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ＶＯＬ．２１ 「キスとキス」 天羽とあたるは、世田谷の本店を訪れていた。 オーナーである遙の父に会うのは結婚式以来だ。 遙も良介も留守でヒマをもてあましていたらしく、 二人を昼食で歓待してくれた。 近くの洋食屋。なかなかおいしい。 「遙から何か言ってきましたか？」 やっぱり気になる天羽。 「いや、まだ着いたばかりだから。歓迎されてるところだろう。」 遙の父は何も心配していない様子だ。 ニコニコしている。 「良介くん、ディズニーランド楽しみにしてましたね。」 「ああ。帰りの途中で寄るって話だったよ。 フロリダだから、ちょっと遠くてね。」 「本物ですもんね。いいなぁ。」 うらやましそうなあたるを天羽が笑う。 オーナーは夕食まで引き留めようとしてくれたが、 予定があるからと礼を言って帰途についた。 電車で駅まで戻ってきた二人は、レンタカーを借りに行く。 「車種、なんにする？」 「外車？」 「バーカ、でかくて動かしづらいよ。」 「じゃあ、日産とかトヨタとか？」 「それ車種か？ おまえ知らないのな。」 「乗らないんだもん。」 「・・聞くんじゃなかった。４ＷＤにしよっと。」とっとと決める天羽。 「４ＷＤ？」 眉をしかめたあたるは、出てきた車を見て意外そう。 「もっとごついのかと思った。」 「最近のはコンパクトなんだよ。」 「でも黒じゃ暑いよ。」 「そっか。海だもんな。ブルーにするか。」 「ピンクは？」 「却下。」 ふくれるあたるの頭をポンと叩いて変更する。 ブルーの二人乗り４ＷＤ。 助手席に乗り込んだあたるは、るんるんしている。 天羽に振り返って嬉しそうに笑う。人をもつりこむ笑顔だ。 天羽も微笑むと、店まで走らせた。あっという間だ。 「悪くないな、乗り心地。」 「うん。」 下りてくる二人。 「じゃあたし、一辺戻って荷物取ってくるね。」 「おう。」 あたるはそのまま走り去った。 見送った天羽が戸を開けて、店に入ろうとすると声をかけられた。 「天羽さん。」 「・・竹井？」 朝から２度もからぶりしたリカ。 午前中にも来たし、午後も来たが、戸は開いていない。 しびれを切らせて３時頃から、少し離れた陰で店を張り込んだ。 暑さも気にならない。 ようやく天羽が車で帰ってきた。声をかけようとしてあたるに気づく。 助手席からニコニコしながら下りてくると、 天羽に二言三言話して行ってしまった。 天羽の見送る優しい顔が痛かった。そこで声をかけたのだ。 「こないだ、見かけたんです、ここで。」 「君の家、この辺だったっけ？」 リカの言葉を天羽はいぶかしむ。。 「いえ、探してたんです。天羽さんを。」 「探してた？ 俺を？」ますますわからない。 りかは話をそらす。 「リサイクルショップに住んでるんですか？」 「ああ。」 「おもしろい。見せてもらっていいですか？」 返事も待たず入ってしまった。 ちょっと顔をしかめてから、後に続く。 リカは店に入ると、品物も見ずにカウンターに座って天羽に向いた。 「昨日、父が来ました。」 とまどう天羽。 「父に逢ったそうですね、仕事で。」 黙ってうなづく。 「父が、天羽さんにお礼を言って欲しいって。 おかげでちゃんと向き合えたからって。」 「え？」 「父と母と兄と。４人で話ができました。 私、両親のこと、初めてわかった気がします。」 「・・・そっか。」 「こないだ天羽さんの言った言葉もわかりました。 父には父の、母には母の言い分があるって。 そのとおりでした。 二人は別れることになると思いますけど、 でも父は父なんだって思えました。 ありがとうございました。父も感謝してました。」 天羽がゆっくり微笑んだ。ホッとするリカ。 「どうしてリサイクルショップに住んでるんですか？」 「会社に入る前、ここの店長やってたんだ。」 「今も？」 「いや。でも借りたままにしてる。」 「さっき・・・あたるさんが一緒でしたよね。」 ためらいながら口にする。 「見てたのか。彼女が今はここの店長なんだ。」 リカは不意をつかれた。 つまり彼女は毎日ここに通ってくるってこと。 「そうなんだー。」言葉が続かない。 カヲルの家に戻ったあたる。荷物をしながら家の片づけも済ませた。 昨日のうちにお弁当の材料は買い込んであった。 揚げ物だけは料理して、タッパーに詰める。 ５時過ぎ、さくらが息せき切って戻ってきた。 「なんだ、あたる。まだいたの？」 「どういう意味よ。誰か来るの？ あ、吉良？」 「呼び捨てにしないでよ。」 「来るの？」 「連絡くれることになってる。いいでしょ。あたるは出かけるんだし。」 「別にいいけどー。」 何か言いたそうなあたるにそっぽ向くさくら。 「シャワー浴びてくる。」 言っても仕方ないとは思うものの、つい心配になる。 顔を見ない方がいいかな。出かけてしまおう。 お風呂場に声をかける。 「あたし行くよ。さくら、留守番よろしくね。」 「わかった。」 バックをかついで玄関を出た。 坂を下りて橋を渡って店へ向かう。 急いでいて前しかみていなかったあたる。 すれ違いざま誰かが声をかけた。 「お姉さん。」 振り返ると、吉良。 「あー、こんばんわ。」 「出かけるところ？ 彼氏とだって？」 