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ＶＯＬ．５　「素直な気持ち」




遙が去った後、なんとなく沈黙に落ちていた二人。


「俺の分は？」
「ん？」
「ケーキ。」
「ないよ。」知らんぷりのあたる。
「おまえなー？」
「冗談だよ−。ほら。」


さしだされたのは、もうひとつケーキの箱。
「ったくな。」苦笑する天羽。
「コーヒー、入れて。」
「オッケー。」
サイフォンに水を入れながら天羽が聞く。


「そういえばスープ、おまえが作ったの？」
「うん。おいしかったっしょ？」
「意外にな。」
「カヲルに教わったの。簡単なんだ。」


「カヲル君か、なるほど。」
「ちゃんと作ったんだよ、あたしが。」
「はいはい。」
「何それ。」



午後もひさしぶりに、一緒に仕事した。
天羽がやめてから、電化製品の直しは本店まかせになっているが、
今日できそうなものは、片づけてくれる。
天羽の修理する姿を見るのも久しぶりで嬉しい。。


居心地のいい時間ほど、過ぎるのはあっという間だ。
天羽との時間はさらに早い気がする。
会えなかった時間を取り戻したい位なのに、夜が近づく。
だんだんあたるは落ち着かなくなる。
つい時計を見てしまう。



「どした？」
聞かれてごまかす。
「ううん。」
「何か用でもあるのか？」
思いっきり首をふる。


「ね、ご飯食べに行こうよ。」
「・・そうだな。行くか。」
あたるに笑顔がこぼれる。
店を閉めた二人は歩きだす。


「何がいい？」
「えーとね、」
「俺はラーメンかな。」
「えー、チャーハン。」


「牛丼。」
「ギョーザ。」
「何だよ。」
「何でもいい。」
笑い出す二人。


結局近くの中華料理屋で、ラーメンとチャーハンとギョーザになった。
「あ、おいしーい。」
「そっか？　どれ。」
蓮華であたるのチャーハンを一口とってしまう天羽。


「あ−、とった。」
「お、うまいわ。」
「とったぁ！」
「わーったよ。一口食えば。」
「やった。」


ラーメンをさしだされ、すするあたる。
「あたし、しょうゆの方が好きだな。」
「じゃあ食うなよ。」
「あ、チャーシューちょうだい。」
「おまえ、食べ過ぎ。」


ギョーザも取りあいしている。
「５個ずつだからね。」
「わかってるって。」
言いながらパクパク食べる天羽。
あたるがチャーハンを食べ終えると、もう３個しかない。


「あー、食べた。」
「おまえが遅いんだよ。」
「そっちが早いんでしょ。ずるーい。」
あたるの声がはしゃいでいた。



帰り道。


「おいしかったね。」
「よく食べるよな、おまえ。」
「そう？　ギョーザ、足りなかったよぉ。」
「まーた。」
かけあいながら時計をちらと見て、あたるの足取りが重くなる。
それを眼の端でとらえて首をかしげる天羽。



店へ戻ると１０時前。
「風呂行かなきゃな。明日会社だし。」
「あ、じゃあ行って来れば。留守番してるよ。」
なんだか必死のあたる。


「おまえ、行かないの？」
「あたし、着替え持ってきてないもん。今日だって着た切り雀だったし。」
口ごもってしまう。
「そっか。ゆうべそのまま来たんだよな。じゃ帰るか？」


考えるより早く、つい口にする天羽。
その言葉にあたるはビクッとする。
時計を見て天羽を見る。それからやっとうなづく。
「・・・うん。」


「どしたの、おまえ？」
「別に。じゃ、行くね。」
奥から、昨日持ってきたお風呂道具を取ってきて、そのまま走り出ていった。
見送った天羽。
その後ろ姿にどこか見覚えがあった。
いつだっけ？



それにしてもあっさりしてるな。
ちょっと物足りない思いで、天羽も風呂桶をもつと銭湯へ向った。
入る時も出る時も、あたりを見回したけどあたるの姿はない。
不承不承で店に戻る途中。


母親を追いかけて走ってくる子どもとすれ違った。
「おかあさん、待ってよ〜。」
その手に風船を握っている。
なんとなく見送った天羽。
「ーあ。」
ふいに思い出した。


