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ＶＯＬ．７　「遙の結婚式」




５月半ばの土曜日、大安。
遙の結婚式の朝はきれいに晴れた。五月晴れ。
教会は世田谷の閑静な住宅街の中にある。
緑の広い庭園に囲まれていて、何ともロマンチック。
古い教会らしくチャペルに蔦がからまっている。
ものみな緑。命が溢れている。


三々五々、人が集まりだした。
天羽はタクシーでここまで来た。披露宴もあるのでバイクはやめた。
濃紺の地に、よく見ないとわからない深い色のストライプが入った背広。
結婚式だから、ネクタイは白だ。
まだ式には時間がある。緑を見上げながら教会へむかう。
木漏れ陽をちらちらと落とすほど、大きな枝の木がたくさんある。
心が落ち着く雰囲気だ。



誰かに控え室を聞こうと思ったとき、声がした。
「あもんくーん。」
良介だ。
蝶ネクタイをつけた良介が、走ってきて飛びついた。
「良介。かっこいいじゃん。」
「へへ。」
「ママ、どこにいる？」
「あっち。ママね、すごくきれいなんだよ。」
「そっか。」
天羽は良介を抱き上げて、まっすぐ聞いた。
「ママ、幸せになれそうか？」
「うん！」
「良介は？」
「僕ね、ジム大好きなんだ。一緒にママを幸せにするんだ。」
「そっかー・・・。ジム？」
「あもんくん、こっち。」
飛び降りた良介は、天羽の手をひっぱる。
良介の答えに安心したものの、首をかしげる天羽。
ジム？
ひっぱられるまま控え室まで来た。



「ママー、あもんくん連れてきたよ。」
「入って。」
控え室の遙は真っ白な花嫁だった。
最初の結婚式は見ていないので、遙の花嫁姿は初めてみる。
「天羽君。来てくれてありがとう。」
「おめでとう。なに、すっごいきれいじゃん。」
「そう？」
七分袖の真っ白なウエディングドレス。袖も胸元もレース。
ベールも裾を長くひいたレース。
ストンとしたきれいなシルエット。遙によく似合う。
手にはこれも真っ白な胡蝶蘭のブーケ。
「ほんとにきれいだ。」微笑む天羽。
「ありがとう。」
思いがけずうしろから声がした。



振り返ると、金髪に青い眼。長身の青年が立っている。
白いタキシードがこれもよく似合う。
驚いている天羽を良介がひっぱる。
「ジムだよ。」
「ジム？」
近づいてくると、意外にがっしりした体。
遙が紹介する。
「彼が花婿よ。ジム。ジェームス・アンダーソン。アメリカ人。
　ジム、天羽君よ。」
アメリカ人とは思わなかったので、驚きが収まらない。


ジムは天羽を正面から見据えた。何かを感じ天羽もまっすぐ対峙する。
一瞬にらみ合った二人は、しかしどちらからともなく微笑んだ。
ジムが手を差し出す。
「遙の相手として合格かい？」
見事な日本語だ。天羽はその手を握った。
「失格者にそんなことは言えないよ。」
笑い出す二人。
「よかった。君とは友達になれそうだ。」
「こちらこそ。遙と良介をー頼むよ。」
一言にこめた思いを、ジムは受け取ってくれた。
「必ず。」
良介がジムの手を取る。
「僕とジムで、ママを守るんだ。ね。」
ジムを見上げる良介。ジムは優しく見下ろす。
二人の交わす視線に、天羽は安堵と寂しさがない交ぜになる。
「そうか。頑張れよ。」
「うん！」
遙を振り返ると、少し涙をにじませて微笑んでいた。
今までで一番きれいな遙だった。



ドアが開いて、遙の父が顔を出した。
「ジム、ちょっと。やあ、天羽君。来てくれたんだ。」
「おめでとうございます。」頭を下げる天羽。
「ありがとう。いや、いつぞやはとんでもないことを言ってしまって・・。」
遙に眼で問うとかすかに首をふる。
天羽の子どもではないということで通したようだ。
「お父さん、なにか用でしょ。」
「そうだ、ジムをちょっと借りるよ。」