さくらだな、と思ったが、それには答えず。 「さくら、待ってるから。」 「あ、ちょっと待った。」 行こうとしたらまた呼び止められた。 「何？」 「俺、今はお姉さんの方に興味あるんだけど。」 「は？」 思わず見た吉良の顔は、 後ろからかすめて行く車のライトで、斑（まだら）に笑っていた。 日暮れにサメが現れた。あたるにとってはそんな気分。 「遊びに行こうよ。」 「・・・何考えてるの？」 プイッと歩き始めるあたる。吉良はあとからついてくる。 「さっさと行きなさいよ。」 「いいところ知ってるんだ。おしゃれなとこ。」 「さくらと行くんでしょ。」 「だから今は、お姉さんと行きたいんだって。」 あたるは腹が立ってきて立ち止まった。 「あたしはあなたに興味はないし、今は急いでる。約束があるの。 あなただってさくらと約束してるはずよ。」 「約束は破るためにするんだよ。」 その言葉にあたるは呆れた。無駄だと又歩き始める。 「行こうよ。いいじゃん。」 「なにがいいのよ？ あなたって誰も好きじゃないんだ。」 前をにらんで歩きながら言い捨てるあたるに、意外そうな吉良。 振り向いたあたるが言い放った。 「破るための約束なんてあたしはしない。 守れないって思うなら、できないって言う方がずっと優しいよ。 あなたが大事なのは、自分自身だけなのね。」 吉良のいつも余裕の表情が消え、無表情になった。 「いずれさくらもわかるだろうけどー。あんまり傷つけないでよね。 あたしの大事な妹なんだから。」 言うだけ言うとまた歩き出す。もう店はすぐそこだった。 ドアを開けようとしたとき、いきなり腕をつかまれた。 「飲みに行きませんか？」 黙り込んでいたリカがふいに誘った。 面食らう天羽。 そんな天羽に構わずリカは時計を見て、携帯をかけた。 「もしもし、立木君？ もう仕事終わった？ 今から天羽さんと飲みに行くから、ここの駅に来てよ。 わかるよね。じゃね。」 尚も携帯をかけようとするリカをさえぎる。 「悪いけど、俺これから約束あるんだ。」 「約束？」 「休みだからさ。」 リカの目に浮かぶ走り去ったあたるの後ろ姿。 足が飛び跳ねていた。きゅっと唇を噛む。 「いいじゃないですか。駅なら近いし、ね。」 「竹井。」 「すぐ呼びます。みんな近くだから。」 「竹井！」 リカの携帯をおさえた天羽。 「いい加減にしろ。ここは会社じゃないし、俺は休み。 君たちにつきあう義理はないよ。」 「義理・・」 自分に向けられた天羽の厳しい顔。 こんなはずじゃないのに。想像してたのはこんなはずじゃ。 リカは立ち上がった。 「あたし、天羽さんが好きなんです！」 唐突な告白だった。 「父が言いました。 ちゃんと自分で立たないと、好きな人とは手をつなげないって。 今まであたし、ちゃんと立ってなかった。それはわかってます。」 返事をしない天羽。 「あたしずっといい加減でした。 誰でも良かった。誰でも振り向かせようとしてた。 でも今は違います。これからは一人で立てます。 あたし、天羽さんと手をつなぎたいんです。だからー。」 「俺はさ。」 困惑した顔でゆっくりと天羽が答える。 「君には惚れてない。わかってると思ってた。」 あまりにあっさりとした答えに悲しくなる。 「あたるさんがいるから？ あたし、あたるさんに負けないくらい、天羽さんが好きです。 絶対負けない。」 「勝ち負けなんてあるのか？」天羽がちょっと呆れる 「自分の気持ちを言ってるんだよ。俺の気持ちは君にはない。」 「あたるさんにあるんですか？」 天羽は答えない。それが答え。 そうだ。今まで何度誘っても、たとえ抱きしめてくれても。 決して後輩以上の扱いはしてくれなかった。 こんなに相手にされなかったのは初めてだ。 こんなに好きになったのも。そう、こんなはずじゃないのに。 勝手に積み上げてきた思いが崩れ落ちる。 「冷たいんですね。あたしはー。」 「こんな時優しくしたってしょうがないだろ。」 「・・いつも優しいじゃないですか。」 「それは優しいんじゃなくて、面倒見がいいんだよ。ずいぶん違う。」 そう、違うと天羽は思う。 リカの告白は、以前のあたるの告白とはずいぶん違って聞こえた。 リカなりに真剣なのかもしれないが、あまりにも簡単な気がする。 あのときのーあたるから見れば。 黙ってしまった天羽はとりつく島もない。 深く自分の思いに沈んでしまう。 リカが何度か話しかけても、まるでそこにいないかのように。 その時、表で声がした。天羽が顔を上げた。 「あたる？」 ドアの向こうではっきりしないのに。あたるさんの声には反応するんだ。 悔しさがこみあげる。 表へ行こうとする天羽。その前をリカが遮った。 あたるの腕をつかんだ吉良は、いきなりキスしてきた。 びっくりして一瞬止まっていたあたる。 吉良の唇が触れた瞬間に突き飛ばすと、 手にしていたバッグを振り回しながら叫んでいた。 「なにすんのよー！！」 つきとばされてよろめいた吉良の腹に、まともにバッグが入った。 重さはそれほどないが、勢いが凄かったので結構こたえたようだ。 ゲホゲホ言っている。 あたるは店にとびこんだ。 手の甲でさっき触れられた唇をきつくこすりながら、バッグを持ち直す。 奥へ入ろうとして、そこで立ち止まった。 目の前に誰かがいる。 天羽がその誰かとキスしていた。 |