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ＶＯＬ．１１ 「夢のしっぽ」 夕方、天羽とあたるは店に戻った。 途中スーパーによって、買い込んでくる。 すしとつまみとビールで夕飯になった。 土日は大抵一緒に過ごしている。 今日はめずらしく休みだが、いつもは店も開けている。 たまに、さくらや伊倉、カヲルと合流することもあった。 このごろさくらの様子が変だ。 帰りも遅いし、伊倉とも前ほど会っていないように見える。 カヲルは５月末にまた、ニューヨークへ行って来た。 もちろん洋子に会いに行ったのだが、半分は街の中を一人でめぐっていたらしい。 英会話も熱心に通っている。デザインもかなりためこんでいた。 土曜の夜は天羽も一番ゆっくりできた。 サラリーマンなので、日曜の夜はどうしても翌日のことを考えるから。 土曜の夜、あたるを前にすると一番羽をのばせる。それを自分でも意識していた。 二人の話はあちこちに飛ぶ。 カヲルやさくらの話。店の話。会社の話。遙や良介の話。 なんてことのない話をいつまでもしていられる。それが好きだった。 「ねえ、カラーコーディネーターって知ってる？」 突然あたるが聞いてきた。 「んー？ 聞いたことはあるな。なにかの資格だろ？」 「うん。試験があるの。」 「それがどした？」 「遙さんにね、勧められたの。受けてみればって。」 「遙に？」ちょっと意外そうな天羽。 「やっぱり変かな。」 「変ってことないだろ。遙はいい加減なことは言わないだろうし。 でも意外じゃあるな。・・・おまえはどうなの？」 「うん。まだよくわからないんだけど、興味はあるの。 遙さんの友達でね、その資格を持ってる人がいるんだって。今度紹介してもらうの。」 「ふーん。」 あたるの様子に何かを感じる。 「試験、難しいのか？」 「いろいろ級があるらしいの。上に行くほど難しいのはあたりまえよね。」 「なんか興味津々だな。」 「う・・・ん。しっぽがね。」 「しっぽ？」 「あたし、やりたいことがなくて。ずっとフラフラしてたじゃない？ まだどんな資格なのかもちゃんとはわかってないんだけど。 遙さんに言われたときになんだか、『夢』って名前のくじら。 そのしっぽがチラッと見えたきがしたの。単なる気のせいなんだけど。 でも追いかけたいの。あのしっぽ。」 あたるの目つきが違っている。 こういう目の色は初めてかも知れないと思った天羽。 結構本気だ。 明日、遙が来る。よく聞いてみよう。 ビールの空き缶を片づけるあたる。 天羽はというと、例によってソファで眠っている。 テーブルをきれいにすると、タオルケットをかけてやる。ちょっと蒸し暑い。 天羽の寝顔を見るのが好きだ。てんで無防備な顔。 それを見ているのが自分だけだと思うと、すごく得した気分になる。 このところはそれほど疲れてもいないようで、安心する。 黙って帰らない約束をしていても、こんなに気持ちよく眠っていると起こしたくない。 『一緒が一番よく眠れる』 必ずそう言う天羽だけれど。 「どうしようかな。」 ソファに両肘をついて、寝顔を眺める。 帰ろうかと思ったが、目が覚めていないと淋しいかな。 結局もう一枚タオルケットをとってきた。 天羽のＴシャツを借りて着替えると、電気を消して机の上にねころがった。 前にもやったな。ま、いいか。 あたるはそのままあっさり眠ってしまった。 夜中、のどの渇きに目が覚めた天羽。 「・・・水。」 むっくり起きあがると、冷蔵庫を開けて水を取り出す。 ゴクゴク飲んでから我に返る。真っ暗だ。あれ？ 闇の中、机の上に固まりがすかしてみえる。 いたのか−。ホッとソファに座り込む。でもなー、なんで机の上だろうな。いつも。 クークーねむるあたるの背中。 ふと、寝返りをうって目を開けた。