勝手におとこ運ーつづき　ＶＯＬ．２４

ＶＯＬ．２４　「夢の国で」

ニューヨーク。
１日眠り込んでいたカヲル。眼を覚ましたらもう夕方だった。
すっかり昼夜逆転している。仕方ないが。
電話が鳴った。ちょっとためらってから取ってみる。
「ｈｅｌｌｏ」
「相沢くん？」
「洋子さん。どうしたの？」
「これから出てこられる？」
「？」

まだニューヨークはよくわからないカヲルのために、
待ち合わせはわかりやすいロックフェラーセンターになった。
プロメテウス像の前のオープンカフェで待ちながら、５番街を行き交う人を眺める。
それだけでもカヲルにとってはワクワクすることだ。
あまり熱心にみつめていると、見つめ返される。
洋子が教えてくれたとおり、そこで動じない。
相手の眼を見てニッコリ微笑むと、相手もニッコリしてくれる。
時々「ハーイ」と声をかけてくれる。
ちょっとだけニューヨーカーになった気分。
「相沢くん。」　洋子の声がした。
ふりかえると洋子が４，５人の一団と共にやってきた。
皆女性だが一人だけ、がっしりした体格の男性がいた。
何も聞かされず呼び出されたカヲルは、何が始まるんだろうと不安を覚えた。
それから期待も。

ロックフェラーセンター内のレストランで夕食になった。
洋子が紹介してくれる。
女性達は洋子の同僚で、二人が日本人、二人がアメリカ人。
アメリカ人の二人が今朝作り上げたカヲルの服を注文したのだ。
早速着てくれていて、感激するカヲル。
レナは３７歳。妊娠４ヶ月。初めての妊娠で、緊張した毎日らしい。
ビアンカは２９歳。妊娠６ヶ月。
若いが二人目の妊娠で、経験者の余裕が見える。
英会話がまださほどうまくないカヲルに、一生懸命着心地を伝えようとしてくれる。
「ラインがいいわよ。私、そろそろ目立ち始めてるんだけど。
　この服はワンピースだけでも、うまくそれをカバーしていると思うわ。」
「だからって無理に隠さないのがいいわよね。
なんだか堂々とした気分になれる。」
細かいところはまだ粗も目立つのだが、二人とも気に入ってくれたようだ。
カヲルは感激しっぱなしだ。

二人の話を聞き終えた頃、洋子が男性を紹介してくれた。
「こちら、楢崎信也さん。アメリカ支社の企画部長。」
「相沢・・・カヲルくんだね。」
３０代後半か４０代前半。がっしりとした体格と日焼けした顔。太い眉にきつい眼。
一見アメリカ人と見まがう容姿だ。
企画部長という肩書きよりももっと迫力を感じて、気圧されるカヲル。
「初めまして。」
「そんなに固くならないでくれ。まだプライベートだよ。」
まだ？　どういう意味だろう？

「いやね。ここ２，３日、洋子くんの着ている服が女子社員の中で話題になってね。
　アパレルの企画部長なんてアンテナが命さ。
　話題には必ず首を突っ込んでみるのが仕事なんだ。
　そしたら、他の社員にも作ってくれて、今から夕食に誘うって言うから。
　混ぜてもらったんだよ。」
「はぁ。」
「おもしろいよ、君のデザイン。目の付け所がね。
　こっちは働く女性がおおいから、もちろんマタニティも数あるけど。
　どちらかというと動きやすさ、機能性にはしりがちでね。
　君のデザインは機能性もだが、女性の心理、
　隠したいところは隠し、自慢したいところは自慢する。
　そういう微妙なところをうまく引き出していると思う。
　もちろんまだまだ商品としての完成度は低いがね。」

「楢崎さん、それじゃほめているのか、けなしているのか。」
「ああ、失敬。決してけなしてるんじゃないよ。むしろ評価しているんだ。」
「ありがとうございます。」
たとえけなされるにしても、仮にもアメリカ支社の企画部長に、
自分のデザインへの意見を述べてもらえるなんて思いもしなかった。
その上評価しているなんて。ちょっと夢をみているようだ。

「でね、相沢くん。こっちの二人も作って欲しいそうなのよ。
　大丈夫かしら。ちょっと根詰めすぎかな。」
日本人の二人は妊娠はしていないのだが、
カヲルのデザインを気に入って是非作って欲しいとやってきたのだ。
一も二もなく引き受けた。二人のリクエストを細かく聞き、サイズを受け取る。
あと３日しかここにはいられない。できることは全てやってみたい。
食事の時間すら惜しくなってしまった。
だが、会いに来てくれた彼女たちには感謝で一杯だ。
別れるときは一人一人手を握ってサンキューを繰り返した。
そんなカヲルを、楢崎は鋭い視線で見ていた。
その視線が気になりはしたが、ともかく時間がなかった。

