＜Home＜二次創作メニュー＜本編メニュー back＜ ＞next
|
ＶＯＬ．３７ 「ジムの苦悩 」 １０月。カヲルが渡米した。 旅行とは違う。 今回はとりあえず、コンペの終わる１２月までは戻れない。 あたるとさくらはカヲルに聞いた。 「ねえ、この家だけど。あたしたち、出た方がいいんじゃないの？」 「なんで？」 「なんでって。」 「カヲルのおじいちゃんちじゃん。 カヲルがいないのに、あたしたちが姉妹で住んでるのって変でしょ。」 さくらが言葉を足す。 「いいじゃん、別に。どうせ空き家なんだし。」 「だって、おじさんとか。」 「大丈夫だって。言っといたから。」 「家に言ったの？ アメリカに行くこと。」あたるが驚く。 「うん。やっぱりさ期間が長いから。 黙って行くわけにもいかねえじゃん。」 「それはそうよ。言ったほうがいいけど・・・おじさん達、何て？」 心配そうに尋ねる。 「うーん。初めはビックリしてた。俺、何も言ってなかったろ。 デザイナーなんて話。それがいきなりアメリカだもんな。」 「そうよね。びっくりするよね。」 「会社やめたことも言ったの？」さくらが気にする。 「ああ。怒鳴られたぜ、親父に。」 顔をしかめて目を見交わすあたるとさくら。 「でもやれって。そこまで決めたなら、ちゃんとやってみろって。」 「おじさんが？」 「ん。」 ホッとするふたり。 「カヲルんちってどっか自由だよね、その辺。 奈知姉が茨城行くときも、割とあっさり許したし。」とさくら。 奈知というのはカヲルの姉だ。今、茨城で看護婦をしている。 「うん。うちみたく頭固くなくて。」これはあたる。 「おじさんだってそう見えるだけじゃん。 ほんとにやりたいって言ったこと、止めないだろ。」 カヲルの言葉に、 あたるは春にぶつかっていったときの父を思いだした。 「そう・・・かもね。」 「じゃいよいよだね。」 「だからさ、家はあたるとさくらが管理してくれてるって言ってあるから。」 「いいの？」 「一軒家って誰も住まないと荒れるだろ。 じいちゃんが死んでから、おふくろが見に来てたけど、遠いからさ。 で、俺が住むようになったわけだし。 おまえらが住んでくれるなら安心だから。」 あたるとさくらはありがたくそうさせてもらうことにした。 「あたるもさ、あっち引き払えば？ いい加減に。」 「う・・・・ん。でもなんかね。」 「家賃無駄だろ。」 「会った方が安心するのよ、いろいろ。」 言葉を濁すあたる。 「あ、適当にやってくれよ。 この家の面倒みなきゃなんて考えなくていいからな。 一週間に一辺くらいのぞいてくれればいいし。」 「あたしはいるわよ。追い出さないでよね。」さくらが文句を言う。 「あ、そっか。おまえフリーだもんな。」 「うるさいわね。」座布団をなげるさくら。 「こいつ、やるか。」 「ちょ、ちょっとふたりとも。」 とびかう座布団。こうして３人でじゃれることもしばらくない。 ひょっとしたらもうないかも知れない。 心のどこかでそう思いながら、何てことのない話を続けた３人。 そうしてカヲルは旅だった。 カバンの隅にあたるとさくらと、３人おそろいで、近くの神社のお守り。 「あたしはさ、もっと由緒あるところのにしようって言ったんだけど。」 「ここのが一番いいって。」 さくらの文句をあたるがいなす。カヲルが笑う。 「そうだな。あたるに御利益あったもんな。」 「へ？」 「天羽御利益。」 ニヤニヤするカヲルに赤くなるが、ごまかすようにもう一つ差し出す。 「これ。」 「？」 見れば安産のお守り。 「洋子虫に。ね。」２人が微笑む。 その気持ちが嬉しかった。 「カヲルと同じのをあたし達も買ったから。念を送るからね。」さくらが笑う。 「念？」 「カヲルがうまくいきますようにって。」 「あ、あたしも。洋子虫の赤ちゃんが無事に産まれるように。」 あたるも言う。 「じゃあ俺も。