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ＶＯＬ．２７ 「初めての外泊」 ホテルのフロント。 天羽が何か聞いている。 あたるは入り口で立ち止まってしまった。 そんなに大きくないシティホテル。 まだ新しいのか、小綺麗でしゃれた雰囲気。 それはいいけど、あたるの気持ちはまだとまどったままだ。 いままで散々一緒に過ごしてきたくせに。 二人で出かけて泊まったことなんてなかったから。 気分は『初めての外泊』。自分で笑っちゃうくらいためらっている。 天羽が振り返って呼んでいる。とりあえずフロントまで歩み寄った。 「空いてるってさ。ツインでいっか？」 「あ・・・うん。」 「ダブルにする？」小声でからかう。 「バカ！」あせりが倍増するあたる。 笑いながらチェックインのため、サインしている天羽。 ホント、この人気軽だなぁ。緊張しまくっている自分がバカみたいだ。 案内されたのは１１Ｆ。かなり上の方だ。 カードキーを入れた天羽がドアを開いて入る。 そこでもあたるはなんとなく立ち止まってしまう。 「へえ、結構きれいなホテルだな。」 奥へ入ってあちこち見ていた天羽が気づく。 「どした？」 「・・・ううん。」 首を振って、でもためらう。 「どしたの、おまえ。ーあ、何か意識してる？」 天羽の眼がいたずらっぽくなる。 図星。 「んなことないもん。」 あわてて部屋へ踏み込んだが、 後ろで閉まったドアに、また振りかえる。 天羽がクスクス笑っている。 「あー、俺シャワー浴びるわ。先いいか？」 「あ、うん。」 天羽がさっさとバスに入った後、ようやく部屋を眺める事が出来た。 大きな窓が一面に開けている。 下に見えるたくさんの光の海。車のライトがゆっくり流れていく。 きれいだな。やっとそう思う余裕が出来る。 部屋の中は淡いグリーンで統一されている。 調度もきれいだ。 ベッドが２つ、ごく普通に並んでいる。そう普通なんだけど。 あたしって意識しすぎかな。しすぎてイヤらしいかな。 なるべくベッドを視界に入れないようにしながら、 荷物を置くと、窓のそばにある椅子に座った。 机の上にホテルとルームサービスの案内が置いてある。 おなかすいたな。 夕方ディズニーランドでハンバーガーをかじっただけだった。 つい、ルームサービスを一生懸命見ていた。 天羽が出てくる。 「あー、気持ちいい。」 見れば腰にタオルを巻いただけ。上半身裸。 「ちょっとやだ。ちゃんと着てよ。」 あわててそっぽ向くあたる。 「何、今さら。」 「いいから。」 「暑いんだよ。おまえも浴びてくれば？ その間に涼んで着とくわ。あ、何か食べる？」 あたるの持っているルームサービス案内に目を止めて聞く。 「おなか空いちゃった。なにか頼もうよ。」 「そだなー。じゃ頼んどくよ。ビールもな。」 てんで気にせず近づく天羽にサービス案内を押しつけると、 急いで着替えをもって、あたるはバスルームに飛び込んだ。 「すべってころぶぞー。」 天羽は相変わらずからかいながら、 ルームサービスを注文しようと電話をとった。 あたるは結構長風呂だ。 急ぐげば普通だが、まともにはいるとかなり長い。 さくらもそうだ。そんなところだけ似ている。 入ったときはゆっくりするつもりもなかったのに。 きれいなバスルーム。洗面台を見ると、コスメセットが置いてある。 「わあ、可愛い。」 シャンプー、リンス、バスソープ。 ついつい使ってみたくなって、湯舟にたっぷり湯をためる。 いつもと違う香り。湯舟一杯のシャボン。 時間を忘れて楽しんだ。 ノックの音で我に返る。 「溺れてんじゃねーだろうなー？」ドア越しに天羽の声。 「あ・あ。ごめん。大丈夫。」 「ならいいけど。ルームサービス、食べちまうぞ。」 「待って。もう出るから。」 そうだ。 ここはホテルだったっけ。天羽と来てたんだ。 あわてて栓を抜いて、シャワーで全身を流しながら。 なんだかまた緊張してしまうのをどうすることもできない。 やっとバスルームから出ると、なんとなく天羽の方をのぞくように見る。 