目があった。 「・・・どしたの？」 「いや、のどが乾いてさ。」 「あたしにもちょうだい。」 寝ぼけ顔で手を伸ばすあたるに、持っていた水を渡してやると起きあがる。 ごくりとのどが鳴って、しずくが唇から漏れてつたう。 みつめていた天羽の心が騒ぐ。 ふいに立ち上がり水をとって置くと、タオルケットごとあたるを抱き上げた。 そのままソファへ転がされてびっくりしているあたる。 「・・眠かったんじゃないの？」 「目が覚めた。おまえは？」 「・・・覚めるわよ。」 向き直ったあたるにキスをする。それは唇から耳に、のどに、胸に。 あたるの吐息が速くなる。 闇の中を通り過ぎていくヘッドライトが、夢のように見えた。 翌日昼過ぎ、店に遙が来た。珍しく良介も一緒だ。 「あもんくーん！」 元気な足音で飛び込んできた良介。 「良介。ひさしぶりだなぁ。」 結婚式以来だ。少し背が伸びたかも知れない。 天羽に抱き上げられて嬉しそうだ。 「ちょっと重くなったじゃん。」 遙がゆっくり入ってくる。 「久しぶりにね、天羽くんにどうしても会いたいって言うから。」 「こないだね、運動会があってね、僕かけっこで１等賞とったんだよ。」 「へえ、すごいじゃん。良介、足速いんだ。」 得意げに話す良介に目を細める天羽。あたるが言う。 「遙さん、引き取りすませちゃいましょうよ。」 「ん。天羽くん、ちょっと良介頼めるかな？」 「もちろん。」 「良介、天羽くんと遊んでてね。」 あたると遙が出かけた後で、天羽は良介と遊んでやりながら、いろんな話を聞く。 「運動会、ママやジムも来たんだろ？」 「うん。おじいちゃんも、グランマも来たよ。」 「グランマ？」 「ジムのママ。ボストンのおばあちゃん。グランパはお仕事でこられなかったって。」 「へえ、アメリカから来てくれたのか。」 遙はアメリカの実家ともうまくやっているのかな。 「学校は？ 楽しいか？」 「うん！ 僕ね、１年１組でしょ。先生はね・・。」 どうやら心配することはなさそうだ。安心する。 バスケットボールを持たせてシュートしてやる天羽。 「ママとジムは仲良くしてるか？」 「うん。僕も仲良ししてる。」 「そっか。」 良介の放ったボールは見事にリングに入った。 ひとしきり遊んだ頃、あたると遙が戻ってきた。 「あー、おなかすいた。」あたるが帰るなり叫ぶ。 「おなかすいたぁ。」良介がまねする。 「良介くん、ケーキ買ってこようか？」 「うん。いこういこう。」 「いってきまーす。」あっという間に消えた。残った二人は笑い出す。 「いいコンビね。」 「あいつの精神年齢、良介と同じだな。」 「その辺もいいんでしょ？」苦笑する天羽。 「うまくいってるみたいで安心した。」 「良介、何か言ってた？」 「運動会にグランマが来たって。ジムのお母さん？ おばあちゃん？」 「ジムのお母様。良介のおばあちゃまになるの。良介のこと気に入って下さってるわ。」 「遙のことは？」 「大丈夫。」微笑む遙。 「ならいいんだ。」 「まだ心配してくれるんだ。天羽くんはそれだから。」 遙の言葉をごまかすように、聞く。 「そういえばさ、あいつ。・・・なんだっけ、カラー？」 「コーディネーター？」 「それ。勧めてるってほんとなんだ？」 「うん。」 「でもさ、なんで？」 「あたるさんて、色彩感覚いいのよ。思わない？」 「そっかぁ？」 「それも独特で。今日も可愛い格好してるわよね。」 今日のあたるは、ビビッドな赤いＴシャツに黄色いストレッチパンツ。 細い赤のストライプが走っている。 「何度かね、あったのよ。」 あたると遙が一緒に引き取りに回るようになったのは、３月の終わりからだ。 それは４月の始めだったか。 若い０Ｌからの依頼で、チェストとスタンドを引き取りに行った。 綺麗なインド更紗があちこちに目に付く部屋。 「じゃ、ここにサインを。」 