姉にすがって泣いたすみれは、その後丸一日寝込み、ベッドで自己嫌悪に陥った。

祖父にあたって、彼にわめいて、のばらにすがって。
ほんとに子どもだわ。子ども扱いされて当然よ。しっかりしなさい。
彼にもう会えないと決まったわけでもないんだから。


のばらのために編んでいたセーターも、あと少しだというのに手が止まってしまって、誕生日には間に合わせられなかった。のばらの誕生日はイブの数日前だ。

「プレゼント、イブまで待ってくれる？」
しょげながらそう言うとのばらはくるりと眼を回して笑った。
「一体何がもらえるのかしら。楽しみにしてるわね」

家族そろって夕食で祝ったあと、遅い時間にのばらは出かけていった。
「友達と過ごすから、帰りは明日ね」

祖母とキヨにさらりとそう告げたから二人は疑わなかったようだが、すみれは思った。きっと恋人に会いに行くんだと。恋は何度もしてきただろうのばらだが、外泊することは珍しかった。

誕生日に会いたい、今の恋人はそれほどのばらにとっては大事な人なんだ。自分の想いを重ね合わせる。いろんな意味でうらやましかった。そういう人に出会って思い合えることや、会いに行ける健康な身体や、その意志が。

ぱん、と両手で頬をはたいた。これじゃ元の木阿弥よ。できることをちゃんとやること。まずはのばらへのプレゼントを仕上げなくちゃ。


イブを待つしかない彼のことはできるだけ考えないようにして、だからって考えないわけはないけれど、クヨクヨしないで来てくれると信じて、すみれはセーターの仕上げに没頭した。根を詰めすぎて食事を忘れそうになって祖父母にまた叱られながら、なんとかイブには間に合った。


「まあ」

すみれの方が夜まで待ちきれなくて、イブの朝早々にのばらへ渡した。誕生日の翌日戻ってきてから、なぜか元気がなかったのばらだったが、眼を丸くしてすみれと差し出された甘い濃茶色のセーターを見比べている。祖母が自分のことのように自慢げに言う。

「ひとりで編んだのよ。初めてとは思えないでしょう？」
「すみれが？」
「ひとりじゃないわよ。おばあさまに何遍助けてもらったか」
「口だけね。手は出してないわ」

「すみれが、ひとりで」
受け取ったセーターに指を滑らせ、噛みしめるようにのばらが呟く。

「いい色ね。大好きな色。手触りもすごくいい」
「でしょう。絶対似合うと思ったの。ねえ、着てみてくれる？」

こういうところは姉妹の気安さだ。下手に謙遜するより、実際に着たところを早く見たい。うなずいたのばらは自室に引っ込むと、数分してまた下りてきた。

「どう？」
ひとめ見て祖母もキヨも、祖父まで「ほお」と嘆声を漏らした。すみれは嬉しくて飛び上がりたいぐらいだった。

濃茶というよりチョコレート色と言った方がわかりやすい。甘めで柔らかい色は思ったとおり、のばらによく似合った。トゲがあるなんて言うくせに情にもろくて優しい姉にぴったりの色。シンプルなざっくりした縄編みはのばらのメリハリあるボディを曲線で描き出し、かえって艶めかしさを感じさせる。

「素敵。のばらってほんとにきれいねぇ」

安堵や羨望や憧れや、いろいろ混じってはいてもすみれの本音だ。するとのばらはすみれを引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう。でもね、すみれは知らないだけよ。自分がどれだけきれいなのか。これからもっときれいになるわ」

ささやいて腕をほどき、すみれの顔を両手ですくいとる。
「二十二の誕生日の忘れられないプレゼントだわ。ほんとにありがとう」

のばらの眼に涙がにじんでいた。喜んでもらえて嬉しかったけれど、のばららしくない気がしてすみれは不安を覚えた。

「のばら？」
「やあね泣くなんて。着替えてくるから朝ご飯にしましょ」
「着替えちゃうの？」
もっと見ていたいと思うすみれに、目元を指先で払ったのばらは、いつもの口調で眉をあげてみせた。

「イブのご馳走づくりよ。キヨさんを手伝わなきゃ。支度ができたら改めて着させてもらうわね。お客様を連れてくるんでしょう？」
のばらの問いに不安が戻ってくる。

夕方、五時。
彼は待ち合わせ場所に来てくれるだろうか。
もし。

「大丈夫、きっと会えるわ」

肩を抱いてくれる姉の手が温かかった。
信じよう。のばらがそう言うのだから。
彼は来る。きっと会える。


そうして、彼はほんとうに来てくれたのだ。