天羽は水割りのグラスを片手に、窓に向いて椅子に座っていた。 何か考えているように見える。 ブルージーンズに上半身は黒いランニング。 バタンとバスルームのドアを閉めた音にこっちを向いた。 あたるは柔らかな白のノースリーブワンピースに着替えていた。 昨日、今日と少し焼けた肌に白が映る。 バスルームのドアの前で立ち止まったまま。 天羽の視線がやけに鋭く思えて、ためらいととまどいがあった。 すると自分で気づいたのか、微笑んで天羽が聞く。 「ほら、サンドイッチで良かったか？」 ちょっとホッとしたあたる。 「うん。おなかペコペコ。」やっと歩み寄ってくる。 「おまえ、長風呂なんだな。」呆れた口調。 「だって、可愛いのがいっぱいあったんだもん。」 向かいに座ったあたるに、ビールを渡してくれる。 「いただきまーす。」 サンドイッチとピザとつまみ。ビールと水割りとウーロン茶。 食べながらあたるはしゃべり続ける。 海の話。ディズニーランドの話。それからさくらやカヲルのこと。 いつもより饒舌だ。 天羽はほとんど話さない。時々相づちを打つ程度。 食べもしない。ただ、水割りを飲んでいる。 視線だけがあたるから離れない。 いつもと違う気がして、あたるはしゃべらずにはいられない。 沈黙が怖かった。 でもそれは逆に、突然沈黙を呼んだ。 一生懸命食べながら、話していたあたる。 サンドイッチとピザを平らげたら、不意に話すことがなくなった。 何を話せばいいのかわからなくなったのだ。 目を上げると、さっきから離れない天羽の視線とぶつかる。 そうしたらはずせなくなった。 目のやり場を探すが、追いかけてくるその視線。 ついに困って、聞いてしまう。 「何？」 「ん？」 「だから・・・ずっと見てる。」 「・・・ん。」 そう言われて、初めて天羽は下を向いた。 手にしていたグラスをテーブルに置くと、そばまで来て、片手を差し出す。 首をかしげながら、その手につかまって立ち上がったあたる。 「悪い。我慢限界。」 「え？」 「抱きたいんだ。−抱いていいか？」 あたるの鼓動がひとつ大きく跳んだ。 「抱いていいか？」なんて聞かれたら、何て答えればいいんだろう。 困っているあたるの表情に苦笑しながら、天羽はあたるを抱き寄せた。 優しい抱き方。耳元の声も優しい。 「昨日から、おまえが欲しくて困ったんだぜ。」 「昨日？」 「車で寝ちゃったろ。」 「うん。でも？」 「なんかな。多分海からかな。」 「えー、そんな前？」 「おまけに今日のお化け屋敷だろ。」 「ああ、だから。」 あのキスは、ビックリした。 「一瞬、場所忘れてた。」 「もう。」 「うちまで待てなかったんだ。」 「それで泊まり？」 「んー。どうしても欲しい気分。」 あたるは返事をしない。 「あたる？」 「嫌っていったら？」 天羽が顔をのぞきこむと、問いかけているあたるの瞳。 からかうような口調だけど、瞳の奥は拒絶じゃなくてとまどい。 天羽はフッと口の端で笑った。 「その気にさせる。」 「へ？」 そのままベッドに倒れ込んだふたり。 もう天羽の唇はあたるの唇をふさいでいた。 いつもなら、始めは優しいキスなのに、今日はもう深い。 すぐ舌が唇を割ってはいる。昼間のキスの続き。 予期していたけどその激しさに、あたるが少しおののく。 わずかに逃げるあたるの顔を、天羽の指がつかまえる。 離れない唇と舌。離さない指。 長いキス。深いキス。それが始まり。 天羽の細い指が、あたるの体をたどる。 記憶を確かめるように。 シーツに広がるあたるの髪が揺れてはねる。 唇から漏れる吐息。 押さえ込まれていた欲望が、さらに激しくなってあたるを襲う。 何度も迎えた夜なのに、何度も迎えた人なのに。 そのたびに初めての顔に見えるのは、どうしてなんだろう。 そんなことが頭をかすめるのも一瞬で。 あたるもまた、その度に天羽に見せる顔は違う。 知らない自分を見つける。 お互いの体だけが覚える会話だった。 誰も知らない、二人だけの言葉で。 その夜ふたりは、何度も何度も求め合った。寄せては返す波のように。 ついに力を使い果たして、あたるが眠り込むと、 天羽はやっぱり抱きしめて眠った。