二人が行った後、遙が聞く。
「あたるさんは？」
「カヲル君達と来るって言ってたから、そろそろじゃないかな。」
「式の前にあたるさんにも会いたいわ。」
「捜してくるよ。」
行きかけた天羽の背中に遙が言う。
「ありがとう、天羽君。」
ふりかえった天羽。
「安心した。幸せに、な。」
「おたがいにね。」ウィンクする遙。
「あもんくん、あとでね。」良介が手をふった。



あたるは結局、カヲルともさくらとも別行動になった。
さくらは昨晩、久しぶりに伊倉の所にお泊まりしたのだ。
このところ伊倉をやきもきさせて楽しんでいたさくら。
ゆうべは久しぶりにラブラブだったらしく、夜電話をよこした。
「洋服、どーすんの？」
「今日ね、お店に素敵なのが入ってきたの。買っちゃった。ご心配なく。」
「あ、そう。」
「じゃ、明日教会でね。」


そしたら今朝になって、カヲルに洋子から電話が入った。
「洋子さん？　え、成田？」
遙の式のことは伝えてあった。初めは忙しいと言っていたのだが。
「やっぱり出ることにしたの。」
急に思いついて帰ってきたらしい。
「ごめんね。場所がよくわからなくて。」
「俺、新宿まで迎えに行くから。」電話をきったカヲル。
「良かったじゃん。久しぶりにあえて。」ニヤニヤするあたる。
「悪いな、あたる。先出るわ。」



というわけで、ひとりで行くことになった。
天羽に電話しようかとも思ったが、ま、いいかと電車に乗った。
式用のドレスやヒールは紙袋で手に持った。
天羽の着いた少し後に、あたるも着いた。
化粧室で着替える。
ヒールをはいて、髪をとかして、イヤリングとコサージュをする。
ルージュを塗り直す。なんだかとても女っぽい気分になる。
「やっぱりいいよね、ドレスって。」
カツンとヒールを鳴らして、くるっと鏡に映す。ＯＫだ。



そろそろ人もいっぱいになってきた庭。
あたるが控え室をのぞこうとしたら、こっちへ歩いてくる男がいた。
ちょっとビジュアル系っぽい姿。
茶髪の背が高め。天羽よりは低いかも知れないが。
背広がなにげにブランドだ。
控え室を捜していたあたるはあまり気にしなかったが、
すれちがうと男は振り返った。
気配であたるも足を止めた。視線があう。
どう見ても初対面。いぶかしく思ったその時。
「お姉ちゃん。」良介の声に振り返った。
「良介くーん。お、かっこいい。」
「あたるさん？」
遙の声もした。良介に案内してもらう。
男はそのまま見送っていた。



「遙さん。おめでとうございます。うわぁ、きれーい。」
感嘆の声をあげるあたる。
「ありがとう。天羽君にあった？」
「いえまだ。もう来てますか？」
「うん、さっき来てくれた。彼とも会ってくれたし。」
「そうですか。良かった。」
「あたるさん、ありがとう。」
「え？」改まられてとまどうあたる。
「天羽君とちゃんと話して良かったわ。
　こんなに穏やかな満ち足りた気持ちで、式にのぞめるなんて。
　とっても嬉しいの。あなたのおかげ。」
「そんなこと。」
「天羽君、よろしくね。私と良介のことは、もう心配しないでね。」
遙の差し出した手を握るあたる。
「幸せになってくださいね。」
ほほえみあった二人。


良介が退屈した様子で、遙に聞く。
「ママ、ちょっと外に行ってもいい？」
「良介くん、お姉ちゃん案内してよ。」
「うん、いいよ。」
あたるは遙にうなづく。
「ちょっと行って来ますね。」
「ごめんなさいね。良介、式の前に戻ってきてね。」
「はーい。」
見送る遙には、あたるの後ろ姿が緑の若葉のように思えた。