あたるが受かるように。 さくらにいい男ができるように、ってな。」 「ようし。送りっこだね。」 「ファイト！」 「オー！」 上げた３つのこぶしに、ひとつずつお守りがあった。 飛行機で思い出し笑いをしながら、 カヲルはこれからの自分に武者震いしていた。 ボストンへもどったジムはまだ帰ってこなかった。 電話は頻繁にくれるが、いつも短い。 戻れないのはジムの父に引き留められているらしかった。 倒れたと聞いた時は心配したが、単なる疲れだとのこと。 年の割に頑丈な体の人らしい。だが体よりも気持ちが。 帰ってきた息子を離そうとしないらしく、 ジムも強く突き放せずに帰るタイミングがつかめないようだった。 「私達なら大丈夫よ。」遙はいつもそう言う。 「すまない。もうすぐ。」ジムもいつもそう言う。 「心配しないで。お父様、大事にしなきゃ。」 その気持ちに嘘はなかった。 遙自身、すでに母がいない。親は大事にして上げて欲しいと思っている。 でも。 かなり無理をしてそういってしまう自分が今は嫌だった。 懲りたはずなのに。ちゃんと言わなくちゃいけないのに。 正直な気持ちが言えなかった。いつからこうなってしまったんだろう。 「じゃあね。」 切ってしまってから唇を噛む。大丈夫なんかじゃないのに。 実は今日、良介が顔に傷を作り、服をボロボロにして帰ってきた。 驚く遙に何も話そうとしない。 どちらかというと優しい子で、すばしっこく腕力もあるのに、 ケンカはあまりしたことがなかった。 初めてのことにうろたえて遙は問い詰めたが、一言もしゃべらない。 担任の先生からの電話で、やっと事情がわかった。 原因はわからないが友達とホームルームで口論となり、 とっくみあいにまでなったという。 「一体どうしてケンカになったの？」 なんとか原因を突き止めようとする遙。 黙りこくっていた良介がわずかに口を開いた。 「・・・偽物だって言ったんだ。」 「え？」 「ジムは父さんじゃない。偽物だって言ったんだ、あいつ。 だから参観日は来なかったんだって。」 目を見開く遙。 ９月末に参観日があったのだ。ジムは来られるはずもなかった。それで？ 良介はそのまま、自分の部屋へ行ってしまった。 いままで父親のことでもめたことなどなかったのに。 良介にはこれからこそ父親が必要なんだ。なのにージム。 ほんとは電話口で叫びたかった。帰って欲しかった。 強がってしまう自分がいらだたしい。 ちゃんと向き合えると信じたから、踏み切った結婚だったのに。 昼間から曇っていた今日。夜空には星も月も見えなかった。 「いいかげんにしてくれ。」 声を荒げたジムは、足音も高く部屋を出た。 「ジム！ 待て！」 父の声を後ろに、ドアが閉まった。 ボストン。ジムの実家。帰国してすでに４週間近い。 後ろから母が追いかけてきた。 「ジム。」 「母さん、父さんはどうしてもわかってくれない。」 「あなたの気持ちはわかるわ。 遙とのことは、式の時はあきらめてくれていたのよ。 なのに、トムがいなくなったから・・。」 「遙と別れるなんて不可能なんだ。」 ジムのゆがんだ顔を母の老いた手がなでた。 「許してやってね。どうしてああ、かたくななんだか。」 ジムの怒りが少し静まる。 「母さんのせいじゃないことはわかってる。」 「遙は？ 大丈夫？」 「大分参ってる。言わないけど、声が無理してる。」 「そうよね。様子もわからず待ってるだけじゃ。こっちへ呼んだら？」 「これじゃ逆効果だ。父さんが何を言うかわからないし。 良介も学校があるし。」 「・・・あなた、戻ったら？ 父さんは時間がかかるわ。」母が気にする。 それも考えないではなかったのだが。 ジムにも父への思い、複雑な感情があったから、 どうしてもこのまま行けなかったのだ。 「これを続けると、遙との間がおかしくなるわよ。」 母は、父とは対照的に、遙も良介も気に入っていた。 