しめやかに読経が流れる仏間で、のばらは仏壇の祖父の遺影にまず手を合わせた。七回忌。自分の横で祈る祖母はずいぶん小さくなってしまったけれど、いざというとき女は強い。自分も女でありながら、祖母を見るとまだまだだと思う。

祖父を見送ったあと、頼りにするはずの孫夫婦まで見送ることになって気落ちしないはずはないのに、悲しみの中で生きることに前向きだ。曾孫たちを守らねばと気力をふりしぼっているのだろうか。

バカ。

祖父の隣に仲良く並んだすみれとアラシの遺影に文句を言う。ほんとにバカなんだから。事故で逝ったアラシも、悲しみに力つきたすみれも。
バカバカバカ。

何度言っても言い足りないのは、右隣で正座し合掌している中学生の甥、颯そう　と、後ろで寝かされているやっと二つの姪、ささらのためだ。


身体の弱いすみれだったが、結婚してすぐに身ごもった。無事に産めるのか家族がこぞって心配する中、すみれは不思議なくらい元気に男の子を産み落とした。

渡米先から駆けつけたのばらは小さな赤ん坊を腕に抱き、感動と感慨に震えた。母となったすみれは新たな輝きを内から放って眩しかった。我が子を抱いてアラシもやはり感動しているようだった。

「女はすごいな」
「そうよ。すごいのよ」

渡米して一年経っていたが、三ヶ月ごとくらいに顔を見せに戻っているので、もうぎくしゃくしたところはなかった。家族として笑いあえた。曾孫を迎えて祖父母は有頂天で、特に祖父の喜びようときたらなかった。

「おじいさまの好きなようにさせちゃだめよ？　ものすごく甘やかしそう」
「平気よ。私たちだっておじいさまとおばあさまに育ててもらったんじゃないの」

赤ん坊を腕に抱きとったすみれには、今までにない自信がうかがえた。お乳を飲ませる様子にみとれるアラシに、のばらはそっとささやいた。

「本物のマドンナね」

アラシは応えずのばらを見た。
苦そうな眼にばかねと苦笑して話題を変える。

「名前は？」
「颯そう　」
「そう？」
「風が立つと書いて颯」
「へえ」
「嵐よりは穏やかな方がって考えたの」

うなずきあう二人にのばらが微笑む。
すみれが悪戯っぽく言った。

「よろしくね、おばちゃん」
「おばちゃんかぁ。おねえさんじゃだめ？」
「贅沢」
「まぁいいわ。颯以外は呼ばせないから。ね、颯」


あの時つついた颯の頬はつきたての餅みたいだったっけ。今のささらと同じだ。待ち望んでいた二人め、しかも女の子。なのに。

どうしていないの、すみれ。
どうしていないのよ、アラシ。


やっぱり罵倒してしまう。
悲劇の発端は、アラシの事故死だった。