「１９時分準備できました」
「２０時分５０％」
「１８時分発送完了しました」

「飛び込み１件です。１９時追加」
「無理だろ〜」
「彩芽お願い！」
「そんなあーっ」

彩芽の悲鳴が花だらけの作業場に響いた。



クリスマスイブ。
世界はどこも休戦しているだろう最中、花屋はまさしく戦場だ。

愛を伝えるプレゼントとして、花は手頃で華やかで喜ばれる。おかげで繁盛はいいけれど喜ぶヒマもありはしない。スタッフは誰も彼も戦場の一兵卒と化して、討ち死にせんばかりにこき使われている。

彩芽ももちろん例外ではなく。


「ボス、できました！」
「配送ルームに持ってって」
「はい」
「あわてず至急！」
「ふえぇえ？」

立て込んでくると誰も彼も無茶を言う。ボスたる彼女も日本語が怪しいが、言いたいことはわかる。仕上がった花束を後生大事に、でも極力急いで彩芽は配送ルームへ持っていった。


「確かに」

待ちかまえていた配送スタッフに手渡してほっとする。とはいえまだまだ仕事は山積み。戦線復帰しないと。小走りに急ぐ彩芽の行く手、不意にドアが開いて手が伸びた。


「え、んぐっ」

口を覆われ腰をつかまれ、引きずり込まれてドアが閉まる。会議室はがらあきで暗い。眼を剥きながら首をねじればよく知っている、知りすぎている顔。


「む、む！」
「はい黙る。怒鳴らない。わかった？」

仕方なく彩芽が同意を示すと、右生は口から手を放した。


「何するのよ」
「ちょっとブレイク」
「あたしはまだ」
「だからブレイク。俺もまだ当分さ」

わかりきっている。イブの注文にはエスコートが３割ある。右生が指揮するエスコート達もフル回転なのだ。


「キングには？　ちゃんと届けたか？」
「うん大丈夫」
「それにしても花屋って因果な商売だったんだな」
「どうして」

囁かれて彩芽の心臓がドキッとする。鼓動がとぶ。腰に回された腕の温みは毎晩感じているものなのに。


「人が思いきり遊んでる時が一番のかき入れ時なんだから」
「昔だって遊ぶヒマなんかなかったじゃない。届けると喜ばれるでしょ？」
「たまに例外もあるぜ。クレームの嵐とか」

エスコートならではのトラブルも起きるし、門前払いをくらうケースも稀にあるのだ。


「でも、大方は待ってるんだもの。がんばり甲斐あるよ」

力説する彩芽の耳にクスクス笑う彼の声と熱い息が触れて、身が捩れる。わかっててやってるんだから始末が悪い。


「そういうことにしとくか。とにかく片づけないと俺たちのイブは来ないんだし」

イブどころか年末年始も危うい。落ち着くのはきっと年明けの……いや成人式のあとかも？　先のことを考えては身体に良くない気がする。


「バーカ。んな先を考えてどうするよ」

時々、彼は彩芽の思考を先読みする。


「だって」
「イブは今夜だろ。早いとこ終わらして帰ろうぜ」

そう言ってくるりと向き直らせると、彼はしっかり彩芽の唇を塞いだ。即座に忍び込む舌に蹂躙されて、縋る。ようやく離されたところで彩芽の息は切れ瞳が翳っている。


「ゆ、う、ちょっと」
「終わるまでのエナジー・チャージ。もう一回」
「え、んっ」

より深く舌に舌が絡む。きつく吸い上げられ足の付け根、その間が潤む感覚。ああもう。考える前に右手は彼の首に、左手は彼の髪をつかんでキスを返していた。

貪り合ったのは十数秒、彩芽の携帯が鳴りだす。ぎょっと見ればボスからの発信。あわてて出れば容赦なく。

『さっさと戻って！』
「す、すいません」
『右生も。さぼるんじゃないわよ！』

名指しに彼も苦笑いしている。ここのボスも千里眼。キングと張りあえそうだ。まだ腰をだきよせている彼の腕に手を乗せて彩芽は肩を竦めた。


「行かなきゃ」
「追い込みだな」

言ってるそばから別の声がする。


「天川チーフ！　どこですか！」

笑いあって、軽い口づけを合図に腕は解かれた。ドアから飛び出した彩芽が振り返る。


「右生、Merry　Christmas！　あとでね！」

叫ぶ彩芽と反対方向へ進みかけた彼は片頬でニヤリ。右手で気障にキスを投げた。その姿に昔を彷彿とした彩芽だった。



ふたりのクリスマスは、戦いのあとに待っている。





　　　　　　　　　　　　　　＜　x’mas021　you&ayame's　eve　／　end　＞