「わかってるよ。でも。」 八方ふさがりとはこのことかもしれない。 ジムの実家、アンダーソン家は、古い街ボストンでも旧家だった。 街の重鎮であり、また事業主としても代々長けていた。 だが旧家だからこその悩み、確執もむろんあった。 ジムは４人兄妹の末っ子だ。兄がひとり、姉がふたり。 姉２人はすでに、遠方へ嫁いでいる。 兄のトムは、ジムにとっては常に、コンプレックスのタネだった。 幼少より優秀でスポーツ万能。 一流大学をトップで卒業し、そのまま父の事業に参画したほどだ。 父にとってはそれこそ、目の中に入れても痛くない自慢の息子。 ジムとて、決して劣っているわけではない、むしろ人より優れていたが、 あまりに華やかな兄の影に隠れがちになるのはどうしようもなかった。 父は兄だけを視ていた。 いや、父にしてみれば悪気はなかったのだろうが、 跡取りでもある優秀な長男に目を注いでしまうのは当たり前とも言えた。 自然、ジムはいつも寂しさと父への憧れを抱いていた。 兄は独立心の強くリーダーシップを取るタイプだ。 だからといって人をないがしろにもせず、人望があった。 ジムにとっても自慢の兄であり、弟を可愛がるいい兄だった。 それだけにコンプレックスも強くなる。 ジム自身はどちらかといえば穏やかな性格で、母の秘蔵っ子でもあった。 劣等感にさいなまれがちなジムに、自信をもつようにと支えてくれた母。 ジムがこうして自分なりの生き方を見つけたのは、母のおかげでもあった。 留学生とのかかわりから日本に興味をもったジムは、 高校生のときに日本へホームステイした。 日本の文化と気質がすっかり気に入った彼は、 大学を卒業した後、日本の大学でも単位を取得。 双方を事業で往復するうちに、遙と知り合ったのだ。 父は日本人との結婚にいい顔はしなかった。 だが、末っ子のジムは遅かれ早かれ独立する。 事業も日本がらみが多い。 なら仕方ないかと、不承不承ではあるが、うなづいたのだ。 ５月の結婚式。あの時、２人にはなんの心配も不安もなかった。 未来には雲一つ見えなかった。 なのに。 ジムの式前後あたりから、兄と父はもめることが多くなったらしい。 元々独立心が強く、リベラルな考え方の兄。旧家の長で当然保守的な父。 ふたりはある意味、水と油だった。 だが兄は兄なりに父を尊敬していたし、父は自慢の長男を心から愛していた。 お互いを大事に思っていたから、事業に関してはなんとかやってこられたのだが。 ふたりがどうしようもなくすれ違ったのは兄の結婚問題だった。 ジムの結婚を機に、父は兄の結婚も勧めようとした。 アンダーソン家のような、旧家の長男の結婚。 それには誰もが想像するように、家柄と財力のつりあいがまず先んずる。 いずれ数多の企業を統べるトップとなるのだから、それが常識と考える人も多いだろう。 父は当然そう考えていた。そして一人の女性を選び出した。 家柄・財力ともアンダーソン家に劣らず、また本人も申し分ないと言われる女性。 誰もがこれはいい縁組みだと考えた。 たったひとりをのぞいては。 そのひとりが兄本人だったのだ。兄にはその時すでに、好きな女性がいた。 兄の選んだ女性は、美しく聡明だった。 彼女は兄の大学時代からの同期生であり、その後アンダーソン傘下の事業に就職。 秘書としての能力を高く評価され、数年前から兄の秘書を務めていた。 明るくユーモアがあり人を惹きつける魅力を持っていた。 兄が彼女を好きになったのは、自然な成り行きだったとも言える。 父も彼女をよく知っており、彼女の能力・性格・その美しさを何かにつけて誉めていた。 だがそれはあくまで、秘書としての彼女であり、跡取りの嫁としてではなかった。 彼女はごく普通の家庭出身だったから。 ３ヶ月の論争の果ての８月半ば、とうとう兄は家を出た。 父と大喧嘩の末だった。 たちまち事業は立ち往生した。