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ＶＯＬ．２　「これからの自分」




翌朝、目覚めたあたるは自分がどこにいるのかわからなかった。
えーと、この天井は・・・あれ？　これって？　・・・まさか？


パッと隣をみたら・・・天羽が眠っている。
一瞬頭の中がパニック状態。
今までのシチュエーションがフラッシュバックする。


目をつむって大きく深呼吸。
もう一度隣を見ると、天羽が目を開けた。
目があった。
思わず出たセリフ。


「寝・・たんだっけ？」
「寝ただろ。」
「・・そっか。」
笑い出す二人。


「っとに色気ないな、おまえ。」
「だって、いろいろありすぎて。パニクっちゃったんだもん。」
毛布ごとあたるを抱きしめる天羽。
ちょっとびびる（？）あたる。


「あー、よく寝た。久々に。」
「何？　不眠症だったの？」
「誰かが心配させるからさ。」
「ふーん、そんなに心配だったんだ。」
「船から落ちて行方不明になりそうだからさ、おまえ。」
「んなわけないでしょ。」
じゃれているふたり。


「もっかい、しよっか？」天羽がからかう。
「えぇ？　こんなに明るいよ。店、開けなくちゃ。」
「いーじゃん、寝てよーぜ。」
「遙さん、来るよ。」
「夕べは泊まりだって言ってたから、今日は来ないよ。」
「そーなの？　でもさ。」
あたるは逃げ腰だ。


「おまえさ、結構胸あるのな。」
「な、なーに言ってんのよ！」
あせりまくるあたるを、延々からかいそうな天羽。
そこへあたるの携帯が鳴った。
あわてて毛布ごと、ベッドからおりるあたる。
「毛布もってくなよ。しょうがねえな。」



「もしもし。あ、カヲル？」
「もしもしじゃねーよ。お前、帰ってきてるの？」
「あぁ、うん。ごめん。昨日仕事がすっごい忙しくて。」
「あれ、部屋にいなかったよな。今どこ？」
「・・店。」
カヲルは了解した。


「ふーん、そっか。今日は顔見せろよ。さくらも心配してたんだから。」
「うん。ごめんね。じゃあ。」
天羽はその間にさっさと着替えている。
「カヲル君か？」
「うん。あたし、昨日電話入れ忘れちゃった。」
「そういやそうだな。悪いことしたな。」


コーヒーを入れる天羽。
あたるも毛布の下で、もぞもぞ着替えをする。
「こっち見ないでよ。」
「お前ね、いまさら。」
「そういうもんなの。」
コーヒーをもってきた天羽は、机の上の包みに気づく。


「何？　これ。」
「あ、忘れてた。おみやげ。」
あけると小さなクジラの置物。
「願い事が叶うんだって。」
「ふーん。じゃあおまえが持ってなきゃ。」
「あたしはクジラ見たもん。それで御利益はあるの。」


素朴な手作りのクジラは、素焼きで軽いがどこか温かい手触り。
鮮やかなブルーだ。
目がクリッとしているのが、どこかあたるに似ている。
フッと笑う天羽。
「サンキュ。」
天羽はクジラを机に置いた。
「さーて、店開けるか。」
「うん。」



夕方、カヲルからまた電話が入った。


「あたる？　あのさ、天羽さんも連れて晩ごはん、来いよ。」
「え？　いいの？」
「さくらも、ゲソ連れて来るからさ。すき焼きしようぜ。」
「ちょっと待って。ねえねえ。」
天羽を呼ぶあたる。


「ん？」
「カヲルがね、すき焼き食べに来ないかって。ゲソも来るってよ。」
「へえ、いいのか？　ラッキー。」
「もしもし、行くって。うん。じゃああとでね。」
電話を切った。


「すき焼きかぁ。」
「楽しみ〜。カヲルのすき焼き、おいしいんだよ。」
「カヲル君も考えたよな。」
「え？」
「俺も一緒に誘えば、とりあえず帰ってくるもんな、お前。」


「えー？　そんなこと考えてるかな。」
「ちっとは考えてんじゃねえの？」
「うーん。」
頭をひねるあたる。
「ほら、店仕舞いするぞ。」



カヲルの家。
ゲソとさくらが先に着いた。
着きはしたが、すでにさくらが怒っている。
「なんなのよ、なんでそうなの？」
すき焼きの下ごしらえをしていたカヲル。
またかとウンザリする。


「聞いてよ、カヲル。伊倉ったらあたしが待ってるのに、
　来る途中で女の子に声かけてんのよ。信じられる？」
「られる。」
あっさり肯定するカヲル。ゲソならそうだろ。