洋子のアパートへ戻ってきたとき、ふと聞く。
「洋子さん、俺のことみんなに何て言ってるの？」
「ん？　遠縁のいとこって。」
「そっか。」
「面倒くさいでしょ、こういうときは。」
確かに、洋子のおなかの子の父親とは言いづらいだろう。
わかるけど、ひっかかるものはあった。
それを振り切ってまた没頭するカヲル。洋子の表情は微妙だった。

この日一日、吉良から連絡はなかった。さくらの心がじりじりと焦げていく。
あの海での優しさを信じたい。信じてる。
でも相変わらずつかみきれない吉良。
伊倉とはまた違っていた。
今にして見れば、伊倉の方がわかりやすかったし見せてくれた。
節操はない奴だが、底には安心できるものがあったのだ。
吉良の底はなんだか冷たい。
この頃それを感じはじめている。見るまいとはしているけれど。
広いカヲルの家で、たったひとり携帯を握りしめているさくら。
鳴らない携帯。かけてもつながらない。伊倉の番号はもうない。
八方ふさがり。
ただ待つしかなかった。長い夜を。

翌日も相変わらずいいお天気だった。
立っているだけで汗ばむ陽気の中。
あたると天羽は何故か、ディズニーランドにいた。

ゆうべ、夕陽を見た後、途中ドライブインで夕食にした二人。
楽しそうなあたるを見ながら、天羽も楽しそうだった。
てっきりそのまま店に帰ると思っていたあたる。
「寝てていいぞー。」
天羽の言葉に安心して、そのまま助手席で寝入ってしまった。

で、眼を覚ましたら。やっぱり助手席。
頭がまだ起きない。えーとなんでここにいるんだっけ？
隣を見ると、天羽も寝ている。
あれ？　なんで？
昨日を思い出す。海で遊んで、夕陽を見て、ご飯を食べて・・・帰ったんじゃ？
外はもう明るい。ここはどこかの駐車場？
やっぱりわけがわからず、天羽を起こすことにする。

「ねえ。ねえってば。」
「んー・・？　どした？」
「どしたって、ここ、どこ？」　目をこすりながら、あたるの顔を見て気づく。
「ああ、そっか。ごめん。サービスエリアだ。」
「どうして？」
「いや。今、何時？」
「え？　７時前。」
「まずい。おまえ、腹減ってる？」
「え・・・と、そうね。ちょっと。」
「トイレ行って、何か買ってこよう。もう売ってるだろ。」
「ああ、トイレ行きたい。」

わけもわからずトイレをすませてくると、天羽もすでに戻っている。
買ってきた袋をあたるに渡してくれる、おにぎりと缶コーヒー。
「食べながら走るから。」
自分も片手におにぎりをかじりながら、車を出し始めた。
おなかも空いていたあたるは、早速食べ始めるが、思い出す。
「ね、何でここにいるの？　帰るとばっかり思ってた。」
「んー。そのつもりだったんだけど、ちょっと思いついて。」
「？」
「ともかく食べろ。着いたらわかる。」
ニヤッと笑ってそのまま車をとばす。
日頃車に乗らないあたるは、どこをどう走っているのかわからない。
まあいいやと、食べる方に専念した。

おにぎりをトロトロと、３つ食べ終える頃。
高速を降りていく車。ふと見上げると「浦安」の文字。
あれ？　まさか？　天羽が横で笑っている。
浦安？
キョロキョロするあたる目に、見覚えのある尖った塔が映った。
「うそぉ～！　シンデレラ城？ー？　えー！」
フロントガラスに貼り付く。
「おい、危ないって。」　天羽が注意する。
「えー？　ほんとー？　いいの？」
「だから叫ぶなよ。聞こえてるって。」
「だってー。」
「行きたかったんだろ？」
「うん。でもなんで？」
「遙に言ってたじゃん。オーナーに会ったときだって。」

確かにディズニーランドの話が出たとき、そんなこと言ってたかもしれない。
実際すいぶん来ていなかった。でも言った本人も気にしてなかったのに。
そんなこと、覚えてくれていただんだ。
嬉しくなったあたる。

「ただなー。一番混んでるぞ、今。」
「休みだもんね。・・・だからこんなに早く？」
「行くなら早いほうがいいじゃん。」
「あなた、待つの苦手そうだしね。」クスッと笑うあたる。
「あたり。迷ったんだよ、だから。頼むから３時間待ちとか勘弁な。」
「えー？　何時間までならいい？」
「うーん。１時間？」
「無理だよ。２時間半。」
「１時間半。」
「２時間！」
不承不承うなづく天羽。

駐車場にはわりとすんなり入れたものの、
開場前だというのにチケット売場はすでに行列。
やっぱりこの時期人が多い。やめときゃよかったかな。
すでにあきらめモードの天羽を尻目に、あたるは喜々としている。
パスポートを手にすると天羽の腕をひっぱって突入していった。