あたるを探していた天羽は、さくらと伊倉に会った。
「あれ、天羽さん。」伊倉が声をかける。
「よう。」
さくらは黄色いスーツを大人っぽく着こなしている。
昨日お店に入ったばかりの人気のスーツだ。
「さくらちゃん、素敵じゃん。」
天羽のほめ言葉にニッコリするさくら。
「ありがと。あたるは？」
「一緒じゃなかったんだ？」
「カヲルと一緒だと思うんだけど。」


そこへカヲルと洋子が到着。皆驚く。
「あれ、洋子さん。わざわざ来たんだ。」歩み寄る伊倉。
「お久しぶり。遙さんに会いたくてね。来ちゃった。」
「サンキュ。喜ぶよ。」天羽が礼を言う。
「カヲル、あたるは？」
さくらがあたりを見回して聞く。
「俺、彼女を迎えに行ったから。あたる、先に来てるはずだけど。」
「どーこ行ったんだろ。探してくるわ、俺。」と天羽。



途中、遙の父にまた会った。
「おお、天羽君。良介を見なかったかね？　そろそろ式が始まるんだが。」
「見なかったですね。探してきますよ。」
「すまないね。」


なかなかみつからないあたると良介。
あちこち捜しているうちに、人気の少ない庭園の奥の方まで来てしまった。
小さな噴水がしぶきをあげている。そのそばに白くマリア像が立っている。
「どこいったんだ？　二人とも。」
ふと声が聞こえた。良介？
「今度はお姉ちゃんが隠れるんだよ。」
「オッケー。良介くん、見つけられるかな。」
あたるだ。
茂みの向こうにあたるらしき頭が見えては隠れた。


そっと歩いていくと、良介が目隠しして数を数えている。
「・・８，９．１０　もういーかーい？」
ちょっと離れたあたりからあたるの声が聞こえた。
「もういいよぉ。」
走り出そうとした良介をつかまえる。
「しっ。良介、おじいちゃんが捜してた。式が始まるってさ。早く行って。」
「お姉ちゃん、隠れてるよ。」
「俺が連れていくよ。」
「見つけてあげてね。」
走り去る良介。


見送ってから足音を忍ばせて、声のした方へ近づいていく。
良介相手だから、あまり難しいところには隠れないはずだ。
案の定、噴水そばのマリア像の陰から、緑色の裾が見えた。
「遅いな。良介くーん、ここだよー。」
良介の来るはずの方向をのぞくあたる。その反対側から忍び寄った。
「わっ！！」
「きゃあ！！」
びっくり仰天のあたるは、ひっくり返りかけ、背中の像に頭をぶつけた。
「いったぁーい。何なのよぉ！」
笑い出す天羽。
「びっくりしただろ。」
「あのねぇ。」
起こしてやろうと手を差し伸べて、天羽は気づく。



今日のあたるは緑色のドレスを着ていた。
薄いオーガンジーの紗のかかった、若草色のドレス。
胸に鈴蘭のコサージュ。
スカートがフワッとふくらんで、あたるの細い腰を包んでいる。
足元は白いヒール。耳にはこれも白いパールが揺れている。
唇だけが実のように紅い。
一面の緑。バックに噴水。
座り込んでいるあたるは絵のように見えた。
手をさしのべたまま、みつめる天羽。
ぶつけた頭を気にしていたあたるは、その手につかまって立ち上がる。
それから気づく。
「何？　どこか変？」ドレスを見回すあたる。
天羽は微笑む。
「馬子にも衣装ってな。」
「どーせ、遙さんみたいにきれいじゃないもん。」
あたるは口をとがらせる。


「綺麗じゃん。」
「え？」思わず聞き返す。
天羽は素直に言う。
「おまえ、綺麗だよ。」
みつめられたままストレートに言われたら、何も言えない。
紅くなってうつむく。
天羽はつかんだままの手を引き寄せて抱きしめた。
耳元で揺れるパールを見ながら囁く。


「困るよな。ここじゃ、押し倒すわけにもいかないし。」
「な、なにいってんのよ！」
「しっ、静かに。人が来るだろ。」
「人が来るだろって、人がいるところなんだから。」
「じゃ、来ないうちだな。」
あたるはそのまま口をふさがれた。
瞬間まわりが気になったが、すぐ目を閉じてしまう。
今までにない、深くて長いキス。
頭がクラクラして、立っているのが精一杯だ。