「あれ、わかってんじゃん、カヲル君。」
あとから来た伊倉がさくらをなだめる。
「だからさ、俺はこうなんだから。こういう俺を認めなきゃ。」
「認めるってね、目の前でやられて認める女なんているわけないでしょ！」
「そりゃそーだよな。」
カヲルは又うなづく。


「カヲル君、頼むよ。」
「カヲルは関係ないでしょ。」
「あーのね、」
ふたりを遮るカヲル。
「ちょっと運んでくれる？　鍋とこんろ。あ、野菜もね。」
この二人の話をきいてたってしょうがないのだ。


まだ口論しながら運んで行くふたり。
「皿もねー。お箸とさー。」
でもその口論がちょっとうらやましい。
相手がそばにいるからできることだ。



あたるは天羽のバイクで、カヲルの家に来た。
なんだか久しぶりの気がする。
カヲルに逢うのが照れくさいのは、ゆうべのせいだろうか。
健との時はそんなこと思わなかった気がするのに。


立ち止まっていると天羽が声をかける。
「どした？　行くぞ。」
「うん。」
天羽の後から歩く。
カヲルからも卒業かな。そんなことが頭をよぎった。



「こんばんわ。」
「カヲルー、来たよー。」
玄関先で声をかけるふたり。
「おう、あがれよ。」


居間にあがると、さくらと伊倉がさっきのケンカも忘れて、すき焼きを始めている。
「あたる、やっと戻ったんだ。」
「大変だったね。何、むこうで迷子になったの？」
「違います。」
伊倉をにらむあたる。天羽が吹き出す。
カヲルがビールを持ってきた。



「よ、お帰り。」
「ん。」
「お言葉に甘えて。」天羽が言う。
「どーぞ、どーぞ。天羽さん、バイク？」
「悪い。ビールじゃない方が。」
５人集まるのは久しぶりだ。
話はあちこちに飛ぶ。


「で、カヲル君。ニューヨークはどうだったの？」
天羽が聞く。
「どうって、俺初めてだから。でかさばかり目について。」
「洋子虫さ、大丈夫なの？　行って１年たたないうちに出産して。」
これはあたる。


「ん、まあさ、むこうはシングルマザーが社会的にも多いし、
　出産のための入院も日本より短いし。
　保育所とかベビーシッターとかも一般的だし。
　彼女がニューヨークに行くことにしたのも、偏見が少ないのと
　社会的なバックアップが多いからなんだ。」


洋子といろんなことを話したのだろう。カヲルはどこか落ち着いていた。
洋子の中で自分の子どもが育っているという自覚なのかもしれない。
相手が遠くにいると、信じるしかない部分もある。
さくらが急にあたるにふる。


「それにしてもさ、なにやってたの？　１週間も。」
「クジラ、見てきたのよ。いいでしょ。」
「クジラ？　本物？」と伊倉。
「そう、本物。」
「へえ、本物見たんだ。でかかった？」これはカヲル。
「うん。いきなり体が海から出て、しっぽが見えて、
　潮をふきあげるんだよ。おっきかったぁ。」


「クジラねえ。そもそもなんでクジラなの？」
さくらがつっこむ。
「あの電話だと、天羽さんが島にいるって思ってたみたいじゃん。」
「えー、だってさ・・・。」
あたるは天羽を見て口ごもる。


「いいかげん、俺に慣れないと。そのうち南極だな。」天羽がからかう。
「あなたがちゃんと言わないからでしょ。今までが今までなんだもん。
　いきなりいなくなったら旅だと思うでしょ、ね。」
カヲルに訴えるあたる。
「まあな、天羽さんなら旅だよな。」


「でもさ、確かめたら？　行く前に。」これは伊倉。
「だって急にいなくなったんだもん。」
「携帯は？」
「へ？」
「携帯、あったでしょ。かけた？」
「あ。」
黙り込んだあたるに皆笑い出す。


「なにあたる、かけてみもしないで、そのまま行っちゃったんだ。」笑い転げるさくら。
「信じ込んでたろ。そんな感じだったもんな。」カヲルまで笑っている。
「いいじゃん。いいの。クジラ見たんだから。」
開き直ったあたる。そっぽ向いてすき焼きを食べている。
天羽はクスクス笑いながら、ウーロン茶を飲んでいる。



皆がおなかがいっぱいになった頃。
さくらは伊倉にさっきのケンカをむしかえした。
「だから５分よ、５分。なんでまっすぐ来られないの？」
「その５分が貴重なんじゃないか。」
「貴重じゃなくて危険でしょ。」


