| 100万打記念アンケート −第１位 侍− 「鮮やかなる」 八 |
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趣味がうるさい亭主だというのに、御礼の煙草入れはひどく気に入ってくれた。相好を崩し、ためつすがめつ。根付けの細工にはとくに目を留め、その繊細さをほめあげる。 「ええわ。根付けはいくつか持っとるが比べものにならん。これはええ」 本気が伺えて侍も娘も嬉しかった。そのまま夕飯まで馳走になり赤子に乳も与え、ようやく腰をあげた頃にはとっぷり闇だった。 灯りを借りて、赤子を背にふたりゆらゆらと帰る。毎日行って戻る道は、ふたりにとって一日の始まりと終わり。その日のいろいろな事を話すのが習いでもあった。 「旦那さんに喜んでもらえてよかった」 「そうだな。あれは本心だったぞ」 「姐さんもすごく気に入ってくれたし」 「何遍聞かされるんださっきから」 「何遍も言いたいの」 侍の低く笑う声が温かな息となって届く。 「良い品だったからな」 「お代、払ってたなんて言わないから」 「万が一気に入らなかったら、返金の約束だった」 「ほんとに？ 太鼓判押してたって」 「だから、万が一」 「万に一つもなかったね」 「そりゃあな」 口ぶりがあるわけないと言うようで可笑しかった。互いの望む物を互いにわかっている。そのことが嬉しい。長く離れていたけれど、心は離れなかった。そんな証あか しのひとつに思えるから。 「ほんと、良かった」 「ああ」 赤子を背負った侍は緩やかな足取りでゆったり歩く。かつては娘に合わせてくれた歩調は今、赤子のためだ。それも嬉しい。風邪を引かせぬようねんねこを羽織っているが不自然に見えない。身体を冷やさぬようにとあたりまえの心情が彼を親らしく見せる。 赤子と侍、ふたりを見るといつも娘の胸にあふれ出すものがある。いつになったら慣れるのか。喜びの泉は止めどなく、涙にならぬよう気をつけねばならない。 いつになってもこうなのか。いや、いつまでもこうでいい。幸せにあまり慣れてしまいたくないとも思う。 晴れ渡る夜空。 刺すように立ち並ぶ木立を右に、明日にも刈り取れそうな稲穂の田んぼを左に、歩をそろえる二人。 娘の手元の灯りが作る影は夢のように淡色で、砂利だらけの道にふわふわ浮き沈みしながら後をついて来るのだった。 九へ＞＞ |
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