「式が始まります。列席の皆様は教会へお入り下さい。」
向こうで声が聞こえる。
合図のように唇が離れた。
何か恥ずかしくて、あたるは天羽の胸に顔を埋めてしまう。
抱きしめたままの天羽。
しばらくしてやっと腕を解いた。
「始まる。いこうか。」
あたるは下をむいたままうなづく。
ふたりは歩き出した。手はつながれたまま。



結婚式は、厳かにも和やかに行われた。

白いタキシードの花婿とウエディングドレスの花嫁。
ふたりが誓いの言葉を口にしたとき、あたるは隣の天羽を見上げた。
天羽はふたりをみつめたまま微笑んでいる。
「誓いのキスを。」
その言葉に天羽があたるをちらと見た。
ドキッとするあたる。
天羽の眼がいたずらっぽく踊る。あたるは目のやり場に困ってうつむいた。
壇上では花嫁と花婿がキスを交わしていた。



式のあと、そのまま庭園で披露宴が行われた。
二人とも友人が多くて、広い庭園が人で溢れている。
入れ替わり立ち替わりの祝う人で、花嫁と花婿は囲まれている。
あたる達はその一角で、久しぶり６人揃ったので話に花を咲かせていた。
「洋子さん、ほんとよく来たね。」これは伊倉。
「ちょっとね。気分転換。」
「結婚もいいなって思ったんじゃないの？」つっこむさくら。
「あたしは、人の結婚には何の文句もないわ。幸せは人それぞれよ。」


あいかわらずの洋子。
そろそろ４ヶ月近いはずだが、ほとんど目立たない。
淡い薄紫のツーピースはラインがゆるやかで、足元もローヒール。
それがいままでのシャープなイメージと違っている。
カヲルは久しぶりに会えた嬉しさで、何も気にしていない。
あたるはいつもよりは無口だ。
天羽の隣で皆を眺めながら、ちょっと離れている。
洋子がカヲルに言った。
「びっくりしたわ。あたるさん、見違えた。」
「え？　ああ。」


実はカヲルもだ。
朝出かけるときはドレスも着ていなかったし。
そのせいもあるだろうが、それにしても。
さっき天羽と教会に入ってきたあたるは、眩しいほどだった。
天羽と何かあったなと直感した。
「ちょっと淋しいでしょ。」
「なんで俺が。」
「無理しなくていいのよ。あなたはあなたの幸せ。」
カヲルは洋子にまっすぐ言う。
「俺は俺の幸せ。無理してるように見える？」
洋子は微笑む。



飲み物を取りに行ったさくらは、知らない青年に声をかけられた。
「君、遙さんの知り合い？」
「え？　ええ、まあ。」
「俺やあの辺にいる連中、ジムの後輩なんだ。
　このあと２次会があるって。行かない？」
最近モテモテのさくらだ。悪い気はしない。
「どうしようかな。」
「無理にとは言わないけど、君きれいだからさ。よかったらあとで。」
ちょっと気障だが、目立つ奴だなと思うさくら。
実はさっき、あたるを見ていた男だが、そんなのは知る由もない。
「考えてみまーす。」
にっこり笑ってふりかえると、伊倉が女の子にちょっかい出している。
「あのやろー。」
嵐の予感だ。



「遙さんも彼も、友達多いよね。」
「ああ、仕事の関係もあるんだろうけど、すごいな。」
囲まれっぱなしのふたりを見ながら話す天羽とあたる。
「良介もひっぱりだこだな。」
その響きにひっかかるあたる。
これから天羽はあまり良介にも会えなくなるのだろう。
新しい父親ができるのだから、しかたないことだ。
でもやっぱり淋しいだろうな。


あたるは立ち上がった。
「あたし、飲み物とってくる。」そう言うと人波に紛れていく。
あたるの足取りはフワッと軽くて、泳いでいるようにも見えた。
華奢なその姿はやけに目立って、ついみつめてしまう。
「あたるさん、きれいになったわね。」
洋子が声をかけた。
「え？　ああ、今日は馬子にもってとこだろ。」
あわててわざとくさす天羽。
「ごまかしたって駄目よ。あなたのせいでしょ。うまくいってるんだ。」
答えず知らん顔で水割りを口にする。
「目立つわよ、今日の彼女。気をつけなさい。」
「？」
「披露宴なんて、独身男女のお見合い広場なんだから。」
苦笑する天羽。



