「夕食は僕が予約したから」

やけに張り切った様子でシオンが宣言した。岬のホテルのレストランは徒歩でも１０分そこそこの距離だ。行きはタクシーだが、帰りは歩いてもいい、運転しないからゆっくり飲めると言う。

「女性にはドレスアップして欲しいな」
「なんだよシオン、わざわざ堅苦しいところにしなくたって」
ツタが文句をいうと、シオンがあざけるように言った。

「綺麗な女性を見たくないっていうのか？」
「十分綺麗だろ。こっちもタキシードとか言うなよ」

文句をやめないツタにのばらとアンジーは、見てなさいよと張り切った。女性二人で片方のコテージに陣取り、支度を手伝い合う。

アンジーのミニドレスは黒だ。淡く金の紗がかった膝上丈で、黒のタイツと金色のパンプスを合わせ、彼女の脚線美を余すところなく見せつける。のばらが編み上げたブロンドが王冠のように輝き、耳元にはフープのピアスが揺れる。

のばらは細い肩紐のついたシンプルなロングドレスだ。胸元から裾までブルーのグラデーション生地で、片側にサイドスリットが入って、ストッキングを止めたガーターベルトをちらちらのぞかせる。奔放に広がる赤褐色の髪は、青く輝くカチューシャで押さえた。イヤリングは雫の形だ。

コテージを出た二人をそれぞれ見て、ツタがヒュウと口笛を吹いた。シオンの目は異様なほど輝いている。

「シオン」
「なんだよツタ」
「前言撤回だ」
「ほらみろ」

シオンはダークブルーの上着に白のドレスシャツ、ベージュのパンツ、ツタは黒のジャケットに黒のスラックスだ。女性二人を彼らが両側から囲めば、これほど目立つ一団もいなかった。

レストランに踏み入れるとスタッフも客も思わず注目し、ほうとため息が漏れるのが聞こえた。アンジーと目を見交わして微笑む。

やったわよねという共感と満足感。

女が着飾るのは男のためでなく、自分のため、自信を得るためだというのがのばらの持論だが、やっぱり嬉しい。エスコートしてくれるのがすてきな男性だから、なおさらだ。


食事は楽しく、美味しかった。誰も彼も食欲旺盛で、のばらもいつも通りの食べっぷりを披露したが、ほかの三人も勝るとも劣らない量を平らげるので、周囲が驚いている。

そんな中でシオンの口が今一つ重いと、のばらは感じていた。アンジーに見ほれるのは当然としても、いつもとどこか雰囲気が違う。上の空？　緊張しているのかしら。でもどうして。

アンジーも同じことを感じているようだ。話しながらも何度か首を傾げ、目で問いかけてくるものの、のばらには答えようがない。しびれを切らせたのはツタだった。

「シオン、言いたいことはさっさと言え。腹に一物抱えてるようじゃ、こっちも居心地が悪い。何であろうと言えない仲じゃないだろう？」
「そうじゃないんだ。君に文句があるわけじゃない」
「あたしに？　そうなんでしょ」

アンジーの声が少し震えた。それを咳払いで止めて、シオンをまっすぐ見る。頬が少し強ばっている。

「なに？　何なの？」

意を決したように、シオンが立ち上がった。アンジーの前にひざまづき、手を取る。彼女も、ツタものばらも唖然とする。
「愛してる、アンジー」
アンジーが思わず生唾を飲み込んだのが見えた。

「僕と結婚してくれますか」

それでなくても注目を集めていた四人だ。さらなる展開に周囲は静まり返った。胸元でぎゅっと両手を握りしめてのばらがツタを見ると、彼の顔には驚きと思案が半ばしている。

だが、二人はアンジーの答えを知っていた。
弾かれたように、シオンに抱きつくのを見るまでもない。

「決まってるじゃないの、イエスイエスイエス！」
「ほんと？　ほんとだね？」
「それ以外の返事があるはずないわ！　愛してる！」
「アンジー！」

抱き合った二人が熱烈なキスを交わすと、氷が溶けるように店中から拍手がわき起こった。アンジーの瞳と同じ色の指輪を、シオンがアンジーの指にはめる。海のようなサファイアにまた歓声が上がる。

「こりゃめでたい」
「乾杯だ、サルーテ！」
「サルーテ！」

シャンパンが配られ、二人の手に渡されてグラスが鈴のようにあっちでもこっちでも鳴った。最初に祝ったのはもちろん、ツタとのばらだ。

「おめでとう！　アンジー」
「やったな、シオン」
「ありがとう、二人とも」
「あなたは幸運の女神さまだわ、ローズ」
たくさんの人に祝福され、喜びで輝いている二人。店からコテージに帰りつくまで、華やかで幸せな雰囲気が四人を取り巻いていた。


だが二人と別れ、ローズがツタとコテージに入ったとたん、それまでの空気は霧散した。入れ替わりに忍び込んでくる妙なぎこちなさを嫌って、ローズはさっさと着替えを手にした。

「シャワー、お先に」
「あ、あ」
バスルームのドアを閉め、のばらの口からため息が漏れた。ドレスとカチューシャを脱ぎ捨て、ふと鏡に見入る。

お気に入りのブラとショーツ、ガーターベルトにストッキング。自分のためと言いながら、いかにも男に脱がせてもらうための格好だ。


アンジーとシオンを思い浮かべた。
似合いの二人だ。彼らの幸せを願っているし、喜んでいる。
比べるのは馬鹿げている。

けれど寂しい。侘びしい。
この心を燃やしてしまいたい。

やむにやまれぬ欲求で、のばらは再びバスルームを出た。


窓辺でタバコを吹かしていたツタが振り返り、目を見張る。全身をなめ尽くす視線。顔にも体にも、欲望がたぎっていくのがわかる。少なくともそこだけはふたり、同じだ。

「来て」

請うように両手を差し出すと、彼は三歩でのばらを抱いた。どちらも何も言わない。心を求めながらも、体を貪りあう。それでいいと言い聞かせながら、それしかできないのが歯がゆい。辛い。


何度も挑んで果てたというのに、のばらは夜半になっても眠れなかった。寄り添ったツタをじっと見あげる。

抱かれて覚える安らぎは、油断したとたんに葛藤へと変わってしまう。それでも彼の横顔、太い眉や通った鼻筋、引き結んだ唇から目が離せない。残りわずかと思うから余計に。

寝るのよ。
下ろしたはずのまぶたは、彼の呟きですぐ開いた。

「リリィ」


彼が女性の名を寝言で漏らすなんて、信じられない。
のばらの目に、ゆるく弧を描いた唇が映る。

「……リリィ」


誰を夢に見ているの。
優しく、誰に微笑んでいるの。

その夜、のばらには夢も眠りも、訪れてはくれなかった。





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