墓の前にしゃがんで手を合わせた小町は、頭上を仰いだ。
冬もすぐそこ。
日曜日の空は、枯れた青色だ。


小町の実家の墓は、家から遠くない寺の墓所にある。融は肉親がおらず、突然亡くなったこともあって、彼の骨はここに納めた。それで良かったと今は思う。

早くに親を亡くしたせいか、小町の死生観はかなりシビアだった。人は死んだらそれきり。そういう考え方だから余計に堪えたのかもしれない。あの時の小町にとって、彼の死は世界の終わりだった。


なんとか立ち直ったけれど、信じてすがるものが他にできたわけではない。強いていえば、やっと一人で立てるようになった、それだけだ。それだけのことにあんなにも時間がかかった。自分の弱さが情けない。

こんな自分なのに、子どもたちは優しくたくましく育ってくれた。見守ってくれたの？　融に尋ねてみる。時に守護天使として子どもたちのそばに、時に大気に溶けて私のそばに、あなたは寄り添ってくれたのかしら。

みんな、素晴らしい伴侶を得ることができたわ。
ありがとう。

そう囁くと、墓前に供えた白バラが揺れる。うなずくように。
小町はほほえんで、昨日を思い出した。



光の結納を交わしてから日も浅いのに、三女と四女がそろってゴールを目指していたなんて、まさかだった。葵とデートに出かけた光は知ってたんだろうか。

ヨソウガイよ、ほんとに。

デートに忙しくてしかるべきの休日に突然、初音と乙女が銀と鉄を伴ってやってくれば、母親ならピンとくる。

でも四人？
まさかどっちも？

ドキドキしながら座るテーブルの、向かいには初音が銀と、乙女が鉄と並ぶ。三者面談みたい、と思って笑い出しそうになった。光の時みたいに携帯で報告されればいっそ気楽、というのは四度目五度目だからの愚痴かもしれない。乙女に「差別よ」と叱られそうだ、やっぱり言うまい。

とりあえず無言でにらみあい、じゃなくて見つめあう。四人の間で目配せが飛び交い、年功序列というわけでもないだろうが、銀が咳払いして口火を切った。

「先日、初音さんにプロポーズしました」
「俺、じゃなくて僕も」
あわてて鉄が尻馬に乗ったが、舌足らずだ。つい苛めたくなる。

「あなたも初音にプロポーズしたの？」
「へ？　いやいやいやいや、乙女、さんにですっ」
「銀さんが初音に、鉄くんが乙女に、プロポーズした、ということね？」
「はい」
「はいっ」
「で、返事は？」

聞くまでもないことを娘たちに聞くのは、儀式の一環だ。初音が静かに、乙女はぐるりと目を回すようにして誇らしげに応える。

「イエス」
「決まってるでしょ」

躊躇なしね、と感心する。
桐子も藤尾もそうだった。潔さは誰に似たのかしら。それにしても。

「初音はともかく、乙女は大学がまだあるでしょう」
「今すぐじゃなくていいの。卒業したら」
「あら」
「それまで待ってくれるから。ね、鉄ちゃん」

赤い顔の鉄がこくこくとうなずく。まるで彼の方が花嫁みたいに初々しい。

「だったら来年でもいいのに。ずいぶん早い話ね」
「日高の実家をリフォームするっていうから。発言権もらいたくて」

もらいたくて？　うん？

小町の直感をよそに銀が説明した。日高の実家を、銀と初音、鉄と乙女、それから父親と一緒に住めるよう、来春からリフォームするつもりだと。

「せっかくリフォームするなら、初音と一緒に設計に参加させてもらわなきゃ。水廻りを預かる者たちとしては、ね？」

喜びいっぱい意欲満々の乙女に、初音が苦笑でうなずく。さっきの直感が確信に変わって、小町はじっとにらんだ。

「……白状しなさい乙女。ほんとにプロポーズ、されたの？」
「は？」
「あんたからプロポーズ、したんじゃないの？　実は」
うわ、とのけぞる四女は白状したようなものだ。

「なんで？　小町さん、なんでわかっちゃうの？」

やっぱりとうめいて小町は目を閉じた。
初音の感心したような声と、銀の呆れ声が聞こえる。

「小町さんすごい。千里眼？」
「……はあ？　したって乙女ちゃんから？　プロポーズ？　鉄、ほんとか？」
「おっ……とめええぇぇぇ」
鉄の声が小さく萎んでいく。いけない、とあわてて小町は目を開けた。

「鉄くんごめんなさいね。ほんとにもう、この子は」
「あたしは鉄ちゃんのメンツを立てて、ちゃんと内緒にしてたでしょ」
「そうだったの？」
「そうよ。なのに小町さんたら」
「どっちもどっちだわ」

初音が二人を叱る。遠慮のない母子の応酬の横で、鉄はがっくり机に額を押しつける。その向こうで銀が笑いをかみ殺そうとして失敗していた。小町はもう一度頭を下げて言った。

「わかってるのよ。鉄くんが言う前に乙女が暴走したんでしょ、辛抱がきかないタイプだから」
「ひどい」
「でも小町さん、どうしてわかったの？　乙女からプロポーズしたって」

すでに聞いていたのか乙女がプロポーズしたことより、小町が見破ったことの方が初音は気になるらしい。三女と四女を見比べ、長女を次女を思い浮かべて、小町はうなった。

「結局、乙女が一番、私に似てるのかしら」

小町の言葉の意味を、最初につかんだのもやっぱり乙女だった。
「もしかして？　小町さんも父さんにプロポーズしたってこと？」

「うそほんと？　初めて聞いたわ。ねえほんと？」
「この母にして、か」
銀が感心すると、自分から話題がそれたせいか鉄が急に元気になる。

「なんとかって言うよな銀。　血は肉よりうまい？」
「……おまえはバンパイアかよ。それを言うなら血は水より濃いとか、血は争えないとか」
「なんでだよ。血を争うってバンパイアじゃんか」
「鉄ちゃんナイス！」
「……このバカップル」
「えー？」

わけのわからない爆笑と騒ぎがひとしきり。昔話を聞きたがる姉妹を遮り、長男の貫禄で、銀が改めて確認してきた。

「でその、俺と初音さん、鉄と乙女ちゃんの結婚を、許して頂けますか」
「いっ、頂けますか」
しっかりした口調の銀と、なんとか遅れまいと舌をかみながら頑張る鉄。二人に寄り添う娘たちの姿は、小町には感慨深かった。

意識はしてなかったが予感は、期待もあったのだろう。卒業してからにしたって乙女は早すぎる気もするが、自分を振り返れば年齢や知り合ってからの時間は関係ない。縁とはそういうものだ。

きっと彼も喜んでいる。

「ふつつかな娘たちですけど、よろしくお願いします」

銀は笑顔が男前だった。鉄は「はいっ！」という声が男前だった。大きすぎて場は再び笑いに包まれたが。なんてにぎやかだったことか。



「いい墓所だな」

後ろから別の声がして小町は我に返った。
彼が居るのを忘れていたと、しゃがんだままで振り仰ぐ。

腕組みした鋼が、羽織に草履の粋な格好で、悠々とこちらを見下ろしていた。





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