「それにしてもさ、遠いところサンキュ。遙に会ってくれた？」
「まだなの。人が多くて。挨拶だけはしたいんだけど。」
「結婚しようって気にはならない？」
「んー、それはないわね、まだ。」
「カヲル君、がんばってるんだ。」
「無理しないように、あなたからも言ってくれる？」
「無理しなくていいんだ？」
「−意地悪ね。」
あたるだけでなく、洋子もきれいになったと天羽は思う。
母になる自信が輝かせているのかもしれない。
カヲルが料理を持ってきた。洋子に渡してやる。
「あれ、あたるは？」
「飲み物取りに行ったけど。」
どこまで行ったんだろう。天羽が首を傾げた。



あたるは良介のいる方へ歩いていった。
遙に一言かけたかったが、人が多くて近づけない。
見渡して捜すと良介はちょうどひとりで遊んでいた。
「良介君。」
「あ、お姉ちゃん。さっきのかくれんぼ、あもんくんにみつけてもらった？」
キスを思い出して、赤くなるあたる。
「どうしたの？」
「ううん、何でもない。みつけてもらったよ。
　良介君、あもんくんと写真、撮りたくない？」
「撮りたい！」無邪気な良介だ。
「お姉ちゃんが撮ってあげるから、あもんくん誘いに行こう。あっちだよ。」
「うん。」
良介は駆けだした。あとを追うあたる。
子どもは人波を縫いやすいので、早い。
天羽はひとりで飲んでいた。


「あもんくーん。」
「お、良介。ママきれいだったな。」
「うん。ジムもかっこよかったでしょ。」
「そうだな。」
「あもんくん、写真撮ろう。」
「ん？」
「お姉ちゃんが撮ってくれるって。」
ようやくあたるが追いついた。
「良介君、はやーい。」
あたるの手にはカメラ。天羽と眼があってにっこりする。
「ほら、並んで。しゃがんだ方がいいかな、それとも抱っこ？」
「抱っこ。」


天羽に手を差し伸べる良介。
「オッケー。」
抱き上げて、ふと一瞬抱きしめる。願いをこめる。
みつめるあたるも切ない。
「あもんくん、苦しいよ。」
「悪い悪い。じゃこっち見ろ。」
「いいかな、はい、チーズ。」
カシャカシャと２度シャッターを切った。
「とれたよ。」
良介は天羽の腕から飛び降りた。あたるが手招きする。
「良介君、時間があったらママも連れてきて。３人で撮ってあげる。」
小さく囁く。
「うん。」走り去る良介。


見送ったあたるに天羽が聞く。
「飲み物取りに行ったんじゃなかったっけ？」
あたるが何しにいったのか察したようだ。
「途中で良介君に会ってね。そうだよね、飲み物。行って来る。」
ごまかして立ち去るあたる。
天羽はフッと笑みを漏らした。



今度こそ飲み物を取りに行ったら、口論する声が聞こえた。
さくらと伊倉だ。
「お前だって人のこと言えないだろ。」
「あたしはね。声かけられる方なの。あなたはかけまくるでしょ。」
「ほらみろ。男は声をかける方なんだ。」
「なんなの、それ？」
人だかりができつつある。あわてて二人をひっぱっるあたる。
「ちょ、ちょっと、こんなとこまできてやらないでよ。」
「だって、聞いてよあたる。」
「俺はな、いつだって。」
「あのね、披露宴なの。喧嘩は御法度。それくらいわかるでしょ？」
黙る二人。
「もめるヒマあったら、仲良く踊れば？　ほら、あそこでやってるよ。
　いい？　喧嘩はだーめ。」
釘を刺してあたるが去ったあと、伊倉が言う。
「お姉ちゃん、今日はやけにきれいじゃん。どしたの？」
「うーん、天羽さんとうまくいってんじゃない？」
「恋は女をきれいにする・・か。」
「あたしはブスにされそうだけどね。」
そっぽむくさくらをなだめる伊倉。
「踊るか？」