今やアンダーソンを支えているのは兄だったのだ。 見かねた母がジムに連絡してきて、夏休みの急な帰国となったわけだ。 １週間の予定の渡米は、兄の代わりに事業のフォローに追われ、 結局遙たちを先に返すしかなかった。遙にも仕事があったから。 それはいいのだが、予想外だったのは父の老いだった。 まだまだ元気だと思っていたのに、兄の家出とともに休息に気力が衰えた。 仕方なく当面がなんとかなるように、ジムは事業の手配に奔走した。 そんなジムを父は、初めてみる人のように視ていたらしい。 兄の影にいて見えなかった末っ子の知らなかった能力。 その１週間で、父は勝手にジムを自分の後継者と決めてしまったのだ。 兄の代わりに。 日本へ帰ろうとした日。父はジムに言った。 「おまえにアンダーソンを譲ろう。もう日本に行くことはない。」 ジムの驚きは並大抵ではなかった。父の頭がおかしくなったのかと恐れたほどだ。 「バカ言うんじゃないよ、父さん。早く兄さんと仲直りしろよ。」 そういい残して、日本へ帰ってきた。 それが８月末。 １ヶ月たたないうちに、父が倒れたとの知らせが入った。 あわてて再び渡米。 幸い父は、ストレスによる過労と診断され、あまり心配なかったのだが。 ジムをつかまえた父は、今度は執拗に跡取りの話を繰り返した。 「俺には無理だよ。父さんが誰よりも知ってるじゃないか。兄さんとちゃんと話し合って。」 「あいつは家を捨てたんだぞ。トムの話は二度とするな。 私はおまえをちゃんと見てなかった。それは謝ろう。 おまえは立派になった。今のおまえなら出来る。」 それだけならまだわからなくもなかったが。 父の要求はそこでとどまらなかった。 「それとアンダーソンの後継者に日本人の妻はいらない。遙とは別れるんだ。」 この台詞にジムは激怒した。だが父が本気なのは確かだった。 そうして４週間近く。毎日父とジムの間に同じ話が繰り返された。 「だから兄さんと話を。」 「私はおまえを跡取りに決めたんだ。」 「僕は遙とは別れない。」 「アンダーソンを潰すつもりか？」 どこまで行っても平行線だった。 母の言うとおり、聞く耳持たずに日本へ戻ってしまうことも出来た。 その方が早いかもしれない。だが。ジムの中にある父への思慕。 幼い頃から兄だけを見つめてきた父。 満たされなかった心。 思いもかけず今、父はあらゆる望みを自分にかけている。 これまでの飢餓感を埋めるほどの満足があった。 そしてもちろん、父への愛情。悩んでいる母を助けたいという思い。 アンダーソン家への責任。 その反対に遙がいる。 遙と良介への深い愛情。それは決して捨てられるものではない。 今まで自分が築いてきた仕事への誇り。日本での友人。仲間だっている。 兄のことも気がかりだった。 ジムは動くに動けず、父と不毛な論争を繰り返していたのだ。 結婚直後、兄と父がもめていることは遙には話していた。 それはまだ遠いアメリカの親子喧嘩だった。だが徐々に父と兄のズレは大きくなっていく。 ８月。兄が家を出たと聞いたとき、まさかと思った。 どれだけもめても、責任感の強い兄が、家と父を捨てるとはー。 逆に遙はそれを予測していたようだ。 「それで？」 「何？」 「ジム、あなたどうするの？」 「どうするって、これはアニキと父さんの問題じゃないか。僕にはどうにも。」 「いいえ。」 遙は首をふった。 「これはあなたの問題になるわ、必ず。」 確信に満ちた目だった。 母からの帰国を願う電話が入ったとき、ジムはその目を思い出した。 それから３人での帰国。トムが家を出たことは、外には内密にされていた。 事業で留守をしていると口裏を合わせていたのだ。 ジムが花嫁を連れての初めての帰国なので、 母は披露を兼ねて簡単だがパーティーを開いてくれた。 それをありがたく思いながらも、遙の気持ちは重かった。 ジムの父は、はるばる来た遙と良介に会おうとしなかったのだ。 