『クジラくらいひとりでとばせるわい。』
さっきの後ろ姿。
あれは思いっきり強がった時のあたるだ。
強がって？　何を？


夕方から時計ばかり見ていたあたる。
食べてるときはずいぶんはしゃいでいたくせに。
「帰るか？」
そう言った途端、逃げるように帰ってしまった。
あいつ−−。



部屋に戻ったあたるはベッドに身を投げ出した。
はぁーっとため息をついて天井を仰ぐ。
情けないなぁ。


１週間が始まるだけだ。ただそれだけなのに。
この２週間はあたるにも、かなりきつかったのだ。
また１週間？　２週間？
こんなことカヲルに言えないな。怒られちゃう。


遠く離れているのはとても辛いだろう。
でも近くにいるのに会えないのも辛い。
好きになった分だけ強くなりたいのに、弱くなってるみたいだ。
情けなくて自分にめげる。



コンコン。
ノックの音がした。こんな時間に誰だろう。
「はい？」
体をひきずるようにしてドアを開けたら・・・天羽がいた。


「・・どうしたの？」驚くあたる。
「夜這いに来た。」
「はぁ？」
そのまま勝手に上がり込む。
「ねぇ、あの、」あわててドアを閉めると、追いかける。



「あのさ」
メットを放り投げると、ふりむいて急にマジになる天羽。
たじろぐあたる。
「言いたいことはちゃんと言えよ。」
「え？」


「俺はさ、まだわかってやれないこと多いかもしれないけど。
　おまえのことはちゃんとわかりたいって思ってる。
　だから強がるなよ。
　言わなきゃわかんないだろ。」


聞いているうちに、あたるの目が潤んでくる。
泣くまいとくちびるをかむ。
「ほら。」
促されると消え入りそうな声。


「もうちょっと一緒に居てもいい？」
「もうちょっとね。」
天羽は優しく笑って抱きしめてくれた。


「変なところ鋭いくせに、こういうところ鈍いよな、おまえ。」
「？」
「同じ事思ってたのにさ。」
「そうなの？」
「そうなの。」
天羽はあたるを抱きしめたまま、あやすように揺れている。


「一緒だと時間がすごく早くて。帰れって言われるのが怖くて。
　この２週間、すごく長かったから。」
「それで時計を睨んでたんだ。」
「バカみたいだよね。」
あたるは腕の中で泣き笑いしている。


「ちゃんと言えばいいじゃん。」
「あなた大変そうだったから。言えないよ。」
あたるの指が天羽の背にくい込むようだ。
「またしばらく逢えないのかなー？」小さいつぶやき。


天羽は遙の言葉を思い出した。
『強いけど、もろいところもあるわよ、彼女だって。』
『ちゃんと向き合ってね。』
こういうことなんだ。


「仕事さ、一段落したから。
　明日からはもうちょっと早いよ、たぶん。」
「ほんと？」顔を上げて確かめるあたる。
「ん。」


微笑む天羽に安心して、胸に頬をこすりつける。
そんな仕草がたまらなく愛しい。
抱きしめる天羽の手に力がこもったー。



カヲルの家。
カヲルとさくらが風呂上がりにビールを飲んでいる。


「あたる、今日も帰ってこないのかな。」
「ここんとこ会えなかったからな。」
「とっとと、一緒に暮らしちゃえばいいのに。」
「そんな簡単じゃないだろ。おまえこそどうなの。」


「んー、それはね。」
つっこまれて答えるさくら。
「あたしたちは距離がある方が、うまくいきそうだから。」
「お、悟ってるじゃん。おまえにしては冷静だね。」


「悟ってないから距離がいるの。
　悟りなんて一歩間違うとあきらめよ。」
「凄い台詞。」
迫力負けしそうだ。


「まあ、あたるも同棲して逃げられてるもんね。難しいか。」
「まだ始まったばっかだしな。」
「カヲルなんてもっと大変。」
「ほっとけ。」
カヲルはさくらにチョップを食らわした。




１２時をまわってから天羽は帰っていった。


「帰んないと、朝大変だからさ。」
いたずらっぽく眼をクルクルさせて立ち上がる。
「一緒の方がよく眠れるんだけどなー。」


毛布をかぶったあたるが赤くなってあらぬ方を向く。
フッと笑ってその頭をクシャッとなでると、ドアに向かう。
あたるはあわてて毛布ごと追いかけてくると、
靴をはいている天羽に小さく言った。


「ありがと。」
「ん？」聞き返す声が優しくて意地悪。
広いその背中に額を押しつけてささやく。
「来てくれて、ありがと。」


背中に感じるあたるの温もりに、
また抱きしめたい衝動にかられる。
でもそれじゃ帰りそびれてしまうだろう。
我慢して冗談に紛らわせる。


「どういたしまして。今度はおまえの番だから。」
「？」
「夜這い。」
「・・・知らない。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」


見送ったあたるはすぐベッドにもぐり込んだ。
ぬくもりが残っているうちに、眠りたかった。
来てくれたのが嬉しかった。もっと素直に言ってもいいんだ。
肩の力が抜けて、すっと眠り込んだ。



ひとり店に戻った天羽。
部屋の中がちょっと寒い。
さっきあたるに言ったのは本音だった。
一緒の方がよく眠れる。


ここ何年か独り寝ばかりしていたせいなのか。
久しぶりの人の肌はとても気持ちが良くて安らぐ。
もちろん、それがあたるだからなのだが。


ひとりが淋しいなんて思わなかった。
なんとなく、このまま過ごしていくのかとも思っていた。
出会いは不思議だ。


「いっそ、一緒に暮らすかぁ。」
言ってから自分で驚いた。それって・・？
「寝よう。」

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