なんて意気地がないの。
この数日、のばらは自分を罵ってばかりいた。

アラシは渡せない。そうすみれに言わなきゃならないのに向き合うと言葉が逃げていってしまう。これまでになく元気で機嫌のいいすみれが可愛くて。苦しくて。だんだんすみれの顔が見られなくなる。

ほんとに意気地のない。
こんな自分は嫌いだわ、しっかりしなさい。

ぶつぶつ繰り返すものだから、とうとうキヨに不審がられてしまった。情けないったら。それでもやっぱりすみれに言えない。どうしよう。


堂々巡りにも疲れてきたある日、バイトがキャンセルになって予定がぽっかり空いた。早めの昼食を家族そろって取りながら頭の隅でアラシのことを考えていたのばらは、祖母の言葉にドキリとした。

「すみれ、今日は出かける日だったかしら」
「ええ、これから」

向かい側に座っているすみれの顔を思わず見ると、少し頬を染めた表情は間違えようがない。でも聞きたい。

「誰と会うんだ」

自分の声じゃなかった。
湯呑みを手にした祖父が不機嫌そうな顔で尋ねている。

「この頃外出が多いそうだな。誰に会ってるんだ」
「お友達よ。ねえ？」
「すみれに聞いとるんだ」
「おじいさん」

祖母の助け船は交わされたが、すみれはあわてる様子もない。
率直な答えを返す。

「男の人です」
「男？　どこの誰だ。仕事は何をしとる」
「さあ」

ぴくっと祖父の白い眉毛があがった。怒りの前兆であることはのばらはもちろん祖母も、すみれだってわかっている。

「さあ？　何をしとるのかもわからん男とどうして会っとるんだ。危ないじゃないか、いかんいかん」
「おじいさんたら」

祖母が助けを求めるようにのばらを見るけれど、どう間に入ればいいのか迷う。

「真っ昼間に若い女の子と会う男なんぞ働いとらんに決まっとる。いいなすみれ、そんな男とは」
「いやよ」

しんと会話が途切れた。すみれはおとなしいわけではないが、我の強いわがまま者でもない。幼い頃はともかく成長してからは滅多に口答えをしなかったから、祖父母が驚いている。

静かだが曲げないはがねのような意志を感じてのばらは怯み、祖母はあわて、祖父は心配を怒りに変えた。

「なんだその言い方は」
「ひどい言い方したのはお祖父さまでしょ。会ったこともないのに」
「会わんでもわかる。つきまとわれとるんだろう？　そういう奴は」
「つきまとってるのは私のほうよ」
「なんだと？」

はらはらドキドキしているのばらと、おろおろしている祖母。祖父は今にも沸騰しそうだしすみれもまた怒っていた。この二人はよく似ている。

「おまえ、そんなはしたないことをしとるのか」
「はしたないってどういうこと？　好きな人と会いたいのは当たり前でしょ」
「好きな人だ？　子どもが何言って」
「子ども扱いしないで、お祖父さまに私の気持ちがわかるもんですか」

椅子をはねのけて席を立ったすみれは部屋を飛びだした。近年、すみれがこうも反抗を見せたことはない。祖父も祖母もショックを受けたように黙り込んでいる。とりなそうとしたのばらの口をキヨの声が遮る。

「すみれさん？　どちらへ」

呼応するようにバタンと扉が閉まった。あわててのばらが玄関へ走ると、両手と一緒に気を揉みながらキヨがのばらに訴えた。

「タクシーを呼ばれたようですよ。コートも着ないで寒いのに」
「大丈夫、心配しないで」

何の保証もないものの他にかける言葉はない。落ち着かせるようにそう言ったのばらは、あわてて自分もタクシーを呼んだ。とりあえずのアテはあの、ショッピングモールしかなかった。