デート当日、上天気の朝。

早起きしたふたりは忙しかった。掃除当番の右生が掃除機と化学雑巾を手に部屋中をあちこちし、洗濯当番の彩芽は平日洗えない大物をかき集めて、洗濯機とベランダを往復する。休日のよくある光景。

遅いブランチを終えるとすでに１１時半だった。そこから一旦別行動になったのはいわゆるオーソドックスのため。わざわざ待ち合わせかよと右生は何度も文句を言ったのだが。


「家から一緒に出りゃいいだろう」
「それじゃいつもと同じでしょ」
「違わなきゃまずいのか」
「だから今日は」
「オーソドックスだろ。はいはいわかりました」

こだわりすぎと思いながらも右生は譲った。あとで取り返す気満々で。


一足先に家を出た右生は、メンテナンスのためにバイクを行きつけの店に持ち込んだ。ようと気安く応える店主はバイクを買って以来のつきあいだ。


「乗れてんの？」
「ぼちぼち。仕事で使うからな。ただフカシがこのところイマイチで」
「ふんふんふん。車検にゃまだあったよな」
「預けていくからみといてもらえるか」
「おうよ」


バイクショップ「ノスタルＪじぇい」。名前の割に結構古い。
店主は糸井次郎という。

元々は彼の父親が始めた店だが、彼が成人してすぐ亡くなったと聞いている。後を継いだ次郎は金儲けに不器用で、商売になるのかと客にまで心配されたらしい。家計を守っているしっかりものの奥さんがいなければとっくに潰れているとか。

潰れるには惜しい。何はなくとも腕だけは確かで、バイクへの愛情が溢れるメンテナンスをしてくれる。一度彼に預けたら他へは頼めない。ここに来る客は皆、店主の腕に惚れこんでいた。認めはしないが右生もだ。

あちこちチェックしながら次郎が話しかけてくる。


「彼女、なんつったっけ。ショウブじゃなくて……カキツバタ？　あれ？」
「彩芽」
「そうだそうだ。アヤメ。美人か」
「あいにく」

「またまたー。なかなか見せてくれないんだものな」
「また今度な」
「そればっか。連れてこないとバイク返さねえぞ」
「おいおい」

口数は多い割に詮索しない次郎の性格を右生は気に入っている。あれこれ雑談するうちに時間は過ぎた。



そして右生は交差点に立っている。

腕時計をにらんではあっち向いたりこっち向いたり落ち着かない。周囲の特に女性から興味と好意の視線が幾つも注がれているが、いかにも人待ち顔なのでさすがに声まではかからないようだ。


のすたるJ もゆっくり出たつもりが１０分前には着いてしまった。とにかく右生は待つのが嫌いで、ホスト時代も待ち合わせをしたためしがない。

迎えに行く方が合理的だし相手も喜ぶ。仕方なく待ち合わせた時は、相手が誰であろうと決めた時間に来なければ終わり、そう豪語し実際に行動してきた。唯一の例外が。


「あいつだったな」

思い出し笑いになる。あの夏の日はずいぶん前だ。

待てど暮らせど来ない彩芽にあきれ果て、怒りすら覚えて電話したら、熱で寝込んでいて看病までさせられる羽目になった。いくらLover だったとはいえ、あんなのは彩芽が最初で最後だ。

こないだその話を蒸し返したらあっけらかんと言われた。

『しょうがないでしょ。あれは不慮の事故。過ぎたことをいつまでもとやかく言わないの』
『過ぎたこと、ねえ』
『わかってるって。今度は遅れない。先に行って待ちかまえてる』
『どうだか』
『絶対のぜーったい。ね』

日頃時間にうるさいのを今はよく知っているから、不承不承納得したというのに。


「来ねえじゃん。彩芽のやつ」

時計の長針が動くにつれ、右生の眉間にだんだん皺がよっていく。５分前。ジャスト。５分過ぎ。右生は携帯を取り出した。一度ならず二度までも。何やってんだあいつは。

発信音が三度。四度目でようやく聞こえた声はあわてている。あたりまえだ。


『右生？　ごめん！ちょっと』
「ちょっとだ？　早く来て待ってるって言わなかったか？」
『ごめんなさい！　あのね』
『それ、彼？』

割り込んだのは少し高めだが間違いなく男の声だ。右生の眉間の皺が倍加する。どういうことだよ。


『えっと、右生？』
「……どこにいるんだ」
『今？　グリーンライフの前、だけど』

彩芽が口にしたのはここからも見える新しいショッピングゾーン。すぐそこのくせに。

『彩芽？　大丈夫？』
再び男の声が、彼女の名前を呼び捨てる。


「待ってろ」
『へ？　右…』

携帯を切るより早く歩き出していた。苦虫かみつぶし怒りのオーラをしょって歩く右生を、周囲はあわててよけていく。油断も隙もありゃしない。美人じゃないのにどうしてあいつの周りは男が寄ってくるんだか。Man　Hall　の時だって……あれ？

さっきの声が記憶をどこかをかすめたが、沸騰する怒りに紛れる。
右生はひたすら先を急いだ。





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