好意的ではないと聞いていたが、この帰国ではっきりと拒絶されたのだ。 「今、父は兄のことですごく滅入っているんだ。」 ジムは遙をそう言って慰めてくれたし、ジムの母は遙と良介にとても優しかった。 パーティーでも２人は歓待されているように見えたが、 母はともかくその他の人々は好奇の目であり、 又アンダーソン家で何か起こっていると察して、野次馬根性で探りを入れてくるのだ。 遙はどんどん疲れていった。その気持ちは良介にも敏感に伝わる。 良介も又、せっかくジムの家に来たのに、 グランパが何故あってくれないのかわからなかった。 片親のハンディはこれまで良介にあまり影を落としてこなかった。 幼かったし、母も祖父も思いっきり愛情を注いでくれたし、会う人は皆優しかった。 なのにここでは、グランパは僕にあってくれない。 パーティーでも皆、なんだかおもしろそうに僕を見る。もちろん言葉はよくわからない。 明るく屈託のない良介に少しずつ覆い被さる影。 ジムも忙しそうだった。食事は必ず一緒だし、いつも良介を抱きしめてくれるジム。 良介は彼を信頼し尊敬していた。でももっと一緒に過ごして欲しかった。 そういう遙と良介の気持ちは、ジムもわかっていたのだ。 だから忙しい中、約束のディズニーランドだけは無理しても３人で訪れた。 大人も子どもも万国共通の場所、ディズニーランド。 それまでの屈託をはらすかのように良介ははしゃいだ。 ジムと遙の手を離そうとしなかった。そんな良介が遙には嬉しく、又切なかった。 この後２人は日本に戻るがジムは残ることになっていたから。 それが又、良介を悩ませないように、なんとかジムに理由をつけてもらうしかなかった。 とうとう最後まで一度も、ジムの父は２人に会ってはくれなかった。 それは良介のまだ短い人生の中で最初のトゲだった。 だが、ジムは事の大きさに気づいていない。 遙ですら、日本で学校が始まれば、と思っていた。 ジムは考えた末、良介に事実をそのまま説明した。つまり。 「僕の兄さんが出かけていて、家の仕事ができなくて、 おじいちゃんは困って機嫌が悪いんだ。だからもう少し手伝って行きたいんだよ。」と。 すると良介は、思い当たったようにジムに聞いた。 「だからグランパは僕に逢ってくれなかったの？」 ジムが胸を突かれる。 「ああ、そうなんだ。悪かったね。」 「ううん。じゃあ、僕のことが嫌いなわけじゃないよね。」念を押す良介。 「もちろんさ。」 「よかった。」 笑顔になる良介に、ジムは責任を感じた。 父のことで、小さな胸をこんなに痛めていたのか。 もっと辛い思いをさせないように、自分が気をつけないと。 良介がすっかり元気になったので、遙も安心して帰国した。 もちろん遙には、そう簡単なことでないのはわかっていた。 でも遙に出来ることはないのだ。 日本でジムを待つしかない。漠然とした不安を抱えたまま。 ８月末に帰ってきたジムは、 父にアンダーソンを継いで欲しいと言われたことを話してくれた。 自分にはそのつもりはないことも。 「でも、貴方が戻らなかったら、お父様やお母様が困られるでしょ。」 「兄が必ず戻るよ。」 「戻らなかったら？」 聞き返されて詰まってしまう。 「ジム。あなたずっと言ってたわよね。お兄さまは決して家を捨てないって。 そのお兄さまが家を出たのはよくよくのことでしょう。 そんな簡単に戻られるとは思えないわ。よく考えないと。」 遙の言いたいことはわかった。楽観できることではないのだ。 だが簡単に結論がでるはずもない。仕事も待ってはくれない。 そうこうしているうちに、父が倒れて、又帰国することになってしまったのだ。 父の無理な要求。平行線の話し合い。戻らない兄。困っている母。 遠く日本で悩む遙と良介。 「僕はどうしたらいいんだ？」 広い屋敷の中でつぶやくジム。見上げた空も暗く、月も見えなかった。 |