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ＶＯＬ．３０　「父のみやげ」




気づいたのは天羽だった。眠りの底でなにか聞こえる。
なんだ？　なにか・・・音楽？
かすかで聞き取りづらい。でも聞き覚えがある。それも最近。


♪ミッキマウス　ミッキマウス　ミッキミッキマウス♪


頭の中に歌が流れた。パッと目を開ける。
あたるの携帯の着メロだ。当人は隣でまだ寝ている。
「おい、おきろ。携帯鳴ってるぞ。」
「んー・・・ん？　携帯・・？　ほんとだ。」
やっと気づいて起きあがると、音を頼りに携帯を取り出す。
切れもせず鳴り続いている音楽。
「誰よ。しつこいな・・・あ。」
あたるが発信を見て止まった。
「やばい。」　顔をしかめる。
「誰？」
「・・・お父さん。」
「親父さん？」
とりあえずあわてて出る。天羽も意味もなく「やばい」と思う。


「もしもし？」
「この不良娘！　どこで遊んでる！？」
寝起きの頭にビンビン響く声。うわあ〜。
「お・・父さん。なに？」
「なにじゃねえ！
　盆だって言うのに娘が２人もいて、どっちも帰ってこねえんだから。
　母さんが心配してるだろ！」


心配してるのはあなたでしょ、と思うあたる。いつものことなのだ。
デンと構える母が浮かぶ。
「ごめん。ちょっと仕事が。」
「あたる。俺が今、どこにいると思ってる？」
「・・へ？　家じゃ・・。」そういえばやけにクリアーな音。
「カヲルん家だよ！」
「うっそぉ〜！　来てるの？」あたるの声にさらに驚く天羽。
「今朝一番でな。」
「来るなら来るって。」
「親が子供んとこ来るのに、前置きがいるか！」
そう。そういう人なのよね。わかっちゃいるけど。


「あ、じゃさくらは？」
「カヲルがいないと思ったら、珍しくいたわ。
　なのにおまえがいねえじゃんねえか。」
さくら、いたんだ。とりあえずホッとする。
「そしたらおまえも休みだって言うだろ。」
さくら〜。言ったな〜。
「と、とにかく。急いで帰るから。」あわてて切ろうとする。


「連れて来いよ。」
「へ？　誰を？」
「隣にいる奴。」
「え？　え？　知ってんの？」
さくらったら、そこまでしゃべった？　おもわず天羽と顔を見合わせる。
「やっぱり図星か。」　向こうで幸造がしてやったりと笑い出す。
さくらの声が聞こえる。
「バッカ〜。あたる単純〜。」
やられた！
「無理にとはいわねーけど、みやげあるから。
　よかったら連れて来いよ。じゃな。とっとと帰れ！」
「わ、わかったから。切るよ。」



携帯を切ったあたるは、はぁーと脱力する。
「どした？」
「・・・ううん。父さんカヲルん家に今朝来たんだって。
　さくらはいるらしいけど。とりあえず一辺帰ってくる。うるさいし。」
「ここにいるの、ばれてる？」
「父さん、変に勘いいから。まいるよね。」
「そっか。俺も行こうか？」　逆にびっくりするあたる。
「え？　いいよ。とっつかまったら大変だよ、きっと。」
「連れてこいって言われたんじゃねーの？」
「う・・・ん。みやげあるからって。
　でも、知ってるでしょ？　あの調子だから。
　とりあえず帰ってから、また連絡する。」
「そっか？」


スッとあたるの額に手。やっぱりドキッとする。静まれ、心臓。
「もう大丈夫か？」
「うん。もう全然平気。普通になってる。」
「昨日でなくてよかったな。親父さんにぶっとばされるとこだ。」
思わずクスッと笑うあたる。
「ほんとだね。危ない危ない。」
「親父さん来たんじゃ、今日は無理かな。」
「お休み終わっちゃうね。」
「ま、明日もあるから。」
「ん。」



