『　Bouquet　ブーケ　』

金色のメタリックな花文字の下、CLOSEの札がかかっていた。構わずドアを押す。飛び出してきたショーコの頭に赤い三角帽子が乗っていた。


「キングったら遅い！」

確かに似合うが、似合いすぎだろうとキングは吹き出した。


「なんだそれは」
「だってエヴァが」
「クリスマスなんだものぉ。当然でしょぉ」

店主現る。高く結い上げた髪で露わになった首筋をキラキラフワフワの羽根で包み込んだエヴァが、ショーコの後ろから高飛車に言い切る。


「というわけでキングもねぇ」

とりだした三角帽子はキングの頭に乗せられた。吹き出したのはショーコの方だ。


「やだっ、似合う、かも」
「キングなら、サンタになっても最強ね」
「そりゃそうよ」

カクテルを手にヒデミがカウンターから賛意を示してくる。


「こうしてあたしたちにも愛をくれるんだから」
「愛なの？」

もう酔っているのか、目を輝かせたショーコがのぞき込むようにして聞くから、また吹き出す。当然と言わんばかりにエヴァが断じた。


「愛でしょ」
「愛か」
「ここは愛に溢れてんのよぉ」

ちょっとやそっとじゃ酔わないエヴァが酔っていそうだ。見守るアダムが不安そうな顔をしているのを知ってか知らずか、エヴァは高くグラスを掲げた。中身はウォッカに違いない。酔うほどに彼女の酒は強くなるのが常だ。

カクテルやらビールやら焼酎やら、グラスがそこら中から突き出される。誰も彼も無礼講だ。


「キングとぉ愛にぃ、かんぱあーい！」
「チアーズ！」
「きゃあー」
「おー」


イブの翌朝。年末で一番かきいれ時の夜を終えた彼らが、気のおけない者同士集まって楽しむのは例年のこと。ショーコは初めての参加だ。


「さあ。新人は隠し芸の時間よ」
「へえ？」
「おおっ」
「かくしー？　なにそれー」

そんなものやっただろうか。それより酔いすぎてないかこいつ。
立ち上がったショーコはキングの予想通りにつんのめった。


「こら」

抱きとめたキングに眼を丸くして、それから抱きついてきた。やっぱり酔ってるな。


「キングー、めりーくりすますー、って言えてうれしー」
「ショーコ、何杯目だ」
「ねーキングもたのしー？」

とろんとした目付きに赤い帽子は夢見るサンタか。まっすぐな問いに否定はできない。


「ああ」
「良かったー」
「こらショーコ、キングに色目使わない。あんたからやんなさい」
「へー？　何をー？」

酔った勢いで女王様にたてついているショーコに、もうかつての影はない。彼女は今年、なにか願い事をしたのだろうか。



来る前に見た夢を思い出す。

春が来る前に母は逝った。寸前までずっと、自分のジャグリングを見ては笑ってくれた。その笑顔を焼き付けて乗りこえた寂しさも、いつのまにか記憶の奥に埋もれさせてきたのに。

どうして今、甦ってくるのだろう。



ショーコの下手な物まねに、笑いとブーイングと女王様の叱責がとんでいる。
「あんたねえ、隠し芸を甘く見るんじゃないわよっ」
「ひえええー」
「まあまあエヴァ」

青筋立てた顔は迫力だ。苦笑したキングは立ち上がった。


「俺がやろう」

エヴァはもちろん、そこにいる誰もが驚く。キングがカウンターで空瓶を物色するのを見て、ショーコとヒデミがテンションをあげる。


「キング、あれやってくれるの？」
「やだーまた見られるなんて」
「何？　何よ。教えなさいって」
「エヴァ、落ち着け」

取り囲んだ中、ショーコを見てキングは不思議な気持ちになった。母以外に見せようと思ったことはなかったのに、あの夜。どうしてやろうと思ったのか。変わらぬ輝きの眼で見つめてくる彼女。

まあいいか。


力強い手首が大きなビンを鮮やかに投げ上げた。またひとつ。弧を描く軌跡。湧き上がる歓声と口笛。

「うわ、すご」
「キングー！　素敵ー！」

声が重なった。


　　　−　ありがとう、あさと。
　　　−　大好きよ。


何十年ぶりかに母の囁きを聞いた気がした。



「次はプレゼント交換よぉーっ」

エヴァの命令が鳴り響く。
王様と、彼をとりまく者たちのお楽しみはこれからだ。





　　　　Merry　X'mas　for　You！





　　　　　　　　　　　　　　　　＜　x'mas03　King's　Christmas　／　end　＞