あたるがカクテルをとって戻ると、遙が来ていた。
「遙さん、素敵でした。ほんとにおめでとうございます。」
「あたるさん、ありがとう。」
「お姉ちゃん、写真撮って。」良介が待ち構えている。
「うん。」
あたるはカメラを３人に向ける。
「え？　あの。」
「いいよ、俺。」
とまどう天羽と遙。
「動かないで。良介君、ママとあもんくんの間に入って。そう。
　じゃあ、チーズ。」
３人での最初で最後かもしれない。
天羽と遙は顔を見合わて照れくさそうだった。
「ちゃんと撮ったからね。良介君。」
「うん。お姉ちゃん、僕ジムとも撮りたいな。」
「いいわよ、行こう。」
良介と手をつないで、また消えるあたる。


「忙しい奴だな。」
「あなたのためでしょ。」
「ん？」
「良介や私との写真を残そうとしてくれたのよ。
　確かにこの先こんな機会ないかもね。」
「ああ−。」天羽にもそれはわかっていた。
「優しいわよね。自分だってあなたと撮りたいんじゃないの？」
あたるの消えた方向へ目をやる天羽。
「そういえば天羽君、式までの間にあたるさんに何かしたでしょ。」
「え？」


ギクッとする。キスがよぎる。
「やっぱりね。」意味深な笑いの遙。
「別に何も。」
「ごまかしても駄目。
　そりゃあ最初会ったあたるさんもとっても可愛かったけど、
　今のあたるさん、全然違う。すっごく綺麗。天羽君のせいね、やっぱり。」
お見通しの遙に、あわてる天羽。
「彼女、美人っていうんじゃないけど、すごく魅力的になるわよね。
　楽しみだわ。でも気をつけた方がいいな。」
「？」
「ジムの後輩達があちこちで、綺麗な子を２次会に誘ってるの。
　狙われるわよ。さっさとつかまえとかないと。」
からかっているのかと遙を見たが、しごく真面目だ。
さっきの洋子の言葉も浮かぶ。
「ほら、行ってらっしゃい。」
せかされるようにして天羽は立ち上がった。



あたるは良介と一緒にジムをつかまえた。
「写真撮ってくれるって。」
あたるはジムと話すのは初めてだ。
「おめでとうございます。あの、遙さんのリサイクルショップで働いている、
　柚木あたるといいます。」
「ああ、あたるさん。話は聞いてます。」
ジムはきさくに答える。流暢なイントネーションだ。
「ねえ、写真。」
「いいですか？　良介君があなたと撮りたいって。」
「ありがとう。」
二人並んだところを撮った。いい雰囲気だなと安心する。
「ありがとうございました。」
「天羽君ともお知り合いでしょう？」
「はい、よく知ってます。」


そこへ若い一団がなだれこんだ。
「ジム、その方お知り合いですか？」
「紹介して下さいよ。」
びっくりして引くあたる。
「すみません。彼らは僕の大学のクラブの後輩で。
　素敵な女性には眼がないんですよ。」
いたずらっぽく笑うジム。


「あたる・・・さん？」
名前を呼ばれて驚き、声の方へ向く。
そこには、控え室前で出くわしたあの男がいた。
「どうして名前？」
「さっき良介くん呼んでたから。」そいつは涼しい顔で説明する。
「あなた誰？」
他の連中が口を挟む。
「なんだ、吉良。知ってるわけじゃないのか？」
「知ってるよ。ね？」ずうずうしい口調。
「知りません。」知らんぷりするあたる。
「冷たいな。じゃ自己紹介を。
　吉良（きら）正宗。ジムの後輩です。これで知り合いだよね？」
なんとも人を食った態度。さっきと同じ視線。勘に障る。