ほとんど眠れないまま店に出たさくらのところに、吉良から電話が入った。
「あたし！」
「今日、会おうか？」
「うん！」
「店の終わる時間に、迎えに行くよ。」
「待ってる。必ずね。」
切ってから嬉しくなった。よかった。やっぱり優しい。大丈夫。
すがるように待っていた電話。さくららしくない。
でも気づいていなかった。

やっぱり空いているはずもないディズニーランド。
でもこの時期にしてはましな方だろう。
二人は代わりばんこに乗りたいアトラクションを言い合った。
待ち時間の都合で、とばしたのもあったが。

あたるの「スペースマウンテン」
天羽が「カリブの海賊」
あたるが「ピノキオの冒険」

それでもう昼だ。
さすがに疲れた顔の天羽。てんで元気なあたる。
園内のレストランで早めの昼食をとる。
「おまえ、好きだなー。」
「楽しいもん。すごーくひさしぶりだし。」
「いつ来たの？」
「えーと。一番最近で、まだ学生の時。４年くらい前？」
「健ちゃんとは来なかったんだ。」からかう天羽。
にらんで首を振る。

「あなたは？　いつ来たの？」
「俺？　すっげぇ昔。遙や他の仲間も一緒にきたな。・・・やっぱり学生の頃。」
「そんなに前？」
「バスケに夢中になってから、ヒマなかったし。」
「ふーん。」
「やめてからは東京にいなかったしな。一人で来るところじゃないしさ。」
「それはそうよねー。次、何にする？」
意欲満々のあたるに呆れる。
「ホントに好きだな。」
「せっかく来たんだもん。今度いつ来られるかわからないでしょ？」
あたるの台詞がちょっと気になる天羽。
「あなた、忙しいしね。」　あたるは気づかずにガイドブックに見入る。
「これ。」
天羽が指さしたのは、「ホーンテッドマンション」
「ああ、これ入ったことない。前ね、調整中だったの。」
「俺もまだ。」
「じゃいこいこ。」

やっぱり行列している。よくもまあ、みんな並ぶなと感心するほど。
その横であたるが言う。
「んーと、まだすいてる？　一時間半待ち。」
やれやれと思うが、言い出したのは自分だ。許容時間内だし。
それに実際、あたるがいるとあまり退屈しない。
キョロキョロしながら、何でも興味を示して、ああだこうだと話しっぱなしなのだ。
「これって要はお化け屋敷でしょ？」
「ああ。乗り物にのっかって、屋敷内を巡るって話だ。」
「ディズニーランドだもん。そんなに怖くないよね？」
「おまえ、怖いの苦手だったっけ？」
「苦手じゃないけど、あんまり得意でも・・。」　ちょっと口ごもる。
「ふーん。」
なんだか楽しそうになる天羽。
「あ、何？　何か知ってる？」
「いや。」顔がしらばっくれる。
「嘘。何かあるんでしょ。脅かす仕掛け。」
「俺も初めてだって言ったろ。」
「ほんとー？」

やっと乗り物口まできた。見れば卵のような乗り物。二人乗りだ。
キャストに案内されて、流れていく卵に乗り込む。
「これってさ、カップルに人気だって。」
「へえ、そうなんだ。でもなんで？」
「大体わかりそうじゃん。薄暗くって個室だし。」
「えー？」
「それと。」
そう言ったとたん、卵が仰向けに傾いた。ビックリしてキョロキョロする。
「え？　何？」
「こうなるから襲いやすい。」
予期していたらしく、涼しい顔であたるはキスされた。
お化けが出たってわかるもんじゃない。

こんな場所なのに。こんな場所だから？
天羽のキスは軽いかと思ったら、どんどん深くdeepになっていく。
舌が唇を割ってくるのにびっくりして思わず顔を離すあたる。
天羽は一瞬場所を忘れていたらしく、（やばい）という顔になる。
気まずくて目をそらすと、映像効果による幽霊が、あちらこちらに出ては消える。
そんなものでは脅かせないほど、あたるの胸はドキドキ鳴っている。
これ以上何が出たって驚けそうもない。
顔をあわせづらくてなんとなくまわりを見ていたが、出口近くになって天羽が言った。

「もうじき後ろにお化けが出るぞ。」
「え？」
「前見てろって。」
流れの最後に、大きな鏡に卵ボックスの乗客を映す場所がある。
そこでは必ず、乗客の後ろに幽霊が手を振って映るのだった。
あたると天羽の後ろにも、西洋風のお化けが手を振った。
笑い出したあたるに微笑むと、天羽が耳元で囁いた。
「つづきはあとでな。」
また心臓が鳴った。
結局あたるのドキドキは収まらないまま、二人はホーンテッドマンションを出た。

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