荷物はスーツケース一つ。
かさばる物は先に送ってしまった。

淡いグリーンのパンツスーツが、のばらの赤茶色の髪によく映える。アクセサリーは胸元につけたピンブローチだけ。

眼が赤いのは結婚式の名残りだ。
もう泣かない。
旅立ちに涙は似合わない。


今日、発つことはすみれとアラシどちらにも言わなかった。次に会う時こっぴどく怒られそうだが、その頃にはすべて笑い話だろう。

欲を言えばアラシにすみれのことを念押しして頼みたかったけれど、言わずもがなだ。

彼はすみれを愛している。
すみれも彼を愛している。
ふたりは幸せになるだろう。

自分の役目は真実、終わった。


さあ、行こう。
新たな人生を生きよう。
荒野にたくましく蔓を伸ばし根付き、一面に花を咲かせよう。

わたしはのばら。
野に咲く、ばらだ。


搭乗手続きの開始が告げられる。スーツケースを手に立ち上がったのばらは、銀色のバラに指先で触れると微笑んだ。颯爽と歩きだす。振り向くことなく。


のばらはそうして、海を渡った。