「あたしに何か用ですか？　さっきも。」
「いや、綺麗な人だなーと。」素直に喜べない言い方だ。
「吉良、一人でしゃべってないでさ。」
「このあと、２次会があるんですよ。ご一緒に是非。」
「え、あの、あたし。」
「女性大歓迎なんですよ。な、吉良。」
「もちろん。」
「でも、あの。」
囲まれてあたるは立ち往生した。どうしよう。



そのとき、声がした。
「あたる！」
皆一斉に声の方へふり返った。天羽だ。
まっすぐにあたるのところへ歩いてくる。自然と道があいた。
「来いよ。あっちで写真撮ろう。」
「え？　あ、うん。」
天羽はジムに気づいて挨拶する。
「いい式でしたね。お幸せに。」
「ありがとう。これからもよろしく。」握手を交わす。
それから皆のみつめる中、天羽はあたるに手をさしのべる。
「ほら、行くぞ。」
驚いて、でも自然にあたるは手を預けた。
「ごめんなさい。また。」
天羽にひっぱられて、あたるはその場をぬけだして行く。
「なんだ、彼氏ありか。」
「そうだよな、目立つもん。」
ぼやく一団の中、吉良が意外そう顔でふたりを見送っていた。



少し離れてホッとため息をつくあたる。天羽が笑う。
「どした？」
「だってびっくりして。囲まれちゃったし。」
「知り合いでもいたのか？」
「ううん。さっきも見かけた変な人がいたの。よくわかんない。」
「ふーん。」
あたるを連れ出したとき、じっと見ている奴がいたな。あれか。
「でも一番びっくりしたのはあなただよ。いきなり呼ぶんだもん。」
「ドキドキしただろ〜。」
いつもの天羽だ。
「・・うん。でも、どうして？」
「言ったじゃん。一緒に写真撮ろう。」
「え？」



戻ると遙がまだそこで、カヲルや洋子と話していた。
手をつないで帰ってきたふたりを見て微笑む。
カヲルがひやかす。
「ヒュー♪　仲いいじゃん。」
あわてて手を離すあたる。顔がほてる。
遙が天羽に聞く。
「間に合った？」
「ああ、危うくさらわれるとこ。」
「良かった。」
「？」
その会話があたるには見えない。


天羽は、あたるのカメラを借りてカヲルに渡した。
「カヲル君、悪いけど撮ってくれる？」
「いいですよ。あたると？」
「ああ。悪いね。」
「あたるさん、これ持って。」
遙が持っていたブーケを放ってくれた。
「いいんですか？」
嬉しそうに受け取って、あたるは天羽の隣に立った。
「撮るよ。笑って。」
その瞬間あたるはほんとうに綺麗で、周りの人も足を止めた。
シャッターを切ったカヲルは、あたるの天羽への思いを感じる。
その天羽を見上げるあたる。
「ありがとう。」
ちょっと照れた笑顔が魅力的で、うなづく天羽。
「どういたしまして。」
あたるは遙のそばへ走って、ブーケを返しに行った。
「ありがとうございます。」
「なかなかお似合いだったぜ。」
またからかうカヲルに逆襲する。


「二人も撮ってあげるよ。」
「あたしはいいわ。」洋子が逃げる。
「どうして？」
「あたしが来たのは。」
「あなたがわざわざ来たのは、遙さんのためだけじゃないでしょ。
　カヲルに会いたかったからでしょ。」
今のあたるは雄弁だ。はっきり言われて珍しく洋子は赤くなった。
カヲルがそばから言う。
「俺、撮ってもらいたいな。記念になるよ。」
カヲルを見る洋子。
あたるはさっさとカメラを構えると「チーズ」シャッターを切った。


天羽が聞く。
「伊倉さんとさくらちゃんは？」
「ああ、さっきいた。喧嘩してたから止めたんだけど。」
「何？　あのふたり、まーたやってたの？」カヲルが呆れる。
「やってた。あのあと、どうしたんだか。」



やがて宴もお開きとなり、遙とジム、良介の３人は新婚旅行へ旅立った。
初め、良介は遙の父が預かるつもりだったらしいが、ジムが反対した。
「僕らは３人で始めるんだから。」
そう言って、良介と３人での新婚旅行になったらしい。
良介はもちろん大喜びだし、遙も嬉しかった。
古いアメリカ映画のように、空き缶をいっぱいつけて、［Ｗｅ　ａｒｅ　Ｍａｒｒｉｅｄ］
と落書きで埋め尽くされた車で、３人は出発していった。
「あもんくーん、お姉ちゃーん、行ってきまーす。」
良介は最後に天羽達に手をふった。


