ツタと踊るのは初めてだった。手を預け、しっかり腰をホールドされると、捕らえられた獲物のような気分だ。突然降ってきたキスにまだドキドキしている。

でも会える気がしていた。会えたら確かめたかった。ツタの本心を。アンジーとシオンはお似合いだ。うまくいくと確信していたし役に立ったなら嬉しいが、ツタはほんとうにそれで良かったの、と。

答えは淀みなかった。二人の幸せを喜んでいるのもわかった。それで納得すればいいのに、どうして引っかかっているんだろう。

『俺とは違って』

くるりとのばらをターンさせる彼は、髪も瞳もシャツも黒い。スラックスの白が黒をさらに際だたせる。強いまなざしは気分次第で傲慢にもなるとわかっている。のばらを抱く手は熱い。どこに触れても意識させられる。全身に火を点けていくようだ。

曲が変わった。照明が落ちて、チークタイムになる。
たくましい体に引き寄せられ、囁かれた。

「何を考えてる？」
「何も」
ドレスの上から背骨をたどる指。

「落ち着かないな」
「そんなことないわ」
うなじに触れる唇。

「脈が速い」
「そんなことないってば」
見透かされてしまっている。これじゃいけない。

恋は戦場、そう言ったのは自分のくせに、戦わずして負けるつもり？　そもそも戦う必要があるの？　アンジーとシオンは永遠を求め、自分たちは刹那を求める。何の問題もないんじゃない？

「ほらまた、考えてる」

唇をついばまれ、堂々めぐりの考えが吹っ飛んだ。知らぬ間に落ちるまぶた。
「ローズ」
闇の王がささやく。
「君が欲しい」

体の芯がきゅっと収縮したのが答えだ。のばらは自分に確かめた。
いいの？　いいのね？
わかっているもの。対処できるわ、大丈夫。

目を開けると狼は、辛抱強く獲物を見守っていた。絡む視線で火花が飛んで、欲望の導火線がチリチリ走りだす。のばらは思い切った。

「行きましょう」
歩きだすと、ツタは追ってきた。
「どこへ」

タイミング良く客を吐き出したエレベーターに、ふたりで乗り込む。
行き先階数を押す指が震えそうだ。
「私の部屋へ」
「ありがたい」

短い感謝に心情があふれている。ちらっと見上げると、彼はごくまじめに言った。
「フロアに押し倒すまでにあと数秒だった」

ぐるりと目を回したのばらだが、笑う余裕もない。ツタの言葉がオーバーではないのを知っているから。


エレベーターを出てのばらの泊まっている部屋まで、競歩のようだった。鍵穴に鍵を拒まれて苛立つ。ツタが急かさないのはありがたかったが、沈黙が逆にプレッシャーにも思えた。

部屋に入ったとたんドアに押しつけられ、キスを奪われていた。
「んっ、まっ、」
「待てない」

ドアの閉まる音は耳に入らなかった。
ベッドまでどうやってたどり着いたのかも覚えていない。

セックスが嫌いだと思ったことなどないが、こんなに飢えていたなんて。体中が熱い。火山になったかのように、血管をマグマがめぐり、指先から溢れだして彼を焼いていく。

ツタは固くて強くて、大きかった。それでいてしなやかで敏捷だ。喉笛に食らいついた獣は、息の根を止めるまで離さない。

広い肩から背中を抱きしめて、その量感と肌の感触に酔った。汗が接着剤のように二つの体を貼り合わせる。螺旋階段を踊るようにして二人で上り詰める。

満たされたのは、幸福感というよりも達成感だった。


熱いマグマにトロトロに溶けてしまった体が、なんとか形を取り戻してくる。どっしりとした重みも戻ってきた。圧されて息が苦しい。

「ちょ、っと、ずれて」
「悪い」

微かに笑った彼とのキスの応酬は、ディナーのあとのデザートみたいに甘かった。このままじゃディナーに戻ってしまう。

「シャワーを浴びるわ」

逃げるようにバスルームへ向かったのは、逆効果だったらしい。閉じたはずのドアがすぐに開いて、あわてた。

「ツタ！」
「誘ったろ？」
「誘ってなんか」
「俺に向って腰を振った」

振ってないわ、振ったかしら？
迷ったスキを攻め込まれたら、お手上げだ。

さっきよりも穏やかで、なめらかな交わりだった。のけぞった顔にシャワーが降る。戸外で雨に打たれているようで興奮が増した。腰をかかえられ、うめきながら彼の首にしがみついた。嵐の中で口づけている気がした。


夢を見たのはそのせいだったのか。

アラシが笑っている。
屈託のない、あっけらかんとした笑顔だ。手を伸ばそうとしても体が動かない。もどかしい。だんだん遠くなる。消えていく。

『アラシっ』
叫んだのも夢だったらしい。

部屋の中は闇だった。すぐそこにあるツタの横顔は静かで、胸がゆったり起伏している。自分の鼓動が激しすぎる。起きあがったのばらは、ベッドに腰かけて両手に顔を伏せた。


一年にも満たなかったアラシとの蜜月は、切れのいい彫刻刀で彫り上げたごとく心に刻まれている。だからって、どうしてこのタイミングで？　ずるいわ。すみれと仲良く向こうにいるくせに。


心のどこかで思っていた。恋人同士しか入れない楽園の鍵は、アラシが持っていってしまったのだと。

だったらどうなの。入れないからって立ちすくんで嘆くより進む方がいい。楽園なんてひとまたぎした先で、私らしく恋を作ればいいのよ。


涙を拭って顔を上げた時、目の先で光が点滅した。電話だ。鳴り始める前に受話器を取った。この時間にかけてくる相手はわかっている。

小声で交換手と応答しながら、ベッドの下に座り込む。
のばらの表情は夢からうつつへ、涙から微笑みへ変わっていった。





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