一方、のばらはアンジーとショッピングを楽しんでいた。

どんなに気持ちが重くても、ウェディングドレスは見るだけで、女性を幸せな気持ちにしてくれる。
「ローズ、ビスチェの方が似合うかしら」
「クラウンとティアラ、あなたはどっちが好き？」
「ベールはやっぱり長いのに憧れるわ」


日本でウェディングドレスと言うと、大方がイメージするのはプリンセスラインだ。ウエストをぎゅっと絞り、スカートにふんわりとボリュームを持たせたシルエットは日本人によく似合う形だから。だが、もちろんアンジーは違う。

「あなたなら絶対マーメイドラインよ」とのばらは言い切った。

マーメイドラインとは、人魚のように上半身から膝まで体にフィットさせて、膝下は尾ひれのように広がっているシルエットだ。アンジーのように、すばらしいプロポーションを隠すなんて勿体ないから。

「そうかしら、うーん」
だがアンジーは迷い顔だ。たくさんのドレスを前にすれば無理もない。

「あなた自身の希望は？　夢見ていた形とかないの？」
「目移りするのよ。古典的なプリンセスラインもいいし、Ａラインも素敵だわ。マーメイドラインはとても女っぽいけど、花嫁らしく清楚な雰囲気も欲しくて。シオンを思い切り驚かせたいの。欲張りかしら」
「花嫁は欲張りで当然よ。一生一度ですもの。素敵にならなきゃ意味がないでしょ」
「それってセールストークっぽいわ」
「隣に並ぶのがシオンなら、どんなに派手なドレスだって大丈夫だし」

のばらがそう笑うと、アンジーが顔をしかめる。

「それどころかこっちが霞んでしまいかねないわ。結婚式で新郎に注目を奪われたら花嫁の恥よ」
ぎゅっと拳に力をこめる姿は、花嫁というよりもボクサーみたいだ。

「シオンに負けない花嫁にならなきゃ」
「シオンと張り合ってどうするの、奪うべきはシオンの目よ？」
「あら、そうだった」

楽しげに笑いあいながら次々と店を見て回り、良さそうな店で何着かドレスを幾つか選んで、のばらはアンジーに試着させた。どんなに似合うと思っても試着は必要だ。厳しい目でチェックして、判断を下す。

「やっぱりマーメイド、でなければスレンダーラインね。清楚さならスレンダー、パンチがあるのはマーメイド。どっちも長いベールがいいわきっと」

スレンダーラインとは、上見頃はマーメイド同様フィットしているが、スカートは膨らませずにストレートに流したシルエット、シンプルだが上品な形だ。アンジーも納得したようにうなずいた。

「ベールね。フィロ・デ・ラグノのレース、知ってる？」
「もちろんよ。素晴らしいわよね」
「憧れてるの。でも目の玉が飛び出るほど高くて」
「知ってるわ。それだけの品だけどね」

＜フィロ・デ・ラグノ＞は日本語で＜蜘蛛の糸＞という意味だ。老舗のレース専門店で、一つ一つ手編みの品々は、職人の手による芸術品と称される。それだけの値が付くのも仕方ない。のばらが今回の買い付けで、なんとかコンタクトを取りたかった店でもあった。トニーの顔が浮かびかけて、追い払う。

「お式はいつ頃になりそう？」
「来春。五月になるかも。それならハネムーンもゆっくりとれるでしょ。ローズも是非出席してちょうだい」
「え？」

思ってもいなかったので、のばらは驚いた。なんとなくだが、バカンスが終わればツタはもちろん、アンジーやシオンともこれきりの気がしていた。その心を見透かしたように、アンジーがチッチッと指をふる。

「もちろんツタも呼ぶけど、ツタとは関係なく来てもらいたいの。あなたと会わなかったら、私とシオンは結ばれなかったんだから」
「そんなこと」
「あるわよ。あたしたちが何年一緒にいたと思ってるの？」
「たまたまきっかけになっただけだわ。そんなに気にしなくても」
「ローズ」
のばらの言葉を遮った声は少し厳しかった。

「あなた、ツタを愛してる？」

否定も肯定もできなかった。ハンガーにかかったドレスの列、永遠の愛を待つ女性の願いに挟まれて嘘は言いたくないが、本心を口にするのもためらわれる。アンジーが哀れっぽく言った。

「ねえ、ツタを見捨てないで」
「なぁに、それ」
笑う気分じゃないのに、笑ってしまいそうだ。

「間違ってるわアンジー。遊びにしたいのはツタのほう。ツタが私を捨てるの」
「ううん、彼にとってあなたは、最初で最後のチャンスだと思うの」
「……何の？」
聞かずにはいられなくて、のばらは聞いた。

「愛をつかむチャンス、人生に愛を迎え入れるチャンスよ」

のばらの中で疑惑が頭をもたげる。
この間から消えない問いだ。

「ねえ、ああ見えてツタにはちゃんと、そういう人がいるんじゃない？」
「まさか。もしいたらあんなに遊び歩いたりしないわ」
「でも」
「ローズ。ねえ、彼を愛してる？」
やっぱり答えられない。するとアンジーに手を取られた。

「応えてくれない相手に恋するのがどういうことか、あたしも知っているわ。だから押しつけるつもりはないの。でも、ツタのことも知っているから」
のばらの手を握りしめ、訴える。

「今までとは明らかに彼の態度が違うの。あんな風に動揺しているツタは見たことがないもの。必死でごまかそうとしてるけど、彼もあなたを思ってるのよ。間違いないわ」
「どうかしら」
「難攻不落の相手を落とすためには、捨て身で闘わなきゃならないこともあるのよ。それだけの価値があるのは保証するから。お願い、賭けてみてくれない？」

ドレスの数よりも恋は多い。すべての恋が叶うわけではないのは知っている。逃げ腰なのは、破れた時の悲しみや辛さが身にしみてしまっているから？　それとも、彼が誰かを呼ぶ声が耳から離れないからなの？

『リリィ』


幸せの象徴であるドレスが、今はのばらを傷つける。
ためらいと恐れから抜け出せない、臆病な自分が嫌いだった。





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