「行ってらっしゃーい。」
「良介、ママを大事にしろよ。」見えなくなるまで見送った二人。
「行っちゃったね。」
「行っちゃったな。」
「良介君も遙さんも嬉しそうだったね。」
「ああ。いい奴みたいだ。安心した。」
後ろで声がする。
「２次会がありまーす。行かれる方は是非どうぞー。」
横目であたるを見る天羽。
「誘われてたろ。」
「邪魔したくせに。」
「おまえの好きにすれば。」
あたるは天羽の腕につかまった。
「うん、好きにする。」
見上げるあたるに微笑む天羽。すると。


「好きにするわよ！」
さくらだ。怒った顔でこっちへ歩いてくる。
その後ろに伊倉。こりもせず女の子と一緒。
「あたる、２次会行こう。」
「え？　あたしはパスだよ。」
「そうなの？・・そりゃそうか。天羽さんとラブラブだしね。」
「な、何いってんの。あんた、またやったの？」
「もういいよ。あいつはあいつ。あたしはあたし。カヲルは？　行かないの？」
「カヲルだって久しぶりなんだよ、洋子虫と。」
「いいよ。ひとりで行く。さっき声かけてもらったし。あ、あの人達だ。」
とっとと行ってしまうさくら。


危ぶむあたる。天羽も怪訝な顔。。
「大丈夫か？　さくらちゃん、荒れると危ないだろ。」経験者は語る。
「待ってて。見てくる。」
あたるはさくらを追いかけた。するとさくらは、あの人喰い男と話している。
「あなたー。」
「あれ、あたるさん・・だっけ。行くの？」
「違うわ。ねえ、さくら。やめとけば。」
「何、あたるの知り合い？」驚くさくら。
「まあね。今日から知り合い。」人喰い男が言う。
「いいかげんなこと言わないでよ。さくらってば。」
「うるさいわよ。ほっといて。」
とりつく島もない。
「なに、そっちこそ知り合い？」
「妹よ。ねえ、帰ろう。」
「いいじゃん。行くって言ってるし。子どもじゃないんだから。」
「そうよ、ちゃんと帰るから。じゃね。」
こうなるとどうしようもない。とっとと行ってしまうさくら。
吉良は、あたるを見てウィンクすると、
さくらの後を追うようにして行ってしまった。



うしろから天羽。
「大丈夫か？」
「わかんないけど、駄目だわ。」
そこへ伊倉が来た。
「さくら、行っちゃった？」
「行っちゃったって、あなたのせいでしょ。」
「あいつも懲りないよね。」
「あなたもね。」
「しょうがないよね、男の性（さが）だもん。ね、天羽さん。」
「んー、男のっていうか、伊倉さんの性（さが）？」
「あれ、ひどいなあ。
　にしてもさ、あたるちゃん、どうしたの？
　今日すごく綺麗じゃん。びっくりしたよ。」
面と向かって言われて、何も言えず赤くなるあたる。
「んー、いいね。やっぱり女は男次第？」
「逆もありでしょ。男も女次第。」
天羽がサラッと言ってのける。
「なるほど。」
伊倉が苦笑いして去った。



「帰るか？」
「う・・ん。」
さくらを気にしながらうなづくあたる。気になるけどやっぱり天羽といたい。
カヲルと洋子が声をかけてきた。
「俺達、先に行くよ。」
洋子に礼を言う天羽。
「洋子さん、遠いところほんとにありがとう。いつまで日本に？」
「仕事があるから。明日には。」
「とんぼ返りか。じゃあ、今日は貴重だね。」
頭をかくカヲル。あたるがひじでつつく。
「じゃお先に。」
「ああ。体に気をつけて。」
「ありがとう。じゃあ、あたるさんも。」
見送った二人。


「俺達も行くか−。」

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