幼さが残るものの、驚くほど整った顔立ちだった。
まなざしは焦げるほどに熱い。

初めて逢ってからまだ二週間だというのに待ち合わせるのは三度目だ。互いの電話番号を知っているわけではない。これっきりと言ってしまえば終わりのはずが、また逢えますかと聞かれて馬鹿正直に次の日時を約束すること二回。そのたび、姉へのバースデープレゼントを探すという彼女とショッピングモールをぶらつき、喫茶店に入る。

俺は何をやってるんだろう。

すみれと向かい合ったアラシはコーヒーと紅茶を頼んだ後、たばこの煙とともに自嘲を吐き出した。





物書きになると告げた時点で家族との連絡は途絶えた。大学卒業直前に伯父がこの店を遺してくれたのはありがたかった。堅い仕事しか認めない父親にとって宛のない自由業は無職と同義語。三男は死んだものと思っているに違いない。

別にかまわなかった。書くことはアラシにとって本能的欲求で、書かなくなったら死ぬときだと思っているからしょうがない。売れようと売れまいと書かずにいられないしどんな仕事でも書くことに対しては真剣だ。


だが、それ以外は自堕落に生きてきたと自覚している。特に女に関しては言い訳できない。アラシの恋は船乗りのようなもので、理想を求めて岸辺によってはまた船出する繰り返し。安住できないのは失望するからではなく、失望させるからだ。

アラシを好きになった女が真摯であればあるほど、その気持ちはアラシ自身によって擦り減らし磨耗され、最後は尽きてしまうらしい。申し訳ないと思うこともあるが、そもそも彼女たちが惹かれたアラシという男はその理想が作り上げたようなものだ。仕方ないだろとうそぶいて彼女たちから旅立ってきたのだが。


出会って三ヶ月になる女がアラシの脳裏に浮かんだ。

ひっぱたかれた自分をあきれて見ていたくせに、数分後、容赦なく誰かをひっぱたいていたのばら。再会するとは思ってなかった。二十歳そこそこの育ちのいいお嬢さん。自分とは最も縁遠いタイプだ。なのにつかまえたくなった。つかまった。いつもと違うのは、彼女に碇を下ろしているような錯覚を覚えることだ。馬鹿なと打ち消す。

確かにのばらは、いい女だ。過去を否定せず現在を要求せず未来を押しつけない。そんなことを出来る女がいるとは思わなかった。意欲的で溌剌としておおらかで、なのに繊細。彼女を抱いていると心安らかだ。

これまで経てきたいい加減なつきあいとはどこかが、何かが違っている。違うのは自分だ。どれだけ気持ちを向けられても自分の気持ちは理想へ向きっぱなし、矢印は常に一方通行でしかなかった。なのに、のばらに対しては矢印がくるりと回り始めている。停まりたくなる女。


「……で、セーターもいいと思うけど、なかなか思うような色がないんです。もっと濃い、チョコレート色が似合いそうなのに」
「さっき手芸店で見てた色は？」
「ええ、ああいう色のがあったらなあって」
「編んだら？」

なら、この娘は何だろう。
眼を輝かせ頬を染めるすみれを前にアラシの惑いは深まる。

「編む、って私が？」
「手芸店にいくぐらいだから編み物するだろ」
「マフラーや小物しか」
「サイズがでかくなるだけさ。プレゼントに打ってつけだ」
「……私に編めるかしら」


身体はだらしない上に気持ちは動かない。自分を非道い男だと断じながらも、アラシにはアラシの理屈と矜持があった。

理想の女を探しているのを隠したことはない。望まれた時はそれでいいならとあらかじめ断り、つきあえば優しくしてきたつもりだ。二股三股も最初から気持ちがないのだから裏切ったつもりもない。要するに来る者拒まず去る者追わずのこれまで。

だが、もし理想の女をみつけたら。理想の女が手に入ったならその女だけ、絶対に浮気はない。そういう自信があった。

そりゃあのばらは理想じゃないがかつてないほど大事に思っている。そういう女が居るってのに、このてんで幼い少女みたいな娘に揺らいでいるのはどういうわけか。自分はほんとのろくでなしになってしまったんだろうか。


ケホケホ。
煙にむせる咳に気づいて、アラシは煙草を灰皿に押しつぶした。

「ありがとう」

顔を上げるとすみれの青白い頬が紅をさしたように赤くなっている。石膏の彫像に命が吹き込まれたような美しさに息をのむ。

やっぱりそうだ。理想の女。造作じゃないといつだかのばらに言ったが、理想は美しいと決まっている。罪悪感は誰に向かってなのか。


イナリさん、見抜いてたな。

我知らず見惚れながら、長いつきあいの編集者をアラシは思い出した。イナリは仇名だ。今野　紺　こんの　こん　という名前からついた。コンコンのおイナリ様は三十年余のアラシの人生を半分近く知っている恩人でもあった。