急いで着替えを済ませて、荷物を詰め直す。
「タオルケットとか置いといて。明日にでも洗濯するから。」
「気にすんなって。」
「でも。」
「じゃ看病代、払ってくかぁ？」　つかまってあせってしまう。
「うわ。ちょ、ちょっと今は。」
「わーってるよ。」笑っている天羽。
「でもちょっとだけな。」そう言って抱きしめ直す。
抱きしめながら揺れるのが、天羽のクセ。
ホッとする。ずーっとこうしていられたらいいなと思う。
胸に頬をこすりつけるのがあたるのクセ。
その仕草は何故か、天羽を切なくさせる。
知らないうちに覚えたお互いのクセ。この一瞬が永遠だったらー。


あたるの耳を父の声がよぎった。
「あ、まずい。帰らなきゃ。」
「後で連絡しろよ。」
「うん。行って来ます。」　荷物をもって走っていった。
「行って来ます、か。」
その言葉は天羽に微笑を残した。



やっぱり走ってきたあたる。カヲルの家の玄関にとびこんだ。
「お父さん？」
サンダルを蹴飛ばして居間へ直行する。
「遅い！」
いきなり幸造に怒鳴られて、目を白黒させる。
「２５分もかかってんぞ。何やってんだ。」
「えー？」
「こないだは１２分で来たじゃねーか。」
「こないだっていつよ。」
「こないだ来たときだよ。あんときゃ超特急で戻ってきたのになー。」
すね気味の父親に、さくらと顔を見合わせてため息。
あの時はひっかけられたんだよね。


「あれ、あいつは？」
「え？」
「天羽だよ。連れて来いっていったろ。」
「いきなり連れてこられないよ。」あたるがあせる。
「そりゃあそうよね。父さん何言うかわかんないし。」
さくらがフォローする。
「大体前もって言ってよね。誰もいなかったらどうするつもり？」
「いただろ。」
「そういえばさくら、あんたよくいたわね。」さくらに振り返る。
「失礼ね。あたし、ずっといたわよ。」　知らん顔するさくら。
「ん？　ゲソとどうかしたのか？」
「別れたの。」
「またか。おまえこないだもそう言ったぞ。」信じてない顔の幸造。
「今度はほんと。」
「別の人とつき合ってるんだよ。」
つい口を出すあたるをさくらがにらむ。
それから思い直したようにケロッと言う。


「そっちもやめた。」
「え？」
「何？」
２人が驚く。
「やめたの。どっちもなし。あたしはあたし。」
その言い方が、ヤケでも未練でもなくあっさりしていたので、
あたるはまじまじとさくらを見る。
何か、あったみたいだ。
「ふりまわされるの、嫌になったのよ。そういうこと。」
もう聞くなという雰囲気がありあり。
あたるが口を開きかけるが、幸造がさえぎった。


「でな、みやげその１。」
毎度おなじみの干物を広げる。あじにめざし。
あたるとさくらにとってはふるさとの味だ。憎まれ口のさくら。
「ほんと、代わり映えしないよね。
　家からまっすぐ来るなら、お刺身でも持ってきてよ。」
「この夏の暑い盛りに、んなもんどうするよ。干物が一番だぜ。」
「はいはい。わかってるわよ。」
さくらを目で押さえるあたる。幸造に油を注いでもしょうがない。
そこで気づく。
「あれ？　その１ってことは、その２があるの？」
「どっちかというと、今日はこっちがメインだ。」
幸造がもうひとつ包みを広げる。
見ていたあたるとさくらから声が漏れた。
「うわあ〜。」



浴衣だった。それも３枚。
一枚は赤白の縞地。ウサギ柄に大きな桜紋が染め分けてある。
一枚は藍地に白く大きな百合。スタンダードだがいかにもきれい。
もう１枚は男物。
太い格子と細い格子がいくつも交差した翁格子。これも藍染めだ。


「母さんがさ、おまえ達が盆に帰るかと思って、縫ったんだよ。
　帰ってきそうもないから、夏祭りがあるうちに渡して来いってさ。」
そういえば毎年夏祭りには、新しい浴衣を用意してくれていたっけ。
ちょっと母の顔が浮かんでしんみりする２人。
「赤白があたる、藍がさくらだ。帯もあるぞ。」
「え、みやげって。これ天羽さんの？」男物を指してさくらが聞く。
「馬鹿。逢ったこともない奴の浴衣、母さん作れねえだろ。
　これはカヲルのだよ。しまっとけ。」
赤白の浴衣には白い帯。藍の浴衣には黄色い帯。
きれいに映るその色。
ふたりはそれぞれの浴衣と帯を抱きしめた。
新しい浴衣地の匂いが嬉しい。



