冬の太陽は冷気を伴って上る。


キングはレンを待っていた。

裏口から出てきた彼が、表に回って鎖のかかったドアを見上げる。
何を思っているのだろう。過去か現在か。それとも未来か。
虚ろで、孤独な表情が気にかかる。


向き直ったレンのそれは、キングに気づいて驚きに変わった。


「どうしたんですか」
「おまえを待ってた」

ますます驚いた顔になるレンを楽しげに眺める。彼のこんな顔はこれまで、あまり見ることがなかった。


「なにか僕に言い忘れたことでも」
「クリスマスの朝に、予定は？」
「……あるわけないでしょう」

レンは苦笑した。
つい今しがたまでホストとして最後の営業だったのだ。頭は空っぽ、身体はくたくた、せいぜい自宅に戻って寝るのが関の山だろう。わかっているが。


「つきあえ」
「どこに、ですか」

キングがここに居ること自体レンには想定外だ。その先の思惑なんてわかるはずもなく、胡散臭そうに近づいてくる。


「ブーケに集まってる馬鹿たちがいてな」

レンの足が止まった。ブーケは界隈では有名、というより名物店だ。店主はMan　Hall　の常連だからもちろんレンも懇意だが、あくまでもホストと客としてで。ゲイのサロン的存在であるブーケ。話はたくさん聞いていてもストレートのレンは踏み入ったことはあるまい。


「毎年イブの翌朝は客が退いたあとどんちゃん騒ぎなのさ」
「聞いたことはあります。でも」

客抜きのいわばプライベート・パーティー。店主の了解がなくては間違いなく門前払いだ。キングはともかく。


「エヴァはずっとおまえを呼びたがってたが、俺が従業員と行く気がなかったからな」

キングの説明にレンは目を瞬しばた　いている。


「なら」
「もうおまえはMan　Hall　の従業員じゃないだろ」

キングはニヤッと笑う。


「エヴァに約束した。友人を連れて行くって」

レンはまつげに縁取られた切れ長の目を見開いた。

朝の冷えこみに青ざめた頬が赤みを帯びる。彼の色気は男女どちらにも通じるものがあるなとキングは心中呟く。


「友人」
「俺の希望だが。昇格は嫌か？」
「とんでもない」

あわてて首を振る彼の、長い髪がゆるやかに揺れる。

「でも。年明けには日本を」
「どこにいようと関係ないさ」

レンが薄い唇を噛みしめるとさらに色香が増す。ゲイの群れに飛び込もうって時にこりゃ危ない、とはキングひとりの心配だ。


「安心しろ。ブーケの連中からは責任をもってガードしてやる。もっとも」

クッと笑いがつい漏れた。


「一番危険な店主からは難しいけどな」

レンが笑った。柔らかな笑みは彼独特のもので、これに惚れた客は数知れない。


「大丈夫ですよ。あなたが居てエヴァがよそ見するわけがない」

初めてキングが顔をしかめる。


「それ、ブーケで言うなよ。犬に噛まれるぞ」
「犬？」
「忠犬がいてな」

歩き出そうとして、もう一度Man　Hall　を振り返ったレンがキングに流し目をくれる。自覚はあるのかないのか、強烈だ。


「彼。あなたに荷物を頼まれたって」
「ああ。プレゼントをな」
「花、でしょ」

キングは眉を上げ、それから笑った。


「やっぱりあいつよりおまえの方が上手だ」
「ありがとうございます」
「ブーケで乾杯してやろう」

クリスマスに再会する恋人たちに。

「喜んで」

頷くレンの笑みからは、さっきの孤独が消えていた。



連れだつふたりは今日から、オーナーと従業員じゃない。
友人同士だ。
並んだ背中をクリスマスの朝陽は等しく温めていた。





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