危ない侍と娘　１００万打アンケート創作

100万打記念アンケート　－第１位　侍－　「鮮やかなる」九
赤子が生まれてからもっとも変わったのは夜、むつみ合う時かもしれないと娘は思う。共寝の布団に増えたひとり。我が子といえしゃべれぬといえ、もっとも親密な空間にいわば第三者が加わったことになる。眠るときはいい。乳をやったり夜泣きをあやすのも当たり前だけれど、正直困惑することもあった。身体を重ね、情欲と侍に全てをゆだねたまさにそこで、ぎゃーと泣かれて水入りになった時とか。当初は落ち着かなくなった娘だが、赤子に気を取られると侍は余計に長引かせる気がするので、この頃は泣き方がおかしくない限りあわてないことにしていた。つまりは余裕が出てきたということだろう。一日よく動きよく食べ、よく遊んでもらったらしい赤子は、家について背から下ろされ、ふとんに寝かされてもぴくりともしなかった。どうやら今夜はぐっすり眠りそうだ。安らかな寝顔は娘の心まで安らかにしてくれる。今日もつつがなく過ごせたことを八百万やおよろず　の神、千万ちよろず　の人々に感謝したくなる。飽きず眺めていた娘の、腰にたくましい腕が巻き付いた。ひきよせられる胡座あぐら　の上。ふり仰ぐと唇がまぶたに落ちてくる。「ひねもす頑張ったんだが」「いちが？　あなたが？」「どちらもだな。だが、俺の方が気苦労も疲れも多いと思わないか」くすくす漏らす娘の声は侍の唇にふさがれ、吸い取られた。ゆったりとした口づけは娘の安らぎをより満たしてくれる。深く探り合う舌はやがて絡み合って、唾液を移し合うことに夢中になる。ひょいと、膝の上の娘ごと身体の向きを変えた侍は、すやすや眠る赤子を背で遮るようにしてふたりの身体を横たえた。見上げる彼のまなざしが、おこされた火のように熱を放ち初める。身の奥の埋み火をかき立てようとする彼の意志に娘は従うのみだ。昼も夜も赤子に求められる毎日は幸せだが不自由でもある。不自由だからこそ、片時の情交の格別さを今の二人は知っていた。背中が弱い。唇がふれるだけでいつもびくんと反る。舌を這わせると声になる。噛めば吐息だ。細い肩幅。骨の浮き上がる背中についつい痕を残したくなる。襟足から見えたりするへまはしてないつもりだが、夢中になると忘れてしまう。もっとも見えたからといって指さすような野暮な奴は少なかろう。投げ出した両腕に顔を伏せて声を殺し、娘は侍の攻めに耐えている。引いては突く腰。深く刺し貫かれて、背中につけた痕が汗で染まる。顔はしとねにすりつけんばかり。腰は高く引き上げられ侍にしっかりつかまれている。交わりは獣の形だ。後ろから両の手のひらで豊かに揺れる乳房をもてあそぶ。爪先で尖りを弾くと娘が短くうめく。赤子を起こすまいとそれでも耐えるさまが、日頃はあまり覚えぬ侍の嗜虐心を煽る。ぱんぱんと抽送の音が高くなり激しさを増した。娘も我を忘れる。肘で身を支え宙を見る目は虚ろになり、堪えきれぬ叫びが漏れる。「やあ　はあ　あぁ、あん」侍だけが知る娘の良いところ、感じるところをこれでもかとばかりに突き上げられて、力を無くし伏せた娘がまた頬をすりつけた。腰が揺れるのは揺らさずにいられないからだ。ぎゅっと絞られる感覚が侍を追い上げるが、息を吸ってようよう逃がす。頂きがすぐそこに、見える。「あっ、あああっ」悲鳴を上げ、娘の身体がけいれんした。果てろと誘う衝動をどうにかやり過ごしてから、力尽きた娘に構わず侍は己に最後の一駆けをかった。せり上がってくる快感。はじける手前でぐいと身を剥がす。背を濡らす温かさに、娘の小さな抗議はかすれきっている。「…やぁ、ん」そこに滲む色香が、侍の解放を甘美に彩った。互い身を清めたあと、ゆるりと寄り添って睦言を交わす。至福の時だ。「……赤子にお乳やってるときは妊らないって聞いたけど」娘の声の微妙さ。共に果てない侍の行為が娘への気遣いと知りつつ、女としては物足りなさもあるのだろうかと、侍は苦笑する。「俺も医者の先生に聞いたんだが。必ずしもそうとは限らぬらしい」「そうなの？」ぶれる声音に、後ろから抱きしめている華奢なうなじに歯を立てる。ひくんと震える身体。「次ができて悪いわけじゃないが。あまり早いと大変だろう？」「……そう、よね」まだ一人目が歩きもしていないのだ。娘とていますぐ次をと思っているわけではなかろう。「だから、な。気休めかもしれぬが。嫌か」「嫌なわけじゃないの。ただ、変かもしれないけど……最後まで抱きしめててくれる方が好き」恥じらいながらごく小さな声で囁く言葉につい、笑みが浮かぶ。たぶんにやけている自分。「いつも抱いてるじゃないか」「……からかってるでしょ」肩越しにふりむいた眼が睨んでくる。そんな可愛い顔ではと言ってやるべきかどうか。侍はまた笑うと、への字に曲がった唇を吸い取った。「まあ俺としちゃ、にいさんは一、二年あとにしたい」「にいさん？」「弐と、参」「……馬鹿」吹き出した娘はこちらへ向き直ると、侍の胸に顔を埋めた。肩が揺れるのはまだ笑っているからだろう。赤子はみゃあとも泣かぬ。こんな夜は珍しい。明日は褒めて遊んでやらねば、などと侍は親馬鹿なことを心に留める。留めながら娘の腰から尻をなでている。「どうしようか」「何が？　……え、嘘」滅多にない夜だ。このままは惜しい。気配を察知して狼狽える娘に余計にそそられる。この際。「嘘は言わん」「馬鹿！」本気で言われようと逃す気はない。攻防と睦言は、夜更けまで続いた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　十（結）へ＞＞
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