「あたる、今日神社で夏祭りあるよ。ちょうどいいじゃん。」
「ほんと？」
「お、行って来いよ。持ってきた甲斐があらぁ。」
「行って来いって、父さんも行くでしょ？」
「俺？　俺は夕方には帰るから。」
「えー？　ゆっくりしてけば？」
「おまえらもいなくて、俺まで留守じゃ母さんが淋しいだろ。」
「たまには羽を伸ばせて、嬉しいかもよ。」さくらが突っ込む。
「うるせえや。今日帰るって言って来たんだよ。」
帰ると言われると、引き留めたくなってしまう。
「じゃあ、お昼。お昼はゆっくり食べよう。何食べたい？」
「おまえが作るのか？　何が作れるんだよ。」幸造が危ぶむ。
「失礼ねー。ちょっとはましになったんだから。」
「暑いからなー。そうめんとか。」
「バカにしてる？」
「焼き肉しようよ。父さんいっつも魚だし。たまにはいいんじゃない？」
「お、それいいな。ビールがうまそうだ。焼くだけだしな。」
「もう！」
ふてくされたあたるだが、材料の買い出しに行くことにした。



「うまいの買って来いよー。」
買い物に出かけるあたるを見送ってから、幸造はさくらに聞く。
「おまえ、ほんとにやめたのか、あいつ。」
「やめたって言ったでしょ。」あっさりしたそっけない返事。
「ふーん。」
「何よ。散々怒鳴ってたくせに。」
「あたりまえだろ。娘が不倫してて喜ぶ親がいるか！」
「もう不倫じゃないわよ。あいつバツイチだもん。」
「だからってな。」
「だから、別れたの。」
「そう・・・だな。ま、いいや。それよりちょっと聞きたいんだけどさ。」



あたるが帰ってきた。
「うまそうなの、あったか？」
「はいはい。さくらも手伝ってよ。」
「はーいはい。」
台所で２人になって、小声であたるが聞く。
「そういえばさ、あんた仕事は？」
「んー。しょうがないじゃん。
　あたし昨日も休んじゃったから、まずかったんだけど。
　無理言って有休もう１日もらった。」
「あんた、昨日も休んでたの？　何かあった？」
「あったから、バッサリ別れることにしたんだよ。」
「そうかー。」
「・・・聞かないの？」
「話したければ聞くけど、言いたくなさそうだし。」
「ん・・・。それよりあたるは？　どう、お休み。」
「どうって、そりゃ楽しいけど。」
今のさくらにのろけるわけにもいかない。
「変に遠慮しないでよね。返って傷つくから。」
「わかってるよ。」
幸造の声がした。
「しゃべってばっかいるなよ。腹減ったぞー。」
目を合わせて頭をふる２人。



鉄板を出して、縁側で焼き肉にした。
ビールをくらってご機嫌の幸造。
あたるもさくらも、おいしいお肉に満足そうだ。
いつのまにか２人は昔話に興じている。
そんな娘達を嬉しそうに見ている幸造の顔に、ちょっと影が差した。
が、２人が気づかないうちに消えた。



早起きして実家を出てきて、ビールをくらって、焼き肉食べて。
やっぱり幸造は寝てしまった。
居間で大の字になった父に、タオルケットをかけてやるあたる。
台所ではさくらが洗い物をしていた。
「ったく、だんだん子どもになるみたい。」
寝顔をみて思う。なんだかちょっと顔色が悪いかな。気のせいかな。
みつめていたら、幸造の目が開いた。
「お父さん、起きたの？」
「あたる。さくらの勤めてる店って、どこにあるんだ？」
「え？」
「一辺見たいじゃねえか。どんなところか。」
親はいつもこうして心配してくれてるのかと切なくなる。
「駅前だろ。」
「ん、あのね・・・。」
説明してやると、起きあがる。
「ちょっと見てくるわ。さくらに黙ってろよ。おまえ、そこから動くな。」
「父さんー。」
夕方には帰るっていうのに。
玄関でゴソゴソしていたと思うと、幸造は出かけてしまった。

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