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ＶＯＬ．２５ 「失ったもの」 午後の人出はさらに増したが、入場制限までは行ってないようだ。 グランドサーキットに乗ったあと、スプラッシュマウンテンへ回る。 「これに乗るのかぁ？」 天羽でなくてもウンザリする人の波。 「ここはね、いつも多いの。空いてる日だって多いんだもん。」 天羽はスプラッシュマウンテンは初めてらしい。 「だから今日は、一段と多いって事だろ。」 「でも乗りたいの。」 「何時間待ち？」 「・・・３時間半。」 「やめ。」クルッと行きかける天羽。 「乗りたい〜。」その腕につかまるあたる。 「なんだよ、執着するよなー。」 「ねー、お願い。」 こんなに頑張るのも珍しい。 「・・・わーったよ。」 「ホント？」 「いっこ貸しな。」 「へ？」 「ほら、並ぶぞ。」 天羽はあたるをひっぱって列に加わった。 待つこと３時間２０分。 やっと乗り場にたどりついた。 「こっち。」 あたるは天羽をひっぱって、乗り物の前へ回る。 「これって水へ突っ込むんだろ。」 「ん。でも水へ突っ込むのは一番最後だよ。 あとはジェットコースターだと思えば。 あ、突っ込む時ね、下じゃなくて前見た方がおもしろいよ。」 「前？」 「ん。」 何だろう。 そう言ったあたるの顔がなんだか、一瞬企むように見えたが。 乗り物は動き始めた。 基本はジェットコースターだから、上りはゆっくり。下りは急降下。 結構楽しい。 最後に見せ場の水へ突っ込む。 一番落差がすごくて、真っ逆さまだ。背筋がスーッと走る。 あたるの言葉を思い出して、瞬間前を見た天羽。 でも前を見るより、下をみてた方がスリルがあるんじゃないかと思った。 隣であたるが叫んでいる。 「きゃあ〜！」 思いっきり水しぶきが上がった。 「濡れたじゃん。」 「ちょっとでしょ。」 出てきた二人は確かに少し濡れている。 「あたしちょっとトイレ。この辺にいてよ。」 あたるが走っていったので、天羽はそばの柵に寄りかかる。 又、次々とスプラッシュマウンテンが落ちてくるのが見える。 たっぷり並んだので、もう夕方だった。 でも人波は相変わらずだ。連れだって歩く人ばかり。 カップル。グループ。家族。 眠ってしまった子どもを抱いて歩く父親とすれちがう。 良介と遙。元気だろうか。 本物のディズニーランドに行っただろうか。 つい見送ってしまった天羽。 思いに沈んでいたら、後ろから声。 「楽しんでるといいね。」 あたるが立っている。 「ん？」 「良介くんと遙さん。」 そう言うと隣に来る。 なんでこう、見透かされるんだろうな。 「俺は別に。」 知らん顔しようとして目が合う。クスッと笑うあたる。 「さっき、結構びびってた？」 「何が？」 「スプラッシュマウンテン。」 「んなわけないだろ。」 「そう？ そういう顔だけどな。」 「は？」 「ほら。」 差し出したのは写真。 スプラッシュマウンテンの一番最後。落ちていく瞬間。 「・・・これ？」 「へへ。ここね、自動的に撮られるんだよ。実は。」 「あ、だから、前向けって？」 あたるは舌を出す。 「知ってたな、おまえ。」 だからあんなに乗りたがったのか。 「欲しかったんだもん、記念の写真。」 機嫌をとるように見上げてくる。 口をすぼめながら。写真はあまり好きじゃないけど。 「これはびびってんじゃなくて、ポーカーフェイスなの。」 「えー、そう？」 「そう。」 プイッとごまかして、あたるに渡す。 「あー、腹減った。なんか食べようぜ。」 「ん。」 大事そうにしまいこむあたるに、フッと笑った。 ブティックのバイトを終えたさくら。 吉良からの連絡を待っていると、携帯が鳴った。 「もしもし？ あたし。」 「わるい。ちょっと遅れる。 そうだなー、こないだのカクテル・バーで待ってろよ。」 「・・・わかった。」 仕方なくそっちへ歩き出す。ここから近い。 角を曲がったところで、思いがけず伊倉と鉢合わせた。 「お。」 「あ。」 さすがに気まずい。 「元気そうじゃん。」軽く言おうとする伊倉。 「元気よ。悩みがなくなったから。」 つっぱるさくら。 「そっか。なら良かった。」 伊倉の台詞に思わず顔を見直す。 久しぶりに会う伊倉は、なんだか少しやつれている。 気まずさと一緒に襲ってくるこの感情ー。 泣き出しそうな自分にあわてる。 「待ち合わせなの。じゃあね。」 バーに向かって走った。 うしろからは声も足音もない。 涙が滲んだ。その理由も考えたくなかった。 息を切らせてカクテル・バーにたどりついた。 渇いたのどにかけつけ２杯、カクテルをあおる。 バーテンが驚いて見ていたが、かまうもんか。 吉良が来る前に、この気持ちをなんとかしなきゃ。 ３杯目を飲み干して、やっと少し落ち着いた。 店内を見回すと、カップルやらグループやら。 わりと気楽なバーなので、皆入れ替わり立ち替わり、にぎやかだ。 そのはしゃぐ雰囲気の中、自分一人が取り残されている。 伊倉にあって落ちてしまった気分を持て余す。 早く。 早く吉良に来て欲しい。 せきたてられるような思いを４杯目と飲み干す。 ５杯目を頼んだ時、隣でチラチラ見ていた男二人組が声をかけてきた。 