もう夜明けが近かった。 結局２日貫徹したカヲルは、それでも２着を何とか仕上げた。 急いでもいいかげんなことはできない。 納得できるものでなければ意味はない。 そのせいか、不思議と眠くならなかった。 自分の中にエネルギーを感じていた。 「大丈夫？」 心配していたらしく、朝早くのぞきにきた洋子。 「できた。あー、よかった。」 満足そうなカヲルに、ホッとした様子。 「これ、頼むよ。俺、あさってには帰らなきゃならないだろ。 それまでに感想、聞かせてもらえるかな。」 「わかったわ。伝えておく。」 さすがに目のフチが隈になっているカヲルの顔をそっとなでる。 「早く寝たら？ 体壊しちゃしょうがないわよ。」 「うん。」 洋子をそっと抱きしめる。 「ご苦労様。がんばったわよね。」 「洋子さんにほめてもらえると嬉しいな。」 カヲルの唇に軽くキスして、洋子は服を受け取るとノブに手をかける。 「そろそろ出る仕度するわ。ちゃんと寝てね。」 「ああ。」 ドアが閉まると同時に、ベッドへ身を投げ出した。 材料もミシンも散乱させたままで、すーっと眠り込んだ。 仕度をすませた洋子が、出勤前にもう一度のぞいたときには、 深い深い眠りの中だった。 部屋をサッと片づけてから、毛布をかけてやる。 その微笑はとても優しかった。 先に目覚めたのは天羽。隣を見ると、まだあたるもぐっすりだ。 時計を見て、ちょっとあわてる。 ９時？ チェックアウトが１０時。まずい。 急いでバスルームでシャワーを浴びる。 着替えをすませてから、あたるを起こした。 「おい、チェックアウトになるぞ。」 何度か揺り起こされて、ようやくあたるが目を開けたが、様子が変だ。 「どした？」 「頭が・・痛くて、体が動かない。」 やばい、と一瞬思う。自分もちょっとだるい。でも。 ふとあたるの額に手をあてる。 「熱あるよ、おまえ。」 「・・・ほんと？ かぜひいたのかな。」 「うーん。半分はゆうべのせいかもな。」 熱でもう赤い顔。毛布にもぐりかける。 「半分は、海とディズニーランドで、疲れたんじゃないか？ 炎天下だったし。」 「そうかな。」 起きあがろうとするが、ふらつく。 「どうする？ もう一泊するか？」 「いいよ。寝てるなら戻った方がいいでしょ。車なんだし。」 「それはそうだけど。動けるか？」 「うん。なんとか。」 天羽が背を向けて荷物をする後ろで、着替えをすませる。 ゆっくりとベッドから起き上がると、バスルームで顔を洗って髪を整えた。 熱のせいかな。変な顔だ。ちょっと肌寒い。 口紅だけ塗って、全身をチェックした時にふと気づいた。 左腕の内側の付け根に、アザ。赤くて丸い。虫に噛まれたかな？ そこでふいに甦った。ゆうべ天羽が−。 真っ赤になってしまう。 内側だからあまり目立たないけど。でも。 思わず他にないか探してしまった。どうやら一カ所だけみたいだ。 もう一度鏡の中の自分を見る。 あれはほんとにあたしだったのかな？ 今は信じられない。 つい思い出してしまう。 ふりきるように頭を振る。クラッとめまい。 まずい。熱があったんだっけ。 バスルームを出ると、天羽が心配そうな顔をしている。 「大丈夫か？ ずいぶん顔赤いな。」 ちょっとあせる。 「ん。やっぱりフラフラするね。」 「まっすぐ帰ろう。」 「ごめんね。」 「いや、こっちこそ。」そこでニヤッと笑う天羽。 知らぬフリして、荷物から薄手のカーディガンを取り出した。 「寒いのか。」 「あ・・・うん。それもあるけど。」 笑ってごまかす。 「荷物貸せよ。行こう。」 １０時ジャストにチェックアウトして、車に乗り込んだ。 歩くとやっぱり辛い。息が切れる。車に乗ったらぐったりしてしまった。 「１時間くらいで行くだろ。寝てろよ。」 「うん。」 助手席で目を閉じるとすぐ眠り込んだ。 それを横目に見ながら、ハンドルを握る。 大丈夫かな。結構きつそうだ。そんなにやわな奴じゃないはずなんだけど。 やっぱりゆうべがまずかったかな。 熱のため、額に滴のように汗が浮いている。 寝苦しいのだろう。肩でしている息。 急いだ方がいいな。 天羽はスピードを上げた。 |