってしまう。 「今日はどうしたの？」遙が聞く。それはそうだろう。平日なのだ。 「サボり。」 「え？」 「ちょっと仕事しすぎたからさ。」ソファにひっくり返って笑う。 「あなたらしいわね。」 「俺らしい？」 「忙しくても余裕があるってところ。」 ほめてくれたんだろうけど、天羽は違和感を覚えた。 このところの自分には余裕なんてひとかけらもなかった。 他人ならいざ知らず、遙にそういわれるなんて。 そんな風に見えているんだ、やっぱり。 「どうしたの？」 「いや。そっちはどうした？」 「どうって？」 「ジム、アメリカなんだって？」 「・・・あたるさんに聞いたの？」 「ああ。まだ戻らないのか？」 「お父様が９月初めに倒れて。」 天羽は初めて聞く話。 「それで戻って。他にも色々あって。まだ帰れないの。」 「１ヶ月たつのに？」 「ええ。」 遙の表情が暗かった。このところお互いに顔を見てなかったのだが。 夏に戻ったときに思ったこと。 やっぱりジムの父親と何かあるのだろうか？ 「良介は？ 元気？」 ビクッとする遙。思わず天羽を見上げて、またうつむく。 「・・・ええ、元気よ。」 「あたるがなんか、気にしてたけど。変だって。」 黙ったまま何も言わない。 「遙？」 視線が左右に動く。遙らしくない。何か迷ってる？ ふいに顔を上げて何か言いかける。 「あの・・・あのね、」 「ん？」 「あの。」言葉が出てこない。 もう一度うつむいてしまって、また顔を上げたときはごまかしていた。 「どうしたらそんなにしていられるの？」 「え？」 「忙しくて、ろくに時間もなさそうなのに、余裕たっぷりに。」 「余裕、ないのか？」 「ないわ。」 これほど遙らしくない台詞もなかった。 「昔、一人だった時の方が余裕があったかもしれない。何故かしら。」 独り言のようにつぶやく。 「一人の時は、何でも一人で決めて、一人でやらなくちゃならなかったけど。 でも、余裕もあった気がするの。今は相手に振り回されるみたい。」 遙の言葉に考え込んだ天羽。 「あなたっていつも、同じように自分を保ってるでしょ。どうやるの？」 「そんなことないよ。」 言下に否定した。意外そうな顔になる遙。 「そう見えるんだ？ ずっとそう思ってた？」 「ええ。」 「そっか。遙でもそうか。」 「何？」 「いや。俺さ、昨日まで参ってたんだよね。イライラして疲れて。ボロボロ。」 「嘘。」 遙は笑う。信じてない。 「ほんと。」 天羽も笑った。 「だって。」 「俺もさ、ずっと一人だったから、一人を保つ方が楽だった。 そういう態度している方が、いろいろ都合もよかったし。」 鼻の頭をかく天羽。 「でもさ、やっぱりそれって限界があるじゃん。どうしても。」 『限界』という言葉に、天羽を見直す遙。 「寝るヒマもなくて土日もなくて。仕事だし、やりがいはあるけど。 でもずっと続くとやっぱり疲れてくる。イライラもする。」 天羽があまりいいそうにない台詞。 「昨日の夜なんてイライラの頂点でさ、怒るし酔っぱらうし。 すごかったんだぜ。」 「・・・どうして過去形なの？」 「ん？ 今あいつがいるから。」 「あたるさん？」 「ああ。いつのまにやら、俺の精神安定剤だ。」 遙の目が見開いた。 「あいつがいるだけで、俺の中のキャパシティがすごくでかくなるんだ。 なんでかわかんないけど。」 「キャパシティ？」 「一人じゃ絶対越えられない部分を超えていける。 遙も知ってるんじゃないか、それ？」 遙は思い出す。ジムが言ってくれた言葉。 「３人で歩いていこう。そしたら一人で歩くより、きっと遠くまで行ける。」 あたしはそれを信じたから、一緒に歩くことに決めたんだ。 「不思議だよな。確かに相手のためにそのキャパシティが、 逆に半分になったりもするけど。 でもいた方が絶対いいと思うんだ。いなきゃ困る。」 最後は自分に言ってるような天羽の言葉が、遙には辛かった。 天羽はあたると、ちゃんと支え合っているんだ。 あたしはー。 なのに良介ー。思わず口にしかける。 「天羽くん。あたしね。」 「ん？」 のぞきこまれて、また言葉を失う。何て言えばいい？ あまりにもたくさんのことがあった。ありすぎてどこから言えばいいのか。 でも、助けて欲しいー。 「あの・・」 そこへあたるの声がした。 「ただいまー。」 奥へ入りかけたあたるが、戸口で立ち止まった。 振り返って自分を視た遙の様子に、何かを感じたから。 何か。邪魔者を見るような目つき。 あたるの表情に気づくと一瞬で消えた。我に返ってうつむいてしまう。 「あの・・」 「おかえりなさい。あの、あたし急用思い出したから。」 あわてて行ってしまった遙を、二人は見送るだけだ。 「なにか、話し中だった？」 「いや。何度かいいかけたけど、結局言わなかったな。」 「まずかったのかな、タイミング。」 「そっか？」 「遙さんらしくない目だった。」 気になってまた戸口を振り返るあたる。 天羽が見ると、額に汗。 「何、走ってきたの？」 「ん？ ううん。ちょっと暑いよ、今日。 銀行を３つはしごしたら、汗かいちゃった。」 あたるの髪がずいぶん伸びた。 去年の冬はおかっぱくらいだったのに、今は肩に届く程だ。 その髪の先が汗ばんだ首筋にまとわりついている。 うるさそうに左手で、前髪もろとも後ろへかきあげて、片方へ寄せる。 そんな仕草までやたらと気になる今日の天羽。 見ていたら、また目があった。 「ん？」 「いや。」ごまかして立ち上がる。 「何かさ、修理する物あるか？ やってやるよ。おまえ、勉強すれば？」 「ホント？ ありがと。」あたるがニッコリ笑う。 久しぶりに二人だけの穏やかな夕方だった。 遙の様子はもちろん気になったが、 今はそれより何よりあたるがいることが大事だった。 この季節は日暮れが早い。つるべ落としの秋。表はもう暗くなっている。 「夕飯どうする？」修理した品物を片づけながら、天羽が聞く。 「作ろっか？」 「昼にずいぶん食べたからな。あんまり空いてないんだ。 何か買って来るか。」 「うん。」 「あー、風呂もいかなきゃな。」 「ランドリーもでしょ。たまってるよ。」笑っているあたる。 「おまえも行くだろ？」天羽の口調が当然という感じ。 「え？ でもあたし、お風呂の用意してきてないし。」 「取って来いよ。店閉めるの、俺がやるから。」 ちょっとびっくりしているあたるに、天羽が確認するように聞く。 「泊まるだろ？」 向けられたその様子に覚えがあった。 夏休み。 『今日は一緒に眠ろうぜ。』 おねだりするみたいだと思ったあの声と瞳。 命令みたいなお願いみたいな。 こんな時はやたら素直。これを拒める人っているのかな。 「ん。」 短いあたるの返事に、天羽の表情が柔らかくなる。 「じゃ一辺戻ってくるね。」 「ああ。片づけとくから。早く来いよ。」 走っていくあたるを見送って、ホッとしたように天羽は店仕舞いを始めた。 |