「ねえ、一人？」 「遊びに行かない？」 「ごめんなさい。待ち合わせなの。」 こういうのには慣れている。ニッコリ笑って断るさくら。 だが相手は、簡単に引いてくれるタイプではなかった。 「いいじゃんか。」 「女の子を待たす奴なんてほっときな。」 「俺達いいところ知ってるから。」 強引にひっぱっていこうとする。さくらはあわてた。 「やだ、離してよ。」 今日は厄日？ やっぱり伊倉が頭をかすめた。 男２人に強い力に入り口へひっぱられる。ちょっと恐怖を覚える。 どうしよう。誰か。そう思ったとき。 ドヤドヤと入ってきた一団に出くわした。 ちょっと目立つビジュアル集団。その中に吉良がいた。 「吉良くん！」 さくらはつかまれていた手を逃れて、吉良に飛びついた。 「さくら。どしたの？」 いいながら、からんでいた二人組を見る。 ふたりは相手が集団なのであきらめたのか、ついっと外へ消えていった。 「何？ あいつら。」 「待ち合わせしてるって言うのに、無理に連れだされかけたの。」 「ふーん。さくら目立つからじゃない？」 てんで軽い答え。 よく見ればその集団は、さくらも面識のあるモデル達だった。 「今日の撮影、大人数でさ。久しぶりにそのままなだれ込んだんだ。」 楽しそうな吉良。 「だからさ、悪いけど、このあとパスな。」 「え？」 さくらは怒るのも忘れて茫然となる。 「今日は男だけで行こうって事になったんだ。俺、さくら待たしてるからって、 ちょっと知らせに寄ったんだよ。」 皆てんでにカクテルを１，２杯飲んでいる。 「何？ お姉ちゃんまだ帰んないの？」 「え？ うん。だからあたし、ヒマでー。」 「ふーん、まだか。」さくらの話を聞いていない。そこに仲間が呼びに来た。 「おう。じゃな、さくら。悪い。またな。」 ほんとにそのまま行ってしまった。 怖かったのにー。 待ってたのにー。 淋しいのにーー。 取り残されたさくらは、そこに立ち尽くした。 とぼとぼと店を出る。 こんな風においてきぼりなんて。 情けなくて自分が惨めだ。うつむいて歩く。 「あれ、さっきの彼女じゃん。」 男物の靴が２足、前に立ちはだかった。声に聞き覚え。 顔を上げるとさっきの二人組だった。嫌な感じ。 「なんだ、彼氏が来たと思ったら、ふられたの？」 ぐさっとくる言葉。 「だから俺達と遊ぼうって言ったじゃん。」 「これからでもいいよ。行こうぜ。」 又つかまれる。がっかりした反動でカッとなった。 「やめてよ！ 何なのさっきから！ あんたたちにつきあう気なんて、これっぽっちもないわよ。ほっといて！」 思いっきり大声で叫んだ。 まだ人通りがある商店街。皆振り返る。 「なんだと、このアマ。」 「優しくしてれば、好きなこと言ってくれるよな。」 さっきのこともあり、引き下がる気のないふたり。 まわりは振り返りはしても、助けてくれそうにはない。 つかまれた腕はすごい勢いでひっぱられ、引きずられそうだ。 怖い。 やけになって振り回したバックが、一人の顔にあたった。 「このやろー！」 怒った男が手を振り上げた。殴られるー。 思わず目をつぶった。 何も起きない。 恐る恐る目を開けると、目の前に誰かいた。見覚えのある。 「やめといたら？ 女の子相手に。」 飲みかけの缶ビールを手にした伊倉。 「なんだ？ おまえ。」 「おまえがやられるのか？」 「あ、いや。俺も暴力はね。」 相手をなだめながらさくらをふりかえると、目配せする。 なんだろう？ 次の瞬間、手に持っていた缶ビールを二人の顔に浴びせかけた。 「う、うわあっ！」 「逃げろっ！」 さくらの手をつかんで走り出すと、大声で叫ぶ。 「おーまーわーりーさーん！ たすけてー！」 あたりに響き渡る。走りながらだから、皆が注目する。 追いかけようとした二人は、その視線に怯んであきらめた。 「チッ」 唾を吐くと人混みに紛れていった。 商店街のはずれまで走り続けた二人。 もう追ってこないとわかると、 それでも伊倉は路地の陰にさくらをひっぱって座り込んだ。 息が切れてどっちもしばらくしゃべれない。 ぜいぜいと息づかいだけが響く。 自分もぜいぜいいいながら、さくらは伊倉を見つめる。 視線に気づいた伊倉はニヤッと笑う。 「助かったなー、追いかけてこなくて。殴られるかと思ったよ。」 「なんでよ。」さくらがつぶやく。 「バッカじゃないの？ 腕っぷしもないくせに。」 助けられたにしてはあんまりのさくらも意に介さず。 「しょうがねえじゃん。」 「だからなんでよ。」 「おまえが殴られるの、黙って見てるわけにいかないだろ。」 淡々とした伊倉の言葉に、さくらはパッと立ち上がる。 「あんたってほんと、バカよ。切れた女にそんなことする奴じゃないくせに。 いい気味だってほっときゃいいでしょ！？」 「ほっとけないからしょうがねえだろ！」 「何で今頃、そんなこと言うのよ！」 今にも涙がこぼれそうな目で叫ぶと、さくらは駆けだした。 伊倉から。自分の気持ちから。 逃げ出さなくてはならなかった。だってもう遅いから。 見送った伊倉の背中が重い。この間の天羽の言葉がよぎる。 『失くすわけにはいかなかったから。』 失くせない物。 大事な物。 俺はー失ってしまったんだろうか。 そこから動けなかった。 |