運び出しての帰りがけ。その女性がサインをしながら、ふと漏らした。 「なんだかね、部屋がまとまらなくて。アジア風にしたいんだけどな。」 「アジア風ってむずかしいですよね。」 あいづちを返していた遙。するとあたるが聞いた。 「アジアって、どの辺のイメージですか？」 「え？ どの辺て？」 「インド？ 中国。もしくはもっと熱帯。」 「インドの方かな。」 「インドだと、もろ原色って色は控えめにした方がそれらしいですよ。 どっちかというと単色より模様みたいな。」 そう言って、ちょっと目立っていた原色の小物を奥へ引っ込める。 「あのスノコも使えますよ。」 部屋の隅にあったスノコ板をひっぱってくると、 部屋全体に散らばっていたインド更紗の一枚を画びょうで留める。 チェストのあったところに立てかける。 すると何故か、部屋全体にエスニックな雰囲気が出てきた。 あ然と見ているた遙とＯＬがちょっと感心する。 「あら。」 「すごーい。」 「匂いが好きならお香をたいてみたり。小さな置物も。 象とか、仏像とか散らすのもいいかも。」 「なるほど、色のポイントか。ありがとう。気をつけてみるわね。」 彼女はいたく気に入った様子だった。 そういう事が何度かあったと言う。 ２度目は子どものいる家だった。ベビーベッドとサークルを取りに行ったら。 お茶を入れてくれた主婦がため息をついた。 「片づけても片づけても増えるのよね。どうしても乱雑なイメージがぬけないの。」 決して散らかしてはいないのだが、まとまりのないリビング。 遙が水を向ける。「あたるさん、どう？」 「え？ あの・・・色を決めるといいかも。」 「色？」 「好きな色を決めて。それをテーブルにセンターラグとかカバーにして、 その色を部屋全体のアクセントにするんです。 おもちゃとか細々したものは、大きい箱にまとめていいから、 上を同じカラーの布で隠して。そうするとごちゃごちゃにみえないし。 見える色を無地の似た色で統一すると、まとまってきちんと見えるんじゃ・・。」 「なるほどね。ー何色がいいかしら。」 「好きな色でいいと思いますけど・・・あまりきつくない黄色とか、緑とかなら。」 具体的なアドバイスに主婦はすっかりその気になっている。 「グリーンがいいわね。やってみようかな。」 「でね、その後また、連絡が来たのよ。同じ人から。」 あたるのアドバイスやその場のフォローを気に入った客は、 それからまめに連絡をくれるようになった。 知り合いも紹介してくれたりする。そんなことが増えてきたのだ。 「何気なく言うんだけど、ちゃんと形にするのよ。 ああ、センスいいんだって思った。色使いもおもしろいし。 そういえば、いつか行ったあたるさんの部屋も、 色が散らばってるようでまとまってて。おもしろかったわ。」 「ふーん。」 言われてみればそうかもしれない。思いもかけぬあたるの才能か。 「私の友人にね、カラーコーディネーターの資格を持っている人がいるのね。 彼女はそれをいろんなことに生かして仕事につなげてる。 それで、あたるさんにも勧めてみたわけ。」 「なるほどね。」 「あたるさん、何か言ってた？」 「興味ありありだったね。今度、その人に会うんだって？」 「そう。カラーコーディネーターっていっても、説明は難しいから。 彼女に直接あったほうがわかると思って。」 「頼むよ。楽しみにしてるみたいだったし。」 あたるのキラキラした目を思い出す天羽。夢のしっぽーか。 「もちろん。私が勧めたんだから。 でも天羽くん、あたるさんのことになると、心配するわよね。」 「遙が言ったんだろ、ちゃんと見てろって。」 「そうよね。いいことだわ。」 目をクルクルさせてからかい気味の遙に、知らんぷりする天羽。 「たっだいまぁ。」 あたると良介がケーキを抱えてもどってきた。 |