あたるがカヲルにそっと聞く。
「また？」
「また。来たときからやってた。」
「こりないねー、ゲソも。」
「こりないよ、さくらもな。」
天羽がよいしょと立ち上がった。
「ごめん、俺ぼちぼちな。」
「あ、あ、そうか。」あたるも立ち上がる。


「カヲル君、ごちそうさま。」
「何、天羽さん。もう帰るの？」伊倉が声をかける。
「まだ体がさ、サラリーマンに慣れてないから、
　ちょっと早めに切り上げないとさ。悪いけど。」
「俺も帰るか。」
「あんたはまだ終わってないでしょ！」
伊倉はさくらに座らされてしまう。
その様子に笑いながら、メットを持つ天羽。
「じゃ、お先。」



あたるは表まで送りに出た。


「朝、ちゃんと起きるんだ。」
「そりゃな。」
「めざましかけるの？」
「かけなくても目が覚めるよ。」
「えー、ほんと？」
「気合いだな。」
「ふーん、気合い入ってるんだ。凄いじゃん。」


バイクにまたがった天羽のそばに立ったあたる。
「何時頃出るの？」
「８時前かな。」
「すれちがっちゃうね。」
「いいぜ、早く来ても。」
「んー、たぶん無理。」
「だよな。」笑いあうふたり。


「おやすみなさい。」あたるが言う。
うなづいた天羽は、急に抱き寄せる。
「今日はエッチできないな。」耳元でからかう。
「な、なーにいってんの。」
口はあせりながら、あたるもギュッと抱きしめる。
「おやすみ。」
手を振って見送った。



家へ入ろうとすると伊倉が出てきた。
「あれ、帰るの？」
「嵐にならないうちにね。ごちそうさま。」
逃げたらしい。
顔をしかめて居間へ戻ると、案の定さくらがカヲルにからんでいる。


「男ってどうしてああなの？　ねえ、どうして？」
「さくら、あのね。ゲソを男の一般常識にするなよな。
　あいつの常識は、俺には非常識。」
「非常識って何よ。そこまでひどくないでしょ。」
支離滅裂だ。
あたるもなだめる。


「さくらさ、ゲソはいっつもああじゃん。」
「そうだけどさ、頭に来るでしょ。」
「まあね。」
「でもそれがあいつだしな。」
「わかりやすくていいじゃん。わかりにくいより。」
「・・そうよね。小笠原まで行くよりましか。」
さくらをにらむあたる。と、いきなりつっこまれる。


「ねえねえ、天羽さんとできたんでしょ。」
「え？　あの。」
なんて言ったらいいんだ。口ごもるあたる。
「やったね。そっか。」
カヲルと目があって、照れて視線をそらす。
なんとなく複雑なカヲル。
ごまかすようにあたるは話を変えた。


「今度はいつ行くの？」
「ん？」
「ニューヨーク。また行くんでしょ。」
「うーん、行きたいけどさ、そうそうはな。」
「一泊したの？」
「うん。時差あるから、短い方が楽だったな。」
「そっか。でもどうせなら、ゆっくり行きたいよね。」
「ん。でも彼女も忙しいからさ。」


「電話してるの？」
「メール。」
「その方が安いもんね。手軽だし。」
「声聞きたくならない？」
「そしたらかけるよ。でもタイミングが難しくてな。」
「洋子虫からはかけてきそうもないしね。」
ふとあたるが言う。



「せっかくニューヨークに行く機会があるんだから、
　カヲル、真面目にデザインやったらいいのに。」
「え？」
「だって本場でしょ。洋子虫が忙しいなら
　自分のために行けばいいじゃん。」
あたるの一言はカヲルの夢を刺激した。
さくらも言う。


「そうだよ、カヲル。洋子虫とやってくなら、
　自分の夢もしっかり持ってないと。」
「そっかー。自分のため・・か。」
ちょっと考え込んだカヲル。



「さくらは？　コンビニのバイト、やってるの？」
「やってるわよ。働かないと遊べないしね。」
「そりゃそうよね。」
カヲルがあたるに返す。
「お前は？　あそこの臨時店長続けるの？」


「うーん。とりあえずね。
　まだあたしもやりたいことはっきりしないから。
　与えてもらった仕事やってみながら、考えようかなって。」
「あたる、夢探すんだ。天羽さんとラブラブなのに？」
「それとこれとは違うでしょ。」
「それはそうだよね。まだ結婚したわけじゃないし。」
「先はわかんないしね。」


うなづきあうさくらとあたる。
カヲルが立ち上がる。
「ほら、片づけるぞ。手伝えよ。」
「はぁい。」
さくらとあたるがハモった。



３人ともまだ自分の将来は遠く見えない。
手探りを始めたばかり。
これからの自分に向かって。

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